May 08, 2005

小田和正という存在---「月曜組曲」のDVD発売

oda
あの「月曜組曲」の全11回の放送(ノーカット)が、DVDになって5/25に発売になるということを、「新・ネモの雑記帳」さんの記事で知った。今、予約受付中とのこと。タイトルは、「風のようにうたが流れていた」。番組では1話30分だけど、DVDでは1話あたり50分弱、全11話で計560分・94曲という超大作に仕上がっている。(Amazonより)

これはこのサイトで紹介しないわけにはいかない。この番組の連続記事で、多くの人と知り合うことができて、今も交流が続いている。当ブログの読者も増えた。でも半年近く前のことだけれど、ずいぶんと昔のことのようにも思えるよね。この半年でもいろんなことがあった。違いますか?

#このサイトもこの記事の終了後、ちょっと硬派に走ったかな・・(笑)

番組中で流れた「たしかなこと」も同時にシングルリリースされる。

【当ブログ関連記事】
小田和正という存在(連続エントリー)

【以下Amazon.comより転載】
2004年10月からTBSで放送された小田和正の初TVレギュラー番組のDVD化。幼少期に聞いた唱歌から、学生時代夢中になった洋楽フォーク、オフコースそしてソロ活動まで、小田自身の半生を振り返り、その時々に出会った名曲や自身の曲をトークと共にスタジオライブで歌い上げる。アマチュア時代にコンテストで知り合った財津和夫など、人生の節目節目に出会ったミュージシャンをゲストで迎えセッションも行っている。DVD化に際し、小田のスタジオ登場から退場まで、収録模様をほぼノーカットで再編集。未放送の楽曲8曲やトークを追加し、放送では1話約30分だったのが、DVDでは1話あたり50分弱、全11話で計560分・94曲という超大作に仕上がっている。84ページに及ぶ附属ブックレットに、全歌詞と小田がトーク中でふれた人名・楽曲・出来事などの用語解説付き。

【収録内容】
《Disc: 1》
【第1話】(ゲスト・島倉千代子)LET IT BE / 朧月夜 / 赤とんぼ / 卒業式 / あめにはさかえ / キサス キサス キサス / からたち日記 / あの頃にとどけ / 風のようにうたが流れていた
【第2話】悲しき片想い / HAPPY BIRTHDAY SWEET SIXTEEN / イエスタディ・ワンスモア / ムーン・リバー / 銀座カンカン娘 / 夢で逢いましょう / 黄昏のビギン / いつか どこかで
【第3話】ユア・ソング / LEAVING ON A JET PLANE / 風に吹かれて / A SOALIN' / 夢のカリフォルニア / SO FAR AWAY / 水曜日の午後 / 風のようにうたが流れていた
《Disc: 2》
【第4話】(ゲスト・山本潤子)WITHOUT YOU / 竹田の子守唄 / JANE,JANE / 卒業写真 / 忘れないわ / 歌を捧げて / YOU'VE GOT A FRIEND
【第5話】(ゲスト・ムッシュかまやつ)想い出の渚 / 二人だけの海 / どうにかなるさ / ノー・ノー・ボーイ / ゴロワーズを吸ったことがあるかい / バン・バン・バン / 春夏秋冬
【第6話】明日に架ける橋 / 神田川 / 心もよう / 明治ブルガリアヨーグルトCM / エメロンクリームリンスCM / あの素晴らしい愛をもう一度 / 風 / 地球はメリー・ゴーランド
《Disc: 3》
【第7話】(ゲスト・財津和夫)SMILE / ファンキー・モンキー・ベイビー / 心の旅 / 今だから / 魔法の黄色い靴 / 人生を語らず
【第8話】EVERY BREATH YOU TAKE / 眠れぬ夜 / さよなら / 生まれ来る子供たちのために / Yes-No / YES-YES-YES
【第9話】ホテル・カリフォルニア / いつも いつも / たそがれ / 哀しみを、そのまゝ / 君にMerryXmas / もっと近くに / 君住む街へ / NEXTのテーマ-僕等がいた-
《Disc: 4》
【第10話】(ゲスト・鈴木雅之)まっ白 / good times & bad times / woh woh / 別れの街 / 私の願い / ラブ・ストーリーは突然に / キラキラ / SOMEWHERE
【第11話】(ゲスト・スターダスト・レビュー)WONDERFUL TONIGHT / 言葉にできない / 今夜だけきっと / 遥かな想い / 風のささやき / 僕の贈りもの / たしかなこと / 明日 / 風のようにうたが流れていた / キラキラ / 銀座カンカン娘 / ラブ・ストーリーは突然に

内容(「Oricon GE」データベースより)
2004年10月よりTBSで放映された、小田和正初のテレビレギュラー番組「風のようにうたが流れていた」が待望のDVD化!時間の都合上放送されなかった映像を追加した完全版。

