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January 29, 2014

勇気と決断

311以後の論旨をここまでなめらかに理路整然と元首相(2人)が語ってくれる都知事選になったことをまず喜んでいる。彼らの戦略ありきという人もあるだろうし、国政への野望という人もある。

確かにそれはその通りだろうが、ご本人も言うとおり、首相まで務めた悠々自適の70を超えた「老人」があえて寒空に立ち、東京とは言え地方自治体の首長に立候補することに「悪意」を見ることは難しいものがある。勇気と決断には最大の尊敬を払いたい。

若い世代がというなら、若い世代がどんどん名乗りをあげていけばいいのだが、残念ながら投票所に足を運んでもらうことすら困難な状況である。三宅洋平さんのような人は多くはない。その厳しさは受け止めるべきだ。

細川さんの「足りないところ」「危ういところ」は皆で補うべきところだろう。

※ちなみに今回は投票前日に宇都宮さんと細川さんのどちらか「有利と思われるほう」に票を投じることにした。選択も公開しないのが自分の決断である。


【政見放送 NHK 2014都知事選 無所属 細川護煕】
http://www.youtube.com/watch?v=hb2oxZJbXvc&feature=share

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January 28, 2014

覚醒を

東京都知事の候補者として資質や人間性が飛び抜けているのは間違いなく宇都宮さんだと思います。だから頭が痛いのです。悩ましい。我らが東京をどう思っているのか。東京だけの選挙なのか、そうではないのかということです。

国を思うなど高尚なふりかざしをしなくても、一人ひとりが日々の生活を幸福に送ることは大事なことで、それを咎める権利など誰にもありません。けれど、東京もそれでいいのだろうか。実際311前、多くの東京人は福一のことも知らずに繁栄を享受していたのではないのかな。それで良かったのか。

人間性に優れた人はピュアです。妥協しない。だからこそピュア。そう思えば一本化などあり得なかったのです。でも政治はどうだろう。誰もが認めるいつも正しいことを言っているけれどいつも野党でいる政党があるとして、それはピュア度が足りないのではなく、寛容や柔軟、そして戦略が足りなかったのではないか。正しいことを言い続ければ必ずみんなにわかる時がくる。本当にそうだろうか。

こう考えてくると、特権意識ということではなく、東京の責務は重大なのだと気づく、それに比してこの数年やってきたバカげた騒ぎは余計に罪が深い。世界一どころじゃない。一からやり直さなければならない。選挙結果を憂慮すればキリがないが。

ここで書いても届かない顔のない「組織」へ。

覚醒を。

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January 23, 2014

「回虫」の死

かつてネットで「回虫」とまで言われた有名なネットストーカーが亡くなった。

このブログの古い読者であれば、彼の名前は知っているはずだ。あらゆる揉め事に顔を出し、よけいな事をし、当事者にからみまくった。

僕も数年前にやっかいなネットトラブルに関わる事になり、彼とは反対陣営になった。彼は僕の自宅や本名をつきとめ、職場や取引先に電話をし、ある宗教団体の関係者とともに、脅迫的な振る舞いを行った。そのことで自分は警察にも被害届を出す事になった。忌々しいといってあれ以上の忌々しさはない。

ところがその人が最近急死した。

東京から原発被害を免れるために熊本に移住し、なにか店を開いたようなことまではおぼろげに知っていたが関わるのも忌々しいので無視していた。

熊本に行った彼は九州への避難者の面倒を見ながらその店を拠点とし、いつか頼られる存在になったようだ。Twitterに彼の死を惜しみ、感謝を述べる人が後を立たず、正直僕はあんぐり口をあけて見ている。

人の一生はわからない。僕たちにとっては「回虫」のような存在であっても、その過去を知らない人にとっては、彼は熱心で親切な兄貴分だったようだ。死を惜しむ人たちに対して何も言う事はない。人の生涯は死ぬまでわからないし、あそこまで非業の限りを尽くした彼が、その「晩年」に少なくない人の尊敬を集めて亡くなったことに、僕は戸惑うとともに、どこかほっとしている。

紆余曲折があっても、人の一生は棺桶にはいるまでわからないという。

そういう意味では「回虫」は人になって旅立った。いや。人どころか、立派に最後を締めくくったのだと思う。

その点だけはこれからの人生の中で僕も近づければいいと素直に思う。

月並みな弔辞は述べたくない。これが僕の感じる全てだ。




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January 21, 2014

諦めない

思うのだけれど、人は脱原発で進歩も進化も諦める必要はないし、べきでもない。社会がこの技術を葬ったからと言って停滞するとは思えない。むしろ原発依存の思考停滞を問われている。処分のできないエネルギーは人を滅ぼす。かと言って、カネより命というのも違う。豊かさと命。両方追求するのが人類だ。それはそれでいい。

けれどもうひとつ。

人は誰も他人に自分以上のリスクを強要できない。東京を守るために浜通りにリスクを引き受けさせる。原発作業員にリスクを引き受けさせる。それをやむをえないとするあなたの論拠は何か。

