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January 06, 2014

2つの靖国

僕でも誰でも(たいていの人は)自分の国に思い入れはある。

子どもの頃から正月になると祖父に連れられて靖国神社に行くのが恒例だった。祖父は靖国で爆弾三勇士の話を何度も何度もしてくれた。祖父がそんなに思い入れを持って何かを語ってくれた記憶が僕にはほかにない。爆弾三勇士は確か像のようなものがあったように記憶しているけれど曖昧だ。

八王子から靖国神社のある九段下まで、普段会話もない祖父のあとをトコトコついてはるばる電車に乗って行くのは正直苦痛だったけれど、きっとじいちゃんには大事な習慣なんだろうと、子供心に納得させた。

祖母は決してこの正月のツアーに同行しようとはしなかった。靖国神社を祖母は敵視しており、毎年正月に参拝する祖父の行動を心底いやがっているようだった。祖母は正直なところ、小学校もろくにいっておらず、戦争で何がおきていたのか、何が起きていなかったのか、正確に把握していたかどうか疑わしい。けれど繰り返し繰り返し言っていた事から想像すると、敗戦で手のひらを返したように日本中が態度を変えて、全てを東条英機始めとする戦犯のせいにしてしまったこの国のありさまに、心底嫌気が差しているようだった。
祖母の本能的なカンは、国の英雄を、「手のひらを返して」誹る行為も、崇める行為も両方に嫌気がさしていたのだろうと今は思う。


けれど。

寒い冬の光の中で、愚直に八王子から正月になると靖国に詣で、何度も何度も爆弾三勇士の話をする祖父の着ていた地味なオーバーコートも僕は忘れない。

同じ戦中を生きながら、まったく正反対の態度をとる2人の老人に、僕はこの国の矛盾を言葉では表現できない形で学んだのだと今となっては思う。

「A級戦犯を合祀したらなんでいけないんですか」
「中国と韓国に言われたい放題でいいんですか。内政干渉でしょう!」

と意気込む人の話を聞くたびにぼくは、八王子のアパートを祖父と僕が出て行くのを苦々しげに見送っていた祖母と、爆弾三勇士の碑を見上げる祖父の地味なオーバーコートを思い出す。靖国のことを考え続けているのは、そんな幼時の記憶と深く結びついているのかもしれない。

世界に単純な事はそれほど多くない。
いきさつを知って考え抜いた上で、みなそれぞれが考えを決めればいい。
けれど、靖国に詣でることは、伊勢神宮や出雲大社に行くこととは、全く違う。
それが区別できていない人がいるように思う。
誰が何のためにあの神社を作ったか。

我らは何度でもだまされるのだ。

祖母があの目で僕に伝えた事だ。
祖父が身を持って知らせた事だ。

いや祖父にも思いがあったのだろう。
今となっては確認はできないが。

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