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December 26, 2004

小田和正という存在-クリスマスの約束の衝撃

今夜はちょっと驚いた。
番組や楽曲そのものは、ほとんどが「月曜組曲」の再放送だったので、
あらためて、聴き逃した歌詞とか、曲に集中して聴きなおすことができた
のだけれど(実際番組も1回だけ見そびれて飛ばしているのだ。僕の場合)

その合間に小田和正のコメント。

「テレビはこれで最後にしたい。年齢的にも限界にきている」

とか

「終わったということを、終わりましたとはっきり言わずに、”あいつら”に
伝えてやりたい。オフコースはもう終わってるんだと。」

短いけれど、重く重くさしはさまれていたからだ。

この番組は、彼のこの衝撃的なコメントを残し、後はほとんど何の加工も
なしに、「月曜組曲」のダイジェストを繰り返した。
異論はいろいろあるだろう。でも、僕はこの制作姿勢は支持したいと思う。


彼の言葉自体にショックを受けると共に、実は自分はそれは十分にわかって
この番組を見続けていたことにも、気がついた。

そうだ。小田和正は、「終わって」あるいは自ら「終わろうと」している。
終わろうとする、彼の意志の奥にどんな感慨があるのかはわからない。
言うとおりに体力的な、あるいは気力的なことなのかもしれない。
最近の楽曲に満足していない、あるいは限界を感じているのかもしれない。
一通りのことは成し遂げたという、達成感なのかもしれない。
一段階を終えようとしているだけで、その先に何かが見えているのかもしれない。

それは、彼の心の中にあることだから、僕にはわからない。

今後、もちろん曲は創り続けてはいくのだろうが、彼にとってはそれは
「終わった後」の世界なんだと知る。

しかし、どう考えても自分の中の何かに幕引きをしようとしていることだけは
既に伝わっていた。
言葉はきついけれど、この番組はきっと彼の音楽的な(とあえて言っておこう)
遺書になると僕は前から思っていた。

自分にはわかっていたはずだ。

実際そうとでも考えないと、理解できないような、ある種の「エネルギー」
が彼からは発せられていたと思う。一連のオンエアを通じて。

誰に向かってそれ=「終わり」を伝えようとしたのか。
若い世代には、むしろ自分の経験をせいいっぱい伝えようとしてくれていたの
だろうから、その「終了」の宣言は、オフコースを結成のころから聞いている
僕達の世代に向かって、真っ直ぐになされたものだろうと思う。

おそらく、僕達はそれを悲しむべきではなく、途方に暮れるべきではなく
率直にこの希代のミュージシャンが、ここまで自分をさらけ出して、
メッセージを送り続けてくれたことに感謝すべきだろうと思う。

僕達は、この「月曜組曲 風のように唄が流れていた」~「クリスマスの約束」
を通じて、かつて大事にしていた自分だけの様々な思いに再会した。
また、かつて大切にしていたが別れてしまった大事な人にも、きっと
それぞれが再会できたと思う。

そして、僕は、今僕の心の中にいる「君」=
一緒にいることのできない「君」に今夜深く心の中で
会うことができた。

ここで彼に終わりを宣言されて、途方に暮れない力が、まだ僕にもあなたにも
あるはずだ。それを信じよう。

お疲れ様でした。そしてありがとう。
ここでこの記事を読み継いでくれた全ての人にも。
感謝。

月曜組曲最終回の記事へ

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December 21, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異(最終回)

小田和正という存在-月曜組曲での驚異
小田和正という存在-月曜組曲での驚異2
小田和正という存在-月曜組曲での驚異3
小田和正という存在-月曜組曲での驚異4
小田和正という存在-月曜組曲での驚異5
小田和正という存在-月曜組曲での驚異6
小田和正という存在-月曜組曲での驚異7
小田和正という存在-月曜組曲での驚異8

今夜はいよいよ最終回。


毎週月曜日深夜の放送が終わったころ、あるいは
翌日に、書いてきたこの一連のエントリーも今夜で終わる。

思えば、僕がこのエントリーでつけたタイトル
「小田和正という存在ー月曜組曲の驚異」とは
最初に書いたように、通常の小田和正やオフコースのファンとは
違って、むしろ違和感を持ってこの人とこの人の音楽に接していた
自分の中で、何かが変わる予感を感じたからだった。

その「違和感が壊れる予感への違和感」を感じて「驚異」とつけた。

その「何かが変わる」予感は、小田和正が毎年行っている「クリスマスの贈り物」
という番組を始めて見た時から既に始まっていた。
他人の曲をカバーし、率直に自分を語り、自分と他のミュージシャンとの
関わりを語る小田和正という存在が、あの頃の僕には想像できなかった。
小さな驚きは確かに生じたが、その後明確に自分の中で整理できないまま
時間が過ぎた。


