November 27, 2006

「ことのは騒動」と「オーマイニュース」(これは少し)について佐々木俊尚さんと話した。

今日、佐々木俊尚さんと新宿の某ホテルのラウンジで2時間ばかり話をすることができた。

オーマイニュースのシンポジウムの後にパネラーの佐々木さんに話しかけたことは以前に書いたのだけれど、当時の事情を言えば、松永さんの状況が僕の側では殆どわからなかったという事情があった。mixiには病院食の写真が「淡々と」上がっているということは聞いていたし、御堂岡氏のエントリーも確かあのころはあがり始めていたけれど、さいこたんのエントリーが松永さんのものではないかとすら思っていたような、遠い遠い昔の話である。

佐々木さんに、シンポジウムの後で、立ち話ではあったが聞いたところでは、まもなく松永さんが退院されるらしいということ。そしていつか落ち着いたところで、話をしたいと言ってくれた。こちらでも情報が欲しかったので、「では近いうちに」と言って別れた。

その後松永さんが退院したり、さいこたんの告白があったり、あんなことやこんなことがあって日が経ち、互いに連絡をとる機会を失していたのだけれど、10日ほど前に、思いがけず連絡をいただき、会いましょうと声を掛けていただいた。で、今日お会いすることにした次第。2時間ほどいろいろな話をした。
佐々木さんと言えば、今はオーマイのほうが相当なことになっていて、話の半分ほどはオーマイの現状とか、鳥越さん困りましたねみたいな話になってしまったのだが

感心したのは、佐々木さんが、「オーマイ」だけではなくて、「ことのは騒動」のことも、非常に丹念にネットの情報を追っておられたことだ。直前に書いた私のオーマイのエントリーはもちろんのこと、ことのはに関する最近の細かい動きもほぼ把握しておられ、ぶくまもしっかり目を通しておられたのには、ほぼ同世代(大学も一緒だ。学科も)の私としても驚いた・・っていうのも変な話だが感心した。こういう性質というのは、「古いタイプのジャーナリスト」(苦笑)と仕事をしていくのは大変だろうなあと人事ながら思わされる。

で、話を戻す。

佐々木さんが来るまでの間、昔書いた佐々木氏に関する自分のエントリーをノートパソコンで読み返していたのだが、「俺はこんなことを書いていたのか」と改めて驚くような記事もあり、中には相当失礼なものもあったので、佐々木さんには失礼な箇所はお詫びした。

佐々木さんとしては、どうも「連邦軍」と呼ばれるメンバーの言い分というか、何を考えているのかとか、そういうあたりを私から聞くことに関心があったようだ。

元来、はっきり言って「連邦軍」などというものは、形而上学的には(?)存在しない。あれは鮫島氏のちょっとした遊び心から始まった言葉で、一人歩きしはじめたことの功罪は、おそらく鮫ちゃんも自覚されているだろう。大黒鮫などといわれるが、3人が相談したり、計画を立てて体系的に何かをしようとしているわけでもなんでもない。もちろんけろやん。やエレニさんもね。我々はみんな別の人間である。シンプルな話。

佐々木さんが気にしていたのは、それらのメンバーのあれこれもさることながら、正体がつかめない完全匿名の「ノイズ」(佐々木さんの表現)の存在だ。実際、誰ともわからぬ人間が、警察にスポンタさんや泉さん、佐々木さんのことをオウムの指名手配犯に重ねて「密告」し、実際にスポンタさんのところには刑事が現れ、佐々木さんの留守電には警察からメッセージが入った。

#このことは佐々木さんとの笑い話になったが。留守電以来、連絡はないそうだ。元々毎日新聞時代から氏をご存知の方は警察には沢山おられるので、とのこと。そりゃあそうだよね。

ともあれ、けろやん。がどうの、黒鮫がどうのと言っている次元を超えて、正体不明の「動き」=ノイズがあるのがネットの世界。それは今までのところ、「ことのは」に関わった双方にとって、あまり良い結果を生んでいない。というより不幸な結果になっている。私としては、「2ちゃんねらー」呼ばわりして、多くの言論を一絡げにした鳥越論には絶対反対だけれど、2ちゃんの構造的欠陥というのは確かにある。そのことが、余計に「把握できない悪意」の責任を難しくしているという話をした。

「ことのは」に関しては、佐々木さんも細部を把握しておられない部分も、私からみてあったので、経緯も説明した。初期のころ、早くに互いが顔を合わせていれば問題はもっと早く瓦解していたのではないかという見方がある一方、当時の自分としては「密室政治」に通じるようなことを、できるだけ廃したいという思いもあり、そのときの気持ちもお話した。
佐々木さんと一致したのは、今日のこの2人の対談ですら、どうやってネットに戻すかが難しいということ。最近のオーマイに関わる言論にも見られるように、彼は「集合知」を信じておられる。できる限り全てを公共に図っていこうという立場は私と近い。しかし、それでも尚、「リアル」と「ネット」を繋いでいく試みは難しい。全てを書けば、相手との信頼関係を損ねる。逆に作為を凝らせば、馴れ合い、密室談合の謗りを受ける。

#ちなみに、別れ際に佐々木さんに本日の会合について書いていいのか、場合によってはブログアップの前に原稿をお送りしようかと言ったところ、全く問題がないので、どうぞ書いてくださいという言葉をもらった。このあたりの思い切りの良さは、良くも悪くも現在の佐々木さんの言論の立ち位置を象徴していると思う。

たとえ合意してネットに戻した話に関しても、第三者から無責任で論外な中傷(事実と異なるデマ)が流された場合、現在のシステムではそれを担保できない。開示者請求も2ちゃんの場合、現実的には限界を迎えている。その担保できない「限界性」に配慮しすぎれば、何も発信できないということになる。そのジレンマの中で、「ことのは騒動」があったというのが、私の体感でもあるし、「オーマイ」での佐々木さんの立場でもあると思う。(と並列することはおこがましいかもしれないが)佐々木さんは私よりももっと構造的にこの問題に関心をもっているようだが。つまり1ケースとしての「ことのは」の有意性である。
これから、公職選挙法上ネットが実質的な解禁を迎える中にあって、「ことのは騒動」の中に、問題は凝縮された形で表象されているのではないか、ともおっしゃったが、ここは同意である。また佐々木氏がおそらく「反対陣営」に属すると思われる私の話を「公平を期するために」多忙な中(笑・・)聞きにいらしたことは、有意義であるし率直に敬意を表したいと思う。

だが、やはり立場の違いも感じられた。氏は「ことのは騒動」を主として「脱会した信者に対する社会的視点」の問題として考えている。私に関しては、その視点を否定するものではないが、「社会の危機管理」を頭から外すことができない。そう思うに至った経緯のほんの一部は、お伝えした。つまりオウムに関する警戒心の深刻度(氏が楽観的だという意味ではないが)の違い。

「ことのは」において、なぜ「ジャーナリスト」への不信感があれほど強かったのかについても、率直な見方をお伝えした。佐々木さんが自覚しているよりも、あるいは佐々木さんや湯川さんが自覚しているよりも「ジャーナリスト」への期待は今尚大きい。もちろんその「期待」がジャーナリスト個人のキャパシティというか、取材の力の限界に抵触している矛盾は沢山ある。それは踏まえた上でも、松永インタビューの前に、佐々木さん自身が事実を事実としてもっと把握すべきであったという言葉もいただいた。

どうぞ書いてくださいという言葉をそのまま受け取って、概ねの雰囲気を記した。うまい文章ではないかもしれないが、「空気」を受け取ってもらえればと思う。私がいい加減なことをここに書いた場合、佐々木さんのことだから、その数十倍のパワーで反論をアップされるだろうから、心配ないですねと冗談交じりに話したが、ニュアンスが違うところがあれば、どうぞ佐々木さん、反論してください。そのやりとりを是認するところ。それがおそらくオーマイの編集部に満ちている「空気」とは違うのだろうし、その空気を是認している限り、ある種の共通基盤は持てるだろう。ネットがフラットな言論世界に近づいていくことに、氏は期待を持っておられると思うが、あのフラットな世界があるいは戦いに満ちていても、ごまかした平和よりは優れているのである。それを信じることができるのであれば、未来はあると思いたい。(安直な楽観主義は避けたいけれど。)

これくらいの年齢にありがちな「落としどころ」も互いに一致することはなく、また機会があればお会いしましょうという言葉で、ひとまずはお別れした。何事もまとまった成果が出たということはないが、おそらくこういうことの繰り返しなのだろう。何事も。

空気は満ちてきている。

付)
「ことのは騒動」に関するコメントは、「AnotherB」でのみ受け付けると以前に書いたが、このエントリーはBigBangで行うほうが適切であると思ったので、こちらにアップする。「この記事=佐々木さんとの対話」に関するコメントについては、限定的にここで受け付けようと思う。何かあれば、こちらに書いてください。「ことのは」全体の問題であれば、AnotherBで行いたいので、ご理解いただきたい。

2006 11 27 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (1) | トラックバック

August 31, 2006

「ことのは」・夏の終わりに

朝から日差しがきついが、気がつけば今日は8月31日だ。夏休みも今日で終わり・・と、東京にいる僕などは連想するが、もともと北の地方ではとっくに学校は始まっているのではないかな。東京でも最近公立の小学校が早めに始まる地域もあり、夏休みの終わりというのが正確にいつを指すのかはわからない。でもまあ、旧例に従えば9月1日はもう夏ではないのだろうな。

