SNS

My Photo

BooksBooks

無料ブログはココログ

« 更新 | Main | 雨と名画座と歌姫 »

October 15, 2007

「ミャンマー(ビルマ)情勢緊急集会----これまで何がおきてきたのか」(JVJA主催)出席報告(3)

出席報告の3回目である。急いでまとめなければと思いながら、なかなか時間が取れず、少し間があいてしまったが、引き続きお読みいただきたい。


●ビデオ映像:「遠く祖国を離れて--在日ビルマ人・ティンチの旅--」 土井敏邦制作

ここで、次に土井敏邦氏が2000年10月に制作した「遠く祖国を離れて--在日ビルマ人・ティンチの旅」が上映された。ティンチ氏はビルマを亡命した後、「ビルマ青年ボランティア協会」という在日の抵抗組織に属して、抵抗運動をしてきたが、入国すると逮捕されるために本国には入れない。ティンチ氏が目と鼻の先のタイ国境から祖国を眺め、さらに大量に発生した難民の元を訪ねて、涙するシーンが上映された。尚、ティンチ氏は2003年に米国に拠点を移してそこで活動しているという。

【参考 土井敏邦氏の経歴 BigBang調】

1953年佐賀県生まれ。1985年以来、パレスチナをはじめ各地を取材。1993年よりビデオ・ジャーナリストとしての活動も開始し、テレビ各局でパレスチナやアジアに関するドキュメンタリーを放映。著書多数。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)正会員。広島大学総合科学部卒業後、中東専門雑誌記者を経て、現在フリージャーナリスト。1991年より1年間、週刊誌『朝日ジャーナル』の嘱託記者。1985年以来、断続的に延べ5年以上、イスラエルとその占領地(パレスチナ)の難民キャンプや村に滞在して取材を続けている。また1986年からのべ12カ月間、アメリカ各地でユダヤ人、パレスチナ人を取材し『占領と民衆──パレスチナ』『アメリカのユダヤ人』『アメリカのパレスチナ人』の三部作を完成。

1990年の湾岸危機ではアメリカのユダヤ人社会とアラブ人社会の反応を、また翌年1月の湾岸戦争ではイスラエルで占領地のパレスチナ人とイスラエル国民の反応を取材し『朝日ジャーナル』に連載。3月から2カ月間、NHKスペシャル「アメリカのパレスチナ人」制作をコーディネイト。
1993年の「中東和平合意」を機に再びパレスチナ・ガザ地区の難民キャンプやイスラエル国内に長期滞在し取材、ETV特集「失業と解放の1年── パレスチナ難民エルアグラ家の場合」(94年)「パレスチナ和平の陰で──ある家族の6年」(99年)、また「ニュースステーション」の特集で6回にわたって現地報告。

●写真と報告「ビルマ民主化の足を引っ張り、民衆化勢力の期待を裏切り続ける日本政府 少数民族弾圧とアウンサンスーチーの封殺から見える軍政のメンタリティー。」

報告:山本宗補氏


【山本宗補氏の経歴】

 1953年、長野県生まれ。アジアを主なフィールドとするフォトジャーナリスト。1985年からフィリピン取材、1988年よりビルマ(ミャンマー)の少数民族問題、民主化闘争の取材開始。 1998年、アウンサンスーチー氏のインタビュー直後、秘密警察に身柄を拘束され、国外追放となる。日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)会員、「ビルマ市民フォーラム」運営委員。
 著書に「ビルマの子どもたち」(第三書館)、「ビルマの大いなる幻影 解放を求めるカレン族とスーチー民主化のゆくえ」(社会評論社)、「また、あした 日本列島老いの風景」(アートン)、「世界の戦場から フィリピン 最底辺を生きる」(岩波書店)など。共著に「フォトジャーナリスト13人の眼」(集英社新書 2005 年)などがある。現在、国内各地で「老いの風景」、「戦争の記憶」をテーマに取材を続ける。

(これからお見せする映像は)軍事政権の残虐さ、反対する者は容赦しないということを感じさせることができる映像だと思っています。また今回、日本政府は、日本人のジャーナリストがあのような形で、映像もしっかり残っている形で、射殺されている。そのために、厳しく抗議している姿勢を見せています。

しかし、よく考えてみると、もし長井さんではなくて、あのジャーナリストがタイのジャーナリストだったらどうだったか、フィリピンのジャーナリストだったらどうだったか。日本政府ははたして、ビルマで来ている軍政下の状況に対して、どのような毅然とした態度をとるか。非常に疑問だと言えると思いますね。そこらへんをちょっと、具体例をあげながら説明したいと思いますが、この残虐性ですね、それはまず少数民族であるカレン族に対して、ある意味で日常茶飯事に起きているそういう状況です。