「月曜組曲」が始まったときに、いわば僕はこの自分の中の
ある種の違和感と向き合ってみる作業を始めたのだと思う。
そうせずにいられないものが僕の中にあった。

そして、それは無駄ではなかったと今夜思っている。

前半、スターダスト・レビューとのセッションは楽しそうだったが
最初に小田和正が最初に書いた曲だという「僕の贈り物」
そして最新の曲「たしかなこと」の2曲の対比が印象的だった。

最初に書いた曲。

「僕の贈り物」

児童合唱団と一緒に新鮮なアレンジで聞かせた「僕の贈り物」は
素朴な詩と曲の中に、今日の小田和正のベーシックな要素が
凝縮されているように思う。まだいろんなきついこと。
苦しいことも始まっていなかったのかもしれない。
暖かい曲である。そして、誰かに聞かせるのが恥ずかしい曲でもあったという。


そして一番新しい曲。

「たしかなこと」

言葉にできないことを、何かを伝えようという気持を
書いたという意味で、最初の曲と同じ気持で書いていたことに
気が付いたという。


さらに遠く未来を生きていく諸君に・・として

「明日」

小田がこの番組を通して何が言いたかったかに触れる。

自分は毎日ラジオで好きな曲を待っていた。映画館に通っていた。
熱心な受け取り手だった。
音楽を聴いているうちにやってみたくなった。
試行錯誤のうちに思いもかけないことが起きた・・・・
自分の曲を熱心に聴いてくれる人たちがいる。
そんなことを考えてもいなかった。

うたは創り手と受け取り手があって初めて成り立つ。
たとえ小さい出来事でもささやかな文化の担い手になっていけるのかも
しれない。それに気づいた。

自分の言葉でうたっていければ
聞いてくれる人がいればそれに勝る幸せはない。


と話す。


そうだ。
伝えることと受け取ることの喜び、そしてそれが生み出すもの
当たり前のことが、かけがえのない価値としていまさらのように、心に響く。
心に本当に響くためには、時間と自分の心の中での熟成が
必要だ。

例え思いは同じであったとしても、それを人にいつでも
誰でも伝えることができるとは限らない。

誰でもそんな風にしてみたい。それなのにできない。
そんな風に人に何かを伝えてみたいのに、かなわないのだ。

思えば、みんな、そうした思いの持っていき場を探しながら生きている。
そうじゃないかな?

恋愛とはもともと、例え詩を作らない人であっても、
曲を作らない人であっても、真剣に誰かにメッセージを伝えるもの。

そこには言葉にならなくても、伝えようという気持と
それを受け取る人がいて、初めて恋愛として成立する。
もちろん受け取ってもらえないときもある。
たとえそうであっても、それもまた逆説的だけれど、一つの「受け取り」なのだ。

もしも自分がそんな風にできれば、人に対して何かを伝えることができれば。

受け取ってもらえる喜びとその至福に比べれば、
今この瞬間に照れてしまうような少し恥ずかしい気持があったとしても
それが何だというのだろうか。
得られる至福に比べれば。

思えば「つくっていくこと」の苦しさについて、ほとんど彼は触れてこなかった。
さらりと流しているかに見えるその裏の孤独や苦しみは察せられたけれど。

きっと僕の嫌いだった小田和正は、創り手と受け取り手という
シンプルな関係の構造に気がつく前の小田和正で、
それを嫌っていた僕もまたそれに気がつく前の、自意識ばかり先に立った
若者だったのだろうと、深く思う。

この番組を見続けてきて、かつて反発していたオフコースに目を向け、
そしていつか引き込まれてきた。
自分の中に生まれてきたものは確かに何かの形をあらわしつつある。

この番組は終わるけれど、これからも僕はその意味について
考え続けていくと思う。そのことは終わっていなくて、いや
それどころか始まったばかりなのかもしれないから。

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「明日」 から

涙に震えながら 戦うべき時があるんだ
守るべき人のために その哀しみを 乗り越えるために

明日 きっと また こゝで この世界が続く限り
透きとおる 日射しの中で この坂の上 君を待っている

でも 世界中の君たちよ 気づかないうちに いつからか
大切なことが 僕らの 心の外へ こぼれていないか

明日 きっと また こゝで その笑顔に会いたいから


(小田和正)

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#今年も「クリスマスの約束」はオンエアされるそうだ。
またそこで。(誰に言ってるの?笑)

