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March 31, 2016

意志とは違う。運命とも違う。

いくつになっても自分はどこへ行くんだろうと思い続けていることは幸福なんだろうか。不幸なんだろうか。いやそれは幸と不幸で語ることですらないのだよ。きっと。

いつも声は自分の内から聞こえるのではなく、中とも外とも峻別のできない細い細いところから聞こえてくる。人の普通があるかどうか知らないが。これは普通ではないのだろうか。

意志とは違う。運命とも違う。さながら風にこの満開の桜が吹かれていくように、たゆたうように。といえば綺麗だが、ただ、ただ自分の声に翻弄されてさ迷っているだけなのかもしれない。

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March 25, 2016

常磐道を走る

こんな青い空の元で車を走らせていると、ここがどこなのか、ここで何が起きてしまったのか忘れそうになる。というより自分も、この国のほとんどの人たちも、本当に忘れてしまいたいのかもしれない。知性や理性で忘れるべきではないと思う前に、心の奥底で知らぬ間に起きてしまったことを認めることを 5年経った今でも忌避している。

無人の美しい家々。

忘れることはできない。忘れることができるほどに、この田畑一面に広がる風景。青や黒のフレコンバッグの山の存在感は甘くないのだ。悪夢の中の田園風景というものがあるとすれば、その一つはまさしくこの風景だろう。

ここにどんな日常があったのだろう。

自分たちの国は世界史上にない額の借金を作り、世界史上にない2発の核兵器を落とされ、そして有史以来最大級、1000年に一度という大地震と大津波を受け、そして4基の原発が破裂し甚大な放射能を国土にばらまいた。

その上でそれを除去しようとして膨大な除染「事業」を行い、甚大な数の袋に詰めたはいいが、そこで手詰まり。ただ積み上がっていくフレコンバッグの最終的な保管場所も決まらず、倉庫番ゲームのようにこの無人の田畑の各所に積み上げては動かし、動かしては積み上げている。

墓場を走り続ける列車のようなこの車。

土や草木や川の間にこの膨大な数の袋が人の背丈の何倍もの高さに積み上がっていく様を見ながら自分は、「4.4μSV/hour」と表示される横で高速道路を疾走している。こんなところを走りながら息も止めない。呼吸ももう乱れない。

事もあろうにその土地に人々に帰れというのだ。なにごともなかったかのように。これは何なのだろうか。彼らはどこから来たのか。何の幻覚か。

実のところ、こうやって重ねてものを考えることはもう自分の心の習慣としてはない。ここを何度も通るうちに、この異様な風景に慣れてしまった。風はあくまで気持ちよく吹き渡り午後の日差しは平和に澄み渡る。

この土地の人はどこに行ったのか考えさえしなければ。

美しい空気のいったいどこが汚れているのだろう。何かの勘違いではないかとすら思う自分がいる。

不思議なことに東京に戻って、渋谷の雑踏を歩いている時にフラッシュバックのようにこの遠い風景が蘇りようやく正気を取り戻すのだ。そして唐突に思う。

「自分たちはなんということをしてしまったのだろう」

泣き出したくなる。

それが。刹那。完全に毒が消えるとされている10000年単位の時間を考えたところで気が遠くなり、やはり何かの勘違いか白昼夢を見ているのではないかとまた正気はまどろんでいくのだ。心は平静な日常に戻っていく。

きっと私たちは狂っているのだ。ずっと前から。

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March 22, 2016

パンダはシロクマにはならないが。-白産経と黒産経

産経新聞には白産経と黒産経がいる。名前だけで判断しないで、一生懸命やっている記者がいることを見逃さないで。それを僕は亡くなった日隅さんから習ったんです。皆さん意外に思うだろうけれど、日隅さんは元産経記者ですよ。もちろん白と黒と入り乱れて限りなく黒パンダみたいな産経新聞ですが、いいこと書いた時には、ああこれは白産経だとちゃんと褒めてあげましょう。まあ滅多にパンダがシロクマみたいにはなりませんが。


山梨の野党統一候補は宮沢氏で最終合意 共産の宮内氏は比例へ


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160322-00000018-san-l19

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March 20, 2016

いま改めて小保方晴子さんのこと


STAP現象、米国研究者Gが発表…小保方晴子氏の研究が正しかったことが証明|ビジネスジャーナル スマホ


この件。自分は小保方さんのことはちょっとまだ気になってましてですね。女子としてどうとかじゃないですよ。この事件というか顛末に。

小保方本も読んだんだけど、図々しいとか女使ってるとか色々と言われてますが、彼女は戦えない女子なんですね。自分的には。ポイントや都度の局面で的確に反論できないことが相当彼女を不利にしてきた。

本を出してかなり具体的に反論したのは良かったけれど、いま彼女に必要なのは出版よりも法廷闘争なんじゃないかと思うのですね。自分に確信があればね。

何だかこのまま泣いて終わるのが美しい日本の女子の美徳ですよじゃ困るですよ。この時代。半分悪魔になって結構なので確信あるなら戦ってください。

戦う人には必ず味方が現れる。隅で泣いてばかりの人には出てこない。もしも世間がいうようなことではなく、実力で生きてきたというならそれを見せてください。

彼女が自著で言っていることが本当ならこれは人間の尊厳の問題ですよ。エプロンつけてどうこうとかその口で言うのかお前らはですよ。

いつもこういうことしか言えなくてすみませんけれど。

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March 19, 2016

東芝解体となりふり構わず生き残った三井住友銀行のこと

メディカルを売って白物を売ってパソコン事業を手放して、東芝に残るのは4000億もののれん代未償却のウェスティンを抱える原発事業と半導体事業だけ。ウェスティン関連減損時に瞬間的にも債務超過にならないように部門売却を急いでいるのだろうが、「あの東芝」はもう消滅したも同然だな。。

