SNS

My Photo

BooksBooks

無料ブログはココログ

« February 2014 | Main | April 2014 »

March 29, 2014

台湾の件は人ごとではないが

以下の記事が当意即妙な翻訳まとめとあいまって現在台湾で起きていることを理解するのに非常にわかりやすかった。

【台湾速報】抗議で揺れる台湾で「とある社長の独り言」にコメント殺到 台湾の反応「感動した!!」「シェアするべき」
http://taiwansokuhou.blog.jp/archives/4670333.html

このあたりを読んでいて思い出したのはなぜかアヘン戦争。アヘン戦争で欧米列強の脅威をまざまざとした日本がその後明治維新に向かっていく原動力の一つになったと言われている。

今回の脅威は中国であるが、いま起きている台湾の件は人ごとではない。欧米列強ではなくて巨大化する中国。確かに脅威を感じる。台湾が飲み込まれたら直接対峙感ハンパない。

そこに安倍政権の富国?強兵策が乗っかってくるのだろうと思うが、富国はともかく、強兵に関しては僕は疑問視している。台湾の事例を見てもわかるように軍事侵攻よりも恐ろしいのは経済侵攻なのだ。そういう意味でいたずらに軍事チキンレースに参加する時代ではない。平和主義云々ではなく戦略として疑問。

幸か不幸か日本の経済力は台湾よりも遥かに強大だ。むしろ経済外交戦争に本腰を入れるべきで、くだらぬ孤島争奪戦を利用して強兵策に挑むなどそれこそ現実的ではない。

明治維新に学ぶは良いがより富国(経済成長オンリーではなく他国との協調経済で存在感を確保する)戦争で勝利すべきなのが現代のパワーバランス。中南海以外の中国内の親日勢力とはどんどん連携を深めるべきだと思う。

戦略的に。

Continue reading "台湾の件は人ごとではないが" »

March 28, 2014

無為の問い

もう少し待っていれば今年の桜だって見ることができたのに。急ぎすぎだ。

斎場の蕾を見上げて息が苦しい。

あの遠い昔。15歳のその人は15歳の自分に声をかけた。それはおそらく今日とそう変わりのない春の日だったが、校庭にはもう桜が咲いていたな。日の光が明るかった。かすかに朧げに、あの日の人懐こい笑顔が浮かぶ。

あれから今日まで幾年も生きてきた。長い時間が過ぎてみたら、その人は今夜白木の箱に眠っている。人の壁をよけて覗き込んで顔を見ると穏やかな表情で眠るその人がいた。

人生を生きてきた大人が、ひとり自分の意志で選んでこの世を去るのであれば我らにできることはおそらく何もない。

でも、もしも。
でも、もしも。

仮定の悔いは無為の問いとなって我らの胸の中をぐるぐる回っている。

でも、もしも。

これが逆になっていたならばなどと愚かなことを考える。ほんの数ミリの運命のずれがあったなら。逆になっていたならと。

その人は白木の箱に横たわる自分を見て、何と言ったろうか。バカ野郎とそしっただろうか。子供のように泣き濡れたろうか。それとも何も言わずうなだれたろうか。

なあ。聞いているか。
想像できるか。お前ならどうした。

お前はもうちょっとした大声では届かないところを今夜歩いているのだろうけれど、逆になったときにお前ならどうする。どんな風に俺の顔を覗き込むんだ。いつかそれだけは聞いてみたい。

またどこか桜の咲く場所で待ってろよ。

きっとまた会うだろうから。


Continue reading "無為の問い" »

March 25, 2014

春日狂想

人が旅立つと電話の着信一つでわかる。いつからこんな風になったのだろうか。

この詩人の前には物心ついて以来、いつもあなたが立っていたので、あなたのことなのだか、詩人のことだか僕にはよくわからない時があった。

いま、あなたがそこを去ったので、僕は改めてあなたではなく、この詩人の辞世のような詩を読んでいる。

まこと世は酷く信じられないことが起きる。あなたのこのような退場を思い切り僕は誹るべきなのだろうが、そこにとうの昔からいるはずのない、あなたが遮っていた詩人しか残っていないようで、謗りの言葉も吐けないでいる。

こんな自分を見て、あなたがどこかまだその辺でにやりとしているなら、誠にそれも酷い話だ。

あまりのことに悔やみも言えない状況がこの世にはあるのだと知る。

春日狂想(中原中也)

