December 04, 2006
堀江貴文の「サンデープロジェクト」出演について
3日・日曜日の朝、テレビをつけたら「サンデープロジェクト」に堀江が映っている。あれ?事件前の録画かなと思ったら、生だった。この時期のテレビ出演はないと思っていたので驚いた。座りなおす。
発言の主要部分と思われる箇所を少し。
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堀江:彼(宮内)は早く終わらせたいから。多分、否認できると思うんですよ。僕は強制捜査されたときから何でこんなんでやられてるのか分からなかったから、こんなの認めたらアホでしょみたいな話だったわけですよ。彼なんかはやられちゃったものはもう仕方ないからさっさと認めて早く終わらせて忘れられようと思ってるんだと思いますよ。頑張ろうと思えば頑張れたと思うんすけど、一番最初に落ちちゃったみたいですからね。
◆
堀江:(投資事業組合の金の流れについて)いや、それはこんなのを粉飾だということ自体がまずおかしいよという話です。そもそも我々、投資事業組合、僕が知ってる知らないは別として、客観的事実を前提にしても、これはファンドにまず実態があってダミーなんていうものじゃないよと。(検察がダミーといっているのは)彼らの定義であって、我々は実態があると思っている。検察はライブドアのダミーだと言っているが、そうじゃなくて独立した存在であってライブドアが支配しているわけではない。まったく別個の存在であると。だから連結する必要ないでしょうと。連結をしてない会社からの分配金なんだからそれは売り上げに計上していいでしょうと。客観的事実についてもこれは粉飾ではないと言っているわけですよ。
◆
田原:(宮内が)フェラーリに乗ってる事は知ってたの?
堀江:フェラーリに乗ってる事はライブドアの社員が「宮内さん最近フェラーリ買ったんすよ」みたいな話をしていて、あのフェラーリは宮内さんのなんだと。中村さんがフェラーリに乗っていた事は自慢していたから知ってたんですけどね。宮内さんは別の人から聞いて知って、後ろめたかったんでしょうね。
田原:これはプライバシーなので言いにくいけど、宮内さんって年収どのくらいだったのライブドアで。
堀江:事件の当時で2千万何百万ですよ。僕は3千万。僕より彼は扶養家族も多いしね、愛人も居るし。マンションもあるし、家も2つあるし。だから結構お金掛かってるんだろうなって思っていたわけですよ。僕より年収少ないのに何であんなに金回りいいんだろうとは思っていましたよ。だけどやっぱり税理士やってましたから、そのときのお客さんからの収入があるのかなと思っていたんです。不労所得みたいなのがあるのかなと。だからあんなリッチな生活してるんだろうなと。ベンツもいいのに乗ってるし、服もいい服着てるし、僕はスーパーで買ってきたみたいな服着てましたけど。そしたらこれだった納得ですよ。ビックリしました本当に。だってこれ以外にもあるんだもん。
◆
田原:あえて聞きたい。仮に知らなかったとしても堀江さんは社長だったんだよね。社長っていうのはいろいろ知らないことはあってもやっぱり責任はあるんじゃないの?
堀江:そこがまた微妙な話なんですけど、知る努力っていうのを最大限私はいろんなところで監査法人にもお願いしてるし、リーガルチェックも弁護士さんにもお願いしてるしもう最大限の努力を私はしているわけですね。で、してる上で見逃してしまっていることはあると思うんですけど、まあ、そういう状況にあるということですね。そもそもこっちの37億の方は違法かどうかもまだわかんないわけですよ。検察は違法だって言ってますけど、こっちは合法だって言ってますから。公認会計士
田原:で、公認会計士たちも違法じゃないって言ってるわけですね。
堀江:ものすごく難しい仕組みなんですから、本当は。要は難しくって会計士だってこれが100%正しいっていう風に言えないんですよ。検察の言い分が100%正しいって言う事が出来ないくらい会計的な専門的なことなのに、しかも会計士が大丈夫って言ってるのに我々会計の素人が違法だ合法だの判断が出来るわけないじゃないですか、そもそも。
◆
保釈中とは言え、刑事被告人がこの時期にテレビに登場して、事件の根幹をあれこれしゃべること自体が、かなり異例のことだろう。掘江の主張は、間接的にメディアに流されているように、宮内首謀説であり、代表取締役(CEO)である自分は、投資組合の件にしろ、宮内らの「背任行為」にしろ全く知らなかったというものである。このあたりは、逮捕された当時の動揺はすっかり収まっており、相当説得力の面では練ってきている印象を持った。
もちろん、企業の代表が企業で行われていたことを知らなかったで済むかという考え方はあるが、これは社会的通念であり、倫理的責任の部類に属する。堀江の主張は、宮内らが、私腹を肥やすために、堀江に内緒で私的な投資事業組合で利益を上げていて、その構造を正確に堀江に報告していないというものであり、それが認められれば、無罪の可能性どころか、今度は堀江が宮内を相手に、損害賠償の訴訟を提起する可能性すら考えられると思う。
さらに、投資事業組合を通じての売却益を、ライブドアの営業利益に付け替えた点においては、会計士ですら違法性を認識していなかったという主張をなしており、「会計知識において」素人の自分に、違法性の認識があるわけがなかったとしている。このあたりのグレー領域を、はっきり違法性の認識が会計士にも堀江にもあったはずだという論を組み立てないと、元来違法性の微妙な領域であるだけに、論外の主張として堀江の有罪を追い込んでいけるかどうか、今後の裁判の維持に危惧を感じる。
ライブドアへの強制捜査そものが、国家による意図的な「仕組まれた事件」であるとして、無罪認定など万一出た場合の検察の受けるダメージは計り知れない。国家賠償の問題すら浮上してくると思う。
その固めの点において、マスコミに流されている堀江の敗北イメージと法的議論の乖離次元で、いささかの不安を覚える、堀江の姿勢である。
しかし一方で。
◆
田原:だけどもっと言えばね、結局自社株売却して堀江さん儲かってるんでしょ。
堀江:堀江さんは儲かってないですよ。損してますよ。だってこれ株式交換って仕組みが使われてるんですけど、株式交換すると僕の持ち株のシェアどんどん下がって行くんですよ。僕、今、十数%しか持って無いでしょ、ライブドア株。元々60%持ってたんですよ、上場したときは。それからどんどん一部売った分ありますけど、売った分なんて数%ですから、2~30%シェアが下がっているわけですよ。だから今何の力も無いでしょ、ライブドアに対して。それは株式交換の仕組みを使っているからなんですよ。だから僕の持ち株のシェア、どんどん下がって、僕は損してるんですよ。
田原:一般的には堀江さんだけが儲けたと言われてる。
堀江:だって、上場したとき僕の持ち株の価値、いくらあったか分かってます?500億くらいあったんですよ。今は多く見積もっても200億とかそんなもんじゃないですか。そんだけ価値下がってるんですよ、上場してから。
◆
堀江が損失を被ったのは、単に株式交換で持ち株比率が低下した(堀江の主張によれば60%から十数パーセントに)からだけではない。一連の「不正操作」により検察の強制操作を招いたことにより、ライブドアの株価が急落したことにより株の価値が暴落したためでもあるのであり、このところをスルーして、持株比率の低下をベースに「損している」と主張するのは、巧みとも言えない、彼の「印象操作」である。こういうところを見ると、堀江という人間の本質は変わっていないなあと思わされる。
そのあたりはテレビ朝日の寺崎アナも感じたようで、以下のやりとりがあった。
◆
田原:ちょっと、寺崎さん。ごめん今聞いててね、どんな感じ?
寺崎:堀江さん、依然とまったく変わってないな、という感じで。
田原:どういうこと?
寺崎:つまり拘置所の中で本をいっぱい読んで、人生見つめなおしたみたいな報道がありましたが・・・。
田原:300冊読んだって。
寺崎:基本的に今のお話を伺ってると反省というのは無いし、反省する必要ももちろん無いと思っているということですよね。
堀江:まあ、そりゃそうでしょうね。
◆
寺崎アナの憤りもわかるが、読書や人生の話とは別次元の話である。(笑)この後、田原は盛んに 赤江珠緒アナにも堀江を信じられるか?と話を振るが、挑発に乗らない赤江の冷静な対応が目立っていた。
◆
田原:赤江さん、今の話聞いてどう?
赤江:私、寺崎さんと逆になるんですけど、堀江さんの以前と話し方が変わって穏やかに話されているように感じるんですけど。それは心境の変化なのかな、と。
田原:言ってる事はわかる?堀江さんの話していることは分かる?
