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November 26, 2007

アウン・サン・スーチーという意志-----序章 「写真物語Ⅱ」

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アウン・サン・スーチー氏とビルマ軍政とは、幾度となく会談を行っているようだが、依然として軍政の言う「民主化へのロードマップ」は明確ではなく、彼女の解放も実現されていない。国内のビルマ関連報道も最近は、少々低調になってきたような気がする。
過去、この軍政は幾度となく同種の虚偽的な時間稼ぎをして、事態を先延ばしにしてきた経緯がある。1988年の民主化デモの直後、そして1990年の総選挙、NLDの勝利の直後にも直下の独裁体制は民主化へ移行するための、緊急避難的措置であると言明し、そのたびに国際世論を惑わし、反対勢力を無力化してきた。アウン・サン・スーチー氏に関する度重なる監禁と開放、彼女の自宅前のロックアウトの解除と再配備。同じような手口はビルマのこれまでの歴史の中で繰り返し使われてきた手法である。

今回の一見軟化した姿勢の裏で、またこうした意図的な時間稼ぎがなされないことを切に望むし、それを国際社会は騙されることなく見続けていくべきだろう。

ところで。

「写真物語Ⅱ 宿命を背負ったアジア人女性 激動の人生 アウン・サン・スーチー」という番組がフジテレビ系で放映されたのは、今年の10月の連休のことだった。アウン・サン・スーチーの波乱の人生を1枚の写真に象徴させて描くこの番組を、僕は偶然見ていたが、そこで取り上げられていたのが、冒頭の写真である。

アウン・サン・スーチー氏が偶然母親の看病に戻ったビルマで政治動乱に直面し、ついに彼女がイギリスに帰ることないまま、残されたご主人は亡くなってしまったという話までは聞いていたが、番組でコーナーの最後にアップされた写真は始めて見るもので、日頃ニュース番組で見ている彼女の厳しい表情とは全く違った、夫マイケルに寄り添う「普通の温和な女性」としての表情が、印象的だった。

だが、それはそれで、その番組を見たこともしばらく脳裏から離れていた。

10月の終わりに、大学同窓のMLでビルマ関連のコミュニティをSNSに立ち上げたことを告知すると、マスメディア関連含めて多くの友人が関心を示してくれたのだが、その中のある友人からメールが届いた。それは、アウン・サン・スーチー氏をよく知る人物を知っているので、会って見る気はないかというものだった。どんな方かと聞くと、彼自身ももう何年も会っていないし、そうした話を昔ちょっと聞いただけなのでよくわからないと言う。詳しい経歴もよくわからない。ただ、最近その方がテレビでアウン・サン・スーチー氏関連の番組に出演したという。お名前は、宮下夏生(みやしたなつお)さんとおっしゃるそうだ。
何分にもそれだけの話しかわからない。茫漠とした話ではある。友人に、すまないけれどもう少し確認してもらいたいと一旦返信した後で、頭にフラッシュバックが走った。

「写真物語Ⅱ」で、あの写真をお持ちになり、番組中でアウン・サン・スーチーのロンドン時代の話をされていた女性。それこそが、あの宮下夏生さんではないか!

僕はすぐに友人に連絡を取り、宮下さんにお会いして詳しいお話を聞ける機会を頂けるよう頼んでもらうことにした。

自分の心に深く残っていたのは、いつも戦場にあるように厳しい表情で演説を行う、繰り返し流されているアウン・サン・スーチー氏と、宮下さんがお持ちになった柔和な若い彼女の写真とのギャップの深さである。アウンサン将軍というビルマ建国の父を持つ彼女は、それだけで生まれながらの「選ばれた人」であったが、番組中で宮下さんは、英国でのスーチー氏はそれとは全くかけ離れた人であったとも話されていた。だが宮下さんの話は僅かな時間しかオンエアされなかった。

どういう状況で、どのような過程を経て彼女の表情があのようなものになっていったのか、そしてあの立場に立つに至ったのか、詳しく宮下さんにお聞ききしたいと思った。これも縁かもしれないとも思えた。

宮下さんには、マスメディアの取材ではないこと、お聞きした内容はもしかしたらブログでしか発表できないかもしれないこと、そして関心を持った理由について書いたメールを送ってそれでも快く了承をいただいた。

宮下さんにお話をお聞きしたのは11月始めの土曜日である。もっと早く公開したかったが、その後私のほうでなかなか手が回らなかったこともあり、原稿を起こすのが遅れた。この作業が現在のビルマを巡る状況に対してどんな意味を持つのかはわからない。また、こうしたことに関わることによってその後、私がどのような場所に行こうとしているのか、それもまだ整理がついていない。ただ私は、宮下さんに聞いてきた話を、愚直にここに記することから、始めていこうと思う。

これを記していく作業そものが、私自身のこの問題への不勉強と無力感を炙り出すことになるのかもしれない。この作業で万能感を持てるとは、私も期待してはいない。こんなことをして、何になるのだろうという迷いも、まだ持っている。

それでも、記していこうと思う。元来私にできることはそれほど多くはないので。理屈や批判は自ら後で口にしても、遅くはないだろう。

未だに原稿を起こしながらの作業になるが、アップはゆっくりと何度かにわけて行っていくつもりである。よろしければ気長に、お読みいただきたい。

●アウン・サン・スーチーという意志-----第1章 「写真物語Ⅱ」へ続く。

【参考リンク】

●ミャンマーのこと---相対主義の地獄を超える(BigBang)

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