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July 08, 2011

南相馬市原町区で少しだけお手伝いしてきた話 (完) 流出品洗浄作業と「犬っていう犬」の話

(前章)南相馬市原町区で少しだけお手伝いしてきた話 (3) 泥出し作業と遠くにある海


南相馬2日目。

前日の泥出し作業の翌日が危ぶまれたが何とか体はもっている。でも違う仕事も経験してみようということで、流出品の洗浄班を希望した。(最初の日に陽気なBさんから、ちょっと写真洗浄の仕事のことを聞いていたためもある。)


洗浄というから水を使うのかと思ったが、アルバムや写真の泥を払い乾かす作業。倉庫に保管してある、膨大なバラバラの写真や手紙、賞状を外のシートに並べて乾かす。ほとんどがまだ湿って泥だらけ。最初は水で洗っていたらしいが、洗う事でカビが生えてしまったり、痛んだりするので今はボランティアは泥を払うのみ。(今では水を使った作業もしているらしい) それでも手強い。倉庫番のようにひたすら分類と外での乾燥。午後になると雨が来そうなのでまたしまいこんだり。


個人情報なのでそれに気をつけるよう、うるさく言われる。写真撮影ももちろん厳禁。
ひたすら並べる。分ける。乾かす。泥を落す。

アルバムに泥水がかかるとどうなるか、写真がどうなるか。膨大なサンプル。。自衛隊が回収したものが大半だという。おびただしい家の記録。歴史。写っている人が無事かどうか。無論わからない。

子供の写真がめちゃくちゃ多い。一般家庭では写真とは子供のためにあるようなものだ。座り込んで、写真の中の子供の顔についているなかなか落ちないひどい泥をこすっていると、やはり涙が出てくる。Bさんが言っていた通りだ。これかと思う。

「なんでだよなー。なんでなんだろう」 何がなんでなんだか自分でもわからないまま、つぶやきながら、力任せに布でずっとこすり続ける。

でも、実は写っている人たちは皆無事で、いつか「何だあ泥まみれだべさー!」と明るく笑って取りに来るイメージだけ考えるようにした。ゴシゴシ。ゴシゴシ。

これらの写真や私物は自衛隊が運んできたり、ボランティアが泥の中からたまたま拾い上げて持ってきたもの。幸運にもここにたどりついた数少ない(といっても小型の箱に100以上はある)エリートである。ほとんどのものは水に運ばれて消えたりゴミと一緒になくなったりしているだろう。

写真以外ではハガキや賞状、財布や優勝旗、文集、骨董品、通信簿、トロフィー、ランドセルなどなど。人が何を大事にして暮らしているかもよくわかる。これらは市内にある展示場で展示されて、被災者がそれを見に来て写真などを探して持ち帰る。展示ももちろんボランティアの仕事だ。

名前のわかっているランドセルもいくつかある。名札がついているからだ。持ち主に渡せるかどうかわからないまま、1人のメンバーはランドセル係になり、1日かかってずっと1つの赤いランドセルを磨いていた。泥まみれの赤いランドセルは、夕方にはピカピカになっていた。


時間がたつとそれでも慣れてくる。チームのリーダーの段取りの悪さにいらついてもくる。恐ろしいもので、いつか大量の家族写真には慣れてしまっている。多くの画像を見ても仕事として淡々と選り分け始めている自分を発見して、ああもしかしたら、ご遺体を探す自衛隊の人々もそういう心理でなんとか乗り越えているのかもしれないとちょっと思った。

自分を保たないと仕事はできない。

それはそうなのだけどな。


「犬っていう種類の犬」の話


それにしても、みんな何故来るんだろう。自分を棚に上げて不思議である。


南相馬はボラバスがないから、本当にボラ一匹狼が多い。大阪からふらりと1人で車で来て1週間いた人と話す。会社が理解があって夏休み先取りさせてくれましたーってもう夏休みなくなっちゃったねー。でも有給ありますから。それは当たり前でしょー。そですねーと。聞けばやはり阪神大震災の被災経験者だという。

そう言えば、昨日の泥出しの時に、力持ちのおっさんがいた。年はぼくよりも上だと思うのだが、とにかくガタイがいい。若者達が大石を持ち上げあぐねてひーひー言っていると、おっさんがニコニコしながら、ひょいとそれを持ち上げどっかへ持って行ってくれる。聞けば、東京で引っ越し屋さんをしているそうだ。道理で。


このおっさんが、南相馬で見つかった迷子犬を保護したのだそうだ。保護したと言うよりも、被災者の犬と言うことで友人たちの間をぐるぐる回っておっさんのところに来た。おっさんのところには犬が4匹もいるので、1匹くらい増えてもいいかと思い、しばらく預かることにしたそうだ。