赤江:粉飾かどうかというそれはちょっと置いといてですね。なんか変わられたのかなという気もするんですけどね。
田原:じゃ、割りにいい気持ち?いい感じを持ってる?
赤江:いい感じ?う~ん、ご自身を前にして答えにくいですけどね。そのあたりは堀江さん、どうですか変わられてないですかね?
【追記・参考リンク】
●ホリエモンTVで反撃(ライブドアニュース)
●YouTube-堀江貴文被告・サンプロ出演 ライブドア事件を語る(サンデープロジェクト)
●カテゴリー:ライブドア(BigBang)
2006 12 04 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック
February 01, 2006
ライブドア訴訟が弁護士事務所のマイブームになるのか?
こういう表現で募集をかけられてしまうと、何だかなあという思いが禁じえないのだけれど、ライブドア株主に損害賠償請求を呼びかけている弁護士事務所がある。
ライブドアが有価証券報告書に虚偽したことにより損害を受けた方の相談が急増し、損害賠償請求することになりました。
損害を受けた方、事務所に相談にいらしてください。
相談は無料です。
集団で訴訟提起する予定ですので、一人一人で訴訟するより効率がよいと思います。
第一陣として先着200名様限定とさせていただきます。(弁護士法人ITJ法律事務所 ライブドア株で損をした人、損害賠償請求しましょう)
まるで特価キャンペーンのノリであり、弁護士さんも、今回の22万人という桁外れの株主に対して千載一遇のビジネスチャンスなのかと、夜中にお茶を飲みながらしみじみ考えてしまうわけだけれど、この事務所によれば裁判所費用は2万円、着手金5万円、報酬金回収額の15%のAプランと、着手金は無しでその代わり報酬が回収の20%という2つのプランから選択できるのだそうだ。
訴訟の根拠は「証券取引法21条の2に規定されている損害賠償責任の追及を考えて」いるのだそうで、
問題とされる証券取引法の内容
証券取引法21条の2は、以下のような規定をしています。
すなわち、①発行会社の無過失責任(同条1項)と、②損害額及び因果関係の推定(同条2項)であります。順にご説明致します。
1 発行会社の無過失責任について
有価証券報告書等に虚偽の記載をした会社は、これらの書類が縦覧に供されている間に当該会社の有価証券(株式等)を市場において取得した者に対して、その損害を賠償する責任があると規定しています。
2 損害額及び因果関係の推定について
(1) 損害額は、「公表日前1ヶ月間の市場価額の平均額」から「公表日後1ヶ月間の市場価額の平均額」した額(※)であると推定されます。
※平均額を「減じた額」の誤記か?
但し、「取得価額」から「損害賠償請求時の市場価額」を控除した額が上限とされます。
(2) このような推定がされるためには、貴殿が、虚偽記載の事実が公表された日の前1年以内に当該有価証券を取得し、公表日においても引き続き所有していることが必要となります。
なお、「公表」というのは、ライブドアが、訂正報告書等を公式に開示するか、または、記者会見等によって、周知させることを言います。
要は虚偽記載に基づいて「だまされて」株式を購入した株主は、ライブドアに対して損害賠償を要求できるという解釈である。ここで少し試算をしてみた。
ライブドアの発行株数は10億4915万株。株主数は約22万超と言われている。浮動株単元数(特定株主を除いた浮動株比率を「発行済株式単元数」にかけたもの)は5億5049万口。いずれも東証トップの数字である。
一方ライブドアの株価は昨年年初来最高値で昨年12/20に794円をつけている。現在の株価は107円(1/31終値)。仮にライブドア株を500円程度で購入した株主が107円で手放さざるを得なかったとすれば、1株あたりの損害額はおよそ400円。この損害額を仮に基準として浮動株主のうちのおよそ50%程度が訴訟に参加し、損害賠償を求め、要求額の60%が認められたという試算を行うと、400円X5億5049万X50%X60%で、およそ740億円となる。実際には非浮動株主、つまり組織株主からの訴訟も予想されるので、この分を含めればライブドアは、少なくとも1000億円程度の損害賠償をこの時点でリスクとして持っているということになる。現在のライブドアの純資産は1800億円程度と言われているが、このうち半分強が訴訟リスクで飛ぶ可能性があるということになる。
もっともisologueなどでは、関連会社関連の決算も含めて粉飾の疑いがあり、この1800億円の純資産もそのまま信頼できる値ではないと指摘されており、これに準じた認識を示しているところが多いので、そういう観点ではこの時点でライブドアの資産的価値はほとんどゼロに近くなっていると言える。
もちろん、黒字を出している連結内会社もあると考えられているので(これも決算の数字が正しければであるが)それらを切り売りすれば別であろうが、ライブドアグループがライブドアとして存続できる可能性はそのブランド力の失墜も含めて、この数字を見ただけでも先行きの見通しが暗そうである。
【参考リンク】
ライブドアの価値はどのくらいあるのか?(単体編)(isologue)
2006 02 01 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
January 28, 2006
凡庸なる者たちへ-----ライブドアニュースの報道など
畢竟、堀江に裏切られたと嘆く者は自らの凡庸さに裏切られたのである。
僕を含めて多くの人の人生は、凡庸だ。そうした意味では、僕に感傷があるとすればそれも僕の凡庸さの一形態として見るべきだろう。
あなたの人生にしても、日々は河のようにとうとうと流れていくが、予定調和を大きくはみ出す流れはめったに起こらない。もちろん凡庸の中にも無数の区分があり、互いの人生に見込み違い「のようなもの」やドラマ「のようなもの」が訪れることはある。あるが、それすらも予想された凡庸さの一断面と見るべきだろう。多くの人々は稼ぐことから解放されることもなく、「良い会社」に就職していい給料をもらいたいという卑俗な欲望から解放されることもなく、手がけているささやかな仕事における賞賛の夢から解放されることもなく、可愛く優しい恋人が欲しいという切実な願いから解放されることもなく、生き、眠り、食べ、生殖を行い死んでいく。凡庸さの奥深さとは、夜の帳のように深く、深く、抱かれたその場所から逃れることは容易ではない。
さて、ここから話は凡庸な者について、この凡庸な者が考察することとなる。堀江や宮内がこういう定義の上で凡庸であったかどうかはともかく、沖縄に不業の死を遂げた野口氏の人生が凡庸であったかどうかはともかく、虚業と呼ばれるライブドアに働く連結4,000有余人の人生も我らに等しく凡庸の帳に包まれていたとしか言えないのであって、この話はその観点で理解すべきである。
世界を見るレイヤーは無限にあり、企業活動は、あるレイヤーでは地獄の詐欺集団であり、あるレイヤーでは、人の生活に果てしない進歩と恩恵を与えるものである。資本市場はあるレイヤーでは地獄の搾取の仕組みであり、あるレイヤーでは人類が生み出した最高の英知である。投資はあるレイヤーでは守銭奴のダンスであり、あるレイヤーでは新世紀を人類にもたらす最後の砦である。
全ての事象を「深く読む」とは、多くの場合、単にこのレイヤーを気分によって次々と切り替えているにしか過ぎない。
さあ、ライブドアである。ライブドアを見る我々のレイヤーはどうか。深く読もうと、浅く読もうと我々はいつもこのレイヤーを自分の都合のいいように切り替えて、繰り返し繰り返し論じ合っているにしか過ぎないのであり、見られる対象としてのライブドア、そしてそこに勤務する社員像を考えたとき、このレイヤーをどのように切り替えて見るかは、我々の気ままな意志に、委ねられている。そして、さらに悪いことに我々は凡庸であるので、メディアによって二重に三重に、翻弄される。そうした意味において虚業であるか実業であるかなどと言う議論は何の意味も持たない。
果てしなく悪事を企てていた「凡庸ではない」4,000人のギャングのような人間集団が、六本木ヒルズに集まっていたと考えるならば、それはエキサイティングであり、凡庸のレイヤーを異次元に超越するものになるのであろうが、そうはうまくいかない。そうはうまくいかないのである。