2004 12 21 [小田和正という存在] | 固定リンク | コメント (15) | トラックバック

December 14, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異8

小田和正という存在-月曜組曲での驚異
小田和正という存在-月曜組曲での驚異2
小田和正という存在-月曜組曲での驚異3
小田和正という存在-月曜組曲での驚異4
小田和正という存在-月曜組曲での驚異5
小田和正という存在-月曜組曲での驚異6
小田和正という存在-月曜組曲での驚異7

今夜のゲストは鈴木雅之。

小田和正が始めて他のアーティストに曲を提供したのが
この鈴木雅之で、その曲が「別れの街」だということを初めて知った。
できるだけ「女々しい」曲を頼みたいと言われて
なに?とか思いながら創ったのだそうだ。


女々しいと言う言葉はいつも小田和正につきまとい、
自分もまさに、そうしたある種の誤解に基づき
この人を毛嫌いしていた。

もともと「女々しい」という言葉を、ネガティブな意味に
使うのは女性に対して大変に失礼なことなのだが、実際に
女の人がどうこうというのではなく、ネガティブな意味での
「女々しい」のイメージは

・はっきりしない
・優柔不断
・粘着質
・憶病

というような一連のイメージが漂っていると思う。

小田和正の曲は、実は歌詞は非常に寂しく毅然としているものが
多く、この「女々しい」という感覚は一重にあの高い声から
のイメージによるものだ。

それと・・

そうだなあ。

男性にしては恋愛を「描けすぎて」いるかなあ。

細やかな逡巡と決意、別れへの哀切。

そうした一つ一つが、あまりに描け過ぎているーその状態を
「女々しい」と表現されてしまうのかもしれない。

しかし鈴木雅之は格好いいね。
あの野太い(小田和正に比べて)声で歌われる、まさに
メロディは小田和正なんだけど、広がる楽曲の世界は
また違う彩りがある。
ボーカリストという言葉がこれほど似合う人がいるだろうか。


「ラブ・ストーリーは突然に」

は言うまでもなく大ヒットしたドラマ「東京ラブストーリー」の
テーマ。僕にとっては、このドラマは、小田和正の主題歌よりも
鈴木保奈美の赤名リカよりも、原作の柴門ふみの劇画である。

#リアルタイムで読んでいたんだ。悪かったね。

そして脈略もなく、バブル前の原宿の街角が思い出される。
柴門ふみの世界は僕にとっては原宿の街角なのだ。
これはまた別の機会に書こう。

来週は最終回。だそうだ。
良くここまでしつこく書いてきたね、BigBan!


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2004 12 14 [小田和正という存在] | 固定リンク | コメント (11) | トラックバック

December 07, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異7

小田和正という存在-月曜組曲での驚異
小田和正という存在-月曜組曲での驚異2
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小田和正という存在-月曜組曲での驚異4
小田和正という存在-月曜組曲での驚異5
小田和正という存在-月曜組曲での驚異6

年内で終わるという「月曜組曲」を見続けてきた。
僕がこの番組に惹かれたのは、決してオフコースや小田和正の
ファンだったからではない。
むしろ好ましく思っていなかったことは予想外の連作になってしまった
この記事の初回に書いた。

僕がこの番組に惹かれたのはおそらく、人が率直に自分とその歩みを
語る時に溢れ出る不思議な魅力を、この番組そして小田和正から感じたからだ。

正面から、自分の人生や辿ってきたことを語るのは勇気がいるし、恥ずかしい。
この「恥ずかしさ」をもう少し掘り下げて考えてみれば、人は記憶の中で
自分を美化し、正当化し、甘い自己愛に陥りがちだからだ。
そしてそれを一番知っているのは自分なのである。

語るそばから、思い出は嘘になり、虚構の影を強くする。
物語は語り手を置き去りにして、賢知り顔に歩き出すことが多い。
その疎外感。後悔。

テレビ番組を拒絶するミュージシャンというのは、オフコースだけではなく
あの頃の定番だったけれど、それも過ぎた時間の中での話。
今は、そうしたメディアに出る出ないが意味を持つのではなく、そこで
何を語れるのかが、あらためて意味を持つ時代になっていることを
感じる。
そして言うまでもなく、その「語る意味」は、そう短い時間の中で
見つけられるものではない。
ある程度の時間が必要なのである。

そしてあの「恥ずかしさ」を十分に知った上で、語り始める時。
その言葉に意味がある。

敢えて言えば、メディアで表現をするということにおいて、青臭い青春の
時代は終わったのであり、そうした奇貨を手にできた者の義務として、
そこで語るべき言葉の重みを知り、自分が伝えなければならない言葉に
むしろ注力すべきだろう。

