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November 01, 2011

ETV特集「果てしない除染〜南相馬市からの報告〜」をみて

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通っている南相馬市の除染の現実を取り上げた番組、そして知己の方も出ていると言うことで録画で見た。はたからみると「閑散としている」原町区の町並みも、線量が恐ろしいはずの飯舘村と接する山並みも、僕にはもう見慣れた風景であり、懐かしささえ感じる。

ところが、録画をみる前からネットなどに流れた評判を見ていると、番組中に登場する児玉教授の一部の発言をNHKがカットしたとか、番組全体が「除染ありき」を重視するという姿勢だと(そのようには僕は感じなかったが)批判を浴びて、大変な意欲作であるにも関わらず、かなり厳しい評価がされているようだ。

南相馬に行き始めた頃、街の人たちのあまりに無防備な姿や、小さい子供がマスクもかけずに歩いている姿にショックを受けた。雨が降ると決して濡れまいとホテルまでわざわざ傘をとりに帰ったこともある。恐ろしさに身が縮んでいた。

ところが、何度も行くうちに、いつか僕の中からは初期の警戒心は消えた。画面に映る街も、僕にとっては「大変な問題の渦中にある」とは言え、懐かしい南相馬の町並みである。けれども、そうした(主に県外の人たちの)声を聞き、冷静にあえて「知らぬ街」として見てみると、「何を言ってるのだ。とにかくまず避難だろう」と県外の人たちが声を荒げるのもわからなくはない。自分の中でも「東京に住む自分」と、「多少はあの街の空気を知った自分」との間の奇妙な乖離がある。


多くの声が出ている理由の大半は、この一点に絞られると思う。

「除染なんてできるのか」

この問いに対して、「いやできる」と断言している人は見たことがない。「しないわけにはいかない」「子供達が帰ってくる学校を除染しないですませられるのか」多くの人たちが、除染によって出る大量の放射汚染物の借り置き場すらはっきりしていない中で、緊急時避難準備区域を解除して子供達を返した国のやり方に違和感を覚えながらも、一方でこう問い返す。

「でも子供は帰ってくるのだ」

大人達のミスリードは子供とは関係のないことだ。是非はともかく帰ってくる子供たちに放射線を浴びさせることはギリギリまで避けなければならない。それなら一つの机でも、一つの土嚢でも運んで何とか通学路付近の線量を下げたい。

その一心で動いている多くの人たちがいることを僕は知っている。そしてその「人としてのやむにやまれぬ想い」は正しい。

けれども

「除染なんて本気で出来ると想っているのか。一刻も早く県外に避難させるべきではないか」

という「もう一つの正しさ」がある。

広大な飯舘村全体を除染するのにかかる費用は3000億だという。番組では南相馬市の場合にも2000億円がかかると試算が紹介された。国全体では40兆円という途方もない費用がかかる上に「効果が保証できない」。

金だけの問題ではない。その土地に暮らしてきた人たちの勘がある。

先日野田総理が福島市を訪問した時にも、ひとりの被災者の方がくってかかった。

「山もあんぞ。畑もあんぞ。ほんとに除染しきれっか?どうだ?」

総理は「頑張って除染していきますのでその上でまた」と口ごもったが、深夜に動画で見た飯舘村の村民懇談会でも同じような光景が見られた。住民は当たり前の話だが、生まれた土地に帰りたい。孫も子供も帰ってきてもらいたい。その藁をもつかむ思いで除染に期待をしながらも、その一方で政府や自治体の言うことを信用していない。

なぜならあの広大な故郷の山や川、野を誰よりも知り尽くしているのは彼らであり僕らではないからだ。

誰もが除染という対策が目先の付け焼き刃でしかないことを、どこかで知っている。それによって故郷が完全に浄化され、子供達の安全が保証されるなどと信じている者はおそらくいないのだ。番組ディレクターもBlogでそういうことが言いたかったのだと思う。

では誰もが完全に信じていないことにすがるしかないのはなぜなのか。この国の政治が「一定の予想できるプロセス」は全て試した上でダメだしをしようという、非常に非効率的かつ事務的、プロセス的な思考に陥っているからに他ならない。そこには思想や信念がない。命のために全てをなげうって動く狂おしさがない。

広大な原野を除染しきれるのか。その答は「やってみなければわからない」。確かにその通りであり、100%の不可能を言うことは誰にもできない。それでも地元の人を含め多くの人には理を超えた予想能力がある。この行為が極めて困難であるということはわかっているのだ。絶望という言葉は使いたくないが、それに近いものがある。

それでも、もしも目の前に除染のためのウェスを1枚出されたら、僕は目の前の机をやはり必死に磨くだろう。

日本という国は、当該地域の人たちをこんなきついところに追い込んでいる。避難しないで土地にとどまる人たちに警鐘を鳴らすのは間違いではないが、どうか彼らの苦渋の立場に少しでも思いを巡らせて欲しいと東京にいる友人達にもお願いしたい。

南相馬の人たちは「何もわからずとどまっている」わけではない。苦渋の選択の結果動けないでいる。この国の政府の姿勢がこうである以上、個々人で判断しなければならないところに追い込まれているのだ。それでも動けばいいだろうと言われるかもしれない。

けれども、あなたの住んでいる都市。個人が個人の責任で「好き勝手に」動いている都市とは違う、多くの人たちがコミュニティを単位とした意志行動で伝統も習慣も産業も保ってきた土地なのだ。それが急に「放射能てんでんこ」と言われて決断するのは非常に困難なのだ。危機に瀕しての、このまだるっこしいまでの寛容さがあったからこそ、あなたの祖父母は、都会に疲れて帰ってきたあなたを、いつも鷹揚な笑顔で迎えてくれたことがあったのではないか。

「除染よりもまず避難することが第一である。特に幼い子供達を持つ家庭は」


この見方に僕は組するが、どうかそれを決めるために、あなたにとってたやすい決断をするために、苦渋にも苦渋を重ねている人たちがいることを、そして彼らをそういうところに追い込んだのは誰なのか。考えて欲しいと思う。

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Comments

福島の放射能汚染の除染はトホーも無く大変ですね。山、山林、雑木林、建物、農道、道路、凄いですね。

こんばんは。
僕自身は当該番組を見ていないのですが、大きな反響(良くも悪くも)があるようです。被災地に実際に行かれた方の、ひとつの見方として僕の顔本で紹介させていただきます。

>>与那覇大智 さん。

ありがとうございます。>紹介
現地をよく知らない人たちにとっては、いい意味でも悪い意味でもショッキングな番組だったと思います。

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