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December 25, 2007

「この悲しみの意味を知ることができるなら 世田谷事件・喪失と再生の物語」------スティグマを背負って 

Setagaya


理不尽なとしか言いようのない犯罪、世田谷一家殺人事件に巻き込まれた家族の、隣の敷地に暮らしていた姉が、匿名で書いた「この悲しみの意味を知ることができるなら」は、あの日、凄まじい暴力に殺された家族は、宮澤みきおさん一家以外に、もうひとつあったのだということを知らせてくれる。そしてそれは、犯人によってのみならず、メディア、そして我々によってもなされたと言えるのだ。

ここには、今までほとんどメディアに登場してこなかった、みきおさんの妻泰子さんの姉(仮名:入江杏さん)が生きてきた軌跡がいかに厳しいものであったかが、あの日の事件現場の迫真の状況とともに、書き込まれている。

あの事件と自分との微かな関わりについては、「「世田谷一家殺人事件」と、あの時代の「深い浅ましさ」について」で書いた。宮澤さんは、私が一時籍を置いた企画会社の契約社員として、その名刺を持って動いていた時期があったのであり、捜査の対象範囲の中に当時の同僚達がいた。現場の風呂場には私たちの会社の幾人かの名刺も他に混じって投げ込まれていたという。

今回この本を手に取ったのも、何かほんの些細なことであっても、何かその中に見えるものがないかと思ったのがきっかけだった。他の全ての人たちが見落としても、自分の目に引っかかる何かがあればと。残念ながら、そうしたことには遭遇しなかったが、それでも読んでよかったと思う。

入江さんは、降りかかった事件の悲しみを冒頭でこのような比喩で表現する。

「私というミクロコスモスを照らしていた大きな星がいきなり4つも消えてしまったとき、私をとりまく星空はすっかり姿を変えてしまった。星ひとつが消えたことで、その星をとりまく幾多の星雲もまた離れ、光を放たなくなってしまった。美しかったタペストリーはずたずたにされてしまった。金糸も銀糸も鮮やかな糸は断たれ、布は裂かれ、織り出されていた模様も定かではない。どんな物語が織り込まれていたのか、これからどんな美しい絢を織り成すつもりでいたのか、断ち切られてしまった布からは読み取れないのだ。」

入江さんが口を開いたことにより、おそらく社会が初めて臨場感を持って知ることのできた事実が満載されているはずだ。宮澤さん一家と、入江さん一家は、開発が進む近隣で孤立し、周囲に家もなくなってしまった状況に治安の悪化を懸念し、まさに転居する直前だったことがわかる。また不明にして私は知らなかったが、宮澤さんの長男、礼君が発達障害を持ち、それを悩みつつ奮闘した宮澤さん一家のの娘への慈しみ、さらにはそれも、一家の転居が遅れたと一因になっていたこともまた知らされる。

事件は、さまざまな要因が噛み合って、この一家に降りかかったのであろうが、それが見えない。入江さん達が脅かされたのは、妹一家を全滅させた悪意の正体が全く見えないこと、そしてそれがあるいは本来は自分達の上に降りかかったかもしれない悪意であったという観念によってである。つまり妹一家は、誤って自分達の身代わりになったのかもしれない。当然のことだが、その可能性を捨てることができず、そのことによってまた苦しむ。

「警察には、いつも身辺に気をつけるように言われてきた。「もしかしたら、宮澤さんたちはご主人と間違われたのかもしれません。」誰でも、そんなことを言われれば、たまらなく心配になるだろう。でも、ただ「身辺に気をつけるように」というばかりで、具体的にどうしたらよいかの指示はない。私たちの身辺にとりわけ気を配ってくれている様子もなかった。いたずらに恐怖をかきたてられるばかりだった。」

すさまじいメディアスクラムに一家がどれほど悩まされたかということも詳しく書かれている。道行く人がみな自分達を指して不幸が降りかかった「忌むべき者」として眺めているような気がするという節も。心無い言葉も多く浴びせかけられた。

次のような心に響く一節がある。

「私もそうだったように、多くの人々は、人間は幸福であるべきであり、不幸はよくないことだ、という価値観にしばられている。幸福であるときは、不幸になることを恐れ、忌み嫌う。でも不幸、あるいは不幸に伴う苦悩は、人生に不可避なものだ。もし、こうした価値観に囚われていると、不幸であること自体がいっそう不幸を助長させる。不幸を、苦悩を、意味あるものと受け止める勇気さえ捨てて、不幸であることを恥ずかしく思ってしまう。」

あるいは次の箇所

「スティグマ」という言葉がある。他者やその社会集団によって押し付けられた負の表象であり、社会的な汚名のことで、もともとは奴隷や犯罪者であることを示す。刺青などの肉体的な烙印をさす言葉だ。犯罪者として十字架に架けられたキリストの掌にある傷も、スティグマータと言うそうだ。」