彼らの多くは日々をやり過ごして暮らす、あなたと同じWorking Peopleであり、自らの企業の株分割の企ての意図も意識しなかったであろうし、堀江の数十分の一でしかない給料日を焦がれて待つものであり、残業代がつくかつかないかわからぬ深夜の勤務を気にかけるものであったし、タクシーの領収書が清算できるかどうかを、その日の重要事項として気にかける者であったろう。企業に対する忠誠心があったかどうかを今になって問うたとしても、もはやライブドアの企業存在とは何であったのか、この混乱した状況で「企業への帰属」を問うこと自体が悪い冗談であったとも思えるのである。
そうしたヒールに徹しきれない、ヒールになろうことすらかなわぬのが、あなたや私、多くの凡庸な人々と言うべき者達である。この「凡庸なる」人々の生に正しく照準は当たっているか。
ライブドアニュースに流れる記事の大半は、確かに既存のメディアからの切り貼りであるが、システムが非人為的に集めているのではなく、編集権は明らかに人為に委ねられている。さらにこの混乱に右往左往する社内の自らの姿も、ネットに報じている。これは何か。これも世論に合わせた「悪意」であったか。その余裕を持てる者たちであったか。
さらに、ライブドアPJと称して集めた集団は、心細いながらもかつてのライブドアの企業意志に基づいて構成された集団である。その集団は今回の事件に際して、自社にとって都合の悪い記事を、カットとまでは行かなくても、避けて通ることは出来たのでありその選択はあり得た。実際多くの既存メディアが自社の不祥事に際して、それをやってきたのであり、ここでライブドアニュースがそれを「踏襲」したからといって、責めるほどの余地もこの混乱の中ではいささかのものでもなかったであろう。しかし彼らはそれをしなかった。
ライブドアニュースは、今回の大カタストロフィに直面して、中にある者の凡庸さをもって考えるならば、見かけ上、「企業人としての忠誠」を装っても良かった。おそらくライブドアという企業は、そのことの是非はともかく、宮内ではなく堀江の企業であったのであり、堀江のいないところにコアはもはやなく、トヨタやSONYであれば発揮されたかもしれない企業人の忠誠心などは、発露の土壌すらなかったのであろう。
それは会社への忠誠心の問題であり、実はどうでもいい。過剰な正義感を見る必要もないであろう。問題は凡庸さである。
凡庸に生きるWorking Peopleであれば、ヒールに徹することもクールに徹することもできずに、なす術もなく検察の暴力とメディアの暴力に晒された。これら凡庸な人々への同情は、あなたや私の人生に対する同情と同義である。そうした意味で、昨日と同じように昼食を食べ、たわいもない歓談に生きていることの、ある種の安定を見ていた社員たちが、晒された暴力に際して、期せずとも選んだ選択の結果があのライブドアニュースの姿勢であることは、はっきりと認識すべきであろう。万分の一は評価しても間違いではない。
事象を深く見るとは、結局はレイヤーの切り替えにしかならないのであり、これら凡庸なる人々の、たまたまライブドアに籍を置いた社員たちの凡庸なる生をどう見るかは、たまたま武富士に籍を置き、かつて狂った債務者に焼き殺された女性社員の嘆きに照準を置くか、あるいは彼女の自業自得の罪と見るかという問題ともどこかで連なっている。
あらゆる事柄を原初より悪意で企てる「非凡な」人々はそう頻繁には世界に現れない。堀江ですらその例外ではないと思う。
彼らのために流す涙は、おそらく凡庸の最たるものであろうが、告白すれば、僕はその凡庸の涙をそれほど嫌ってはいないのである。
Inspired by Mr.Samejima's comment.
【参考記事】
心の中のライブドアショック----私たちは暴力装置の中で生きている
naoyaのはてなダイアリー - ライブドアの技術の話
真価が問われるライブドアニュース(ガ島通信)
ライブドアニュースの中立性と寡占(現代期待システム論)
2006 01 28 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (20) | トラックバック
January 26, 2006
ネットと放送の融合が----想定外のかたちで成立か
得てして世の中こんな風に動いていくのか。
「支援も選択肢のひとつ」 ライブドアでフジ会長( 共同通信 - 1月26日)
嗚呼、諸行無常。合掌。
2006 01 26 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
心の中のライブドアショック----私たちは暴力装置の中で生きている
ライブドア事件が発生して以来、何だか仕事が手につかない。ついニュースサイトを追ってしまったり、株など持ってもいないのにライブドアグループの株価をチェックしてしまったりする。「ありし日の」得意のホリエモン(今このサイトでは初めてこう表記する)を思い、今の落日を思い、世界に満ちている彼への悪意を思い、無意味に気持ちが沈む。
一貫して僕は彼を批判してきたが、彼をこの世から抹殺したいとか、引きずり落としてやろうとか思ったことは一度もなかった。どこかでやはりこの稀代の「大風呂敷男」に注目し、どこかは評価してきたのだろう。だからこそしつこく、その危うさにこだわり続けた。
それが、昨日まで彼をもてはやしていた世間が、くるりと手のひらを返す様子を見ると、やはり心が暗くなるし、もしも自分がそういう立場になったら(いやあれほどの大転落はしたくてもできんけどさ)きっとそうした冷たい世間の悪意に晒されるのかと思い、彼の落胆いかばかりかと思い、やはりここは心のOSを根本から組み替えて再起してもらいたいと思う。いつもの悪い癖で彼の何かが自分に憑依してしまっているのかもしれない。僕にはそういうところがあるのだ。
そんな感傷を言っている暇があったら、見切り発車であれほどの規模の強制捜査に踏み切った検察の「暴力」についても言及していかなければならないと思っている。はっきり言って今回の強制捜査は別件捜査もいいところであり、あそこまでパソコンや重要書類を突然持ち去られて、徹底的に調べられたら、子会社の預金の付け替えや投資組合経由の不明朗な投資など、他の企業でもうようよ出てくる話だと思う。目的が手段に先行し、手段の合理性を十分検証しないまま先へ行こうとしているのは、どこかイラクに先制攻撃した米国の理屈さえだぶる。もちろん、イラク戦争のように何の証拠も出てこなかったということはないようであるが。
決算期間際になると、何とか売り上げを前倒しにして当期の決算を良く見せようとすることは、多くの非上場/上場企業でされていることは、企業に働くものなら皆知っている。民法上の任意組合を連結対象や開示対象にする義務が法的に明確にはないことも明らかなのにも関わらず、「実質支配」などという抽象的な言葉で強引にくるめられて物事がライブドア絶対有罪の方向で進められていく。
繰り返すが僕は堀江の哲学は浅くて卑しく愚かだったと思う。その評価には微動だにしない。あの彼に夢の代弁者を今も期待する若者がいるなら、目を覚ませと言い続けたい。だがそれとこれとは区別されなければならない。幸いネットに多くの英知が今回の事件について同じことを言及し始めているので、希望がある。ありはするが、この1週間繰り広げられた、国家権力による一企業へのすさまじいまでの「暴力」(と呼ぶ。敢えて)は、この光景はやはり僕の心を暗くさせる。
1人の人物への世間の評価が昨日までと天と地ほどに変わってしまった例として、オウムの麻原を思い出すのだが、あのときも長く重く苦しい気分がずっと続いていたと思う。多くの人が亡くなったオウム事件をそのまま今回になぞらえるのは適切ではないのだが、上九一色に向かうおびただしい数の警察官と機動隊のあの風景はどこか今回の六本木ヒルズの風景とやはり重なるところがある。
それは普段意識しない国のもう一つの姿。権力の暴力装置の姿である。仮に後日ライブドア側の言い分のいかばかりかが司法の場で通ったとしても、時間を逆行させることはもうできない。現代の暴力装置は時計の針を元に戻すことは決して許さないのである。そのことの恐ろしさを僕たちは自覚すべきだとと思う。
しかし今回の事件に際して「ライブドアニュース」の姿勢には敬服した。幼稚でつまらない記事ばかり連発して・・と平時には馬鹿にしていたが、未曾有の自分たちの危機に対して彼らのフェアな報道姿勢は、素晴らしかったと思う。現場の一人ひとりはどんなにつらい思いで、自分たちのボスのそして企業の不祥事と破綻を報じているだろうかと考えると胸が苦しくなる。
そうしたわずかなディテールに込められたかすかな希望が今の僕には救いである。
2006 01 26 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック
January 24, 2006
堀江氏逮捕---今再び「堀江貴文の病理」について
