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June 21, 2012

返せない借りもある

沢山の友人がメディアに行った。普通な入り方もあるが、政治家に紹介され、実業家に紹介されて新聞やテレビに行った。そのころ、何か言うと諭された。世の中はそういうものだ。そういうものだ。父親にもそう言われた。

幾歳月過ぎて思う。若い時におかしいと思ったことは間違いなくおかしいのだ。当時の彼らはそろいも揃ってこの事態にも沈黙している。そりゃあそうだ。お前は言えないよな。

人は、一生の間に「借りは返せない」こともあるのだと知る。そうだろ。親父。

僕の最低限の彼らへの友情は、聞いていることを言わないことだ。知っていることを敢えては触れないことだ。けれど自分は知っている。この無限の連鎖が。無限の連鎖が今を生んだ。


こんなことを言いながら、自分も甘いと思う。みんなが甘い。ここ一番で逃げていく。僕もあなたも。それが積み重なって、この体たらくだ。やり直せるのかな。やり直そう。遅くないのかな。遅くない。きっと。

夜中にこんなことを考えているのは、あなただけではない。僕だけではないはずだ。南相馬の荒れ野を思う。仮設で会ったアル中の彼を思う。思っているだけではどうにもならない。けれど思う。


この国は間違っている。

頼むから、金曜日の夕方。国会議事堂の四番出口から地上に出て、あたりを見回してくれと、今夜友人に話した。わずかな距離だ。怖くない。怖くないことがそこにいけばわかる。この人波を見て来たら、お前も誰かに伝えて欲しい。

けれども。

悲劇であることは否定するべくもないが、その後のこの展開。考えようによっては、この年になって迷うことなく進めるものを与えてもらってよかった。悩むことなく進めるものを与えてもらった。大変な不幸の中にあって言うのはおこがましいが、一つの魂としては感謝する。

日本政府のおかげだ。

精一杯の強がりではある。

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