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October 20, 2010

「ハーブ&ドロシー」 小さな夫妻のアートの魔窟

10月17日に上野で行われた「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」の先行上映会に行ってきた。

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「ハーブ&ドロシー・ボーゲル夫妻は、結婚直後1960年代から現代アートのコレクションをはじめます。夫のハーブは郵便局員、妻のドロシーは図書館司書。住まいはマンハッタンの小さなアパート。ハーブの給料を作品購入にあて生活費はドロシーの給料で賄います。作品を買う基準はふたつ。自分たちの収入に見合ったもの、アパートに入る大きさのもの。」(公式サイトより)

このコピーや、予告編を見ると、つつましやかな老夫婦がこつこつと地道に買い集めたコレクションがいつか脚光を浴びる奇跡といった、ほのぼのとした雰囲気がするけれど、それはかなり違う。

この2人に「クレイジー」という言葉を使うと反論する人が沢山いるだろうけれど、その言葉を使わないで、この情熱を説明するのは難しい。あまり豊かでない家庭に生まれたハーブは、郵便局員をしながらニューヨーク大学に通って美術史を学ぶ。のちに知り合うドロシーは図書館司書だった。ハーブよりも少し豊かな家庭で生まれたけれど、美術のことはわからなかった。その2人がいつしか現代美術のコレクターになっていく。それも乏しい給与からこつこつ買い集めたコレクションが、モンスターのような量になり、巨万の価値を持つようになるのだ。

何がすさまじいと言って彼らのアパートの情景がすさまじい。足の踏み場もないような1DKの部屋には足元から天井まで立錐の余地がないほどに高価なモダンアートのコレクションが満載で、足元には猫が歩き回っている。おまけにペットの水槽だらけだ。

給与生活者である2人には、そのころ安かった現代美術のコレクションしか集めることができなかったのだと言うが、アーティストのアトリエを訪問した時の ハーブとドロシーの視線の鋭さといったら、「ほのぼのとした穏やかな金を目当てとしない地味な老人」を想像して行ったら、きっとこの映画にしっぺ返しを食 らうだろう。あのハーブの眼!!

そのことは、2人の作品蒐集が狭いアパートの限界を迎えたと思われるころに現れたナショナル・ギャラリーのキュレイターの驚愕。そして彼らのアパートを次 々と出ていく特大のトラックの列で証明される。いったいどこにこれほどのコレクションが収納されていたのだろうか!まさにあの部屋に!

「ハーブ&ドロシー」。彼らは普通じゃない。

最初は笑って見ていた僕たちは、ついにはこの底の知れないアパートの空間と彼らの視線に圧倒され息を飲むだろう。そしていつしかモダンアートというものは 何なのか。歯を食いしばって考えるようになる。2人の世界に引きずり込まれる。そこはたぶん、あまり覗くことを推奨されない深い洞窟。人の情念の深淵のような気がするのだ。その様子はまるで大洪水の前の世界から夫妻が必死にモダンアートを救いだそうとしていたかのようだ。

映画が終わったあと、監督の佐々木芽生さんが舞台に上がって挨拶をしてくださった。これが初めての作品になると言う佐々木さんは、最初は軽い気持ちで彼ら の記録を撮り始めたという。デジタルビデオ1台で気軽に撮り始め、30分位の軽いドキュメンタリーにまとめるつもりだった。その頃夫婦はすでにナショナ ル・ギャラリーに巨万の価値のあるコレクションを寄付をした謎の給与生活コレクターとして有名ではあったが、佐々木監督はモダンアートにもそれほど関心が なかった。

佐々木監督はやがて、多くの映画人が彼らから撮影の許可を取りながら、「誰もアパートに戻ってこなかった」理由を知ることになったという。彼らのアパート にはやはり魔物がいたのだ。多くの膨大な作品を撮影するには個々の制作者の許可がいる。そもそも彼ら夫婦は「平凡な」人生を生きてきた2人ではない。どれ ほど巨大な存在であるか、まざまざと知ることになった。これは半端な気持ちでは向き合ってはいけないと思ったという。佐々木監督は私財を投じて、さらに借 金をしてこの作品を仕上げた。いつか作品は長編になり、5000万円というお金がかかったという。

夜中にまで夫妻のアパートに滞在し、時には飼っている大量の熱帯魚(カメもたくさんいる!!)の死骸を処理したりしながら話し込み、やがて夫妻も佐々木さ んに心を許すようになった。「聖域である」というアーティストのアトリエでの交渉の現場へも、カメラを持ち込むことを許された。

佐々木監督にとって誤算だったのは、多くのドキュメンタリー関連の賞をニューヨークでとったこともそうだが、それでも日本での公開にあたって、どこも配給 会社がつかなかったことだ。長い不況は日本の映画会社をもってして「モダンアート」という未知の分野の映画にリスクを払わせることを許さなかった。
そういう事情で、この大変なドキュメンタリーは、自主上映のスタイルで、来月13日に東京のイメージフォーラムを皮切りに全国の小劇場で公開される。佐々木監督の苦境が続いている。

ハーブとドロシーは今では大資産家だ。それでも彼らは集めたコレクションを1点といえども手放そうとしない。1点たりとも売ったことがないのだ。ナショナル・ギャラリーの収納限界は1000 点。残りのおよそ2500点は全米50州の美術館に50点ずつ収納されるという。考えてみてほしい。小さな夫妻のアパートが生み出したものはハンパではな いのだ。

こうした中にあって、映画制作の金がないなんて言えるだろうか?(夫妻はいまでもあの狭いアパートに20年前と同じように暮らしているのだ。)佐々木監督もまた彼ら の「魔窟」にしっかりとつかまってしまったのだろう。もしも時代がセゾン全盛だった80年代であったならと僕はつい夢想する。現代美術の世界の奇跡を記録 したこの作品の作者に、こんな大変な思いをさせないですんだだろう。

だが、今は2010年なのだ。佐々木さんのような創造者を僕たちは、この国で、この21世紀の現代状況の中でこそ、しっかりと支えなければならないと思う。

ぜひ劇場に足を運んでください。
時には人生を変える映画になるかもしれない。心して。

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上映会で配られた缶バッジ

【参考】
オフィシャルサイト「ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人」


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