過酷な負の汚名を負った人であれば一つ一つが心に響くだろう。

突然の災害や事件に巻き込まれた人たちを目にするたびに、「なぜ今回は彼らであったのだろう。なぜ自分ではなかったのだろう」という思いに駆られる。ほんの数センチ、数ミリ、あるいは数秒の時間のずれがあったなら、彼らは自分であったろうし、自分は彼らであったろう。それなのに、ひとたび「不幸になった者」が決定してしまうと、社会は自分達と、その者達との間に、厳然とした境界線を引き、「スティグマ」を課すのだ。

どんなに同情的な言葉を投げかけたとしても、彼らは彼らであり、自分達ではないのだ。入江さん達が苦しんだのは、この厳然として容赦のない見えない境界線であり表象=スティグマであった。単に「偏見」とか「差別」とかまとめて終わりにするには、与えられた運命と同時に、このスティグマは余りに苛烈だったことがわかる。

入江さんは、そうした絶望と悲しみの深い淵から、立ち上がってくる。かねてより行っていた子供達への童話の読み聞かせや、童話の執筆、そして犯罪被害者の遺族としての経験を、他の人々と語り合うことによって。

本書後半には、その入江さんの自己再生の過程が、穏やかな文章で綴られており、このような凶悪な事件の記憶の中にあっても、人が必ず回復して行けるのだという希望へと繋げる内容になっている。どん底に落ちたときにも、人は這い上がっていけるのだ。

「この本を書くことで私は、自分自身と和解することができました。やっと自分に対しても他の人に対しても心を開くことができたのです。それまでは心のそこで自分を責めていました。あんなに辛い思いをして亡くなった妹たちを思うと、私が生きる喜びに向こう事が許されるのだろうか、とずっと自分に負い目を感じていたからです。」

入江さんが絶望の淵からここまで這い上がってくるのには、決して短くない時間を必要とした。その過酷な時間については、本書でも描ききれまい。

しかも事件は解決していない。未解決のまま、間もなく2007年の12月31日で7年目を迎えるのである。



2007 12 25 [書籍・雑誌] | 固定リンク | コメント(2) | トラックバック

December 16, 2007

王様の耳がロバの耳であるなら

はてな界隈で話題になっているなら、最近は、かえってなるべくコメントしないようにしているのだけれど。

ドリコム退職にあたり-宮崎謙介⇒加藤謙介(@ドリコム)の誰にも見せないつもりの日記

「王様の耳はロバの耳」とブログで言うなかれ(404 Blog Not Found)

ちょっとへえな話。(finalventの日記)


退職後に自分の所属している会社のことを悪く言わないのは不文律であり、ましてやブログで言うべきことか、自分は何をしてきたのかと問うのが弾さんのエントリー。立派に普通に仕事をしてきた、年相応の人間であれば誰でも思うことであり、それについては異議はないが、この件で思ったことが3つばかり。気になるから書いておく。

まず申し訳ないが、弾さんのエントリーを読んで、どうしてもライブドアの件が重なって頭をよぎってしまったことがひとつ。いや、批判じゃないですよ。批判じゃないですが、そうか、そうした「仁義」をおそらく弾さんはあの時も守り通したのかと私は思った。これが1つ。

もう1つは、最初のから続く話なのだけど、ここでヤクザと比べてしまっちゃダメでしょということ(苦笑)。何も「礼儀正しいヤクザ」である必要はないのだし、ヤクザの仁義と比べるなら、通常の企業の退社後の守秘義務の遵守などをベースに語れば済むだろう。
という流れで考えても、件の加藤氏は、何も守秘義務違反に触れるような、重大な情報の暴露を行ったわけではない。単にもとの会社の経営者への愚痴を、抽象的ないい口で書いただけ。この行為は確かに幼いかもしれないが、関八州にお触れが飛び交うような話ではないし、これも駄目だというなら、内部告発はそもそもされなくなる。

3つ目はつまらない話で、急速に成長を果たし上場を行った企業であれば、ごろごろしている話をたまたまブログに書いた人が1人いただけの話と思えること。この後、finalvent氏がほのめかすようなところにつながる話が出てくれば別だけれど、そうした重大性が加藤氏のブログから今後出てくる気配もない。

個人的にはドリコムという会社自体にあまり関心がないので、これ以上は言及しないけど。
要は大人として加藤氏が責任をとればいい話で、粉骨砕身尽くした会社のトップに関して、ここまで言うからには、ある程度の覚悟をもってしたことだろう。その結果生じるすべてを自分で引き受けて、これから生きていけばいいのだろう。

自分の所属する、あるいは所属した組織を悪く言わないというのは、時と場合による。同属意識で際限のない隠蔽がされるよりは、まだ救いかもしれないし、おそらくこうした精神をこそ求める組織も、まだあるだろうと思いたい。