というわけで、久しぶりに「ことのは」のことを書く。で、「夏の宿題」だけに縛られると話が端的になるので、ちょっとまだ書いていない最近の話あたりから書くことにする。

7月の終わりに、psycho78氏からメールをもらった。ちょうど、例の誕生日問題の後で、こっちも血が上っていたときでもあり、また届いたメールのトーンが、(漢字交じりとはいえ 笑)まさにさいこたんだったので、コノヤロと思い正直あまりとりあわなかった。ところが、はてなを巻き込んでばたばたしている間に、psycho78がこのメールの内容に結構こだわっているように思えてきた。で、それはあまりはっきりとしたことは書いていなくて、謎掛けのような文章だったんだけれど、どうもある会社の登記を確認しろというようなことではないかと僕は受け取った。で、例の東山出版の会社の登記について、世田谷の法務局に確認に行ったんだが、それは宿題の記事に追記したとおり。

で、どうしようかと迷ったんだが、psycho78ではなく、松永さんに初めてメールを書いた。そこで、登記を確認したということと、それがpsycho78の示唆であると考えていたということ、できればそれを松永さんの方から、いいタイミングで公表されたらいかがかと書いた。もっとも、ことのはのアドレスはすでに使えなくなっていたので、匿名アドレスから宛に書いた。これが彼にちゃんと届いているのかどうか、今でもわからない。入院中であれば尚のこと。1ケ月ほど待ったが返事がないので、宿題の隅に追記した。ここまではおおむね書いたような気もする。

そして、健康のこと、文筆活動の再開を願っていること、復帰を願っているがこれ以上押し付けがましいことは言わないので、今後は松永さんは松永さんの時間軸で動いてほしいことを書き添えた。それ以降、自分としては沈黙を続けている松永さんが、いつか自分から言葉を発しない限り、むやみな言及をすることは、控えようと思っている。これが実際のところであるし、彼にこう伝えたことは自分にとってある節目だったように思っている。psycho78が松永さんであるかどうか、それも今は僕はどうでもいいことのように思っている。

思えば「ことのは」の問題が、これほど長引くとは夢にも思わなかった。あの「Flash」が出たときの泉さんとのやり取りなどはもう何度も書いたが、せいぜい1ケ月もあれば、すでにアレフを脱会しているはずの松永さんの名誉も、悪意なく彼を懇談会に呼んだ泉さんの名誉も回復されると考えていた。彼らに言葉を発してもらえれば、もう少し、ほんの少しでもいいからもう少し言葉を発してもらえれば、という気持ちが高じ、彼らの煮え切れない(と思えた)態度に苛立ち、時に僕の言辞は確かにエスカレートした。不要なことも多く口にしたと思う。見通しは確かに甘かった。そのことに途中で気がついた。

「umeさんという名前で表象される人物」が全く存在していないなどとは、考えたことがないし、かつての泉さんのサイトを見ても、その後の彼女の口ぶりを見ても、その呼称に近い名前の人物が存在していないなどと思ったことはない。トリルさんがまさか幽霊を相手にしているとも思えない。ただ、僕は「umeさん」という名前の人物に起きたとされる一連の出来事が、本当に言われているところの「umeさん」の身の上に起きたのか、それとも起きていなかったのか、その一貫性が確認できないと思っているということであり、その考えは今でも変わっていない。「実在を確認していない」という表現は、「言われているような出来事が実際に発生した人物の存在」を確認しているわけではないということである。もとより、finalvent氏も今日言及しているが、umeさんに退職に追い込まれたという事実があるかないかも、「ことのは」全体からすれば本論ではないだろう。だが万一そうした事実があれば、自分も含めて彼の名誉回復に協力すべきであろうし、不当な解雇を行った会社は批判されて然るべきであると思うが、残念ながらその事実に関する確認はトリルさんの努力によってもできないようである。umeさんにしてもこれ以上このことを、長引かせたくないという意志であることは理解できるし、もとよりumeさんを糾弾する意図はない。あったことはあったこと、なかったことはなかったこと、それがはっきりすることが、出発点だと思ったのでこだわったのだが、この結果に関しては信頼関係を作れなかった自分にも非はあるだろうと思っている。深刻な被害が「umeさん」に生じていなかったことを、むしろ今は信じたいと思う。

僕は全般的に、泉さんとumeさんに関しては、直面している問題に関して、自力で解決ができるだろうと思っていた。umeさんは正直に話せばいいし、泉さんはジャーナリストとして真実を伝えればいい。仮に報道機関企画に、松永さんの助けが「多少」あったとしても、それが由々しきことであるわけはない。ただ、その「度合い」を明らかにすることから、やはりすべてが始まると考えた。話が終われば、援護もできる。話が終わらないうちは援護もできないと思った。

しかし松永さんに関しては泉さんやumeさんとはちょっと違う。松永さんに関しては僕は、本人の力だけではどうにもならないレベルなのではないかと思った。実際彼は健康を害していたし、仕事も次々と失いつつあった。入院直前の精神状態は相当悪かった。ほってはおけないと思った。
前半は松永さんの尻をたたいてでも、とにかく事実を吐き出してさえくれれば、今度は後半はこちらが譲歩していく番だと思っていた。つまりそのときにはこちらの事実誤認も明らかになるだろうから、ひとつひとつ確認しながらこちらの「思い違い」を訂正し、謝罪をするつもりだった。そのプロセスこそが、松永英明復帰のためになると僕は信じた。ご承知のとおり、この目算もこれまでのところ外れている。脱会に関しても予想外の事態もあった。およそ、人は人を助けることなどできないのかもしれないし、そうした「傲慢さ」や「思い込み」がかえって本人を追い詰めたかもしれない。それは松永さんへの手紙でも書いた。

松永さんや泉さんを取り巻いているのが、正しくデジャ研の人たちであるという見方も、また一面的であるだろうと思う。それはいつの間にか自分たちが「連邦軍」などと呼ばれてはやし立てられたことと、おそらく鏡のような相似形であるだろうから。そうした人たちとの歩み寄りが今日まで1人としてできていないことも、また残念なことだと思う。(まあ、まだあきらめる必要はないとは思うが。)表に出ないところでは幾たびかそうしたリーチもされていたが、成果が出ていないというところだろうか。

「ことのは」はいつの間にかBigBangが先頭に立って「追求している」ということになった。その過程で先に書いたように、僕は言辞がしばしばエスカレートし、ずいぶんコアな話も書いた。また意を近くした人たちとの間の関係も、言及された。一方でGripBlogは事実上立ち行かなくなり、「ことのは」も更新されなくなった。互いの心に深い不信感も作った。

「ことのは」問題に、実際の真実というのが、どこにあるのかはわからないが、もしも自分のとってきた行動と、「真実」との間に余りにも著しい落差があることがわかれば、そのときは僕は自分の行動に見合った責任をとるべきだろう。というか、それは僕に限らず、おおよそ人は当然そういうものであると思う。が、現実は、今日現在こういう状態である。その遥か遠くでとどまって8月31日を迎えている。その僕の目算の甘さや滑稽さを笑う人がいれば、笑えばいいと思う。

最近になって、松永さんがまだ入院している、あるいは再入院しているという話が出ている。見舞いに行けという人もいる。正直、思わなかったことはない。会って顔を見て話せばわかることもあるだろう。心配でもある。だが、今彼が僕の顔を見たいとはとても思えないし、病室まで「検証に」押しかけるなどということは、僕は到底できない。御堂岡氏の話によれば、取材のためかどうかはわからないが、関係した雑誌記者の皆さんが交互に訪問しているという。それが事実であれば、皮肉で言うわけではないが「プロは違う」なと思う。「他意はない」とことわって、病室まで行ったとしても、彼はそれを信じないだろうし誰もそう思わないだろう。で、それも当然だと思うので、やはり行かないことにする。退院された後で、そうした機会があればと今は願う。

「夏の宿題」のネーミングは、ちょっとした洒落のつもりもあり、「まあ、あんまり肩に力をいれず、自分たちのペースで少しでもやろうよ」というつもりだったのだが、予想外に各所に記憶されることになった。もとより、夏が終われば何かが終わるわけでもないし、何かがうやむやになるわけでもない。僕のこの文章も不十分な箇所だらけだろう。だが、本当にこの問題に関しては、書きすぎたし、言い過ぎたと思っている。今後は、明確に新たな事実が出ない限りは、僕は「ことのは」に関する新しいエントリーはあげないと思う。もちろんこれは何かを終わりにするという意味ではない。コメント欄は空けておくし、コメントもする。事実が明らかになった場合の記事の加筆や修正は続けていく。自分にできることは続ける。

最後になるが、以前ちょっと「月面」に書いたが、ジャーナリストの江川詔子さんは、誇るべき僕の旧友である。そして、彼女がまだ坂本弁護士の事件に直面する遥か以前に、この世界に受け入れられなくて苦闘されていたことも存じ上げている。僕は、あの坂本事件を機に彼女の人生が変わり、彼女の周囲のあらゆる人たちの態度が激変する様子を複雑な思いで見てきた。一家が全滅した坂本事件の楔は言うまでもなく、たとえようもなく重い。
こんなことはご本人にも面と向かって言ったことがないが、僕は彼女の今日の成功の過程で、あの一家の全滅という忘れられない出来事=影があることをどうしても忘れられないできた。一方、江川さん自身、自宅で襲われるなど命の危険にもさらされてきた。僕がオウムの問題に対するとき、彼女の存在なしには何も発想できなかったのは確かである。(ただし、僕の「ことのは」に関する活動と彼女とは一切何の関係もないのでそれはご承知願いたい