既に逮捕は秒読みに入っていたが、それでも早くて今週中かと思っていた。それが今日の午後、事情聴取から逮捕へと一気に進んだ情勢に驚いている。敏速に事件を一定の段階へと収拾することで市場を早く平静な状態に戻そうという思惑が、捜査当局筋にもあるのだろうか。
本人や宮内取締役が今回の事態を予想できていたとは思えないが、ネットではだいぶ前からライブドアに対する立ち入り捜査が始まるのではないかという噂はあった。特に耐震偽装事件の前後からは、不動産関連の関連会社とからめて、古くからある、この企業と暴力団との関係に言及したエントリーが急速に目立つようになっていた。予想できた事態とまでは言う気はないが、「何ともいえないおかしなムード」が感じられていたとは思う。もっともこの結果から逆にそう思えるだけかもしれないが。ライブドア側では何の動きも察知していなかったのであろうか。
今年の初めあるいはもっと早い段階でライブドアの経営陣が、水面下で進行していた東京地検のいささかなりとも「不穏な」雰囲気に気がついていれば、ほかの対応もあったのではないかと思われる。さらに古く、捜査の端緒となった投資組合の件を言うなら、せめて民法上の組合ではなく、前にここでも言及した事業有限責任組合法(ファンド法)に基づいた、法人格のある組合方式で投資を扱い、売却利益に関してきっちり配分する方法をとっていれば、ここまで露骨な商法違反に問われることは避けられたかもしれないと思う。ライブドアとも別組織であることを、もっと明確に会計区分することもできたはずである。この点において、堀江氏や宮内氏はあまりにも楽観的で脇が甘かったと思う。
もちろん、証拠を握りつぶせば良かったと言うつもりはない。手先のテクニックでより巧妙に切り抜けるべきだったとも言うつもりはない。ただ分岐点はいくつもあったはずだということだ。
この企業と堀江貴文氏の「病理」は遥か昔から始まっていた。
Googleで「堀江貴文」と入力すると、僕がおよそ1年前に書いた「堀江貴文の病理------カネが全てではない理由の考察」が9番目に表示される。それよりも上に並んでいるのは本人の社長日記や、Wikipediaしかない。どういうわけかこの状態が長く続いているので、毎日ここから大量の「堀江貴文」検索アクセスが来る。特に今夜の逮捕情報の後には、アクセス数が急速に増大している。
我田引水で恐縮だが、今この記事を自分で読み返しても、今回の事態は「起きるべくして起きた悲劇」としか思えない。
大きな声で「カネが大事で何が悪い」と叫ぶ者への批判を、私たちの社会は忘れた。
ではカネで支配できないものとは何か。代表格は「芸術」であろうし「思想」であろう。あるいは「平和」であり「愛」であり、「健康」かもしれない。
だがそれさえもおそらく彼は言うであろう。「カネで支配できる」と。
しかし、逆説的な真実がある。
それは堀江の執着している「マーケット」こそカネでは支配できないということである。そもそもスケールの並外れた怪物を「金で支配」することなど究極的にはできないのである。
なぜならば、これを金の力のみで支配するのは、それこそ桁外れの「金力」が必要であり、自己資金では到底不可能である。勢いマーケットは「気配」や「風評」といった、ある種の「価値嗜好性」によって、あるいは時に思惑的に動いている。
金で勝負する以外の何者かを意識しないと、ここでの勝負に勝つことはできない。
一番金がモノをいうはずの世界で、実はカネ以外の「何者か」を甘く見ると手痛い洗礼を受ける。堀江は、この「何者か」に決定的に欠けている。(「堀江貴文の病理------カネが全てではない理由の考察」より)
彼の逮捕で若者の「夢」が潰えたと嘆く声も聞かれるけれど、そういう言い方をすれば、夢が潰えたわけではない。そこにあったものは、元々「夢」に紛らわしい形をしていただけで、夢でも何でもなかっただけの話である。従ってこれで何かに絶望する必要も悲観する必要もないと僕は思う。
妬みやそねみと無知に溢れかえった報道の中で、冷静に今夜の事態の本質に目を向けたい。そして、未だ事件の全体像も茫漠としているのだから少し早すぎるかもしれないけれど、この稀有の起業家の本当の意味での再起を期待したいと思う。
何も終わってはいないはずである。
彼にとってもこの社会にとっても、そしてあなたや私にとっても。
厳粛に。
2006 01 24 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック
January 19, 2006
死んではいけない
死んではだめだ。
死んではだめだ。
2006 01 19 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
January 18, 2006
ライブドア強制捜査に思う---投資事業組合とか「ごめんね」とか
報道番組はいい加減に、こういうとき、何にも考えてなさそうなディレクターがやっつけに、何にも考えてなさそうな通行人とか、新聞読んでないようなギャルとか、證券会社前で1日掲示板にしがみついている、なぜかハットかぶったじーさん達とか、つかまえて「街の声」とかやるのやめてくれないだろうか。そしてもっとやめて欲しいのは、自分がマネーゲームやってるくせに「マネーゲームが行きすぎだよ」とか「カネカネいい過ぎたんだよ」とか、株価暴落の腹いせに兜町でコメントしている路上のあんた!そこのあんただ!(失礼しました。)
それにしても、東京地検特捜部の向かう先にある六本木ヒルズは、天に高くそびえていてその向こうに青空が広がり・・じゃなかった夕暮の空が広がり、何か夢かドラマか、映画のワンシーンのようだった。貧困から身を起こした主人公がいつかIT企業のトップに座るが、幼い頃の純真さをなくしていつしか冷酷になっていく・・その頂点で東京地検の特捜部が動き、彼の本社が囲まれる・・って、草薙君のドラマか。これは。そういえばあれはフジテレビのドラマで、確かモデルは堀江その人。舞台も確か六本木ヒルズじゃなかったかな。違ったかな。東京地検は出てこなかった?ま、いいや。
などと、ごちゃごちゃ言うようなテーマではない。冗談ではない。今日の出来事は現実なのである。ファイナンス関連担当の宮内取締役が事態を聞いてから、中国から慌てて帰国したことから見ても、ライブドアにとっては不意打ちをを食らったに等しい捜査だったと考えていいと思う。
ライブドア宮内取締役、辞任の意向・株取引「違法性ない」
出張先の中国から帰国した宮内氏は「無責任ととられても困るので、関係者と協議して決めたい」と述べており、堀江貴文社長らと相談した上で進退を最終判断するとみられる。宮内氏はマンション販売のダイナシティの社長に2月に就任することも内定しているが、この人事を白紙に戻す可能性を示唆している。
堀江社長の責任について宮内氏は「堀江は本件の買収はわかっていない。法的な責任はない。あるとすれば私」との見方を示した。捜索後、堀江社長から「大変だよ」と言われ「ごめんね」とあやまったという。 (日経新聞・2006年1月18日)
ごめんねって・・・何だかカワイイな。違うか。
ところで今回株式分割が問題になっているが、元来、株式分割はそう自由にできるものではなかった。平成13年6月に商法が改正されるまでは((10月施行)以下の条項があった。(改正前商法218条第2項)
(1)株式分割後の額面総額(=額面金額×分割後の発行済株式総数)が資本金の額を超えないこと
(2)株式分割後の1株当たり純資産額が5万円以上であること
純資産が5万円を超えない会社、つまり赤字会社であれば株式の分割はできなかったのであり、そう安易に実行できる手ではなかった。
さらに、会社は発行できる株式数(授権株式数)をあらかじめ定款で定めておかなければならず、この授権株式数を変更するためには、株主総会の承認を得なければならなかったが、取締役会決議により行うことができるようになった。(2種類以上の株式を発行している場合を除く。改正後商法218条第2項)。具体的には、授権株式数を増加させる取締役会決議を経ることで、株を分割することが可能になっている。
さらにこのときの改正では株式分割・株式併合の純資産額制限の撤廃以外にも
●単位株制度を廃止し、単元株制度を導入。(1株あたりの資産に関わらず、会社が自由に売買単位を設定できる)
●額面株式の廃止。
などを決めている。商法改正はこの後も平成13年11月、平成13年12月、平成14年5月と改正され、株主総会定足数の緩和や、最低資本金の特例(1円資本金の株式会社など)、株主総会の開催通知や議決権の行使を電子メールで出来るようになるなど、商法上の大幅な規制緩和へと向かって動いていくのだが、ライブドアもまさしくこれを追い風にして伸びてきた。堀江の株式分割による錬金術は商法の緩和無しにはなされなかったし、国もこれを通じて小規模の企業が急速に規模拡大をしていくことを後押しした。ベンチャーブームも、ITバブルも国のこうした政策によって後押しされたのである。