時代は実際、猶予がなくなってきている。
今日伝えられることが、明日もあさっても伝えられるとは限らない。
こんな今だから、そうした思いを危惧として強く抱く。

オフコースという、希代のバンドを通して、この数十年の時代を
音楽という媒介を通して語ってくれる語り手として、小田和正はまさに
そこにいるべき人なのである。

だからあなたは今夜もそこで聴いている。

初回で書いたような反感を持っていた当時の自分に立ち返れば、
その詞に耳を傾けず、あるいは傾けてはいてもその言葉が耳に
入ってこなかった。
ただあの高い美しすぎる声に反発し、横を向いていた。

せいいっぱいの背伸びを(この後に及んで!)するならば。
するならば、である。

自分も、そして小田和正も(!)ともにそれなりに、未熟だったのだろう。
そしてもしかしたら、僕の生きているこの社会も。
もちろん、成熟の途上にある社会の中で、幼少期も青年期も
ないのかもしれない。幻想かもしれない。
でも、そんな夢想を僕は今リアルに感じている。
生きている環境と自分の成長の物語だ。

音楽は、生まれた時代の中で、その枠組を、そしてその宿命を一歩も
出られない場合もある。
だが、その枠組を超えて意味を発揮するときもある。
それがその音楽がどれだけ優れているとか、そういった証明に
なると考えるのは単純に過ぎようが、確かにそういうことはあるのだ。

今夜かかった「君住む街へ」の歌詞は、僕と同じ時代に生きている
あなたにはどう聴こえただろうか?

その聴こえ方が。

この時代でのこの歌の聞こえ方が、そのまま
その答ではないだろうか?

実際、オフコースというバンドの始まりと終わりの物語には、
幾通りもの、そうした金糸が編みこまれているのである。

それがようやくわかった。20年かかったけれど。

===============================================

「君住む街へ」

そんなに自分を責めないで
過去はいつでも鮮やかなもの
死にたいくらい辛くても
都会の闇へ消えそうな時でも

激しくうねる海のように
やがて君は乗越えてゆくはず

その手で望みを捨てないで
すべてのことが終わるまで
君住む街まで 飛んでゆくよ
ひとりと 思わないで いつでも

君の弱さを恥じないで
皆んな何度もつまづいている
今の君も あの頃に
負けないくらい 僕は好きだから

歌い続ける 繰り返し
君がまたその顔を上げるまで

あの日の勇気を忘れないで
すべてのことが終わるまで
君住む街まで 飛んでゆくよ
ひとりと 思わないで いつでも

雲の切れ間につき抜ける青い空
皆んな待ってる また走り始めるまで


その手で心を閉じないで
その生命が尽きるまで
かすかな望みが まだその手に
暖かく残っているなら

……忘れないで
すべてのことが終わるまで
君住む街まで 飛んでゆくよ
ひとりと思わないで

あの日の勇気を忘れないで
すべてのことが終わるまで
君住む街まで 飛んでゆくよ
ひとりと 思わないで いつでも

====================================
君住む街へ(小田和正)
アルバム【LOOKING BACK2】参照
JASRAC作品コード 087-1649-8

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2004 12 07 [小田和正という存在] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

November 30, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異6

小田和正という存在-月曜組曲での驚異
小田和正という存在-月曜組曲での驚異2
小田和正という存在-月曜組曲での驚異3
小田和正という存在-月曜組曲での驚異4
小田和正という存在-月曜組曲での驚異5


今日の「月曜組曲」で流れた「生まれくる子供達のために」 は、なおこさんが
「日々のキリトリ帳」で書いていらした曲だ。 僕は、この曲はあまり聞いてい
なかったんだけれど、なおこさんのブログで 読んでから、心に留めていた。

言葉の持つ力は、それが素朴であればあるほど際立つ。
同時にやはりその詞がどんな時代にめぐり合うのか、ということも重要だと
思う。

古い曲の場合、それが書かれた時代は今とは全く違うわけだけれど
幾時代かが巡る中で、同じような、あるいはもっとふさわしい時間に
めぐり合う場合がある。

「生まれくる子どもたちのために」

も、今このときだから、あなたにひときわ響くのかもしれない。

#ここまで書いて気がついたけれど、小田和正が他人の曲をカバーするのも
驚きなら、実はオフコースの曲をこうしてテレビで歌うのも かなり珍しいことなんだね。

それと同時に、どんな人が自分にその曲を伝えてくれたか、ということも
かなり重要だということに最近気がついた。恋人や大切な人が教えてくれた
曲が、ひときわ気持の中に残るのは当然かもしれないが、より不可思
議なのは、こうしてネットの中の見知らぬ人があたえてくれる、何気ない
きっかけだ。その不可思議を思う。

曲が純粋に内在している力のように見えて、実はそれをつくり、伝える
無数の人の渦によって、それ(そうした力)は存在しているわけだ。
ヒトの持つ力が歌に伝播しているわけである。

