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February 23, 2019

仕事の場で人をちゃん呼ばわりするのはやめよう

モーニングショーで、羽鳥さんがテレビが安心させるためのもので何が悪いのか的なことを言って話題になっていたが、その時テレビ報道への疑問を口にした宇賀アナウンサーのことを皆で「宇賀ちゃん」「宇賀ちゃん」と呼ぶのはもうやめないか。そもそもなぜ女子だと公の場でちゃん呼ばわりする。

男を公で「ちゃん呼ばわり」する例はなくはない。とくにテレビ関係だとよくある表現なのは知っているが、それなら「羽鳥ちゃん」「玉川ちゃん」と揃えるべきだ。「宇賀さん」と呼ぼうよと。ちゃん呼ばわりは親しみと交換にやはり本人への目線を下げる。そして女子ならちゃんでいい風潮は確かにある。

自分も気が緩むとやりかねないことではあるので、余計に戒めようと思う。飲み会だとか親しい間柄なら別かもしれないが、少なくとも仕事の場で人のことをちゃん呼ばわりするのはやめるべきだと思う。特に女子に対して多い。業界であってもテレビの中とかね。やめようよと。

宇賀さんは、報道をやりたいと思ってこの世界に来たと話していた。そして報道をするということは思うようにはいかないんだなと思っていると。そうした思いを抱えている、1人の若い有能な人を「ちゃん」などと気安く呼ぶのはもうやめよう。これは出演者もわれわれも。そういうところからじゃないのかな。ひとつひとつ。

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性の隣に

性に関わる仕事をしている人たちの中に、めちゃめちゃ文章巧者が多いということに、自分は前から気がついているのだけれど、(その人たちの性の表現がいいということではないです。それはある意味仕事柄当たり前なので)なかなかその理由がわからない。

凡な言い方になるけれど、性の隣に生と死があるその厳粛なエネルギーが、知らず知らずその人に宿るのかなとも思うのだけれど、少しこじつけめいているような気もする。

そうであれば、政治の隣には生も死もないのでありましょうか。ということになる。もっとも言葉を必要とする世界のはずなのに、荒涼たる砂漠どころか、砂にたとえるすらもったいない状況がある。


9/2。死ぬのめっちゃ怖い 戸田真琴

「わたしは死にたくないし、きみにも死んでほしくない。みんな、200年くらい、そう、生きることに本当にくたびれて、ぐだぐだに煮込み尽くされて茶色くなったおでんのはんぺんみたいになって、あと体験していない重要なことはたぶん死ぬっていうことくらいだな。とピュアな気持ちで思うことができるようになるくらいまで、いやになるほど生きて欲しい。200年生きようね、なんて一歩間違えたら怪しい宗教みたいに聞こえる言葉を、ファンのみなさんに対して言いながらちょっと泣きそうになったりする。

変なんだ、すべてのやさしい生き物、おもしろい生き物、かわいい生き物、どうしようもない生き物も、200年くらい生きてくれよ。ぜんぶしゃぶり尽くして嫌になるまで、もう顔も見たくなくなるくらいまで、そばにいようよ。そう思うことがあるんです。ほとんど、いつも。

なので、私、死ぬのがめちゃくちゃ怖いです。きみが死ぬのもめちゃくちゃ怖い、自分が死ぬのと同じくらい怖い。」

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February 17, 2019

沖縄のビートルズ

「今かかっていたのは沖縄の音楽?」とカフェにいた年配の客が出がけのレジ前でいきなり聞いた。
「?!いえ?!ビートルズですよ」とマスターが答える。

そう。誰が聴いてもアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だよ。

「A day in the Life」でちょうど高校時代のことを思い出していた時だったから、僕もその質問には驚いた。

(皆が知っているように)インド音楽のようではあるけれど、まさかの沖縄音楽かと聞かれたマスターも驚いている。でもすぐに「確かにそんな風にも聞こえますね。考えたことなかったけど(笑)」と続けた。この人はこういうところがいい。

客の方は「ビートルズなの?!こんなビートルズ聴いたことがなかった」と照れている。

沖縄音楽かあ。。ちょっと考えてみたけれどシタールが三線の音色に重なったのかな?

でも僕にとって、ちょっとそれはないなあ。確かに世界は繋がってはいるけれど。沖縄の魂とは違う。

それにしても世界にはビートルズと言えば「イエスタデイ」や「Let it be」だと思ってる人もいるんだろうなあ。そういう人にとっては試行錯誤を繰り返した禍々しいビートルズは存在していないのかもしれない。それもこの世界の不可思議だ。

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February 11, 2019

Youtubeプレミアム「ORIGIN」が凄い——こんなクリエイターたちの時代に添いたかった。

YoutubeプレミアムのSFホラー「ORIGIN」
最初はエイリアンとブレードランナー足して2で割る的な程度の印象だったのだけれど、ストーリーもしっかりしていて人間描写も丁寧でかなり深い。何より同時代進行ののサイバークリエイターがどんな未来を考えているかがリアルにわかる。VRやAIの絡ませ方も上手いなあ。いいなあと感心。

こんなものが作られる時代のクリエイターにもっと添いたかった。



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「子供は親のそばで育つのが一番」ではない- 最優先されるのは個人の人権か家族の呪縛か


詰まる所「子供は親の元で育つのが一番」「家族が一緒にいることが何より大切」という宗教に近い日本文化の思い込みが社会からも関係者すべてからも消えないのだと思う。旧民法の家族制度の概念が色濃く残っているので、子供を親から家族から引き離すためにはそれを超えるだけの正当事由を積み重ねなければならないため、親権の制限が容易ではない。そのリスクを負うくらいなら不作為が一番となっても無理はない。児相が格闘している相手は、事なかれ主義に加えてこの日本社会の呪縛ではないだろうか。





西欧では「個人の尊厳、人権が何より優先される」という最優先の価値からの距離感で判断するので親からも引き離せるのだと思うし、圧倒的な個人の人権という価値の前には親権の制限が可能なのではないか。





旧民法の家族制度を復活させようとする試み、そうした勢力のために何が崩れるのか、こう考えてくるとよく見えてくる。





※てかそんな復古主義推進政党に何とかして復帰して潜り込もうとしている御仁がこういう記事を書くとは。何とも表現し難い。










「子どもは親の持ち物ではないはずだ。2016年、わが国の親権停止は、わずかに83件に過ぎない。ドイツでは毎年1万以上、英国では毎年5万以上の親の親権が停止され、ほとんどの子どもは、新しい親と共に生活している。




親とは何か。家族とは血のつながりを言うのか。私は違うと思う。育てられない親、育てる資格のない親が現実にいる。そのようなケースでは、乳児を含めて子どもたちに、それ以外の選択肢を示すのが、社会の責任だと私は思う。多様な家族のかたちを積極的に認めるべきだ」

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