こうした国の法制改革の一連の流れに全く触れず、ここぞとばかりライブドアを「マネーゲーム」だとか「錬金術」だとか、證券会社のロビーのおっちゃんたちと一緒になって、端的に批判するのはおかしいのであって、フジテレビ事件であれほど「俄かM&A評論家」を大量生産したこの国の報道も、つくづく喉元過ぎれば・・である。
と、あたかも堀江ライブドアに同情的に始まったようなエントリーだけれど、別にそういうわけではない。今までの批判的立場からして今回の事件を無視することもできないだろうから、ここで簡単にポイントを押さえてみたい。
ライブドアマーケティング社がマネーライフ社に、あらかじめ「迂回投資し」「風説の流布」のためのダミーとして使ったとされる投資ファンド「VLMA2号投資事業組合」の、ライブドアマーケティング社あるいはライブドア社との一体性が問題になると思われるが、
IRはここ
また投資事業組合とは
投資事業組合とは、株式公開を目指すベンチャー企業の発行する有価証券に投資することを目的として、ベンチャーキャピタルを中心に金融機関や事業会社、個人などが参加して組成するファンドのことです。
投資事業組合のなかでも、投資事業有限責任組合は、無限責任組合員(GP)と有限責任組合員(LP)で構成され、有限責任組合員(LP)は、出資金額以上の責任を問われず、リスクを抑えることが出来るようになっています。
通常、ベンチャーキャピタルは、業務を執行する無限責任組合員(GP)として、組合活動期間(弊社の場合は10年)中に出資者【無限責任組合員(GP)+有限責任組合員(LP)】から預かった資金を未公開企業に投資し、育成を行います。
また、株式公開に伴うキャピタルゲインの回収など出資者の期待に応えられるよう、投資事業組合を管理、運営します。(http://www.kvp.jp/about/fand.html)
法的根拠は
投資事業有限責任組合契約に関する法律(ファンド法)について(平成16年12月1日経済産業政策局産業組織課)
が詳しい。今回の「VLMA2号投資事業組合」がこの法規に照らして適切に運用されていた組織であったか、それともライブドアグループの傀儡であったかどうかが問われることになろう。
【1/20追記】
本日朝の日経新聞に以下の記事が掲載されたので加筆する。
これらの投資組合(ライブドアが買収に使った「傘下」とされる3組合--EFC投資事業組合、M&Aチャレンジャ-1号投資事業組合、VLMA2号投資事業組合)は民法上の「任意組合」とみられ、運営の責任持つ業務執行組合員と出資者の間で契約書を交わせば簡単に設立できる。株式会社のように登記の必要がなく外部への情報開示の義務もない。
確とは断言できない記事「みられる」表現であるが、事業有限責任組合法に従って登記設立されたものではないようである。しかし、そうなると今度は太字の部分と、ライブドアも主張する東証への開示義務不要論との整合性が問われることになる。
いくら資金の出所がライブドアマーケティング社であったとしても、正しく法規に乗っ取って運用されていたファンドであったとすれば、証取法違反を追求できるかは微妙になるであろうが、どうか。
その他のポイントは下記かと思う。
●平成15年第3四半期のライブドアマーケティング社の決算短信の粉飾性立証。
●12時間夜通し行った大規模な家宅捜索の目的は、囁かれるライブドアとダイナシティあるいは暴力団関連とのカネの流れなど、證券取引法違反以外の案件にまで及ぶのか否か
●宮内氏、熊谷氏等ライブドア幹部および堀江氏の実質的関与が立証されるか否か
●今日だけで時価総額を1000億円下げたとされるライブドアグループの今後の資金繰。
それにしてもスポーツ紙。
堀江逮捕か
とか
堀江逮捕も
とか
堀江逮捕へ?
っていうあの見出しは止めてくれ。何度やられてもひっかかる。
皆でやっかんでつぶせばいいというものではない。そういうものではないだろう。
また書く。
【参考記事】
●カテゴリー「ライブドア」
2006 01 18 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック
April 20, 2005
ライブドア、フジ傘下へ---カメは遠くなりにけり
という表題は、皮肉に過ぎるだろうか。
でも、1473億円もらって、投資金額に比せば440億円プラス。第三者割当もして、フジは堀江についで第二位のライブドア大株主。事業提携の話はまあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦として、この図式では、要はお金をもらってフジサンケイグループの一翼に加えてもらって喜んでいると、そういう風にしか見えない。
普通ならたとえ5%でもいいから、ライブドアにフジの株式を持たせるでしょう。それが対等の企業の資本提携というもの。それが全く持たせてもらえない。
最近は改心したように見せているけど、お前のような奴はとても信用できないから、いかほどの株式も持たせるわけにはいかない、飴をあげるから当分静かにしていなさいと、フジからすればそういうことでしょうか。あるいはライブドア、相当資金的・市場的危機感を強めていたか。
ここではずっとライブドアと堀江氏を批判してきたけれど、実に面白くない結末であることは間違いない。英雄視しすぎていた人はがっかりしたろうね。
この資金を糧に新たなM&Aやるとか、ポータルに投資するとか言っている。現金な性格のようだからこの数ヶ月自分の言ったこと、したことはもう忘れて、それこそたくましく、ちゃっかりと次のことを考えているかもしれない。
ずいぶん勉強したでしょうから次はうまくやろうね。堀江君。
ただ、M&Aなどと言わずライブドアはまだまだ既存の事業にも投資どころがあると思うぞ。ポータルもそうだけど、あのどうしようもないアダルトブログとか、ライブドアPJとか。
いや、アダルトやめろとは言いません。好きなんでしょう?違うか。
・・そうではなくていかにもつくりがちゃち。ライブドアPJに至っては物申す気もない。これだけお金あれば、ヤフーのまねではないユニークなサービスも開発できるのではないか?
とにかくライブドアにこの事業あり!というものがないのが、この企業の信用がいつまでたっても上がらない原因。何か一つしっかりとしたものでができれば、世間の目も変わると思うよ。「3度目の正直」は鮮やかにお決めください。こけないでね。
しかし悪夢のような4ショットでしたね。
カメさんは相変わらず
「こんな形でなく知り合えたらいい仕事ができたよねって話しました。」
相変わらず大甘カメさんで大笑いしてしまったが、いいじゃないか幸せならば。
あ、やめるんだっけ?そういえば。
いい仕事・・なんてこういう言い方がオールナイトニッポンだよね。(笑)
時代は流れているのでした。
カメは遠くなりにけり。
まあ、みんなも勉強になったし楽しませてももらった。トリックスターとしての役割は十分に果たした堀江君。結末はつまんないけどまあまあ、フジが落城しなくて僕はよかった。これでまたフジテレビの馬鹿とか、産経の石頭とか悪口が言える。
放送と通信の融合という禅問答のような深遠なテーマはもう少し先に伸びました。
2005 04 20 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック
April 06, 2005
ライブドア妄想記事・・・日経BPさん、頼むよ。
いったいいつ書いた記事だか知らないけれど、最近では珍しい妄想記事に見えてしまうのは、単に書いた時点との時差か?(でも4/5付だよな・・一応)それともライターの個人的妄想か?ライブドアPJかと勘違いしそうな質だ。・・
>このままいけばおそらくニッポン放送はライブドアの傘下に入ることになり、ニッポン放送を舞台に、ライブドアによる「通信とメディアの融合」の壮大な実験が始められることになるだろう。
・・・・・・・壮大なマネーゲームの実験か?あ。違う?
>それはどのようなサービスだろうか。例えば、若者に絶大な人気を持つライブドアの「ブログ」とニッポン放送の深夜番組である「オールナイトニッポン」、この二つの材料が融合すれば、これまでになかったような新しいメディアが誕生する芽は十分にあるように思える。
あのさ。「オールナイトニッポン」をここで持ってくる?「二つの材料」って、ブログとオールナイトニッポンのことだよね。僕の国語力が間違いでなければ。オールナイトニッポンのブログサイトでもつくるとか?
あ?まさか違うよね?