   1

愛するものが死んだ時には、
自殺しなけあなりません。

愛するものが死んだ時には、
それより他に、方法がない。

けれどもそれでも、業〈ごう〉(?)が深くて、
なほもながらふことともなつたら、

奉仕の気持に、なることなんです。
奉仕の気持に、なることなんです。

愛するものは、死んだのですから、
たしかにそれは、死んだのですから、

もはやどうにも、ならぬのですから、
そのもののために、そのもののために、

奉仕の気持に、ならなけあならない。
奉仕の気持に、ならなけあならない。

   2

奉仕の気持になりにはなつたが、
さて格別の、ことも出来ない。

そこで以前〈せん〉より、本なら熟読。
そこで以前〈せん〉より、人には丁寧。

テムポ正しき散歩をなして
麦稈真田〈ばくかんさなだ〉を敬虔〈(けいけん)〉に編み ――

まるでこれでは、玩具〈(おもちゃ)〉の兵隊、
まるでこれでは、毎日、日曜。

神社の日向を、ゆるゆる歩み、
知人に遇〈(あ)〉へば、につこり致し、

飴売爺々〈(あめうりじじい)〉と、仲よしになり、
鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、

まぶしくなつたら、日蔭に這入〈(はい)〉り、
そこで地面や草木を見直す。

苔はまことに、ひんやりいたし、
いはうやうなき、今日の麗日。

参詣人等もぞろぞろ歩き、
わたしは、なんにも腹が立たない。

   ((まことに人生、一瞬の夢、
     ゴム風船の、美しさかな。))

空に昇つて、光つて、消えて ――
やあ、今日は、御機嫌いかが。

久しぶりだね、その後どうです。
そこらの何処〈(どこ)〉かで、お茶でも飲みましよ。

勇んで茶店に這入りはすれど、
ところで話は、とかくないもの。

煙草なんぞを、くさくさ吹かし、
名状しがたい覚悟をなして、 ――

戸外〈そと〉はまことに賑やかなこと!
――ではまたそのうち、奥さんによろしく、

外国〈あつち〉に行つたら、たよりを下さい。
あんまりお酒は、飲まんがいいよ。

馬車も通れば、電車も通る。
まことに人生、花嫁御寮。

まぶしく、美〈は〉しく、はた俯〈(うつむ)〉いて、
話をさせたら、でもうんざりか?

それでも心をポーツとさせる、
まことに、人生、花嫁御寮

   3

ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。

つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。

ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に ――
テムポ正しく、握手をしませう。

Continue reading "春日狂想" »

March 11, 2014

あの夜の「平和」

2011年の今日。自分の大きな勘違いのひとつは、みんなきっと北へ向かうだろうと思い込んだことだ。大惨事。きっと日常をいったん棚上げにして、ほとんどの人が東北へ向かうと思った。自分はいつ行こうどこへ行こうと考えた。抗うことはできなかった。他の選択肢もなかった。思い込んで3年だ。

こんな思い込みはきっと何かの勘違いだったのだろうと思う。世界はそんな風にできていない。個々の事情の最大値で。。いや違うな。風の吹かない人には永遠に風は吹かない。そのことは何も罪でも何でもない。自分とて3年間おろおろ歩き回っているだけだ。足元の世界すら変えられない。

自宅に帰り着いた3月11日の夜は、立ち往生した高校生のカップルを迎えに車を近くに走らせた。娘の友人だ。彼と彼女は比較的呑気な顔で現れた。やむなく家に泊めることになった2人にどれだけあの時救われたかと、今でも振り返る。身震いするのはその時かの地で何が起きていたか知らなかったことだ。

僕の頭の中ではあの夜の呑気な高校生のカップルと自分達、その同じ時間に原発で起きていたこと、南相馬で起きていたこと(ずっと後まで知らなかった)が頭で重なり後ろめたい気分になる。写真展に来てあの地獄のような彼の地の数日間を語ってくれる人がいた。問わず語りに言葉が口をついてでる。そして止まらない。

どうしようもないことなのに、あの日に彼の地がどんなことになっていたか。それを知らずに過ごしていた自分の「平和」とのギャップに身震いする。それは結局今でも埋まらない。どちらがどちらではないし、おそらく仕方が無いことなのだろうけれど、3年経ってもそこに行き着けない。

Continue reading "あの夜の「平和」" »

« February 2014 | Main | April 2014 »

-