最近になって、松本智津夫の四女の後見人を彼女が引き受けるというニュースに接した。並大抵の覚悟ではないと思う。テレビのニュースに映った記者会見の彼女の表情は、もはや僕が知っている若き時の彼女ではなく、ただならぬ強い表情をしていた。

見たこともない彼女の強い表情を見て、あらためてこの数ヶ月の自分の未熟と不遜に思いを抱いた。

#なお、psyco78氏に関する記事「あなたのために祈る 」を削除する。コメントも含めてとなるので関係者には申し訳ないが、意を汲んでご理解いただきたい。

2006 08 31 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック

July 08, 2006

ことのはを巡る未解決の問題・備忘録---夏の宿題編

さてよっこらしょという感じである。最近、厳しい国際情勢の現実に耐えかねて(?)、何でもネタ化してしまう悪い傾向があるが、このエントリーはネタ化しないで、きっちりとやっておこう。

趣旨は、「ことのは問題」に関する残っている問題点について今一度確認し、記載を残しておこうと言う事である。もちろん記載するだけではなくて、一つ一つ消えていくことが、全ての関係者にとって望むべきことであると思うが、それが一挙になされる可能性は少ないので、この夏の間にいくつかでも消えること、さらには何ヶ月、何年かかかっても、少しずつでも減らしていければと思っている。

留意したのは下記の事項。

●ことのは問題に関する、いくつかのまとめサイト(こことかここ)が充実しつつあるので、その観点から経緯を時系列整理するのは他にまかせる。またこの4ケ月私が繰り返してきた同じ理屈を繰り返すのも疲れたので、ここでは、それぞれの人物が説明を求められていること、まだ説明を終えていない(と思われている)ことのみに絞って個人別に書き留めておこうと思う。

●これは備忘録である。書きとどめておかないと忘れてしまうので、自分のためにも作成しておこうと思ったのであり、それぞれの個人にさらに回答のプレッシャーをかけようというものではない。(但し継続的注意を喚起し、説明を推奨する目的は否まない)

●当然ながら、全ては私=BigBangというフィルターを通して整理したものである上、「ことのは問題」は広大な領域に及ぶ。漏れ、見落とし、追加すべき項目、削除すべき項目があったらコメント欄等でで指摘してもらいたい。

●一度に全部網羅するのはきついので、このエントリーはたぶん修正や加筆を重ねて書くと思うが、いずれにしても1ケ所にまとめて書いたほうがいいと思うので、項目提示は全て同一のエントリー(つまりこれ)に加えていこうと思う。私の体力と気力と知力(最近物忘れが多い)根気不足の事由であり、その都度pingを何度も飛ばしてやろうなどという姑息な理由ではないから、誤解なきよう。

●ここに取り上げる当該人物は以下の4名とした。

・松永英明さん
・泉あいさん
・umeさん
・BigBang(私ね)

である。他に入れるべき人物がいればご指摘願いたい。

※佐々木氏や歌田氏、湯川氏、R30氏の言動や発言に対しても批判があり、ご本人達が説明すべきことは多いと思うが、それらの多くは「ジャーナリスト」としての観点、あるいは「人」としての観点からの問題であり、説明責任という言葉の流れとは少々異なるように思う。また「ことのは問題」と呼ばれる問題の本質とは、いささか乖離する要素があると思ったので、ここでは取り上げなかった。しかし、だからと言ってその問題や批判が重要ではないという意味ではない。他に切り離して論じたほうがいいと考えている。

●4名の中で、BigBang=私を、私自身が取り上げることで公平さが欠け、混乱する恐れもあるが、BigBangに対しても、さらなる説明を求める声が一部あるのは事実であり、一方で「某所での状況」が一向に進まないので、私自身が把握している範囲でここに記載することにした。
(ただし、これは他の3人に比して、今後も私が優先的に説明を行っていくという意味ではない。4名の中で、事実の説明にもっとも多くの文言を費やしてきたのは明らかに私であり、そのバランスは、今後一定の考慮がなされるべきであると自分としては考えている。)

●読者が把握しやすいように、それぞれの事項に順にNOを付与した。松永英明氏をAとし、順に泉あい氏、ume氏、BigBangをB,C,Dと振っていき、さらにそれぞれの事項のコードをA-1,A-2,A-3,A-4等の要領で順に振ることにした。

● ●に比べて○は優先度が多少低いと思われる項目。

では始める。

A【松永英明さんが求められていること】

A-1)
●民主党と自民党のブロガー懇談会に出席したこと、特にFlash発売日に自民党のブロガー懇談会に出席したことの経緯、動機の詳細説明
※既に民主党に関しては若干の説明があったが不十分であると私は思う。また自民党に関してはコメントがされていない。

(A-2)
●オウム脱会届提出の意志の有無。もしくは未提出の理由
※本人が未だに提出したと明言していないので、未提出を前提にしている。

【加筆7/8】
もちろん「脱会の意志はない」も回答の1つである

【加筆 9/15】
備忘録ことのはインフォーマル(9/12)に松永さんの説明が掲載された。

----------------------------------------------------------------(ここから)
# 「退会処理作業」は完了しました。公安調査庁もその事実は確認済み。
# 退会届は、退会処理作業に入るための手続きの一つ、と考えてください。繰り返しますが、退会処理作業は完了しました。
# 退会であり、出家でも在家でもありません。グレーな教団外信者でもありません。
# 教団から公安調査庁への定例の報告は、1月31日時点の2月提出分の次は、4月30日現在の状況を報告する5月分がありました(その次は7月31日締めの8月分、以下3か月おきに更新)。この5月報告分で自分の名前はすべて削除されることを確認しましたが、それが提出され、確定する5月15日ごろまでは言及したくありませんでした。確定する前にいらんことを言ってポシャるのはいやだったので(加藤の乱を見よ)。
# この公安調査庁への報告に虚偽があると、それは活動停止処分や教団解散を招く不法行為となります。したがって、教団は、実際に信者として活動している人間をやめたと報告することはできません。また、教団に入っていなくても、非常に関係の深い元信者については別枠で報告しています。それくらい慎重になっているわけです。しかし、私はその報告のいずれにも含まれていません。
# したがって、2月1日に教団を離れ、5月15日ごろ退会を証明する報告がなされた、という次第です。


(ここまで)
----------------------------------------------------------------

この「公安調査庁への定例の報告」というのは、一般は見ることが出来るのでしょうか。いや、これはこの松永さんの声明を信頼しないということでは決してないのですが、当の松永さん自身は(正しく手続きがされているのか)確認ができるのだろうかと少々疑問に思った次第。何にしても、この項目からは削除します。


(A-3)
●GripBlogの報道機関構想に対して関与した範囲と作業内容、経緯の具体的開示と説明

【加筆 12/13】
12/9に「泉あいさんに渡した「みんなのニュース」案の全文と解説」(絵文録ことのは)が詳細にわたって、松永さんによってアップされた。ここでは、松永さんが泉さんの報道機関構想に関して提示したという「みんなのニュース」案が公開されたが、結局GripBlogの報道機関構想には、採用されなかった。とされている。
経緯と計画を公開していただいたことは有意義であり、松永さんの決断を支持するが、正直なところ、これが泉さんとの話し合いにより、もっと早くなされれば良かったのにと残念に思う。事情はあったのであろうが。
この件に関しては、他に思うこともあるが、私としてはこの場面で一字一句を捉えて端的なコメントをすることは差し控える。現在オウム/アレフの物語が、進行途中であり、引き続きその進展を見守りたいと思う。

(A-4)
●オウム反上祐派に対する松本家の関与に関する再説明
松永英明インタビューで語られた、オウム反代表派と松本家の関係性が最近の報道と異なる。そのため、ここに残した。


(A-5)
●教団系出版社・東山出版社の整理経緯と代表辞任の手続きの状況
※手続き方法がわかればすぐ着手したいとおっしゃっていたと思う。

【加筆8/24】約1ケ月ほど、ご本人自らご説明があるのを待っていたが、今日まで反応がないので。松永英明さんは、東山出版の代表職を既に辞任されていることを、登記上確認したので、この項目を削除する。

※【加筆 8/26】辞任日は登記上4月12日。また、「ご本人自ら説明があるのを待っていた」とは、この件を確認したことを7月にメールで知らせ、ご本人自身からネットに対して公表することを薦めていたため。但し、松永氏が入院中の可能性もあるため、このメールを確認しておられたかどうかは不明。

この件は法律的処理がなされていたことには、もちろん一定の意味があるが、ご本人からの説明があって、初めて事実評価がなされるのがふさわしいと今でも思っている。そうした意味で、「誰でも確認できる情報」を私が確認したこと自体の意味は、ないとは言わないが「それだけのこと」とも思っているので、敢えてエントリーは立てない。宿題についてのリンクは可能な限りここにまとめるというのが初期の原則であったということもある。(もっとも、ちょうどココログの不調の時期であったこともあり、ユーザーカルマなどは記事が分散した。これについても一定のリンク整理を検討中。)