>ここで思い起こしていただきたいのは、西暦2000年1月に発表されたAOLとタイム・ワーナーの合併劇だ。インターネットという新しいメディアが米国の国民に定着し始めたばかりの時代に、新聞、書籍、新聞、テレビ、映画といった豊富なコンテンツを持つタイム・ワーナーと、全米一のインターネット会員を持つAOLが事業融合を行うことで、一体どのような新しいメディアが誕生するのだろうかと世界中が注目したものである。
それから5年が経ち、当時の熱狂的なムードは沈静化した一方で、コンテンツと通信の新しい融合の姿は徐々に現実になりつつある。
「熱狂的なムードは沈静化した」で片付けちゃうのかい。あの「世界中が注目した」結果の「壮大な」失敗を。
>堀江社長のことだからもっとすごいことを考えているかもしれない。
今、彼はSBIのことですごいことを考えることで頭が一杯だと思うよ。
>このあたりは話し出すときりがないので、詳しくは次回以降の連載で少しづつ触れていきたい。一つだけ例を挙げると、auの携帯で使える「着うたフル」などは当時議論されていたコンテンツと通信が融合したキラーアプリの具体例である。
そうなんですか・・・「着うたフル」が。キラーアプリの・・・。
そうですか。(徒労感)
筆者の鈴木貴博さん(東京大学工学部物理工学科卒)。頼むよーーーー。
東京大学の評判がまた落ちるぞ。
2005 04 06 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
March 26, 2005
あれから10年----ソフトバンクも成熟したとつくづく思う。-2
さっそく記事を引用して論じてくださったところ(「世の中不思議で面白い」さん)がありまして、直接記事内にコメントしようと思ったんですが、文字数オーバーになってしまったので、ここでご勘弁。
>うお!フジサンケイさん!放送やコンテンツは未知な領域だとい断言する運用会社にいきなり180億円預けるんですか!!
>「両社からノウハウなど経営資源を提供してもらう必要がある。資本関係を持つのは、関係を密にするための手段。ファンド設立のついでに貸し株の話が出たのではない」
私が「骨太」と表現したのは、貸し株を正当化するために並行して(これはもちろん内容はかなり怪しい)投資組合を合わせ業にすることによって、法廷闘争になった時に裁判所の目を欺くための手をちゃんと打っているということです。もちろん、実際に闘争になった時に、どう判断されるかはまた別の問題ですが、少なくとも意識はしている。
通常なら貸し株を頼まれる=引き受けるだけのフレームであってもおかしくないのです。それを「嘘で無い程度に」ソフトバンクグループの利益、孫正義の顔色への配慮、フジサンケイグループのIT事業への取り組みの姿勢の「演出」、そうしたいろんなものを合わせ業で投資ファンドの設立という形で持ってきた。その手練に対してあえて「大人の」「骨太の」とコメントしているわけです。ここは、事業の中身について精読するしてもおそらく意味はないでしょう。要は恩を売った訳です。フジサンケイに。
>これ全然説明になってませんから。ライブドアの関係がある時期だけどフジサンケイは180億円を出すんですよ?実際に資金が動くでしょう(笑)。フジテレビにしても「ガバナンスの安定に注力する現状」ってこれライブドアのことでしょ?「フジテレビへの買収圧力に対する防衛策」だと言ってるように聞こえます。
いや、そうでしょう。「買収への防衛」ですよ。それはみな分っていますでしょう?それにこんな理屈をつけるところが良くも悪くも大人です。
>(2)このプレゼンって素晴らしい?
>このプレゼン資料をご覧になってどうです?ホリエモンが言っている事業メリットとどう違うのでしょう?正直この2枚なら15分で私でも書けます。何のメッセージもない状況をまとめただけの、コンサルで言えば「お金が取れない」スライドです。他のもっと凄いのがあったのかな?
私もプレゼンをする人間なので10-15分でこんなの書くと思います。(笑)私は堀江氏に皮肉で言っているのですよ。「この程度」のものも堀江氏が用意したのは見たことがありませんが。
>(3)このフレームでライブドアの提案よりも良い物が出来る?
>今回のフレームでSBIが提供するメリットは「インターネット分野における事業ネットワーク」「ベンチャー企業育成実績」と「ファンド運用ノウハウ」だと言っています。逆に言えばこれだけです。更に言えば、今回のファンドは単に「映像・音楽・出版などのコンテンツ事業、メディア関連事業、ブロードバンド関連事業」に投資するとしか言っていません。
ライブドアと比較してあげたいですが、比較できません。ライブドアはこの程度のものですら用意していないからです。記者会見の説得力は「いかがわしい」北尾氏の方が「同じくいかがわわしい」堀江氏よりも上です。それは大人のいやらしさも含めて上だと言うことです。
hbikimoonさんはちょっと正面からこの事業の話を受け止めすぎていないでしょうか?全体戦略(法廷闘争もにらんでの)として総合的に、そしてあくまでもライブドアの「実力」との比較論で見てみてください。
そして確かに10年前のソフトバンクは(当時孫さんですが)「この程度のフレーム」すら、やはり用意できていなかったのですよ。記憶が正しければ。
【3/28加筆】
hibikiさんから再度サイトの記事でコメントしていただいたのでもう一度加筆いたしました。例によって私は戻しの文が長く字数制限にひっかかります。Yahooブログ、もう少しコメント欄の字数増やしてくれるといいですね!
>まずは、私の記事に対してコメントや新たな記事を書いてくださったBigBanさんとぶんだばさんに感謝です。大人気blog筆者のお二人にコメントをいただけるとは!感激です。
ぶんだばさんはともかく・・私のサイトに関してそうした言い方をされると過分ですのでご容赦を・・苦笑。
>ただし、これがライブドアと比較して上手いかどうかと言うのは少しライブドアに酷だと思います。ライブドアはフジサンケイに「恩」を売ることが出来なかったですし、正門から行って依頼をしても無駄だったでしょう。また、日経ビジネスによれば、楽天ですら駄目だったようですから、ホリエモンの物言いや服装を直しても無駄だったでしょう。
>あと、経験から言いますと、ある関係で放送局の経営層の方と話したことがありますが、感想としては「理論」で話せる相手ではなく既得権益に守られた官僚のような方々でした。こうした方々を相手に、ライブドアがフジサンケイグループと提携するために、「どう上手く立ち回れば良かったのか」は私には分かりません。
大変に難しかっただろうというのは認めますが、最初の入り口での交渉の始め方のテクニックは今後彼にも良い勉強になったのではないでしょうか。物言いや服装を直すというよりも、最近の慎重になっている堀江氏を見てこれがもっと最初からあれば、過剰ともいえるニッポン放送側の反感を引き出さなくてもすんだのではないかと思います。惜しかった。まず感情的な部分を引き出さずにすんだのにと。(しかも相手は旧体制の経営側だけではない。労も敵に回してしまった)
SBIは全体状況を見たうえでの後入りですから、そうした意味では単純に比較されるのは酷でしょうが、北尾氏に「他人の玄関に土足で・・」と表現されてしまうような「やり方」で当初堀江氏が入ったのは事実。楽天の場合は週刊誌の情報なのでちょっとそれ以上はわかりませんが・・
>(2)「このプレゼンって素晴らしい?」について
>ホリエモン若しくはライブドア関係者がフジテレビに対してどのレベルの資料を見せたのか、何も見せていないのかは私にも分かりません。ただ、見たことが無いからといってこのレベル物をライブドアが書けない・用意してないとは判断できませんよね?
見せていないものは往々にして存在しないとみなされませんか?今回世論や幅広く「労」の理解も得ることが必要でしたから、あるいは密室では何か見せたのかもしれませんが、堂々と早い時期にメディアにプレゼンテーションすべきでしたね。それでだいぶ世論にも「労」にもライブドアのスタンスを訴えられたのではないでしょうか?
