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August 07, 2011

南相馬へまた行ってきた 野馬追/ひまわり/花火 (3)

【前章】
南相馬へまた行ってきた 野馬追/ひまわり/花火 (2)

●南相馬市原町区萱浜(7月23日)

野馬追の馬たちから別れ、鹿島区から原町区を目指して、海を左に見ながら6号線を南下。

左に津波被災地が見え始めた。まだ船が沢山放置されている。

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原町区萱浜に戻って来ました。お久しぶりです。

こういう状況で言うのも何だけれど、懐かしい。

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パトカーが巡回している。ちょっと怪しまれるかなと思ったが笑顔で挨拶すると、会釈を返してくれて通り過ぎた。

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試しに線量を計ってみた。あまり高くない。側溝の所でも0.2-0.3μSV/h程度。
山沿いに比べて海沿いは一般的に低い。

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何もない萱浜の風景。泥の大地が広がっている。
遠くに置き去りになったままの重機。今日は休日なので作業はしていないのかもしれない。

気仙沼や石巻のように、大量の瓦礫や港の事物が流れ出してしまったところと、ここはちょっと違う。おそらく民家が多かったためか、建物は土台だけ残して根こそぎ流されてしまった。泥以外、ほとんど何もない。

街がきれいに消えたのだ。

被災地はみな同じではない。当たり前の話だが、傷ついた顔つきもみな違う。

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遠くの鯉のぼり。ずっと上がったままだ。

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鯉のぼりを眺めていると、作業中なのだろうか。地元の方と思われる男性に1人すれ違う。黙って会釈すると返していただく。後ろにある半壊した家に入っていく。

雨がひどくなってきた。

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ひまわりが一本植えてありました。

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ぼろぼろになった吹き流しには「がんばれ福島」の文字。

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このひまわりをたくさん植えて、復興のシンボルにしていくとともに、少しでも除染に役立てようという活動が、このあたりにもある。

 

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流れてしまった住宅の跡地に花が供えてあった。

お墓じゃないのに。まるで墓地のように見える。手を合わせる。

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お墓じゃないんだけどな。

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この前来た時に手が合わせられなかった仮設供養所に、お線香をあげて来た。中には小さなお地蔵様が祭ってある。

供養所の外側に張ってあった被災者連絡先一覧が、供養所の中に移されていた。
扉に「がんばろう南相馬」の小さな表示。

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この辺の側溝が綺麗になっている。前回来たときにみんなと泥出しをした所。

 

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このへんはまだ途中。

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車はやはり最後まで片付かないものの一つのよう。

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思いもかけず、僕の現場からのツイートを見た近くにいた @elan_s4 さんが速攻で萱浜まで来てくださり、お会いできた。南相馬に行くなら現地でお会いしようかと、あらかじめツイートしあっていたのだが、フットワーク軽い。

@elan_s4 さんは、やはり僕と同じ東京の世田谷から南相馬に入り、今では月に数週間も滞在するようになったという。雨の中立ち話で(といっても近くにお茶を飲むような場所も雨をしのぐ場所もない)、南相馬復興の現状に関して色んな話を聞かせてくださった。

聞き役でしかありませんでしたが、ありがとうございました。

供養所の裏に半壊しながらも、かろうじて流されずに残った大きなお宅がある。周囲が泥の砂漠になっている中で、一軒だけ残っていることから、前回来たときにも記憶があった。

「なんで残ったんでしょうね」

「防風林のせいかなあ」と@elan_s4さん。

見ればお宅より少し海沿いにはなれたところに、数本の防風林の木々が残っている。

あそこで流れが少し変わったのでしょうか。少しだけ。

しかし、その家の幼いお嬢さんが津波でさらわれたのだと知る。息子さんはまだ発見されていないのだそうだ。

あ。と思う。

ちょうど@elan_s4さんと会う数分前に、あの家に片付けをするために家に入っていかれたあの方がお父さんかもしれない。淡々とした様子だったけれど。

もう一度家の方を見ると、子供用のピンクの自転車が玄関のところに止めてあるのが小さく見えた。そういえば先月来たときにも、あの自転車がおいてあったような気がする。

@elan_s4さんに「自転車がありますよね」とは口に出せなかった。もちろん写真も撮れなかった。自転車はきれいに磨いてあった。



【8/12加筆】
※このお子さんを亡くされた方、上野敬幸さんの活動を支援するために、 @elan_s4さんなどによって、萱浜で「鎮魂の花火」を打ち上げることが計画されています。花火打ち上げの費用を募っていますので、ご協力ください。私も1口寄付させていただきました。詳しくは@elan_s4さんのブログまで

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地元から避難している別のフォロワーさんの、友達の女の子もこのあたりで波にさらわれたのだとツイッター経由で知る。 ピアノが上手だったそうだ。 雨がひどくなってきた。濡れたまま車に戻る。

(4)へ続く

その他の写真はこちらに


 


 

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