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November 10, 2007

メメント・モリ

Shibuya

僕はなぜいつも、渋谷のスクランブル交差点まで差し掛かると死について考えるのだろうか。

その源は何なのだろうと不思議に思うのだけれど、自分でもその理由がわからない。あるいはこの交差点が、深い谷の中でもいちばん低いところ、かつて水底の街であったからなのだろうか。

それとも原色に飛び交う光の中、これでもかとばかりに年々数だけ増えていく大型モニターのどぎつい光の照らす中をを歩いていく男女の群れが、死後の世界の霊魂にみえるからなのだろうか。あるいは自分はもうどこか、この空間の時相とずれ始めているのだろうか。

そう考えると死に近いのはどちらのほうかわからなくなる。(いや自分なのだ。それはわかっている)

この土地に行きかう若い命の群れが、その若さの醜さが、かえって僕に死を思わせるのかもしれない。むき出しの若さ、みっともない若さ、無残な若さ、未熟の命、ただ、ただ己が生きることしか考えていない若い命の冷酷。思い上がり。無知。醜悪。

いつか仮想の命が、仮想の空間を行きかうときに、その仮想の地にも、むき出しの命が(それはもう偽装の命なのだけれど)行きかうこんな世界が生まれるのかと、ぼんやりと考える。その時代のCPUはどれほどのものなのだろうか。

いやいや、そういう話ではない。

メメント・モリ(死を想え)。
メメント・モリ(死を忘れるな)。

昔、そう言った作家がいた。

きっとそういう話なのだ。

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Comments

R25の最新号、
石田衣良は、109向かいのY牛丼店にいくそうな。

渋谷は、牛丼かもしれない。

同号で、
中村勘三郎は、「渋谷は谷」であると。

渋谷はセカンドライフの谷か?

CPUは、
人間の肉体とどう共存するのか、
あるいは裏切るのか。

ブログは頭脳だけの世界になりつつある。
頭脳がCPUになっているみたいだ。
現実のCPUチップは、たぶん壊れないだろう。
人間のCPU脳は、自身の脳を焼きつくすのだろう。

話は変わって、
セカンドライフの中に渋谷だのと、
仮想の街ができているけど、

BigBangさんの、飯田橋にしても、
現実のある街に行って、
そこを書くことをシリーズ化することに期待。

また、近いうちにソウルとかに行かれるのだろうか、
あるいは上海だろうか、
具体的に行った、紀行文に期待。

で、次は鶯谷か? それとも吉原?? 
大崎とか…湯島とか…

ちょっとオススメは、
神宮前あたりにあるハーゲンダッツは、
中でゆったり食べることができるスペースがあって、
そこで、エスプレッソの中にアイスを落としたもの。

脱線するけど、
あの神宮の銀杏並木、
若いときのイーデス・ハンソンは上まで上ったそうな。
木登りは面白いし、スピリチアルでもあるね。

どうも。二休さん。話題がめまぐるしいな。笑
109向かいの牛丼屋は、僕も常連ですよ。その裏の博多ラーメンの店とか、マークシティの裏のいかがわ・・(以下略)

あの一角は古いのと新しいのが入り混じっていて、悪くない。で、不思議なことにあの裏の雑踏には死のイメージは感じないんですね。

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