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August 02, 2011

南相馬へまた行ってきた 野馬追/ひまわり/花火 (1)

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【前回】
南相馬市原町区で少しだけお手伝いしてきた話(1)-(4)


7月の22日から南相馬へまた行ってきた。2回目の訪問の主な目的は、相馬野馬追を見ること。前回見られなかった街の様子をもっとよく見ること。原町2中のイベントをお手伝いすること。

●相馬野馬追

相馬野馬追は1060年以上の歴史がある祭。例年であれば400頭もの馬にまたがった武者が市内を行列し、勇猛な神旗争奪戦を繰り広げる。残念ながら、震災以後に南相馬に来るようになった僕なので、見たことがない。

今回の津波の被害により、多くの馬が流され、それぞれの家で保管している甲冑や旗も流されてしまった。おまけに小高地区が原発事故で警戒区域に入るという満身創痍の中、野馬追は一時中止の見通しがあったが、相馬の人たちは悩んだ末に、この祭を中断させない道を選んだ。

その代わり、今年は異例の構成として神旗争奪戦は中止。行列の規模は縮小され、相馬市の中村神社とと南相馬市鹿島区を主たる会場として行われることになった。

●安全祈願祭 総大将出陣祝いの宴(7月22日)

祭の本番は23日からだが、それに先立っての前夜祭とも言える「安全祈願祭/総大将出陣祝いの宴」が22日に相馬中村神社で行われた。

相馬中村神社に来るのも、相馬市に来るのも初めてである。

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馬への並々ならぬ思いが境内の各所に満ち満ちている。相馬の人々は、馬とともに生きてきたのだ。甚大な津波の被害で、馬もたくさん流された。その中でかろうじて助かった馬たちの世話をしているのも、この相馬神社である。

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今回の祭の正式名称は、「平成二十三年度 東日本大震災復興 相馬三社野馬追」。その文字を1人1人が背中に背負っている。

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南相馬市長ほか、挨拶される方が決して誰も「原発事故で」とは言わず、わざわざ正式に社名を入れて「東京電力第一原発の事故で」と何度も繰り返していたのが印象的だった。

おそらく、この方たちの日常にとって、そういう「直接的な言い方」はきっと異例のことだろう。

言葉の端々に無念さが滲み出る。

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相馬中村藩古式砲術の演武。あらかじめ脅かされていたが本当に凄い大音響。皆が耳をふさぐ。


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地元の人々がほとんどのようだが、多くの観客が集まっている。海外を含めマスコミもたくさん来ていた。

祭の間、彼らは市民ではない。誇り高き相馬武士。そして観客は「見させていただいている」立場なのだ。道を開けさせるときも、「ちょっと道を開けてください」などとは言わない。b

武士は「道をあけい!!!」と大声で叫ぶ。

慌てて観客はその勢いに驚きながら道をあける。だって彼らは武士なのだから。


高い三脚をたてて上から撮影していたカメラマンたちが物凄い剣幕で怒られる。

「神様を上から見下ろすな。降りろ!!!!」

おそらく普段は温和な人たちが、武士の憤怒で迫る。現代人はすごすごと従うのみである。

昔は行列を家の2階から見下ろすと、武者がそのまま馬に乗ったまま家の1階に怒鳴り込んだ事もあったほどだという。

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失礼な言い方だが、「これはどうなんだろう」と思っていたお爺さんたちが、火縄を抱えた途端に一変するのに驚いた。日本チャンピオンクラスの方ばかりだと言う。

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優雅な相馬流山踊り。

「国歌斉唱」といえば、ここでは「相馬流山」のことなのだと知った。君が代ではない。「国歌」といえば当然のことのように、相馬の人たちは声をあげて「相馬流山」を吟じる。優美な歌である。

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相馬高校の相馬太鼓のステージ。衣装の背中には馬の絵柄が。
かっこいい。

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人さまの郷ですが、色々心に沁みます。

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この記事(2)へ続く


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Comments

おおおおおお!良いですね!見られなかったのでありがたいです!(。+・`ω・´)シャキーン☆

人の顔が見える。地域に生きる人の顔が見える。大切なことだとつくづく思います。

FBでもお礼を申しあげましたが、ご紹介いただきありがとうございました。震災から8ヶ月が経過し、こうしてただ記録していくことを中心にしている自分の活動に正直疑問や無力感を持つことも多く、他の方がどんなことをお考えになるか聞かせていただけるのはありがたいです。特に写真については、撮るにしのびがたく、撮ってきても出すに忍びないものが多くあります。きっと被災地に出向いている方の中にも賛否両論あると思いますが、選択したことですし、続けられるところまでは続けようと思います。

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