(A-6)
○現在の健康状態の状況とブログ再開の予定
※病気の状況などはプライバシーも伴うので必ず公開しなければならないという訳ではないと思う。ただ、健康状態が当初の予想よりも悪いのであれば、松永さんの今後のネットでの発言は制約されることが必至であり、その観点から無視できない事項であるため、ここに入れておく。

※尚、松永さんに関しては河上イチロー時代の活動に関しても多くの疑問が寄せられていると思うが、私自身が河上イチローの時代を直接「目撃」していないこと、また「ことのは問題」と一部離れる問題も多いと思うので除外した。


※【加筆7/8】松永さんについては未だに入院中の可能性もある。その場合にはここを読むこともできない状態であることも想定される。それについては解決のためのリスク要因の1つとして考慮すべきであろう。万一そういう事態であれば、一刻も早いご回復を祈る。(単に回答してもらうために、ではなく)

※【加筆9/8】退院されて、ブログが再開されたので削除。まあ、ここを見てやってんじゃねーよと言うだろけどね。一応。
 

B【泉あいさんが求められていること】

(B-1)
●松永さん及びumeさんがGripBlogの報道機関構想に対して関与した範囲と作業内容、経緯の具体的開示と説明

(B-2)
●(上に関連して)報道機関設立企画書の成立過程
※ファイルの管理の問題

(B-3)
○GripBlog及び報道機関構想におけるスポンサー、スポンサー候補について
※これは具体的に法人や個人名をあげる必要はないと思うが、資金源について関心を持たれているので、できれば詳細説明をしたほうがいいと思う。

(B-4)
○今後のGripBlogの運営方針の説明
※もしも本家のGripBlogを継続するのであれば、再度行った方がいいと思う。現在は「廃墟化」しつつあるので。

※その他、umeさんに関する説明があるかと思うが、これは次項でumeさん自身の要説明項目に入れた。


C【umeさんが求められていること】

(C-1)
●松永さん及びumeさんがGripBlogの報道機関構想に対して関与した範囲と作業内容、経緯の具体的開示と説明


(C-2)
●「退職勧告」と「警察訪問」及びその後の一連の「解雇騒動」に関する詳細説明
※一連の出来事が時系列的にはっきりしないこと、その後全く説明や報告がないことが、umeさん自身の存在と信用に関する疑念に繋がっているので。

(C-3)
●黒崎さんに対する「名誉毀損」の訴訟に関するその後の経緯の説明
※同上
※尚、ここで「umeさん」に質問を記載するのはumeさんが実在することを「前提に」した場合、という但書付である。後の私に関する課題で、ここの部分に関する表現が問われているが、条件分岐について理解をしてもらいたい。万一後にumeさんの「非実在」あるいは限りなく「無関係の人物による偽装」などが明らかになったとすれば、この質問は遡って無意味化する。詳しくはまた別に。

D【BigBang(私)が求められていること】


(D-1)
●報道機関設立に関して「関係者」でありながら、特に報道機関構想に関するネットへの説明が遅れ、そのために混乱を広げたのではないか?という指摘への説明。


【8/28 加筆】
指摘は主として現在GripBlogに長文コメントを連続掲載している通りすがり氏によるものであるが、現在までのところ、「遅れた時期の指摘」について明確になっていないと受け止めている。これについては、幾度かやりとりを重ねてきたが、単純に議論や互いの質疑によるもので解決できる性質のものでもないと考えている。

私のこれまでの議論の進めかたやエントリーについて、批判すべきと考える方は、批判エントリーをあげていただくしかない。その批判を甘んじて受けるべきと考えれば受けるし、また、反論すべきであると考えた場合には今後も反論する可能性があるが、批判者と私との考え方の、基本的考え方の相違であるとしか言いようがないものについては、これ以上議論の方法がないように思う。

つまり、私の「ことのは問題」への対応が、総体的乃至は根本的に適切でなかったと思う人には、「そうですか」としか言いようがなく、それ以上説得する言葉を捜すのは難しいということである。




(D-2)
●「ユーザーカルマ」という用語を使い、umeさんや泉さんに対する合理性なき疑惑を拡大したのではないか?という疑念に関する見解の表明。



【8/28加筆】
ユーザーカルマに関する議論は一定の段階に達したと考えている。この件に関する主要リンクを加筆する。

私の見解としては下記をお読みいただきたい。
■[夏の宿題]ユーザーカルマと「宗教性」(月も見えない夜に)


(この件に関するその他のリンク)
 

■ユーザーカルマについて(アレフブロガーの時代)

■BigBangブックマーク「売文日誌」
(売文氏との議論ブクマ)
■真夜中は別の人 -  「Grip 報道メディア」における「ユーザーカルマ」とは
■真夜中は別の人 -  Digg/Pliggにおける「カルマ」とは

■真夜中は別の人-[ことのは騒動] スラッシュドットの「カルマ」とは
真夜中は別の人「カルマ」再考


(D-3)
●umeさんの実在/非実在に関する「曖昧な」態度に関する説明。


【8/28 加筆】
この件に関しては本日現在、トリルさんのumeさん(と思われる人物)への接触が継続している。現在のところ折衝は難航しているようだが、ここから数週間のうちに、umeさんより重要な情報が提供される可能性は消えていない。
トリルさんの「最終報告」をお待ちしてから、コメントしたいと思う。もちろんどのような結果が出ても、ここで再度コメントするつもり。



(D-4)
●関係者(泉さん、松永さん)と知己でありながら、直接彼らに会って問題の収拾を図ろうとしないこと、また初期の頃ume氏からの会見の提案を拒絶した理由の説明。

以上である。

全部とは言わない。「夏の宿題」と題したとおり、せめて各項目の半分くらいがクリアされて、気持ちのよい秋を迎えられることを期待する。

どうですか。残りのお三方。

2006 07 08 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (33) | トラックバック

June 07, 2006

希薄なのは「内環」の方ではないのか----佐々木俊尚氏に再度答える

再度この問題を取り上げていただいた佐々木氏の「ネット世論の「拠って立つ場所」とは」を興味深く拝見した。私のブログ他も具体的に引用していただいて、その開かれた姿勢にはまず感服する。というのも、そう言わざるを得ない惨状が今広がっているからである。理由は後で述べる。

その上で、の話である。

佐々木氏は前回のエントリー「「ことのは」問題を考える」の文末で、

「しかし私は今でも、マスメディアが声高に書いてきた絶対的正義の向こう側に、フラットになった言論の世界が誕生し、そこにインターネットのジャーナリズムの可能性があると信じている。なにがしかのその可能性が、単なる楽観主義でないことを、私は今ただひたすら祈っている。」

と表現した。

ところが今回のエントリー「ネット世論の「拠って立つ場所」とは」でこのように書いている。

「中心に泉あいさんと松永英明さんの存在する圏域。その外側に、R30さんや私、歌田明弘さん、湯川鶴章さんらの圏域。その外側に、内側の二つのサークルを徹底的に批判しているBigBangさんや美也子さんたちのいる圏域。そしてさらにその外側には、弾さんや『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』のエントリー『今更の『「ことのは」問題を考える』雑感 』が言及している、以下のような圏域。」

「この円環構造が特徴的なのは、ある環を包囲する外側の環は、かならず自分のさらに外側の円環――それは実のところ、包囲者が仮想している幻想の円環、仮の他者に過ぎないのだけれども――が持つコンテキストを背景に、内側の環を批評しようとすることである。
 たとえば松永さんと泉さんらの環に対して、その外側にいるR30さんや私は「ジャーナリズム」という視点からその環を批評しようとした。ところがさらにその外側にいるBigBangさんや美也子さんは、さらに別のコンテキストを背景にして、R30さんや私を批判した。それに対して私は、「あなたがたのコンテキストは絶対的正義ではないのか」と前回のエントリーで異論を述べた。しかし今考えれば、その考え方自体も、円環の中に閉じこめられたがゆえの意見だったようにも思える。
(「ネット世論の「拠って立つ場所」とは」)

これを読んで私は、2月に書いた自分のある記事を思い出した。引用するので、読み比べて欲しい。

人生はどんな暴虐にも懇切に対応していけるほど長くはない。一方で耳を貸すべき批判もたくさんあるだろう。願わくば彼にはそうした批判に耳を傾けて欲しいのであり、石を投げる意味も相手も理由も見えない者どもに、あなたが誠実に対応する義務はない。そういう取捨選択もこの世を生きる闘いのプログラムには、あらかじめ組み込まれていると思うし、それを淡々とこなしていかなければ、あなたの負った大いなる蹉跌も十分に生きないであろう。粛々と闘えばいい。それだけのことである。そして、闘いは慎重にね。準備万端整えて。幸いあなたにはまだまだ長い時間があるのだから。
今は取り囲まれているように思うかもしれないが、彼らの周囲には彼らを遥かに超える数の目がある。黙って、しかし彼らの無残を厳しく見つめて立っている人々は決して少なくない。
感じ取る者は感じ取っている。
見つめられているのは彼らの愚かさであり、囲まれているのは彼らのほうなのである。
(囲まれているのはそっちだろう。-----今井ブログの出来事を見て。)

いずれも「円環のようなもの」に封じ込められた「対象者」をその周囲が「批判」あるいは「攻撃」しているが、その外側にさらに無数の「外側の円環」があると見る。両者がテーマとして扱ったのは「ことのは問題」と「今井ブログ問題」で異なるが、佐々木さんのエントリーと私のエントリーにはある共通の「構造的視点」がある。