>また、下で比較してみましたけど、口頭でホリエモンが言っているレベルのほうがSBIが紙で言っていることよりもまだ具体的だとは思うので、プレゼン(口頭+資料)という比較で見ると、資料の有無を問わず私にはホリエモンのほうが「まし」だと思えます。
産経新聞に対してこんなインタビューに応じているのですね。知りませんでした。ただ
これは3月25日のものですね。相当最近になってようやくここまでしゃべるようになった。しかも、内容についてはメディア論について問おうとする産経の疑問に十分答えてはいない内容です。ポニーキャニオンの社長が、「要するにあの人のやりたいことはジャパネットたかたでしょう?」と表現しましたけれど、私の目からもそれ以上の可能性のようなものが感じられません。時間もあまりとれなかったようですが、最初からこういった試みはどんどんやればよかったですよね。
内容については人によって評価の軸は違いましょうし、何ともそれ以上はいえませんが、この産経新聞のインタビュー自体は知りませんでしたので、hibikiさんから教えていただいたことは有意義でした。ありがとうございました。
>(ライブドアがフジサンケイと組んでやりたいこと)
>・物販
>・会員組織化
>・オークション企画
>・金融商品も経済番組とか金融系の番組なんかをやることによって、お客さんを誘導して販売
>・成果報酬型広告自社広告の枠を使ってビジネス
>・紙面に採用されなかった記事・写真の活用
(出典:Sankei Web)
SBIは投資会社ですから、大枠のフォーマットを提案しているだけですが、各所に目配りが届いているのと、北尾氏の言う「大人の解決」にこの投資ファンドを応用して提案してくる可能性があります。そういった意味で、今週の両者の会談でどのような落としどころが探られるかについては注目したいと思っています。
>(SBIがフジサンケイGと組んでやりたいこと)
>・「映像・音楽・出版などのコンテンツ事業、メディア関連事業、ブロードバンド関連事業」に投資する
>(出典:CNET JAPAN)
2005 03 26 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (9) | トラックバック
あれから10年----ソフトバンクも成熟したとつくづく思う。
フジテレビの実質的な筆頭株主になって話題を集めているソフトバンクインベストメント(SBI)であるが、SBIは、ITバブル真っ盛りの折、インターネット関連では最大規模のファンドを組み、世の中を驚かせた。ソフトバンクの資産総額が10兆円といわれていた時代である。ヤフー株も一時1億円を超えていた。そのソフトバンクの投資の先頭に立っていたのが、かの北尾氏である。当時は、あの光通信の重田氏(当時ソフトバンクの取締役でもあった)と犬猿の仲であり、その延長で孫氏とも不仲がささやかれた。
ITバブルははじけ、重田氏の光通信が今では地道なファックスや事務機関連の事業者として生き延びているのは知られているとおり。光通信の投資した会社は俗に「ヒカリもの」と呼ばれ、光通信の携帯電話飛ばしが発覚すると、見る見る「ヒカリもの」は権威を失った。
堀江氏の当時「オンザエッジ」(現ライブドア)も、その頃は「ヒカリもの」だったのである。いつの間にか、破綻したライブドアを買収してその社名を冠とした。
北尾氏はまた、重田氏がソフトバンクの取締役会から退くことになったきっかけを作った人物でもある。孫氏を差し置いて、2000年に香港で強烈な光通信攻撃を開始したのは、他ならぬ北尾氏だった。光通信を物まね会社と呼んで、同社へのどのような協力も拒否。その後北尾氏は重田氏に、ソフトバンクの取締役会を退くよう求めたのだった。
孫正義氏がマードックと組んでテレビ朝日の買収を試みて失敗したのはそれより少し前の1996年。思えばあの頃のソフトバンクも、今のライブドアに負けず劣らず色もの扱いだった。マードックと一緒にテレビに登場していた孫正義氏も、いまよりはずっとおどおどしており、何か自信は無さげであったが、堀江氏のようなヒールな感じはなかった。
今回久しぶりに北尾SBIが表舞台に踊り出てきたのを見るにつけ、企業というのは成長し、成熟していくのだなあということをつくづく思った。あの頃のソフトバンクを思えば、いまやこの社会に市民権を得たと言ってもいいだけの土台を築いたが、それにもやはりテレビ朝日事件から10年の歳月が必要だったのである。
ソフトバンクが、孫の会社であることは言うまでもないが、いわばSBIはその中でも孫というより北尾氏の強烈なキャラでもっている企業。ソフトバンクグループだったSBIがソフトバンクの持ち株率の低下により※ソフトバンクグループの連結から外れるという話もある。孫のソフトバンクグループが出てきた・・と単純には片付けられない部分がある。北尾というオヤジ。そうそう孫の露払いだけしているような人物ではない。
【※3/26加筆】
SBIは3月15日に500億円を超える公募増資とそれに続く第三者割り当て増資を行った結果、ソフトバンクの完全子会社であるソフトバンク・ファイナンスが保有するSBIの持ち株比率は38.9%に下がって、持分法適用会社になった。「完全な親子関係ではなくなった」。(CNET Japanより)
それはそれとして、突然名前が登場してきたかに見えるソフトバンクグループであるが、ライブドアとは違って、今のソフトバンクならフジテレビにとって提携のメリットはいくらでもある。このくらいの規模のグループとでないと、フジテレビに提携メリット感が出ないのは当然。ライブドア事件を礎にフジテレビ風土にも何がしかの変化が出てくるなら歓迎する。ソフトバンクグループの存在自体はいつ出てくるか、いつ出てくるかと思っていたし、週刊誌でもだいぶ前から取りざたされていただけに、違和感はない。
それにしても突然出てきた北尾氏がプレゼンテーションしたベンチャーキャピタルファンド「SBIビービー・メディア投資事業有限責任組合」(通称:SBIビービー・メディアファンド)。真の意図はともかく、貸し株とワンセットで、そう簡単に文句のつけられない重量級の良くできたフレームである。手馴れていると言うべきか。
堀江さん、あなたに欠けているのはこうした大人のプレゼンテーションなんだよ。通信と放送の融合を言うなら骨太のプレゼンテーションをしないと。減らず口を叩く前に。それと心ね。今のままじゃ北尾のオヤジにはちょっとやそっとじゃ対抗できないぞ。ライブドアには人材がいないのかなあ。
もっとも後10年経てばまた何かが変わっていくかもしれない。当時のソフトバンクを思えば時代は繰り返すのである。それにしても俗に10年早い!!というのはこういうことを言うのである。
2005 03 26 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (7) | トラックバック
March 17, 2005
ニッポン放送敗北を受けて----しっかりしろフジサンケイ
まだ新株予約権の適法性を争う高裁、最高裁の判断が残るとは言え、ことニッポン放送に関しては、議決権の半分をライブドアが取得した見込みで、ライブドア傘下に入ることが決定的になりつつある。
後は関心は、20数パーセント持っているニッポン放送のフジテレビ株の買い増しという、「本丸への攻撃」にどう対抗するかというところに関心は移ってきた。
もちろん、リーマンにとてつもない「高利の」借金をして買い進んでいる堀江氏の、企業体力を考えれば、破れかぶれとも言える攻撃に関して、どこまでライブドア側の「兵糧」が持つかはわからないが、こと「本丸の陥落」だけは見たくないので(昔フジテレビと2年も裁判で争ったこのBigBanが言っているんだぞ。しっかりしてくれ。フジサンケイ)
ちょっと一層気合を入れてやってくれよ。日枝さん。
今回の戦いを、遠景から様々批判するのも美しくないが、ニッポン放送の新株予約権の異常とも思える大量発行は(もちろん数が問題とばかりも言えないが)やはり裁判所を一層刺激したとしか思えない。
私は、この仮差し止め問題では当然ニッポン放送は敗北を覚悟していたと思う。
それは、なぜ4720万株もの大量発行を決めたかということと関係があると思うのである。万一この差し止めでライブドアが勝利しても、供託金を積まなければならない。その額は、当初新株発行金額の1/3としたら800億円、1/10としても数百億円が必要だと予想されていた。
供託金の金額は、民法上確たる法規はなく、個々のケースに従って裁判所が個別に判断するのだが、巨額を争うときには預託金の金額もやはり巨額になることが普通である。
なぜニッポン放送がここまで、必要以上の大量の(過半数を制するならこれほどの大量発行は必要ない)新株発行を決めたかというと、資金力で劣るライブドアを「カネ切れ」にしてやろうという思惑があったと観測する。
ところが、あろうことか裁判所は「たった」5億円という信じられないような供託しかライブドア側に求めなかった。異例の低額である。これで俄然ライブドアを勢いづかせ、一気に議決権を奪われてしまう結果となった。
どうもここは戦略ミスの可能性があると思う。
その上、優良企業であるニッポン放送を連結対象に組み込むことでライブドアの資金調達力を上げさせてしまった。焦土作戦にしろ、それほど露骨なことをやれば、大株主であるライブドアから提訴されるので、露骨なことはできない。まさかと思っていたことが予断を許さない状況になってきた。
おおよそ、鹿内一族とのあれほどの長年の修羅場を潜り抜けた日枝氏。
ここは気合を持って「日本一いやなグループ」を堅持してもらいたい。産経新聞は嫌いだが産経新聞のないライブドア「ネット新聞」の発行される世の中には住みたくない。
(加筆)
※という記事をアップして間もなく3000億円という巨額のLBOをライブドアが準備しているというニュース。フジテレビ、踏みこたえろ!