#あたりまえのことですね。
われらもあなたもヒト。ここはヒトの世だ。

僕も最近、見知らぬ人からふっとブログを見たと言うメールをいただく場合が
ある。どういうわけか僕のブログは、何かに迷っていたり追い詰められて
いたりする時に妙な吸引力があるようで、読んで救われたというメールも
いただいた。

どんな心象の中にそうした方がいて、どんなことを感じてくれたのか
その全てを知ることはできないけれど、

どちらかというと明るいトーンのサイトではないと思っているので、そう
言われるとなにやらくすぐったいような、少し面映いような気持になる
が、やはりこちらも心に響くものがある。いただくコメントも無論だ。
(全てになかなかコメント返しできないんだけど)

人はよく知っている身近な人に救われることももちろんあるけれど、
会ったこともない見も知らない人の何気ない言葉に救われることも、確かにある。
こんな僕でもヒトの渦の空間に対して何かを放射しているんだろうか。

そして面白いのは、というか不思議なのは、救ったことになっているはずの
当の本人もまた、その人からの言葉を聞くことで、その人から生きる力を
もらっていること----つまり、やっぱり救ってもらっている場合があるという
ことだ。

救いを求めて意図せず発した声が、広大な世界のどこかの、同じような誰かを
救うことになるのかもしれない・・となれば、感謝すべきはこちらの方かもしれない。

モニタの中にいる小田和正の声。

どれだけの人がこの夜、救われているのかと考えると、
「つくること」「続けていくこと」の持つ大きな力を、あらためて知る。


小田和正という存在-月曜組曲での驚異7へ

2004 11 30 [小田和正という存在] | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック

November 24, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異5

小田和正という存在-月曜組曲での驚異
小田和正という存在-月曜組曲での驚異2
小田和正という存在-月曜組曲での驚異3
小田和正という存在-月曜組曲での驚異4

今週は、財津和夫がゲストだったけれど、それよりも印象的だったのは
この曲。


果たして小田和正の「人生を語らず」(吉田拓郎)を
聴ける日が来るとあなたは思いましたか?


センチメントを嫌い、叙情を嫌い、感傷と干渉を嫌う。

青き年のころ。そんな心の頑なさのなかにあって僕に見えなかったものを
そろそろもう一度見てみてもいいのではないか。

今までこの番組を見てきて、そんな思いにたどり着いている。

「今はまだ人生を語らず」

この「今」というのはいったいいつだったのだろうか。
吉田拓郎がこの歌を歌ったのは、74年だからおそらく
彼が28才のころのもの。

最近、若い頃に聞いた「恥ずかしい青い曲」をもう一回聴いてみよう
という、これもまたある意味とても恥ずかしい行為を覚えてしまった
ようなのだが、これも小田和正のせいかもしれない。

小田和正がこんな真っ向からある意味「恥ずかしい行為」を
しているのであれば、自分ごときがもう一度それをしても許されるのでは
ないか。こういう考えもずいぶん不遜と言えば不遜だけれど。

この歌を聴いて、当時16歳の自分は思ったものだ。
確かに今の自分には人生を語るのは早いかもしれない。
でも、いったい「人生を語っていい時期」というのは一体いつなのだろうか、と。
おそらくぼんやりとそれは30前後だと思い込んでいた(根拠なしにだよ)
ような気がする。
そのくらいになれば自分でも語れる日が来るんじゃないか。
吉田拓郎も、その年にはまだ少し(僕に比べれば)足りないから、こんな風に
歌っているのではないか。

そんな風に思っていた気がするのです。

でも、はい。その通り。
間違いだったね。

30歳を遥かに過ぎて、今の自分に見えている世界と人生は16歳の時に
比べて決して深くも広がってもいないように思える。
確かに知識や経験は増えたけれど。

「人生を語る」なんて恥ずかしいことはもちろん一生しなくてもいいのだけれど
この言葉が意味していることは、もっとほかにあるんじゃないか。
「青春の恥ずかしい歌見直し」のプロセスとしては、まだ見えていない世界が
少し見えてきたようにも思うのである。

つまり。
つまりこういうことだ。
賢明な読者にはおわかりだろう。

「人生を語るべき時期」なんてものは、おそらく永遠に。
永遠に来ないのだ。
この歌は、「永遠に来ない瞬間」を歌っている。

吉田拓郎はこの歌を作ったときにそれがわかっていたのか。
そして今夜歌っている小田和正は、それを知っているのか。

知っているんだろうね。きっと。

永遠に来ないことがわかっていても、そのことを歌う場合があるのだ。
歌わなければならないことがあるのだ。
それはあたかも「平和」や「理想」と並べられるような稀有のはかなさと
通じるものがあるかもしれない。

僕達は、永遠に来ないかもしれないもののためにも、悩み祈る。


==============================================

「人生を語らず」(1974年 吉田拓郎)