犬の好きな僕はつい「犬種はなんですか?」と聞く。するとおっさんは笑う。


「犬っていう犬だよおおお」

「??」

「いるじゃん。ほら。犬っていう種類のいぬーーー!!わかるでしょお」


「あ・・・」


おっさんは決して雑種とかミックスとか言わない。でも「犬っていう種類の犬」でその犬の大きさだとか顔つきだとか毛並みまで目に浮かんできた。


「そうかあ。犬って言う犬ね」


みんな笑う。


おっさんによると「犬っていう種類の犬」は、外で暮らすものだそうだ。おっさんのところの犬は「そういう種類」ではない犬たちなので、みんな室内で暮らしている。東京はだいたいそうだよね。


「困っちゃってさあ、うちにそういう種類の犬いないんだもん。外で飼うべきか、ほかのと一緒に中に入れてやるべきか迷っちゃったよ。」


おっさんは、1匹だけ外じゃあ可愛そうだと思ったし、近所には外飼いの犬なんていないから、家の中にいれようとしたんだけれど、どうしてもその犬は家の中に上がってこない。ずっと外にいたんだろうね。

しかたなくおっさんは、外に犬小屋を作って外に置くことにした。

「生まれて初めて犬小屋なんて作ったよお」と笑う。


2ヶ月くらいたったとき、犬の飼い主が奇跡的に見つかって、しかも無事だった。その人が南相馬の人だったので、おっさんは犬を返しに南相馬へやってきた。生まれて初めての土地だったが、おっさんと南相馬はこうしてつながった。それ以来おっさんは、犬の顔を見る「ついでに」ボランティアをして帰るようになった。もう5回目だそうだ。


「今朝もねえ会ってきて、撫でてきたよ。俺のこと覚えてるんだよ。こうやってくしゃくしゃくしゃってやってさ」


おっさんはいい笑顔で笑っていた。

犬みたいな顔だと僕は思った。

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助けられにきた

不思議と名刺も誰とも交わさなかった。また来るでしょ?きっと会いますよねまたー!と根拠なく再会をいい加減に誓って別れた。

きっとまたここで。本当に根拠なく。なんとか2日間終了。短いなあ。ほんとに短い。


自分に出来ることは、泥や瓦礫を運ぶことももちろんだが、この様子を東京であるいはブログで1人でも多くの人に伝えて、この地に関心を持ってもらうことだろう。もちろんここは広大な被災地の一角でしかないが、人間ひとりが担当できるエリアなんてたかがしれている。

関東以西に住んでいる人たちがそれぞれ、自分の贔屓にする「お気に入りの」被災地を決め、何らかの形で応援していけば、大きな力にもなると思うのだ。行かれる人は行った方がいいけれど、もちろん現地に行くだけが支援の形でもない。

支援などとかボランティアだとか言うと、こちらが「助けに行く」みたいな大仰な話になるけれど、来る人たちは皆、311以降の不安を抱え、自分も何かの意味で「助けられたい」人たちでもあるのではないかと思う。ここに来ている間は何かを理屈っぽく考えている暇はない。目の前にやることが確実にあるのだ。そういう中で自分の気持ちの確認のようなこともできる。


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それにそもそも、東京で僕らが夜中遅くまで使いまくった膨大な電力を提供していたために、津波だけでなく原発事故でも大変なことになっているのが警戒区域や南相馬の人たちである。本当に申し訳ない。


お詫び行脚のようなものでもあると思っている。


初めてなので仕方がない面もあったが、反省点としては車がなかったので、行動半径を確保できなかったことだ。自分が不便であるだけではなく、広範囲を見て回ることができなかった。次は7月の野馬追のとき(7/23-25 詳細は下記のリンク)に行こうと思っているが、今度は作業もさることながら、できるだけ多くの物を見ることや、関係する色々な人の話もしっかりと聞いてくることに力を入れてこようと思う。



【参考リンク】

続編です。
南相馬へまた行ってきた。野馬追/ひまわり/花火(1)




南相馬市原町区で少しだけお手伝いしてきた話 (1) 出発前


南相馬市原町区で少しだけお手伝いしてきた話 (2) 南相馬へ入る


南相馬市原町区で少しだけお手伝いしてきた話 (3) 泥出し作業と遠くにある海


南相馬市原町区で少しだけお手伝いしてきた話 (完) 流出品洗浄作業と「犬っていう犬」の話




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Comments

こんにちは。
さるさる終了に伴う引越しの反映、
ありがとうございます。
ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。


ボランティアのお仕事お疲れ様でした。


被災地の生々しい状況、
ボランティアが対面する事実や問題、
ボランティアの人たちの人生模様、
強い強い印象を受けるエントリーでした。

「250人」
「ありがとう。ありがとう」
被災された人たちの言葉が胸に突き刺さります。


いろんな制約がある中で、
これだけの迫真のレポートを書かれたことに、
「さすがはBigBangさんだ」
と改めて思いました。

変な言い方かもしれませんが、
このエントリーを読ませていただいたことに、
お礼を申し上げたいという気持ちです。
とても大事なことを教えていただいたような、
そんな気がします。

ありがとうございました。


これからもよろしくお願いします。

>>ボクシングファンさん

どうもありがとうです。でもまあそんな大した物ではないです。たった2日間の話ですし。もっと通い詰めないと何にもできないし、語れることも少ないですね。入り口です。

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