では彼我の差はどこにあるのだろうと考えた。で、それは「自己の位置」に関する認識の違いであるとすぐに気がついた。自己のポジションに関する認識である。

佐々木氏は当事者である泉・松永の両氏のすぐ外側に「R30さんや私、歌田明弘さん、湯川鶴章さん」を置いた。それよりも外側に位置する「BigBangさんや美也子さん」は、泉さんや松永さんはもちろん、その外周にある佐々木さんたちにも「石を投げる」者どもなのであり、さらにその外側には冷ややかに見つめる層(サイレントマジョリティ=おそらく「大衆」と呼ぶべきものであろう)を見ている。

これは私が今井ブログの構図で描いた図式と酷似しているがある1点で異なる。どこが違うかと言うと、私がもっとも外縁の「サイレントマジョリティ」にむしろ「希望」や「期待」を込めたのに対して、佐々木さんはむしろ「内周」に近いところにある自分の立ち居地を中心に、「異なる正義を背負う外周」を「異界」として見ているというところである。のみならず、「外環」をこう表現までしている。

外側にいけばいくほど、その拠って立つ「社会」「世論」は薄く広がり、見えにくくなっていくようにも思える。

佐々木さん、そうだろうか。希薄なのは外周だろうか。今厳しく問われているのは外周ではなく、「サイレントマジョリティ」における言論の希薄ではなく、むしろ「中心部に近いところ」にいる、あなたたち(ともしかしたら私も)の行動倫理、言論倫理なのではないだろうか。
この騒ぎが始まってから今まで、あなたの言う「内部の円環」に属する松永さんは言うに及ばず、(松永さんは松永さんなりの吐露の途上にあったことは認める)泉さんも、そして週刊アスキーの件で問題になったumeさんも、R30さんも、歌田さんも、湯川さんも、そしてあなたも、この問題の核心に直接的に触れず一般的な社会論にオウム問題を昇華して、同じ円周を回り続けるのはどういうことなのだろうか。私は「外周」よりもむしろこの「内環」に強い疑問を感じるのである。

●松永さんは入院後、音沙汰がない。
●泉さんはもっとも肝心なところで口をつぐみ、不向きな政治家インタビューを再開した。
●会社から不当な退職を強いられたとされるumeさんは行方知れず。
●R30さんはオウム問題は「日本とアジアの問題」だと言い残してブログを休業した。
●参加ジャーナリズムの旗手湯川さんのブログは廃墟と化し、あらゆる問いかけに沈黙している。
●歌田さんに至っては、事実と向き合おうともしない論外の体たらくの上、コメントもトラックバックもコントロールしている。

佐々木さんの言論は、無礼な私にも、よくも制御してpoliteに対峙して下さっているとは思うが、「ことのは問題」の肝心な点=GripBlogで何が起きたのか、肝心な部分に何一つ触れず、「フラットなブロゴスフィアの夢」から「円環の社会論」へ、そしてさらに「ブロガーの責任論」へと話を昇華している。

「ブロガーの責任」がないとは言わない。これは明らかに私にも向けられている言説であることは明白だからだ。ここまで騒ぎを拡大した責任の一片は確かに私にもある。
しかし、匿名の一ブロガーの言論と、元毎日新聞記者であり、気鋭の「プロジャーナリスト」佐々木俊尚の言論の、どちらを世間は信頼するだろうか。元ユリイカの編集長であり、週刊アスキーでレギュラーを持つ「優秀なジャーナリスト」歌田明弘と、その歌田氏が鼻でせせら笑う無名の素人のブログのどちらを信頼するだろうか。R30さんは今はプロのジャーナリストではないが、アクセス数で言えば、BigBangの20倍以上の力を持つブロガーである。BigBangとR30のどちらの影響力が重いだろうか。

敢えて「ジャーナリスト」とは言わない。奇しくも「内環」と表現された「あなた方」のこの問題に対する姿勢は、その格段の信頼に応分に応えているものだと言えるだろうか。しかも、この「内環」のメンバーは、「こぞって」(笑)「デジタル・ジャーナリズム研究会」のメンバーとして、親しく「ネットとジャーナリズム」を集い論じ合っておられる方たちではないか。「外環」の私たちは、「内環」の佐々木さん達の唱える全体論や社会論を聞く前に、真実の解明に力を注いでいただきたいのである。

それは、今マスメディアや職業ジャーナリストへの信頼が大きく揺らいでいる世相と無関係ではない。求められているのは、第一義的に「何がなされたのか、何がなされなかったのか」ということである。理想とする社会像への誘導や、オウム真理教との安易なアイデンティティ同一論ではない。
泉さんがもしもまだ「ジャーナリスト以前」だとして、「ジャーナリストの先輩」である佐々木さんが泉さんに伝えられるのは、「外環」への防御だけなのだろうか。R30さんが伝えられるのは、オウム=大日本帝国論だけなのだろうか。湯川さんが伝えられるのは廃墟のブログだけなのだろうか。歌田さんは一番大事な「裏取りの重要性」をどこかで忘れてきたのだろうか。

私に見えているのは、皆さんが何かを恐れて、隣にある「暗闇」を明かすことをせず、延々と幻の理想論を唱え続ける姿である。真実の追究を一義とすることについて、テロへの危機意識について、この3ケ月「内環」から何が語られただろう。批判が寄せられるとすぐにコメント欄を閉鎖する姿勢の中から、何を話し合う共通の基盤があっただろうか。

どこで何があったのか。なかったのか。
誰が何をして、誰が何をしなかったのか。
その中で何が問題であり、何が問題でなかったのか。

どんな問題においても、人が、社会が「プロのジャーナリスト」に求めているものはまずそこにあるはずである。その基本を忘れているのは誰か。

幻のネットジャーナリズム論はもう沢山である。

2006 06 07 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (14) | トラックバック

June 05, 2006

週刊アスキーと歌田明弘氏への質問書(4)----歌田氏の回答(2)

歌田さんから、どういうわけかもう1通回答をいただいた。いい加減憂鬱になってきている上、前回以上に不愉快な内容だが、最初のものを公開して、こちらを公開しないのは片手落ちというものだろう。そういうわけで、公開をさせていただく。

論評は・・・・。 まあ後から考える。やれやれ。
(こちらもこのような人に質問したこと自体を後悔し始めたよ。まあお読みくだされ。)

---------------------------------------------------------------
XXXXX(実名)様

 これ以上、お答えしないと言っておきながら、メールをお送りしてしまうのは何ですが(苦笑)、先の回答にひとつ重要な点が抜けていましたので、補足させていただきます。

 あなたは、そもそもume氏の挙動に異様なまでの関心をお持ちですが、私には、とりたててume氏の発言を追及する理由がありません。もしその発言に多少の違いがあったとしても、ume氏に根拠なく言うにはあまりに重大で不当な疑い(つまりオウムの関係者であるということ)がかけられてきたことは、ネット上で誰でも知りうる事実ですから、そういう意味で被害をうけたことは明白ではないでしょうか。
 

疑いをかけた方に必要なのは、謝ることであって、あなた(方)のほうで何らかの具体的な追及理由を示さないかぎり(示しているつもりなのかもしれません が、あなたの発言をざっと拝見したかぎりではとても理解できるものではありません)、これ以上追及する必要も、またするべきでもないのは明らかです。あな た方のやっていることは、まったく理解できない所業です。
 こうした観点に立っているわけですから、取材が必要かどうかはそもそもまったく問題にならない話だと思います。
 いささかあきれてきたので、いまでは、お答えしたことを後悔し始めました。週刊アスキーにも、お答えしないことを勧めるつもりです。
 また、実際のところ、多くの雑誌同様、編集部と著者は信頼関係で成り立っているわけで、どういう具合に原稿を書いたのか、その詳細を把握しているのは書 き手のほうなので、こんどのご質問の場合はとくに、著者の回答で十分だと思いますし、いまでは、先に書いたように、私もまともに相手をしたことを悔いてい ます。

 ほかに質問を送られたスポンタさんにお答えせず、あなたになぜお答えしようかな、と思ったのは、あなたのお名前が社会で名乗られているほんとうのお名前 で、ネット上で簡単に検索される方と同一だともしすれば、あなたと私は同じ年のようで、同じ時間だけ生きてきて、私などに比べてはるかに社会的な地位もあ る方のようなのに、なぜこんなことをわざわざやられているのか、不思議に思ったからでもあります。もう少し卑近な言い方をすれば、あなたに少しばかりの関 心を持ったからです(それがお返事してしまうという間違いのもとでした)。
 まあ、先のメールをいただいて、取材するんでしたら、あなたのことを取材したほうがおもしろいような気もしたことは事実です(笑)。

 余計なことも書きましたが、これでほんとうに終わりにします。

 これも公開されるのでしたら、前回同様、全文をお願いします。

歌田明弘

2006 06 05 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (17) | トラックバック

June 04, 2006

「仮想報道 われわれはみな”隠れオウム”の容疑者」(週刊アスキー)の問題点について

週刊アスキー(2006年6月月13日号)掲載記事で、特に問題があると感じるのは次の一節である。順序が後先になるが、これについて認識されていないコメントも散見するので、確認の意味からも再掲しておく。

