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May 26, 2012

【学費を集めようとするクラウドファンディングに関するメモ】

思いつくままに。最低限のミッションと思われること

●学生の資質 →皆が支援するにふさわしい人間的与件を備えているかどうか、判断ができる学生自身のプレゼンテーションが何らかの形でされるべきである。

●現状の開示→どういう原因でこういう事態になり、どの位集まればどんなことが改善されるか。正しく開示するべきである。

●財務的処理→税務的処理は?寄付なのか?融資なのか?中間団体への寄付なのか投資なのか?が示されるべきである。

●その後のフォロー→集まった金額が当初の目的に沿って正しく使われて、どんなことが改善されたか。明確な成果と言わずとも、学生に対するその後のフォローが支援団体等によりなされるべきである。

May 20, 2012

呪詛の言葉を吐き合うよりも

正直なところ電力供給の30%を占める原発が事故以来1年余りで稼動ゼロになるとは思わなかった。政府は脱原発を宣言しスケジュールを決め、最低限度の稼動は不可欠だと国民を説得し、その最小数にはあらゆる観点でも最高水準の安全策を講じ、5-10年で自然エネルギーに移行するのだろうと考えていた。それが現実的なラインだろうと。

まさか路線変更も宣言できず、安全策の徹底もできず、需給のリアルも公表できず、デタラメで脅迫的な電力不足論で、ズルズルと最悪の形で稼動ゼロに追い込まれるとは。予想外であり自業自得の結果だ。

けれど不思議なことにこの国のエネルギーは原発ゼロで動いている。まかり間違って再稼動してもせいぜい数基以上の稼動合理性はどう考えても作れないし、こうなると一基動かしても政変だろう。その意味では勝負はついているのであり、楽観は禁物だが悲観に陥る必要もないと思っている。
むしろ呪詛の言葉を吐き合う状況を一刻も早く終えて、今後について力を集中しなければならない。それに皆、異議はないだろうと思う。政治への無関心だとかそういう甘いことを言っていられる状況ではなくなった。

これをもって奇貨とすべきだろうと思う。

May 11, 2012

邪悪と紙一重の強烈な表現と才能。反差別。そして純な魂。ーレディガガ日本公演

Img_4389


というようなわけで。という久しぶりの更新の面映さをごまかすかのような文頭ではありますが、埼玉スーパーアリーナにガガ様詣でをして来たので少しその話。

レディガガという人がとびきり個性的であることなど、今更言ってもしょうがないだろうけれど、敢えて敢えて敢えて近い人を思い起こせばやはりマドンナなのだろうと思う。がマドンナとの違いは彼女が極貧の生い立ちから、サクセスに向けて強靭な意志の力でのしあがってきたのに対して、最初から裕福な生い立ちのガガというところ。

そのガガのガガたるところはいったいどんなところなのか。ガガは何なのか。それは皆言いたいところがたくさんあるだろうけれど、一つにはそのえげつないまでの(時には滑稽/諧謔)表現で語る「反差別」。それはこの人の一貫したメッセージの一つだと思うが、差別憎しのあまりの邪悪すら感じる表現、逆説的に強烈な差別映像もあげてしまう度胸の良さ。ビヨンセまでおかしくしちゃうほどの(笑)伝播力の強さ。にも拘らず、ピュアピュアな本人のキャラのギャップにあるだろう。

素直ないい人なのである。めちゃくちゃに。みんな知ってるよな。

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May 06, 2012

忘れ難い大きな満月の夜

2012年5月5日。

こどもの日。月が格段に大きく近いスーパームーン。立夏。

そして23時に国内で稼働していた最後の原発泊原発3号機1が発電停止。
「瞬間的に」原発発電ゼロの国へ。

我らの時代。忘れ難い5月5日。「瞬間」が永遠になることを祈る。これからだ。


Seen2


元よりスーパームーンと原発停止とは何の関係もない。無論のこと。
けれども、発電停止の23時2分はこの大きな満月がほぼ南中した時刻だという。
何かを感じずにいられるか。

この1年間の沢山の人たちの思いが集約した夜だったと思う。
物語が必要なほど、みなそれぞれにギリギリだったのだ。
一抹の夢を見て何が悪いだろうか。


Moon2


定期点検で元々止まる予定だった泊原発3号機だが、今日までに1基の原発も再稼動出来なかったのは世論の力。だから原発ゼロの国は、我らの小さな第一歩だろう。

全ての放射性廃棄物や使用済燃料の消滅までには1人ぼっちで過ごしたウォーリーよりも長い時間がかかるけれど。それでも1歩。

まだ原発停止による電気不足を案じる人達。その電気は誰がどんな境遇で、どんな過酷な環境で作っていたものか。ひとたび事故があれば、どれだけ多くの人達の一生を台無しにするか考えて欲しい。電気は不足しているのではなく、特定の人達の利益になるように調整供給されていることに気がついて欲しい。

一時的な通過点も大事だけれど、本当は原発事故の最終的な本当の収束も見たい。どれだけ感慨があるだろうと思うが、残念ながらそれは永遠に叶わない。望んで叶わないまま身が先に滅ぶのはこのことだけではないが、最大級の残念なことになった。

どこまでそこに近づけるか。見ていけるか。

空の月は、この我らの物語の最終的な結末をきっと見届けてくれることだろうけれど。

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