日本経済と原発事業にカタストロフィを生じさせないように国民へのインパクトを減じながら東芝解体が進んでいる。

バブル末期に三井住友銀行は子会社のわかしお銀行を商号変更し、何と三井住友銀行を消滅させる合併を行って8000億円もの証券の含み損を一掃させた。こんなことが許されるのかとあの時思ったが、いま我々が三井住友銀行と呼んでいるのは旧わかしお銀行であることを知る人は少ない。東芝の存続にはこのくらいのウルトラCが必要ではないか。

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【安保法制違憲訴訟の原告に加わることにしました】





さる9月19日に国会で成立されたとする安保法制は正当な国会決議を受けていないと考えています。またその内容は違憲であり法律として施行されることは不法行為だと考えています。このことに自分はどうしても納得ができないので、安保法制違憲訴訟の市民原告に加わることにしました。申し立て費用や弁護士費用は基本的にカンパで賄われる予定ですので、若干の手数料以外、原告に加わることで即時お金がかかるようなことはありません。微細な行動ではありますが、ここは看過できませんので自分としては当然に加わります。賛同を感じる方の合流によりによりこの動きが拡大することを期待します。

●安保法制違憲訴訟の詳細はhttps://anpoiken.wordpress.com/

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March 12, 2016

1日遅れてしまったけどあの日から5年目に

「あの時、大変なことになっていたんだなあ」

ということを国民の(ざっと考えて)半数?半分も行かないか。共有できるまででに5年もかかるんだとつくづく思い知らされる。周りを見ていても思う。

でも自分は被災者ではないのだ。被災された方はどれだけの思いだろうと思う。

「「メルトダウン」と言うな」

が(誰の命令か知らないが)その筋の暗黙の前提になっていたことも、報道で知る。このNGワードに圧力がかかっていた。ツイートすると猛烈な圧力が親しいフォロワーからさえ来た。

素人が原子力についてわかりもしないのに、不確かな意見を拡散するな。という圧力も凄まじかった。「被災者を傷つけることになるんだぞ」という不思議な脅しは未だにある。

これは全て政府の圧力と反発する人がいる。もちろん今の政府は駄目だ。自由の価値、民主主義の理念を理解していない。それどころか嫌悪している。

でも圧力の出所は政府だけではない。この国の社会だ。普通の人たちが圧力に加担し体制の味方をする。それが巨大な圧力になるのだ。それがこの国の恐ろしいところだ。

きっとあの戦争でもそうだったのだろうなと、リアルに想像することができるまでの5年間だった。

卑怯なる者は、大きな力を持つくせにそれを隠し、もっとも弱い者の名を語りそれを利用して圧力をかける。そしてもっと悲しいのは、その利用されている弱い人たちまでもがこの圧力に加担してしまうのだ。

311以前、自分はこういうことにここまでリアルには気がついていなかった。教えてくれた311は自分の人生にとって遅すぎた大災禍だったかもしれないが、気づかせてくれたことを軽んじないようにしようと思う。

#1日遅れてしまったけど5年目に。

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March 04, 2016

永遠に失われた国立競技場のこと

久しぶりにジムへ行って帰りに着替えている時、ふと「そう言えば最近競技場に行っていないな」と思ってから、「そうか。もう無いんだ」と思ったら、例えようのない寂しい気持ちになった。澄んだ冬の夜のあの冷たく凛と張り詰めた空気の香りと一緒に走った人の息遣いやその背中を思い出した。

あの国立陸上競技場は消えてしまったのだった。永遠に。

もとより嘆く立場でもない。ただ、自分は何年かの間、仕事帰りに一般向けに開放されている競技場で何とも中途半端な距離を走る素人ランナーだった。いや、そう言うにも恥ずかしく。実にへなちょこな走りしかしていなかった。

へなちょこだからトラックを10周もすれば座り込んでしまい、走っているただごとならない人達、同じ空気を吸うのが申し訳ないような人達の、ひたひたと走る姿と音を感じる。同じ人間とは思えないんだ。あの走る姿の美しさと速さ。厳しさ。音。

こんなところにいてごめんなさいと思いながら、まだ来ぬ、共に走るはずだった人のことを気にしながら帰る。

雨の夜でも国立競技場には走る場所があった。観客席の最上階の裏には、屋根のある室内のトラックがあった。寒すぎる時、雨の降る時。そこがトラックになった。

自分は前回の東京オリンピックをかろうじて覚えている。あの時。この国の熱狂のまん中にこの競技場はいた。あの燃え盛る聖火が燃えていたのは、あの中央のあの台の上なのだ。真っ赤な日の丸。燃え盛る聖火。

我に帰ると年老いた競技場があった。いま目の前にあるしんとした、凛としたこの場所が、あの子供の時の熱狂の場所と同じだとはとても信じられなかった。

あなたはどうだったろうか。何を考えてそこで走っていただろうか。それはきっともう僕は永遠に知ることはできないし、確認もできないだろう。あなたはもうそこにいないし、国立競技場はもうないのだから。

永遠になくなったもののことは、それから何年も何十年もしないと誰にもわからない。人と人の関係も。

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