質問書
とその回答も参照して欲しい。

---------------------------------------------------------
●「オウム信者でないこと」を証明できるか

実質的により深刻な被害を受けたのは、泉氏にサーバーを貸していた男性かもしれない。「この男性こそが、『オウムの謀略』をたくらんだ黒幕」といった声が上がり、憶測にすぎないそうした話もネットで広まった。
 これまた唐突な疑いに思われるが、泉氏のブログに書かれたこの男性自身の文章によれば、こうした話には会社が神経を尖らせるシステム関係の仕事をしていたこともあって、結局、会社を辞めなければならなくなったという。 
 疑惑を知った会社は、オウムと無関係だと証明するよう求めてきたそうだ。 
 しかしこれは、言うはやすく、行なうのははなはだむずかしい。
 この男性は、オウムと関わりがないことを警察に証明してもらおうとしたところ、警察は、「まず、あなたがオウム信者でないことを警察に証明してください」と言ったという。
 笑い話のようだがほんとうにそうなのだ、と書いている。

------------------------------------------------------

※ここまでの著述は確かに歌田氏が回答してきたとおり、明らかにネット取材で知りえた事実を羅列してだけであると言えるだろう。単に歌田氏はGripBlogに掲載された、ume氏の退職の経緯をそのまま「伝聞で」記載しているだけだ。

しかし、記事はここからトーンが変わる。


    ----------------------------------------------------

 警察は、「隠れオウム」を全員知っているわけではないかもしれないし、知っていたとしてもそうした微妙な情報を持っているとは言いたくない。だから、嫌疑を晴らすことまではしてくれないわけだ。

 さて、そうしたとき、あなただったら、どうやって「オウムでないこと」を証明するだろうか。おそらく誰もできないのではないか。

そういう意味では、われわれはみな潜在的に「隠れオウムの容疑者」だ。
 泉氏やこの男性についての疑いの広がり方を見ると、そうした極端な話が、かならずしも極端とはいえないように思えてくる。(
「仮想報道 われわれはみな”隠れオウム”の容疑者」より)

-----------------------------------------------------------

この青字の部分で、記事はいつの間にか、ume氏に起きたことが事実であるという前提に立っている。さらに、一気に私たちもいつオウムの容疑者であると不当な疑いをかけられかねないとリードすることにより、この男性に起きたことがいかに理不尽であるか、あるいは自分の身に起きたらどんなに恐ろしいことであるかを、断定的に印象付けている。警察が疑惑を「晴らしてくれない」ことも、自明のことのように書かれている。

さて、読者はここまで読み進んだとき、これがネット上で公開されただけの、「裏づけのとれていない話である」と読み取ることができるだろうか。あるいは、記事の筆者がこの事実を全く裏取りをしていないことを読み取ることができるだろうか。

おそらくそれは無理であろう。ここにこの記事の問題点がある。

歌田氏は回答の中でこう語っている。

また、私は、口頭で述べられたことよりも、文章として記したことのほうが証拠能力は高いということも常々思っています(いうまでもありませんが、どちらも虚偽の証言をすることはできますが、テープを回して公開でもしないかぎり、言った言わないの水掛論争になりがちな口頭の証言に比べて、ともかくもネットで書かれたことは残っていて公開されているという意味です)。というわけで、ネット上で公開されている情報をできるだけ使うようにしています。

しかし、取材源を相手の「口語」からとるか「文章」からとるかなどということは、この問題への答になってはいない。「文章なら後々残るから言った言わないの問題で有利である」というのは、瑣末な取材者側のテクニックの話であり、取材源の裏づけをとるということとは、基本的に関係がない話である。

通常は、証言者の話が真実であるか、誇張がないかを検証するために、被取材者以外の第三者の発言や、証言者の証言の合理性、一貫性を精査するはずである。その結果、不自然な点があれば、その発言を元にした記事の基本が崩れることになるので、殊更に慎重を期すべき作業である。

メディア関連で仕事をされている方にとっては、基本中の基本であるはずである。それが「ネットで書かれたこと」の名の元に承認されるとすれば、ネットジャーナリズムとは、書いたことに責任をとらない無責任の体系であることになる。

まして、ことはオウムというナーバスな問題である。IT業界の噂話を書くのとは訳が違う。取材者はあらゆる可能性を疑ってしかるべきであり、その取材者の姿勢が読者以上に、一貫して厳しいものであることによってこそ、記事として信頼に足るものになる。少なくとも、裏づけをとっていないならいないと、記事中に明記することは最低限すべきであろう。

そうした意味において、なされるべきことがなされずに、未確認の事実にお墨付きがなされるような形で流されたことは誠に残念であると言わざるをえない。質問書を出したのも、この点に強い違和感を感じたからであり、この件に関して歌田氏が言う「何らかの意図」などというものは当方にはない。

もしも(あまり可能性はないと思ったが)歌田さんが独自取材をした結果、たどり着いた結論であるなら、それはそれで状況の一歩前進になったのであるが、どうやらそれはありえないことだったようである。

2006 06 04 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック

June 03, 2006

週刊アスキーと歌田明弘氏への質問書(3)----歌田氏の回答でわかったこと

私は、8つの質問を歌田氏に投げかけたのだけれど、結局はっきりお答えいただいたのは

(8)上記の松永氏インタビューの後、泉さんは、オウム真理教問題に長年取り組んでこられた、弁護士の滝本太郎氏にもインタビューを行っておられます。滝本氏は、先に松永氏になされたインタビューの内容の一部について、問題がある危険な部分を具体的に言及されておられます。松永氏のインタビューを紹介するなら、この滝本インタビューの内容にも触れないと、著しくバランスを欠いた記事になるのではないかと懸念されますが、この点に関してどのようにお考えですか?

だけ。

これについては、

>なお、ご質問をいただく以前に次の原稿が校了になっておりましたが、滝本弁護士の主張も興味深く拝読しましたので、こんどの火曜日発売の号で取上げさせていただきました。

のお答をいただいた。どうも普通に読むと歌田さんは、私が質問をするまで滝本弁護士のインタビューを読んでいなかったようにも思えるのだけれど、そこは定かではない。いずれにしても次の記事に反映されるようで、その点だけは良かった。

で、淡々と検証すると(1)から(7)についての質問には直接的な形では全くお答えいただけなかった。よって、回答文から類推するしかない。

>ひとつひとつお答えしませんが、基本的にブログ記事等の情報にしたがったものについては、原稿中にそのむねを書いておりますので、原稿をお読みいただければわかるかと思います。

→記事に書いてある以上の情報は持っていないと理解した。

>そのうえで、今回のご質問には直接かかわりないことですが、私が当該の連載を始めるにあたっては、普通の人が普通にネットなどを通して集めたり接した情報で、何が言え、どんなことがわかり、考えられるかに興味があって始め、それを原則にして書いてきましたし、少なくとも今のところこの連載についてはそういう形で続けるつもりです。


→「普通の人」がネットを使って集めた情報と同じ情報で記事を書いている。つまり、「普通の人」がネットで収集できる以外の取材手段は今回尽くしていないと理解した。

>また、私は、口頭で述べられたことよりも、文章として記したことのほうが証拠能力は高いということも常々思っています(いうまでもありませんが、どちらも虚偽の証言をすることはできますが、テープを回して公開でもしないかぎり、言った言わないの水掛論争になりがちな口頭の証言に比べて、ともかくもネットで書かれたことは残っていて公開されているという意味です)。というわけで、ネット上で公開されている情報をできるだけ使うようにしています。

→要は取材対象に会って直接コメントをもらったところで嘘をつくかもしれない。なら「ブログにあがっている文書」情報のみで記事を構成することに問題はないではないか。という意味か。それなら既成の新聞社や雑誌社の記者の皆さんがやっている手法(=1次情報にあたる)は、口頭で証言を取る限りは、信頼できないということか。ずいぶんとユニークな説をお聞きした。

つまり、早い話が歌田さんは、ご自分の書いた記事について「普通の人がアクセスできる」ネットの情報以外については一切取材をしていないと理解して差し障りはなかろう。

後半で私の匿名性について延々と書かれている。こちらの出した質問にはスルーに近い対応をされながら、どういう意図で文字数を尽くして論点をそらそうとされるのかわからないが、要はあなたの答は「裏取りはしていませんが何か?」ということであろう。

であれば、この歌田というジャーナリストは、ネットで垂れ流されている程度の情報のみで「われわれはみな”隠れオウム”の容疑者」というタイトルの記事を公開してしまう人であるとわかったので、私は正直なところこの人とこれ以上やり取りをする意欲はない。

歌田さんは、あたかも私が自分の個人情報をネットに公開することが、情報交換の条件のような言い方をされておられるが、あなたの側に、これ以上出す情報や説明が何もない以上、あなたの理不尽な要求を受け入れてリスクを背負う必要は私にはさらさらない。交渉にも脅しにもならない話。

要はあなたは裏取りはせずに、泉さんの言い分を右から左に流したとそういうこと。それがわかれば十分である。

そもそも、私は質問書の送付にあたっては、質問文に自分の実名を記載している。その気になればあなたはネットで私の素性について詳細な情報をとれる立場にある。にも関わらず

>自分は、オウムでもないし、明らかにする必要はないと言われるかもしれませんが、あなたの文章を読んでいるわれわれにはどういう方かわかりません。(オウムでないにしても)別の意図があるかもしれません。名前があれば疑いが払拭できるわけではありませんが、そのお名前が失われると困る場合は、発言することにそれなりにリスクを負うわけで、説得力が出てくるということはあるでしょう。

とか

>松永氏は、ペンネームにしてもリアルな世界でそれなりの蓄積があり、失うと困る名前を明らかにしていたわけです。その行為を問題にされているあなたも、ネットで言論活動をされているわけですから、最低限、「松永氏なみ」の対応をされることを望みます。

などと記載するのは全く理解に苦しむ。

さらに重大なことがある。

歌田氏が記事の中心に据えている「umeさん」の一件が事実なのか、umeさんが存在しているのかどうかも検証していないのみならず、泉さんすら本名ではない匿名の存在であることを知らずに、この記事を構成したということである。

泉さんはご自身のコメント欄でこうおっしゃっている。

----------------------------------------------------
sayokoさん
>泉さんが匿名であると、歌田さんは知っているのですか?