朝日が昇るから、起きるんじゃなくて
目覚めるときだから 旅をする。
教えられぬものに 別れを告げて
届かないものを 身近に感じて

 越えて行け そこを 越えて行け それを
 今はまだ 人生を 人生を語らず

嵐の中に 人の姿を見たら
消え入る様な 叫びをきこう
わかり合うよりは たしかめ合う事だ
季節のめぐる中で 今日をたしかめる

 越えて行け そこを 越えて行け それを
 今はまだ 人生を 人生を語らず

あの人のための 自分などと言わず
あの人のために 去り行く事だ
空を飛ぶ事よりは 地を這うために
口を閉ざすんだ 臆病者として

 越えて行け そこを 越えて行け それを
 今はまだ 人生を 人生を語らず

おそすぎる事はない 早すぎる冬よりも
始発電車は行け 風を切ってすすめ
目の前のコップの水を ひと息にのみほせば
傷も癒えるし それからでもおそくない

 越えて行け そこを 越えて行け それを
 今はまだ 人生を 人生を語らず

今はまだまだ 人生を語らず
目の前にも まだ道はなし
越えるものはすべて 手さぐりの中で
見知らぬ旅人に 夢よ多かれ

 越えて行け そこを 越えて行け それを
 今はまだ 人生を 人生を語らず


小田和正という存在-月曜組曲での驚異6へ

2004 11 24 [小田和正という存在] | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック

November 02, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異4

小田和正という存在-月曜組曲での驚異
小田和正という存在-月曜組曲での驚異2
小田和正という存在-月曜組曲での驚異3


いったい、どうしてこのオフコース嫌いのはずの僕が、月曜の深夜になると、
この番組の中継(?)などしなければならないのだ。わからない。

それもこれで4回目だぞ。全くわからない。
ここは小田和正のファンサイトではないのに。

今日は赤い鳥・・・
横文字が多かった当時のフォークバンドの中で、赤い鳥は日本語のグループ名で
挑発的な感じがしたのだそうだ。へえ。


akaitori.jpg


ゲストは山本潤子。
「竹田の子守唄」だ・・

==============================

守りもいやがる 盆から先にゃ
雪もちらつくし 子も泣くし

盆がきたとて なにうれしかろ
帷子(かたびら)はなし 帯はなし

この子よう泣く 守りをばいじる
守りも一日 やせるやら

はよもいきたや この在所(ざいしょ)こえて
むこうに見えるは 親のうち
================================


イラクにも子守唄はあるのかな・・ふっとそんなことを考える。子守唄は世界中に
あるというから、きっとあるんだろうな。あの戦火の中でも母は子をおい、子守唄を
唄って聞かせるのだろうか。殺す者の横にも育てるものはいるはずだ。

全日本ライトミュージックコンクールで出てきたんだってね。オフコースも。
赤い鳥も。

次は難しい曲?

・・・・あ

「JANE,JANE」・・

※番組中途でも新潟で地震の速報・・まだ揺れている。川口町震度3・・


赤い鳥はこのコンテストでグランプリ。オフコースは2位だったんだそうだ。
へー・・・・オフコースが赤い鳥をライバルにしていたなんて、本当に30年ぶりの
真実だね。
小田和正は、山本潤子の旦那が「ハイファイセット」を組むとき誘われたんだってさ。
へー・・・(こればっかりだ)

で、「卒業写真」だ・・

この山本さんの声も全く変わらないね・・
こういう卒業写真のようなセンチメンタルな曲を、ようやく素直に聞けるように
なった気がする自分がいる。だからこんな番組を見ることができるんだろう。
考えてみればSMAPのというよりスガシカオの「夜空のムコウニ」は現代の
「卒業写真」かもしれないね・・青春そのもの・・・などという甘い言葉は
出てこないけれど。


Next Song は

「歌を捧げて」

================================
あのほほえみを
あのやさしさを
忘れてしまうなんて 私は信じない。
だってうたうこと いきていくこと
教えてくれたのは あなただから
さあここへ 手をのばして
あなたは少しだけ 疲れただけ
私の歌すべて あなたにあげる

ずっとどこまでもあの日々たちは
続いていくんだと 思っていた
夢いつの日か 消えていっても
あなたはいつまでも 心の中

さあここへ手を伸ばして
あなたは少しだけ 疲れただけ
私の歌全て あなたにあげる

=================================

最後は

You've got a friend.