例えば、今回の大きなデモは、19年ぶりなんですが、少数民族であるカレン族の難民、タイ側に逃げている難民はは、19年前には18,000人でした。現在、どれだけいると思いますか?140,000人です。これはタイ側に逃げ出している、難民キャンプで生活しているカレン民族の難民です。19年の間にこれだけ増えたんです。これが少ない数でしょうか。さらにですね、この数字に含まれていない国境を越えることができないまま、カレン州の山中で逃げ惑っている国内の避難民は、少なくとも100,000人はいると見られています。

現在も、昨年から始まったカレン族に対する軍事作戦は続いています。その点を、この数字を頭に入れておいていただきたいと思います。もう一つは、アウンサンスーチンさんのことですね。軍事政権にとっては、もっとも手ごわい、つまりこの人さえいなければ、現在の状況を、市民をコントロールできるということで、強い意志で、圧力で動きを封殺するということをしています。先ほど根本先生が言われたように、19年間のうち、合わせて11年以上、自宅軟禁です。全く活動できていない状況です。それ以外の期間、スーチーさんが、自由に活動できた部分というのは非常に短い。その一部ですけれど、お手元の資料で98年、9年前ですね。スーチーさんがかろうじて活動できた頃に、自宅からビルマの南部のほうのNLDの関係者を訪問する際にとった行動、これは軍事政権が、道路を完全にブロックして、完全に彼女の動きを止めます。2度にわたってハンガーストライキを彼女はするんですが、その時に取材したもの、インタビュー記事がお手元の資料にありますので、読んでいただければと思いますが、さらに2003年5月30日、軍事政権は、アウンサンスーチンの命を狙った形でエネルギー関係者、一般市民、合わせて少なくとも70人から90人は、このときに殺されている、亡くなっていると思われます。それ以降、現在に至るまで、完全に政治活動が封殺されているわけです。

そして最初のほうのカレン民族の難民の状況、去年撮影したものがありますので、それをご覧ください。

(ここから、写真の上映と説明)

彼は、40歳の農民で、ビルマからタイ側に逃げてきたんですが、ビルマ軍に捕まって、殴られたり、ナイフを首につきつけられたりして、軍は、隣に座っていた一緒に捕まっていた農民を目の前で射殺したそうです。
さらに銃口が、こういう感じで(自分に突き付ける動作)されて、たまたま彼は(射殺は)免れたんですが、そういう感じです。

これはタリム湾のダウイン(?)という場所の(よく聞き取れず)建設予定の水力発電ダムの現場ですね。水力発電のダムを造って、軍事政権は電力をそれでお金を稼ぐという計画をしています。

この人は、やはり耳がちょっと欠けているんですが、ビルマ軍に捕まった時に、拷問されて耳を食いちぎられてということです。彼は現金から食糧とか市場に行って自分の村に戻る途中だったわけですが、その際に運悪く全部奪われてしまったのです。

この人は、夫が、ビルマ軍に捕まったまま、帰ってきません。つまり殺されてしまったと、そういうことです。

これは、2002年の4月ですが、先ほどまでの避難民とは違って100Kmばかり南に下がったところなんですが、2002年12月に夜間ビルマ軍の襲撃によって殺されているということです。12名のうちの6名が子供で、さらに1名は妊婦だったということです。この写真がなぜあるかというと、写真を持っている彼がたまたま隣の村にいたということで、翌日駆けつけて、遺体を埋葬する手伝いをして、その際に撮影した映像です。実際、このとき、彼も襲撃でお子さんを2人、娘さんですね、亡くなって両親も殺されたということです。この取材のとき、難民キャンプに逃げてきて、そういう話をしてくれましたわけです。

こういう状況がほぼ日常的にカレン民族に対して行われているわけです。ですから私が言いたいのは少数民族を1999年からずっと取材してきているんですが、この人たちに対する軍事政権のやり方、横暴などという言葉ではとても表現できない、残虐そのものなわけですね。それが今回たまたま大都市で起きていると、それが国際社会に広がったということで、非常にショッキングだと思われると思うんですが、あの・・・・残念ながらですね
、あの・・・・ビルマの統一政権のやってきたことを、非常に端的に表現しているだけとしか思えないとこがあります。つまり彼らは、あの先ほど言ったんですが、自分たちのやり方に反対する者は、どんな形でも、封じてしまう。それが少数民族のカレン族の場合は、軍事活動を、ゲリラ活動している兵隊に対してやるんじゃなくて、一般の農民です。今ターゲットにしているのは。

だから今でも農民が逃げるしかないんですね。軍事政権がターゲットにしているのは農民です。民間人です。兵士ではないんです。それが一つ。

これはさらに遡る、10年くらい前ですね。これはタイ領内にあった難民キャンプを軍事政権は一夜にして焼き払ったんです。つまり、国境を越えて、越境攻撃をして、カレンの難民キャンプを攻撃しているんです。

これは現在50,000人くらいの難民が一つのキャンプに収容されているところです。

これは現在のヤンゴンではなくて19年前の大きな民主化運動が弾圧されて、その1年後に私が、ヤンゴンに行った時の写真です。銃剣を持って市民を監視しています。ここで注目していただきたいのは、あの・・軍用トラック、あれは日野のトラックですね。

※兵士の向こうに、見えているトラックが日野のトラックだという。私はここではよく意味がわからなかったが、ODAによって日本から寄贈された日野のトラックが軍事政権によってほとんど軍用車に転用されているのだという。

都市部の住民に対して軍事政権は何をやったかということですが、ひとつは、強制移住、もう一つは強制労働、もう一つは、国境地帯で必要な捜査、都市部の市民を捕まえて、それを国境地帯での軍事作戦に使ったりと、そういうことをしています。

これは子供たちが、寺院の草取りをさせられているところですね。大人が出て行ったら仕事になりませんから、子供たちがこういう強制労働をさせられていると、そういう場面です。

これは強制移住ですね。つまり兵士は都市部の密集した地域に住んでいる住民を命令一つで郊外の新しいサテライトタウンですね、そこに移住させてしまうんです。もちろん誰も拒否できません。数万人単位でどんどん、移らざるを得なかったわけですね。移った先は、これはビルマの南のほうですが、移らされた先ですが、丘陵地帯ですね。一気に住民を移住させてしまって、住民は仕事もなくなってしまうと。そういうことを平気でやってきた政権だということです。国境でどんなことをやるか、都市部でどんなことをやるか、これを見ても明らかですね。

これは運河を何月何日までに用水路を建設しなさいということで、住民が強制的に働かされているところです。

最後、アウンサンスーチーさんの、映像を紹介します。(次々とアウンサンスーチーの写真が写る)アウンサンスーチーさんのインタビューは4回やったんですが、4回目というのが98年のときで、そのあと私は拘束されて、フィルム、テープ色々没収されて、国外に追放されてしまったわけです。で、それ以来申請してもビザは出してもらえないという状態です。

最後にですね、こういう形で軍事政権の本質というのは、少なくともビルマをいろんな形で・・都市部で取材していると明らかですね。この間、日本政府はどういう態度で外交をしてきたのか、そこが今回曖昧にされたまま、この長井さんの追悼のみの報道になっているのではないかと。それは非常に、そのフリーのジャーナリストとして取材をしてきて強く感じるのは、やはり一番欠けているところは、日本政府はビルマ民主化のために何をやってきたのか、実際に何もやってこなかったのではないか、つまり足を引っ張ってきた。そうとしか言えない事例がたくさんあるんですね。それはお手元の資料を読んでいただければわかると思います。その点、後で時間があればまた最後にお話しします。

(会場から拍手)

山本氏の論点は、我々日本人がヤンゴンの争乱と武力制圧、そして長井さんの死にショックを受けているが、実は軍事政権の特にカレン民族などへの迫害は、ずっと続いてきたことであり、それを黙認してきたのが日本政府だということだ。その一つの象徴がODAなのだが、トラックの話などは、後で少し補足された。

おもにスライドで写真を投影しながらの説明なので再現が難しいが、国境地帯での難民発生の必然、強制移住の実態などは、僕にとってはかつてのポルポトの体制を想像させた。あの時には、いまのようなインターネットといった国際的な情報網がなかった。もちろんこうして書くことのできる「ブログ」もなかった。

大虐殺があったことが本当にわかったのは、ポルポト政権が倒れてから。何年も経ってからだったことを思い出す。


(4)に続く

« 更新 | Main | 雨と名画座と歌姫 »

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/28156/16764944

Listed below are links to weblogs that reference 「ミャンマー(ビルマ)情勢緊急集会----これまで何がおきてきたのか」(JVJA主催)出席報告(3):

» [ビルマ情勢]BigBang: 「ミャンマー(ビルマ)情勢緊急集会----これまで何がおきてきたのか」(3) [青梅日記 aoiume diary]
BigBang: 「ミャンマー(ビルマ)情勢緊急集会----これまで何がおきてきたのか」(JVJA主催)出席報告(3) 最後にですね、こういう形で軍事政権の本質というのは、少なくともビルマをいろんな形で・・都市部で取材していると明らかですね。この間、日本政府はどういう態度... [Read More]

« 更新 | Main | 雨と名画座と歌姫 »