「泉あい」名でお会いする方々へ名刺をお渡しする度に「実名ではなりません」と補足説明しているわけではありませんので、歌田さんがご存知かどうかは私ではわかりかねます。

投稿 泉 あい | 2006/06/03 15:41:55

-----------------------------------------------------

つまり、泉さんは歌田さんに本名を公開していないのである。

ここで歌田さんの記事は悲劇的な状態に陥ることになる。
つまり、歌田氏の言う「どこの誰ともわからぬ」泉さんというキャラクターの言い分をそのまま流すことにより「仮面に隠れて特異な言論活動をしたときの意味について問題提起」を行い、それに対して質問をした私をまた「仮面に隠れて特異な言論活動をした」として信用ならぬと評したのである。しかも私は歌田氏に本名を提示しているが、それすらもなされていない人物を信用したということになる。

この重大な矛盾についてはもはや解説しない。
読者それぞれが理解されれば良い。

後は「週刊アスキー」の編集部から、社としての見解も歌田さんと同じなのかどうかご返事を頂くように、確認に努めたいと思う。

コメント欄で今回も「名無しの某」さんが見事にまとめてくださっているのだが、私の質問の主たる主旨は、言うまでもなく「umeさん」の離職に関する一件が、裏取りもしない「杜撰な」記事で活字化されることにより、


オウムの元信者の疑いをかけられた一般人がネットの中傷により退職にまで追い込まれた

という「確認されてもいない事実」が、1人歩きをすることを危惧したものである。(既に何度も書いたように私はこの件に関して懐疑的である)
歌田さんがご返答いただけたことにより、今回の記事が、何の裏もとっていない記事であり、「匿名の女性ジャーナリスト」の証言のみにより誘導された記事であることを、読者には理解いただけたと思う。この次元までは、私の目的は果たすことができた。


さて、最後にBigBangの匿名性についてであるが、少し書いてみる。歌田さんの「要求」は先に書いたように非合理的極まりなく、ジャーナリズムの基本も踏まえない稚拙な見解であるとして、私は「微笑」するのみである。(やはり2007年問題かなあ。)

で、それとは全く別にこのブログを「実名ブログ」に変える可能性は、全くないわけではない。既に親しい友人や家族にこのブログは公開しており、今回の騒動の相手方に属する方たちは、軒並み私の本名とプロフィールをご存知である。「必要があれば」BigBangが実名ブログに変更されるためのハードルは、既にかなり低くなっていると解すべきである。

だが、それは「必要があれば」であり、今回のやりとりごときの稚拙な意見で、おいそれと挑発に乗るわけにはいかない。しかし、私の匿名性が、私に対する「唯一の」対抗手段であると考えているとすれば、あなたたちは甘いと思う。

それだけは忘れないでいてほしい。

さあ、

>最低限、「松永氏なみ」の対応をされることを望みます。

と言われた件は、取るに足らぬ妄言として「水に流して」、週刊アスキーの正式見解をお待ちすることにしよう。

#それから最後に歌田さん。理屈はともかく、公の媒体に記事を書く場合には、「裏取り」をしたほうがいいですよ。特にあなたが扱っておられるのは、あのオウム問題だ。それがわかっていますか?その重大性が、この社会に与える意味について、しっかりと考えておられますか?

そうそう。「人は口頭では嘘をつく」から「ネット取材だけで構わない」などという詭弁にまぶしたジャーナリズム論を、公言しているジャーナリストが、あなたのほかに一体誰がいるのか。

それも機会があれば教えてください。
機会があれば、ですが。

2006 06 03 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (55) | トラックバック

週刊アスキーと歌田明弘氏への質問書(2)----歌田氏の回答

歌田さんから、早速ご回答をいただいたのでまずそのまま公開します。回答に関する論評は後で別に書きます。

---------------------------------------------------------------------
XXXX(実名)様

ご質問をいただきましたので、お答えさせていただきます。

ひとつひとつお答えしませんが、基本的にブログ記事等の情報にしたがったも
のについては、原稿中にそのむねを書いておりますので、原稿をお読みいただけ
ればわかるかと思います。

そのうえで、今回のご質問には直接かかわりないことですが、私が当該の連載
を始めるにあたっては、普通の人が普通にネットなどを通して集めたり接した情
報で、何が言え、どんなことがわかり、考えられるかに興味があって始め、それ
を原則にして書いてきましたし、少なくとも今のところこの連載についてはそう
いう形で続けるつもりです。
また、私は、口頭で述べられたことよりも、文章として記したことのほうが証
拠能力は高いということも常々思っています(いうまでもありませんが、どちら
も虚偽の証言をすることはできますが、テープを回して公開でもしないかぎり、
言った言わないの水掛論争になりがちな口頭の証言に比べて、ともかくもネット
で書かれたことは残っていて公開されているという意味です)。というわけで、
ネット上で公開されている情報をできるだけ使うようにしています。

なお、ご質問をいただく以前に次の原稿が校了になっておりましたが、滝本弁
護士の主張も興味深く拝読しましたので、こんどの火曜日発売の号で取り上げさ
せていただきました。

今回はお返事を出させていただきましたが、自分の名前だけは伏せて公開し、
私のほうから見て意味のある質問と思われない場合は、お答えしないことがある
ことを付け加えさせていただきます。
余計なことですが、立派なお仕事もされているようですし、いろいろなご意見
がおありのようですから、自分のお名前を出して主張されたらいかがでしょう
か。ご承知のとおり、名前を名乗っていてもいろいろなことが起こるネットでは
ありますが、まだしもそのほうが、ご主張の信頼性も増すかと思います。

なお、ブログで公開される場合は、全文を掲載していただくようお願い申し上
げます。再びお名前を伏せて公開されるのはご自由ですが、その場合は、「ご質
問内容にかかわらず」、これ以後の質問にお答えするつもりはございませんの
で、ご了解ください。
よく読んでいただければわかると思いますが、該当の記事は、あなたのように
ネット・リテラシーもあり弁も立つ方が、仮面に隠れて特異な言論活動をしたと
きの意味について問題提起したものです。
(あなたのブログをよく読んでいる方は、一見ニュートラルな質問の背後にあ
る意味について容易に察するとは思いますが)一応きちんとした質問状を送られ
たので、今回の手紙がさしあたり問題だとは言いませんが(だからお返事するわ
けです)、松永氏の件は、まさに「ネット・リテラシーもあり弁も立つ人が、仮
面に隠れて特異な言論活動をする」ことの危険性について考えさせるものでした。
松永氏は、ペンネームにしてもリアルな世界でそれなりの蓄積があり、失うと
困る名前を明らかにしていたわけです。その行為を問題にされているあなたも、
ネットで言論活動をされているわけですから、最低限、「松永氏なみ」の対応を
されることを望みます。
自分は、オウムでもないし、明らかにする必要はないと言われるかもしれませ
んが、あなたの文章を読んでいるわれわれにはどういう方かわかりません。(オ
ウムでないにしても)別の意図があるかもしれません。名前があれば疑いが払拭
できるわけではありませんが、そのお名前が失われると困る場合は、発言するこ
とにそれなりにリスクを負うわけで、説得力が出てくるということはあるでしょう。
こんなことは、すぐれた知性のあるあなたにはよくおわかりのことと思いま
す。にもかかわらず、やられているのは、何かわけがあるのか‥‥(笑)。まあ、
ネットの中のわれわれはそういう藪の中みたいな状況にあるということを、先の
原稿で言いたかったわけです。

あなたの文章には、納得できることもありましたが、このごろのいくつかのご
主張には敬意を感じることができません。おそらくこれが最初で最後のお返事に
なるかと思いますが、ご健筆をお祈り申し上げます。

歌田明弘 

2006 06 03 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (7) | トラックバック

June 02, 2006

週刊アスキーと歌田明弘氏への質問書

週刊アスキー(2006年6月月13日号)掲載記事に関して、本日、質問書を週刊アスキー編集部と、歌田明弘さんに送付しました。記事の重要性を鑑みて、質問は実名で行っています。

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質 問 状

歌田明弘 様
週刊アスキー編集部 様

貴下益々ご清祥のことと存じます。

XXXXXX(実名)と申します。

早速ですが、今回、歌田明弘様が執筆されました、「週刊アスキー」(2006年6月月13日号)における「仮想報道 われわれはみな”隠れオウム”の容疑者」の記事の内容に関しまして、お尋ねしたき重要な件があり、誠に不躾ながら質問状をメールにて送付させていただきます。