ベッキーズコレクションは多くの人のように割愛。


小田和正という存在-月曜組曲での驚異5へ

2004 11 02 [小田和正という存在] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

October 21, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異3

小田和正という存在-月曜組曲での驚異
小田和正という存在-月曜組曲での驚異2


war.jpg

このテーマについて連作で書くことになるとは思わなかったな。(苦笑)

なぜかこの記事のアクセス数が凄くて、つい続編を書いてしまう。
というわけだけではないんだけれど。

一昨日のオンエアは深夜の車の中で見た。
以下はその内容。

ベトナム戦争を知っていますか?
(お若い方たち・・)
という彼の語り口。アメリカがベトナム戦争に多くの兵士を向かわせ、
日本がその拠点となっていたこと。
(知っていますか?お若い方たち・・・いつものようにそんな感じだ 笑)

アメリカが、ベトナムから大量の兵士を帰還させるという
ニュースが流れた夜。もしかしたらこれでベトナム戦争が終わるかもしれない
というニュースが流れた夜。
彼は銭湯にいたそうだ。

(1975年4月30日サイゴン陥落。世界が騒然としていた時間。僕は・・そうだ、高校生だった。)


#思わず見入る。

このニュースが流れた後でかかった曲は、自分にとっては忘れられない曲となったという。
この日の情景とその時の自分の気持の高ぶりを語る。

その後で彼が歌いだした「あの夜流れた曲」

あ・・「Blowin' in the Wind」 だ・・


How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
Yes, 'n' how many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?

The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

深夜の車の中の小さなモニタからあの高い声が響いた。
不思議なもので、彼がいたという銭湯の情景とその夜の高揚が
この曲で伝わってきたような気がした。

いまさらながらの「Blowin' in the Wind」なのに。

小田が続ける。

ベトナム戦争では多くのミュージシャンがあの戦争のことを歌った。
でも、イラク戦争ではどうだっただろうか。
あの時の戦争と今度のイラク戦争。何かが違ってきてしまっているように
思えてならない・・

どきっとした。

日本のテレビで「イラク戦争」という言葉を使ったミュージシャンに
記憶がなかったからだ。あるいはあったとしても、ごく少数で
あることに違いはないだろう。

人は年老いてくるといろんなことを語りだす。
昔の彼だったらきっとこんな風に、真っ向から戦争について語ることは
なかったのだろうけれど。

伝えたい気持が出てくるんだろうね。

「お若い方たちに」

その気持の向こうには、自分の人生もあるだろうけれど
「死の予感」もあるんだろう。

「残り時間」への思いが何か今までの自分の人生に
なかったものを持ってくる。その感覚が最近少しわかってきたように思う。

こんなところで、こんな時間に。
こんな小さなモニタで。
こんなことを考えてこの番組を見ていたんだ。


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2004 10 21 [小田和正という存在] | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック

October 12, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異2


小田和正という存在-月曜組曲での驚異


本日が2回目の放送。
(なんだ、結局観ているのか)

ポールアンカとか、「ティファニーで朝食を」とか、若い方にはおわかりになるまい・・と
いう独特のアイロニーに包みながら70-80年代のポップスをさらっと語っていく。

この番組を見ていて、ふっと思い出したのが山下達郎の「サンデーミュージック」。
達郎とは紹介するジャンルも語りも違うのだが、「音を語ってくれる」存在は日に日に
希少になっている気がする。

後半の「ベッキータイム」は渡辺満里奈。
心に残ったアーティストにエルビスプレスリー、大滝詠一、山下達郎・・(うん?)、小田和正・・。
と・・・ワム、カルチャークラブ、!?で・・1位が田原俊彦か・・

しかし、あちこちで言われているが、前半と後半のこの構成は厳しいな。
それぞれ単独に番組として成立しそうなものだ。


小田和正という存在-月曜組曲での驚異3へ

2004 10 12 [小田和正という存在] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

October 05, 2004

小田和正という存在-月曜組曲での驚異

いったいどういうわけで、僕はあの頃、この人を、そして
オフコースを,あそこまで、憎み嫌っていたのだろう。

あのころ。オフコースを愛する者は全て敵だった。

素敵な女の子であっても、オフコースが好きであれば即X。
利口そうな奴であっても、オフコースが好きであれば即X。

あのころあそこまで頑なにオフコースを拒絶していた自分の気持の
中心が最近の小田和正を見ているとわからなくなってきた。

僕が変わったのか、小田和正が変わったのか。
僕がどうでも良くなったのか、小田和正がどうでもよくなったのか。
いずれでもないのか。

好々爺のような皺を刻みつつも、消えぬ、ねじくれ気質と、
それと正反対にある美しい高音の声。
全く変わらない声質は見事とさえ思える。

かつての小田和正であれば考えられないような「月曜組曲」という番組で
島倉千恵子との得も言われぬコラボレーションを、夜中に
満月のように、ぽっかり口を空けて見ていた僕に、時間の流れは
深かった。

小田和正という存在-月曜組曲での驚異2 へ

2004 10 05 [小田和正という存在] | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック