SNS

My Photo

BooksBooks

無料ブログはココログ

November 26, 2005

板門店レポート(終章)------心に残る「緊張」と「滑稽」

_180

ロッテホテルは出発前と同じような活気に包まれていた。
観光客やビジネスマン、そして韓流ツアーに出かけてきたと思われる日本人女性客の一団。今体験してきた現実がまだ夢の中のようである。それほど「あそこ」は激しく異界であったのである。

先に書いたように、ソウルから板門店までは北に約62km、東京に置き換えるとおよそ熊谷あたりまでの距離に匹敵する。ソウルはその至近距離に、軍事境界線を持ち世界でも有数の24時間厳戒体制エリアを抱えているのである。
ミョンドンの繁華街を歩く分には、そうした現実は全く感じることは出来ず、渋谷や池袋を歩くのと全く変らないとさえ思えるのだが、そこには厳然として、日本と異なる現実がある。

Continue reading "板門店レポート(終章)------心に残る「緊張」と「滑稽」" »

November 21, 2005

板門店レポート(7)------臨津閣の「世界一危険な」コンビニ。そしてソウルへ。

●板門店レポート(1)----変り始める空気
●板門店レポート(2)----敵の行動によっては死亡する可能性があります
●板門店レポート(3)----JSA内へ
●板門店レポート(4)----軍事境界領域の村、大成洞
●板門店レポート(5)----奥の軍人の背後には
●板門店レポート(6)----若い兵士たち

___070
(キャンプボニファスの免税店)
※写真はいずれもクリックで拡大します。

JSAを警備するボニファスキャンプには、なんと免税店もあり、ここだけしか買えない限定品も買うことができる。DMZの鉄条網を切って土産物にしているのに驚く。ベルリンの壁と同じ発想。びっくりして1つ購入した。

KC320044
(土産物の鉄条網)

この後ツアーはボニファスキャンプを出て、自由の橋を見学する。臨津閣(イムジンカク)広場前の望拝壇の裏手にある自由の橋は、1953年の休戦協定調印時に造られた長さ83mの橋で、約1万2千人の捕虜がこの橋を渡って帰還したことを記念して「自由の橋」と名付けられたという。「ここまで来るのに50年」の碑文が橋の入り口のところに彫り込んである。

Continue reading "板門店レポート(7)------臨津閣の「世界一危険な」コンビニ。そしてソウルへ。" »

November 19, 2005

板門店レポート(6)----若い兵士たち

___132
※写真はいずれもクリックすると拡大します。

●板門店レポート(1)----変り始める空気
●板門店レポート(2)----敵の行動によっては死亡する可能性があります
●板門店レポート(3)----JSA内へ
●板門店レポート(4)----軍事境界領域の村、大成洞
●板門店レポート(5)----奥の軍人の背後には

軍事委員会の建物を出て、ようやく僕たちにはほっとした雰囲気が立ち込めた。最前線の休戦ラインをまたぐ会議室は、独特の空気に満ちていて、心底疲れた。双方の兵士の一時も途絶えない緊張の糸が僕たちに重くのしかかっていたのだと思う。
板門閣から手を振る北側の観光客になぜ手を振り返すことができないのか。宣伝に利用されると言われれば、なるほどと思わないこともないが、そうした僕たちもまた、ここでは国連軍と韓国人通訳の言うことをそのまま信じて動くしかないのである。それが軍事緊張のエリアでの、どうしようもない現実であり、こうして日本に帰ってきて安全圏でモノを述べるのとは、何か決定的な差異が、確かにある。

ところで、展望台からあらためて旧板門店、「帰らざる橋」そして北朝鮮を望む僕たちの前でハプニングが起きた。この日除隊を迎える若い兵士が、除隊の記念のペナントを、僕たちのツアーのいずれか一人に渡したいという。

Continue reading "板門店レポート(6)----若い兵士たち" »

November 13, 2005

板門店レポート(5)----奥の軍人の背後には

●板門店レポート(1)----変り始める空気
●板門店レポート(2)----敵の行動によっては死亡する可能性があります
●板門店レポート(3)----JSA内へ
板門店レポート(4)----軍事境界領域の村、大成洞

一般的に「板門店」といえば、この光景を思い出す人が多いと思う。映画「JSA」でも盛んに登場した。中央に並ぶ軍事停戦委員会の建物。その間に見える北側の建物、板門閣。「おの殺害事件」を契機に、国連軍、北朝鮮軍のそれぞれの兵士が極力接触しないように、再構成された板門店で、両軍の兵士がもっとも接近するのがこの場所であるし、もっとも南北の緊張関係を凝縮して味わうことができる場所でもある。

軍事委員会の建物は南北の軍事休戦ラインをまたぐように建っており、この軍事委員会の建物内で当直将校の調整会議が毎日行われるほか、重大な局面があったときにもここで会議がなされる。

___123

(振向きざまに辛うじて撮影した軍事停戦委員会の建物と
警備に当たる国連軍の兵士(手前)。奥に立つ3名は北の兵士。
手前の国連軍兵士は、体を半分建物に隠している。
これが身を守りながら、隠れた部分で武器に手をかけ、
直ちに攻撃態勢に入れるという厳戒の姿勢であるという)
※いずれも写真はクリックすると大きくなります。

Continue reading "板門店レポート(5)----奥の軍人の背後には" »

November 12, 2005

板門店レポート(4)----軍事境界領域の村、大成洞(自由の村)

●板門店レポート(1)----変り始める空気
●板門店レポート(2)----敵の行動によっては死亡する可能性があります
●板門店レポート(3)----JSA内へ

今回の僕の「ひそかな」目的の一つに、板門店でブログをモバイルから更新できないかという、わかるようなわからないような目的があった。ここに来る間にも何度か携帯で撮った写真を、auの携帯電話でブログに送り「実況」めいた試みをしていたのだが、写真を撮るのにも相当のプレッシャーがある上に音が響く。さすがにJSA内に入ってしばらくすると、携帯電話は通じなくなった。あきらめて携帯をしまいこむ。

【参考】

  • ソウル三夜――板門店でブログは更新できるのか?
  • ソウル三夜――板門店4
  • ソウル三夜――板門店3
  • ソウル三夜――板門店2
  • ソウル三夜―――板門店へ
  • Continue reading "板門店レポート(4)----軍事境界領域の村、大成洞(自由の村)" »

    板門店レポート(3)----JSA内へ

    ●板門店レポート(1)----変り始める空気
    ●板門店レポート(2)----敵の行動によっては死亡する可能性があります


    「臨津江(イムジンガン)と漢江が合流するんです。そうすると(北朝鮮が)見えてきますよ」

    朝鮮の人々にとって国きっての二つの大河、臨津江と漢江が合流するまさにその地点で民族が分断されたという皮肉。そして悲劇は、臨津江(イムジン河)という歌にも、切々と歌いこまれている。日本人でも知る人は多いだろう。

    Continue reading "板門店レポート(3)----JSA内へ" »

    November 07, 2005

    板門店レポート(2)----敵の行動によっては死亡する可能性があります

    「多いときは1日2回ってどういうことですか?」と聞くとKさんは説明してくれた。彼は、DMZに面した北朝鮮の宣伝村を長年撮影しているアマチュアカメラマンである。

    ※宣伝村は非武装地帯にあるが、洗濯物や煮炊きなどの痕跡が何十年間もないことから、住民が一人も住んでいないと言われている北朝鮮の、南側への宣伝を目的として作られた村である。ここには世界最大と言われる北朝鮮の国旗掲揚塔があるが、その上げ下ろしと南側の監視の目的で15-20名が住んでいるにしか過ぎないといわれている。
    遠目には一見近代マンションが林立しているが、マンションはおろか、その窓ですら偽装であると言われている。

    Continue reading "板門店レポート(2)----敵の行動によっては死亡する可能性があります" »

    November 06, 2005

    板門店レポート(1)----変り始める空気

    「これじゃあ今日も駄目かもしれないなあ・・・」

    隣でカメラマンのKさんが空模様を気にしている。

    「思いのほか距離があるものなんですよ。1000ミリのフレックスを持ってきているけれど、空気がこれじゃあね・・温度が高すぎると透明度がとたんに落ちるんですよ」

    Kさんの言葉にうなずきながら、左に広がり始めた漢江の殺風景な流れに目を凝らす。どのくらい来たんだろうか。道路の脇には既に鉄条網が張り巡らされ、異様な風景が広がっている。僕の様子に気がついたのか、Kさんが覗き込みながら声をかける。

    「もうすぐ臨津江(イムジンガン)と漢江が合流するんです。そうすると(北朝鮮が)見えてきますよ」

    朝の8時半にソウルのロッテホテルを出発した板門店ツアーバスは満員だった。乗客は40名ほどもいるだろうか。比率は男6対女4くらい。ほとんどが日本人だが、一人西洋系の女性の乗客が乗っている。アメリカ人かもしれない。まもなくソウルを出てから1時間ほどになる。たったそれだけのドライブでも、僕たちを囲む空気はすでに変りつつあった。

    Continue reading "板門店レポート(1)----変り始める空気" »

    October 28, 2005

    ソウル三夜――板門店でブログは更新できるのか?

    めったに味あわないような緊張にさらされた今日。ソウルのホテルでこれを書いている。

    板門店へのおよそ6時間ほどのドライブだった。板門店で撮影、それをすぐに軍事境界エリアからモバイルでアクセス、ライブでブログを更新しようという試みを行ったのだが、さすがに板門店付近はスクランブルを出しているのか、急に携帯電話が通じなくなった。
    それでも、国連軍との共同管轄地域の大半で、携帯が使用可能。したがって、ブログに稚拙ながら撮ったばかりの写真と記事を随時アップしていくことができた。投稿する携帯電話は、auのグローバルパスポート対応の機種を使った。

    撮影は、許可された場所以外ではできないので、結果的にあがった写真は不十分なものが多いが、極めて特殊な状況下でのライブということで、さっぴいてご覧ください。

    得ることの多いツアーだった。
    きっちりとしたレポートは、写真と一緒にまた後でまとめたいと思う。

    明日日本へ帰ります。



    【参考記事】
    ●ソウル三夜―――└板門店へ 以下の記事。
    ●板門店へ行った

    Continue reading "ソウル三夜――板門店でブログは更新できるのか?" »

    ソウル三夜――板門店4

    今キャンプ近くまで戻ってきた。携帯が入りはじめた。
    兵士の見送り挨拶。みな明るく若い。

    見学の女性に徐隊記念のペナントを贈る兵士も。



    051028_112401.jpg


    北朝鮮兵士。

    051028_112202.jpg
    051028_111901.jpg

    【参考記事カテゴリー】
    ●板門店へ行った