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January 06, 2008

「人間の価値を賃金の多少で差別したがるのは誰か」を読んで。


        「人間の価値を賃金の多少で差別したがるのは誰か?(404 Blog Not Found)」

その後、私は合州国に留学する。そこでも目にしたのは、むしろ「下層」の人々ほどより「下層」を差別していた現実だった。人種差別意識は、低所得、低教育な人々ほど強かった。私がいた北カリフォルニアでは、露骨な人種差別は滅多にお目にかかれなかったが、それでもあるところにはあった。

昭和の頃に留学した米国社会の人種差別エピソードが、現代日本社会の「格差社会」を語るに参考になるかは別として、ここに続くレストランでのエピソードに反証するには、たった1人の「人間をその財布でしか見ることのできない差別意識の強い日本人の金満家」の例を上げれば問題なく、それはきわめて容易な作業である。低所得、低教育な人々のほうが差別的であるというのは、論拠の甘い推論でしかない。

また

   

 さらに月日は流れて、私は成金になった。他の金持ちとの交遊も増えた。やっていることも言っていることもてんでばらばらで、強いて共通点を探せば金 持ちであるということぐらいしかない彼らなのだが、もう一つの共通点は、金持ちをより強く自覚している人ほど(残念ながら実際に持っている金の量に比例す るわけではない)、人の価値を多面的に推し量ろうとしていることだ。それも当然かも知れない。なぜなら彼らにとって人を見抜くのは、商売以上に死活問題な のだから。

仮に「金」に全てを換えて見ているのだとしても、彼らは「賃金」という氷山の一角だけではなく、まだ現金化されていない海面下まで見ようとしているのは確かだ。

ここに引かれている弾さんのお友達は、等しく事業に成功した優秀な方たちなので、人間の価値を「現在のカネの価値」でのみ判断せず、相手を「未来に(自分の事業のために)生むかもしれないカネの価値」まで見通して賢明に判断しているだけ。つまり、ことの是非は別として事業家として、相手が自分にもたらすかもしれない、中長期的な経済価値で判断しているのだろう。「商売以上に死活問題」とあるが、結局は商売上の死活問題ではないのか。それ以外の意味があるのかもしれないが、これでは読み取れない。もちろん商売的な観点で判断するのは当然でありそのことを批判する気はない。ないが、ただそれはそれだけの「凡庸な」ことであり、そのこと自体に過剰な評価は与えられないということである。「まだ現金化されていない海面下」に眠る金塊に注目しているだけであろう。

もちろん私は人間の価値を経済的にではなく、「多面的に判断する」徳の高いIT事業家が、世界に皆無であると言っているのではないから誤解なきよう。

構造的な貧富の固定構造は、本人の努力や姿勢でどうにかなるというのは、ユニークな例を数件あげたところで救いにはならない。弾さん自体が優秀でユニークであったとしても、それは弾さんの固有の状況である。皆が優秀でユニークであれば問題ないとするなら、おおよそ全ての社会的な問題がそれで肩がつくだろう。優秀でもなくユニークでもない集団の処していく道を探るのが公的な発想であると思う。そういう意味ではfinalvent氏の言説に賛同する。

そこが微妙なところだろうな (finalventの日記)

弾さんみたいに社会的な成功者、というか内心は違うだろうし、その内心の部分で私なんかと共通的な世界観や人間観はあるだろうと思う、そういうスタンスからは、それは、なんというか身内的な近さのある人への言動としては有効かもしれない。

 でも、公的な場への言動としてはほぼ無効なのではないか。

 そしてそうした無効さが、反面では歪んだかたちで成功のノウハウのようなものに固まりつつある。

 人はたぶん凡庸だ。100人1人くらい物を考えるために本を読む。また、10000人に1人くらいが社会的成功につながる能力を示す。

 大半は凡庸だし。それが社会というものだ。

堀江氏については何度も論評したから繰り返さないが、彼の唱えていた「出自や家柄は不平等であるが金は稼ぐチャンスが誰にでも与えられているから平等だ」というような物言いは、出自や家柄、そして教育水準が金によって構築され、金によって固定化されていくという現実を見ない、レトリックでしかないと思う。

個々人の評論は自由であるべきだが、現状の問題解決には寄与しない考え方であると思う。

 

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