誰も一人では生きられない。人にリスクを引き受けろと言うなら、あなたは何を引き受けるのか。あなただけの豊かな人生など、彼らは知ったことではない。

異論のある人とは時間があればネットではなくリアルにゆっくり話してみたいと思っている。

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January 17, 2014

【超乱暴な自分の現在の私的脱原発論(付都知事選)まとめ】

当面の不足する電力補充は火力でやれることがこの3年で実証されている。ただコストの先行高とエネルギー安全保障、環境への影響等の観点からそのまま放置できない。代替エネルギーが立ち上がるまでに空白の期間があることは予想されるので、この間いかにコストを押さえて電力会社を原発への一方的依存から離し、発送電分離と正当な競争の導入などに耐えられるよう、経営を再構築できるかという政策論になっていると理解している。政治家が本気になればできるというその点は小泉氏の言う通り。この政策論争は利権配分の戦いでもある。

そこで東電の解体、再構築の方策を巡る議論になる。
埋蔵金のように無駄なコストが原子力発電には隠されている。このコストをあぶり出して価格にフィードさせてもなおかつ値上げが必要なのかどうか。

現在の状況はあらゆるところで「変数」が隠されているので我らの正当な判断が妨げられている。その変数をあぶり出さないと即時停止なのか10年後に停止なのかは判断できない。

ただ再稼働は極めて困難。立地的にも保険会社等の引き受け拒絶的にも国家レベルの政争を巻き起こす可能性からしても。

宇都宮氏の考えている方向性は、真っ向からこれら既得権力を敵に回す「市民の戦い」 一種の市民革命の様相になる。甘美だがこの路線のほうが本当に脱原発を早く実現するのかどうか僕は判断がつかない。保守側の総反発を食らえば戦いはむしろ長引く危険がないかと思う。

小泉が代表しているのは自民党の一部でしかない=壊すと見せかけて再構築する は正しいと思う。ここのところ自民党の中枢はウルトラ国家主義者に乗っ取られているかのようである。これが補正されるなら歴史的な意味はある。もちろん市民革命を唱えるなら自民党は根こそぎつぶれるべきだ。しかし。さはありながら。。(論考中途

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January 06, 2014

2つの靖国

僕でも誰でも(たいていの人は)自分の国に思い入れはある。

子どもの頃から正月になると祖父に連れられて靖国神社に行くのが恒例だった。祖父は靖国で爆弾三勇士の話を何度も何度もしてくれた。祖父がそんなに思い入れを持って何かを語ってくれた記憶が僕にはほかにない。爆弾三勇士は確か像のようなものがあったように記憶しているけれど曖昧だ。

八王子から靖国神社のある九段下まで、普段会話もない祖父のあとをトコトコついてはるばる電車に乗って行くのは正直苦痛だったけれど、きっとじいちゃんには大事な習慣なんだろうと、子供心に納得させた。

祖母は決してこの正月のツアーに同行しようとはしなかった。靖国神社を祖母は敵視しており、毎年正月に参拝する祖父の行動を心底いやがっているようだった。祖母は正直なところ、小学校もろくにいっておらず、戦争で何がおきていたのか、何が起きていなかったのか、正確に把握していたかどうか疑わしい。けれど繰り返し繰り返し言っていた事から想像すると、敗戦で手のひらを返したように日本中が態度を変えて、全てを東条英機始めとする戦犯のせいにしてしまったこの国のありさまに、心底嫌気が差しているようだった。
祖母の本能的なカンは、国の英雄を、「手のひらを返して」誹る行為も、崇める行為も両方に嫌気がさしていたのだろうと今は思う。


けれど。

寒い冬の光の中で、愚直に八王子から正月になると靖国に詣で、何度も何度も爆弾三勇士の話をする祖父の着ていた地味なオーバーコートも僕は忘れない。

同じ戦中を生きながら、まったく正反対の態度をとる2人の老人に、僕はこの国の矛盾を言葉では表現できない形で学んだのだと今となっては思う。

「A級戦犯を合祀したらなんでいけないんですか」
「中国と韓国に言われたい放題でいいんですか。内政干渉でしょう!」

と意気込む人の話を聞くたびにぼくは、八王子のアパートを祖父と僕が出て行くのを苦々しげに見送っていた祖母と、爆弾三勇士の碑を見上げる祖父の地味なオーバーコートを思い出す。靖国のことを考え続けているのは、そんな幼時の記憶と深く結びついているのかもしれない。

世界に単純な事はそれほど多くない。
いきさつを知って考え抜いた上で、みなそれぞれが考えを決めればいい。
けれど、靖国に詣でることは、伊勢神宮や出雲大社に行くこととは、全く違う。
それが区別できていない人がいるように思う。
誰が何のためにあの神社を作ったか。

我らは何度でもだまされるのだ。

祖母があの目で僕に伝えた事だ。
祖父が身を持って知らせた事だ。

いや祖父にも思いがあったのだろう。
今となっては確認はできないが。

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