2005 03 17 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
March 15, 2005
どのテレビ局ならライブドアにとられてもいいか(冗談)---端っこならいい
硬い話題が続いたのと、公私共に日常が苦しいので、少しおちゃらけさせて下さい。
今回のフジサンケイグループへのライブドアの「野望」に関しては、当サイトでははっきりとアンチライブドアの立場に立っているわけだけれど、じゃあ、そのターゲットとなるテレビ局が、フジテレビではなかったら?ということを考えてみました。ぱらり。(鉄拳風)
#実は昨日の夕方、あるテレビ局の系列と同じグループに属する、中堅広告代理店の友人(いまやあれで、そこのマーケの部長だってさ。僕もまともに就職しておけばよかった。)とネタとして盛り上がった話題。
友人「とにかくフジサンケイはだめ!」
私「そうだ、絶対だめ。」
友人「あんないやなグループが無くなったら日本はつまらない」
私「そうだそうだ。張り合いがない。今回思ったんだけど、フジサンケイが消滅してしまうなんてことがあったら、悪口を言う相手がいなくなる。産経新聞だって、”いてもらいたい”」
友人「そうそう」
私「ホリエのおかげで産経新聞のありがたみが骨身にしみた」
友人「言いすぎだよ。」
私「だいたい、真ん中過ぎる。」
友人「はああ?なにそれ?」
私「10とか8とか6は駄目(東京の場合)」
友人「なにそれ」
私「だからさ、テレビ欄の真ん中のほうじゃん。フジテレビとかテレ朝、TBS。ああいうのは買っちゃ駄目真ん中は残してくれないと。」
友人「端っこは?」
私「端っこならいいよ。ライブドアを応援する。面白い連続ドラマもないし」
友人「いい加減な奴だな」
私「理由はね」
友人「(聞いてねえよ)何!」
私「まず右端!12 テレビ東京→ライブドアTV(何だか毎日が楽しくなってくる。OK。WBSがちょっと気になるけど。たった200億くらいで「支配」できるらしい。でも日経だからなあ・・戦いは熾烈を極めそうだ。)」
友人「・・・・・・」
私「次に左端!1 NHK→(民間払い下げ)→ライブドアが落札→ライブドアTV。(大歓迎!NHKがなくなるのなら悪魔にでも心を売るぞ。すごく楽しい日本になりそう)
友人「しかし、本当にNHK嫌いだね」
私「次!4!日本テレビ→ライブドアTV」
友人「端っこじゃねえよ。」
私「いいんだよ。どっちかっていうと欄の左のほうじゃん。(右なのに 笑)。」
友人「つまんねえよ。洒落が」
私「読売とライブドア。究極の選択ならライブドアをとる。無人島でたった2人きりになるならナベツネよりホリエがいい!」
友人「(言えてる。気持悪いけど)でも買えないよ。読売は。ないないない。」
私「わかってるよ」
友人「でもさ・・」
私「なに?」
友人「おまえのこのネタ、東京周辺以外にも、若いやつにも通じないよ。」
私「東京ネタなのはわかるが、なんで若いのには通じない?」
友人「だって新聞とってないもの」
私「・・・・・・・・」
友人「テレビ欄の端っこなんて言ったってわかんねえよ」
私「・・・・・・話が落ちたな・・・」
友人「ちなみにうちの系列は・・」
私「言うな!ブログに書けなくなる!」
友人「おまえさ・・・何のために生きてるんだよ・・・・・」
私「・・・・・・・残念!!」
友人「バカ」
【番外】
私「そう言えば、おれの会社昔フジテレビ相手に裁判したな・・」
友人「そうだ!忘れてたな。それでもこれだけ味方するんだから、究極のお人よしだ。」
私「あれ・・・2年かかったんだよな・・・結審まで。あんなせこい裁判でも。」
不真面目御免!明日からまた真面目なサイトに戻ります。
2005 03 15 [ライブドア] | 固定リンク | コメント (8) | トラックバック
March 04, 2005
堀江ライブドアへの批判は一元的ではない。-----億通りのモジュール
堀江氏に対して相当批判的なロジックを張っている私ですが、彼を糾弾する全ての者に対して共感しているわけではありません。
彼の挑戦的で攻撃的な姿勢全体に対する嫌悪感を持つ人もいる。
ファッションや風貌を因として、本気で拒絶をする人がいる。時間外取引の合法性のボーダーを疑い批判する者もいる。そしてカネカネ言えばいいというものではないというモラル(?)の観点から批判する者もいる。
>ライブドアの意図や手法に、ある種の嫌悪感を持つとするならば「経済至上主義」、つまり政府の経済政策に対する嫌悪感の現れでもあると言えるのだと思う。(私自身も本心では堀江社長の既存勢力にチャレンジする姿勢には共感しても、プラグマティズム的手法に対する嫌悪感が強い)
という観点から嫌悪の念を持つ方もいる。
私は
●表層的には経済至上主義に見えても、この社会は実は経済価値だけを中心に回っているわけではない。(市場さえも)
●報道やジャーナリズムに対して、市場のマッチングシステムは沿わない。
(何よりもライブドアの企業としてのこの分野への的確性を疑う<もしも”この分野”というものが今後も有効な領域として存在し続ける、あるいは存在させるべきだとすれば)
忘れてはいけないのは、ライブドア問題に関して(他のどんな問題に関してもそうです)賛成派と反対派の2勢力があるというわけではない、それは幻想だと言うことです。まさに、FAIRNESSさんが言うように
>「我々が捨てようとする物」と「我々が取り入れようとするもの」をしっかりと見つめて
いく必要があるし、挑戦的で新しいからと言ってそれだけの理由で「それ」を免罪するのであれば、人類の歴史は現在よりもはるかに無謬であったはずでありましょう。
新しさに不合理な「贔屓」をする危険な体質はそのままさまざまな時代において、ポピュリズムの悪として露呈した。そういう意味で私は、あのゲルマンの独裁者すら例に引いたのです。閉塞社会の、単純な英雄待望論は、誤解を恐れずに言えば、99%が誤りを犯す。
私にとっては、リスクをとろうとして少なくとも「近景の戦い」をしている堀江氏(そこは認めます。もちろん)に対して、「新しいからという理由だけで」「遠景から」支持する、「自らの現状を自らの力で変える自らの勇気の不在」を隠して声援を送る「ポピュリズム」は、新参者だというだけで排斥しようとするいわゆる頑固な現状体制維持派とは、等価に嫌悪する対象でしかない。
世界は子供の考えているより遙かに複雑であり、「捨てようとする物」と「捨てようとする理由」の組み合わせは億通りあり、「取り入れようとするもの」と「取り入れようとする理由」の組み合わせもまた億通り以上にある。孤独なことに私達はその億通りのモジュールに分配されているのです。このブログ空間のように。
生きていればそれに気がつかなければならない。
世界は厄介なことに複雑であり輻輳している。それなのに、経済的価値を、あたかも全ての解決のキーであるかのように、あるいは信じているかのようにギミックとして振る舞う集団と、それを取り巻き、許容の姿勢すら見せようとする欺瞞的な社会や集団を嫌悪するわけです。
経済的価値の限界は大人であれば皆が知っているはずであり、世界の事柄を解決する道程には経済的価値以上の魔物が、私達の歩む道の影に、幾らでも隠れている。経済的価値の限界を子供に教えるのもまた知恵あり勇気ある大人のミッションであるとは思われませんか。
孤独について言えば、「取り入れることを拒む」私の言論もまた孤独なモジュールでありましょうが、さらに言えば「孤独でない集団の言論」が果たして一度たりとも言論として妥当性があったことがあるだろうかとも思います。言論を張る時に孤独を覚悟できないのであれば、所詮遠景にしか過ぎない。この点でのメディアへの批判があるとすれば、おそらく正しいし、アンチライブドアだからといって容易に彼らと組することも私はしない。
メディアはマスへの情報の発信という自らの宿命=原罪と、「ミッションの匂いのするもの」=報道の価値という二律背反を、この21世紀になっても解決できないでいる。メディアが抱え込んだこの矛盾と欺瞞に若い人々は敏感になっている。このことの問題は確かに存在している。
しかし、だからといって価値をマッチングから創出することができるなどと考えるのもまた、深く現代の新しい病理に毒されているとしか思えません。
こうした人類史上「奇貨」とも思える皮相な発想に、安直な「放送とネットの統合」などというこれも薄っぺらな「メディアの言葉」を用いて、喝采を送る人々を見ると荒涼たる思いを感じます。
仮にマスメディアが毒されているなら、価値の面から再構築を図るべきであり、間違ってもそれは手法によってなされるものではない。メディアのミッションという価値観に、愚直なまでにこだわるニッポン放送の社員に、私はむしろ共感すする。
「興味のあるものだけ流せばいい」という発想は、産経新聞が怒る以前に、如何に多くの億通りの真実を取捨していることか!