2007 12 16 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(0) | トラックバック

December 02, 2007

スポーツジムとネルソン・マンデラとMTV

MTVを見ながら、しばしばジムで、だらだらマシンをやったりしているんだけれど、今日のMTVはいつもと様子が違っていた。

どうも↓これをやっていたらしく

[字]Staying Alive: Meeting N.マンデラ◇<MTV THINK LOUD:HIV/AIDS 2007 世界 エイズデー 24時間SP>南アフリカ共和国全大統領ネルソン・マンデラとビヨンセがホストを務めHIV/AIDSの正しい知識を伝える特別番組。 1日 (土)16:00~17:00<初回放送> 12/1はHIV/AIDS問題への意識向上を目指して全世界的にキャンペーンが展開される、世界エイズ デー。今年もMTVでは、世界中のMTVでこれまでに制作されたHIV/AIDS問題に関する番組を集め、1日午前6時~翌2日午前6時迄、24時間にわ たる世界エイズデー・SPを放送。 MTV Mobile & PC >>> http://mtvjapan.com

僕が見ていたときには、世界で「悩みを抱える」4人の若者が、ネルソン・マンデラに教えを請いに行くというようなコーナーをやっていて、その内容に引き込まれてしまった。

4人の若者というのは、1人はウガンダでエイズ救援のボランティアをしている。貧しい中でボランティアどころか、自分の食べるものも怪しいというか、そんな状態で医療も教育も、資金のないない尽くしでやっていて、エイズ患者はどんどん死んでいく。明日が見えないというか、希望が見えない。自分も実はエイズ検査では陽性が出ている。もう彼はやめたいと思っている。

もう1人は、ビルマの民主化運動に関わり、タイで亡命生活を送りながら祖国の活動を支援している若者。親類や友人が捕まって拷問にかけられたり、収容されたりしている。それも自分の活動のせいで。その迷いで自分を責めている。

後の2人はイスラエルに住む青年と、パレスティナ人の若い女性。2人も肉親を「相手に」殺された経験を持っている。双方の和解に絶望的な気分になっており、また恨みの気持ちから自分を解放することができない。

マンデラは、彼らそれぞれに、自分の体験を基にしたアドバイスを与えるんですが、これが結構重みがありました。このあたりでぐっと引き込まれてしまったんだけれど、民主化運動とか、平和運動、あるいはエイズ撲滅もそうなんだけれど、「絶対的に正しい」はずの行為においても、というかそういう行為ならではというか、「サタン」が至るところにいるわけですね。つまり肉親との確執とか、友情や恋人との板ばさみとか、ただただ現実が過酷で無力感や挫折感、時には罪の意識に苛まれるとか。

思うに、そうした部分は人間の弱みであるし、そうした活動のためにはマイナスになると一般的には思われるから、当事者も出さないし、そうした悩みに答えられる人も、またあまりいない。
そういう意味で、この番組が得がたいものであったのは、そこをしっかり出していること。少々世界が拡散気味ではあったけれど、マンデラの一言一句は説得力があり、そうした「サタン」を乗り越えてきた人間だけが発することのできる重みがあった。つまり、言葉が上滑りしていない。4人が4人とも明らかに力をもらっていく様子が見て取れたし、人が絶望の中から、ほんの僅かな言葉で救われていく様子に、少しぐっときてしまった。

で、僕は知らなかったのだが、マンデラが大統領になった後、南アフリカでは、全国いたるところで市民の集会を行い、そこでかつての被害者と加害者、たとえば黒人を牢獄でひどく痛めつけた収容所の職員と被害者とか、その家族とかの対面と対話を行った。何百箇所となくやったらしい。そこで、当然被害者は加害者を罵り、恨みを吐く、加害者は時に泣いて詫び、あるいは当時のどうしようもない事情を訴える。

驚きなのは、こうした集会のほとんどで、加害者と被害者とが和解というか互いを理解し許すことになったとマンデラが言っていたこと。実際、南アの人種差別政策=アパルトヘイトからマンデラの黒人政権樹立という激変の中で、ほとんど血が流れていない。これは奇跡であったと彼自身も言っている。27年の獄中生活の末に、そうした奇跡に辿り着く。南アを「奇跡を起こした国だ」と言っていたけれど、それは確かに奇跡というか稀有なことだったと思うし、現在逆境にある人に対して希望を与える。

そして、この加害者=白人、被害者=黒人というのが我々の定式だけど、その逆も行ったこと。つまり被害者としての白人が黒人を追及するというような図式もあったということ。いわく、彼のやったことは「すべての黒人支配と白人支配に反対することだった」と。うーむ。

細かいところはきりがないけれど、いい番組でした。

後から番組表を見たら、ビヨンセも登場していたのか、それは見たかった。それにしても、ジムで運動している皆様。いつもは2人に1人くらい、MTVを至るところでつけているのに、今回の番組は音楽も流れないし地味だったのか、番組が始まると、軒並浦和レッズかバラエティ番組に逃亡?(笑)し、室内を見渡す限りこの時間にMTVを見ているのが、僕しかいなかったのが、残念というか複雑な気分でした。

まあジムで運動をしながら見るにふさわしい番組じゃなかったか。僕が変なのかもね。

2007 12 02 [日記・コラム・つぶやき] | 固定リンク | コメント(4) | トラックバック