まず前提ですが、私はGripBlogの泉あいさんが企画いたしました2005年10月31日の「民主党ブロガー懇談会」の参加者として、記事中に紹介されました松永英明さんと同席いたしました。また後に触れますが、泉さんが企画しておられた「報道機関設立構想」の一部作業に関わりを持たせていただき、その後も後述するブログで、この問題を数回継続的に取り上げて参りました。その関係からこの問題に関しては、広義の意味では関係者であると考えております。その観点からのご質問であることを、あらかじめご理解のほどをお願いいたします。

(この質問文とご回答は私のブログBigBang(http://ultrabigban.cocolog-nifty.com/)においても掲載させていただきますので、あらかじめご承知ください。)

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「仮想報道 われわれはみな”隠れオウム”の容疑者」の記事中で、松永英明氏と泉氏の関わりに関する一連の騒ぎの中で、「実質的により深刻な被害を受けた」のは「泉氏にサーバを貸していた男性」かもしれないとして、「『オウムの謀略をたくらんだ黒幕』といった声があがり」、会社を退職しなければならなくなった、と記述されております。また、会社が「オウムとは無関係だと証明するよう求めてきた」こと、さらには警察へ行っても「まずあなたがオウム信者でないことを警察に証明してください」と言われたという、いきさつを紹介されております。
この男性はネット上では泉さんが「umeさん」として紹介されている男性であろうと思われますが、この一連のエピソードの紹介は、本記事「われわれはみな”隠れオウム”の容疑者」において重要な位置を占めると思われます。既に当の「umeさん」からの同様の説明がGripBlogでなされていますが、その事実関係に関する質問にはこれまで具体的な回答がありません。またこれ以外にも、泉あいさんの報道機関設立企画に関して、ネット上で(私を含めて)説明を求める声が上がっています。

そこで以下の8項目の質問にお答えいただきたく存じ上げます。

(1)この男性「umeさん」に「退職の経緯」について、直接取材をされておられますか。

(2)「umeさん」の実際の氏名、身分、所属について確実な証拠に基づき把握をされておられますか。

(3)「umeさん」が、所属されていた会社との間に、実際にこうしたやり取りが生じたことについて、あるいは実際に退職したことについて、会社側に直接事実確認もしくは取材をされておりますか。そして企業名や会社側とやり取りの生じた日時、場所など客観的に証明できる事実を確認されておりますか。

(4)警察が「umeさん」に「まずあなたがオウム信者でないことを警察に証明してください」と言ったことについて警察に直接取材をされておりますか。さらに所轄警察署や対応した警察官の氏名、実際にやり取りの生じた日時、場所など客観的に証明できる事実を確認されておりますか。

(5)「umeさん」は、退職の発端を作ったのは、GripBlogのコメント欄にコメントを寄せた黒崎氏が原因であるとして、黒崎氏を告訴する意向である旨、発言をされましたが、その後黒崎氏によれば、直接連絡の経路を開いたにも関わらず、「umeさん」からの具体的な連絡はなく、訴訟についても未だ全くなされていないという不可解な状態が続いているとのことですが、この経緯をご存知ですか。またこの点に関して取材はされていますか。

(6)泉あいさんのネット報道機関設立構想の一部に、松永英明さんがアドバイスを行ったことから、その関わりの詳細を明らかにしていただくよう、泉さんに要請していますが、未だ明確な回答をいただけておりません。この経緯について、今回の記事では全く紹介されておりませんが、この件に関して取材をされていますか。また次号以降で取り上げる予定はございますか。

(7)次号では、松永英明氏のインタビューを紹介する旨、記事末尾にて言明されていますが、松永英明氏のインタビューは、教団内部から見た、オウム信者としての非常に貴重な証言である一方で、現在分裂が決定的とされるオウム真理教の一方の代表である、上裕史裕氏に対する批判的発言も多く含まれています。松永氏の真意は別として、このインタビューを紹介すること自体が、反上裕派(反代表派)のプロパガンダに使われる危険性も、指摘されています。この件について、どのような見解をお持ちですか?

(8)上記の松永氏インタビューの後、泉さんは、オウム真理教問題に長年取り組んでこられた、弁護士の滝本太郎氏にもインタビューを行っておられます。滝本氏は、先に松永氏になされたインタビューの内容の一部について、問題がある危険な部分を具体的に言及されておられます。松永氏のインタビューを紹介するなら、この滝本インタビューの内容にも触れないと、著しくバランスを欠いた記事になるのではないかと懸念されますが、この点に関してどのようにお考えですか?


最後に、オウム真理教が教団分裂という重大な節目を迎えている現在、この件は非常に重要な問題を多数孕んでいると認識しています。教団を去り、市民社会で一般の生活を願う元信者の方たちの人権が最大限に保障されなければならないのは言うまでもありませんが、一方で教団のこれまでの歴史を考えれば、事実の経緯と確認は慎重の上にも慎重になされなければならないことは、今更素人が申し上げるべきことでもないと存じます。残念ながら今回の記事に関して、それらの配慮について、十分に読み取ることができませんでした。

権威ある「週刊アスキー」の読者に伝えるべき内容と与える影響の重大性を十分鑑みていただき、歌田様と週刊アスキー編集部様に、誠意ある回答をいただきたく、平にお願いする次第であります。

次号の編集作業も並行して進んでいる頃と思われます。勝手ながら1週間以内程度の期間で、ご回答いただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。

2006 06 02 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

May 25, 2006

GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(8)----結局BBは何が言いたいのか

この問題、書きすぎて疲れているわけではないが、そして他人のコメントを引用してモノを言うのは、ちゃっかりしていることこの上ないが、あまりに私の言いたいことを代弁(まとめて)してくださっているので、引用させていただく。はてなの方に寄せられたコメントである。
こちらの耳に痛いこともちゃんと言っていただいている。

「名無しの某」さん。

BigBang はオウム批判や泉批判をしているのではなく、松永氏がオウム信者だということが判明している以上、泉氏が「一問一答をすべてウェブで公開したい」という オープンジャーナリズムを標榜するのであれば、彼女が起ち上げようとした組織がどのような構成になっていて、オウムやその他特定の団体と無関係であること を証明しなければならないと主張している。

もちろん無実の証明は難しい。しかし、これまでの経緯や状況を説明することはできるはずだ。それが証明になるかは別にして、ジャーナリストとして問題が発生した場合の責任とは、まず事実を明らかにして他社に判断を委ねることであり、決して自分で言い訳をすることではない。

その通りです。

し かし泉氏は今もって事実関係を明らかにせず、松永氏へのインタビュー(身内のインタビューで何が解明するというのか)や座談会などという茶番、滝本弁護士 へのインタビューという言い訳に終始した。それらを指摘されても自ら事実を語らず、メンバーの素性や関係すら隠したまま「私が中心になってやっている」 「他の人に迷惑がかかる」と言うのみだ。

つまりBigBangは泉氏やその他関係者に対して「ジャーナリズムとしての責任」を問うている のであり、ジャーナリストを自称し報道機関の起ち上げを計画した泉氏の姿勢を問うている。これを単なるオウム批判や泉批判という文脈でしか理解していない ならば、いったい何を読んでいるのか理解に苦しむ。

ほとんど付け足す必要がない。そのまま正解。

(1)-(7)のエントリーで延々と書いてきたのは、あの企画を立てた中心人物が泉さんではないということを感じた理由を説明するためだった。そのためにはどうしても、過程を公開する必要があった。泉さんは、企画の原初的アイデアのようなもの。つまり素人の視線から取材をしたいとか、これで食べていきたいとか、そういうことは言ったかもしれないが、あの緻密なフレームを構築したのはほかの人物であり、泉さんは発案とフロントの役割のみを果たしていたのではないか。趣旨はそういうことである。

では、誰が中心人物で、誰が報道機関をつくろうとしていたのか。自分と泉さんを除けば、現在名前が出ているのは、松永さんとumeさんしかいない。

松永さんは、心はオウム上祐派から離れたとは言っているが、依然として脱会もしていない、限りなく現役のオウム信者であると思う。
umeさんは、未だ存在も疑われるほど、所在がおぼろげである。

あれほどの企画の構築者がはっきりしない。いったい、誰がなぜ報道機関を作りたかったのか。泉さんが生活していくだけだったら、それほどの大きな組織は必要なかった。
泉さんは、松永さんにはコミュニティやアフィリエイトについてアイデアをもらっただけで、企画書作成は依頼していないと主張しているが、報道企画の中で松永さんの占めるポジションは想像していたよりも大きかったのではないか。もしもそうではないとすれば、システムに詳しいumeさんの存在が大きかったか、あるいはまだ名前の出ていない他の人物がいるか。

私が危惧しているのは、好ましからざる意図を持った勢力が、泉さん自身も気がつかないところで、この企画と完成後報道機関を利用しようとしていた可能性はなかったのか、ということであり、もしもそうでないなら泉さんが、企画構築のプロセスを、公開してくれないだろうか、誰がどこを、どのように発案してまとめたのか。それこそが泉さんの言う「取材は全て無編集で公開知するという」基本精神に叶うのであり、それを果たすのがGripBlogの責任ではないかというのが、かいつまめば私の言っていること。

不思議なのは、相談を持ち込まれた人物や会社は多いはずなのに、この点に関して証言が全く出てこないことである。誰も、面倒なオウム問題に巻き込まれたく ないとおもっているのかもしれないが、この件もしも全くの「潔白」であれば、企画構築のプロセスを知っている人が語ってくれれば、なおさらそれはクリアに なると思う。迷っている人はいないか。匿名でもいいので公開してくれないだろうか。

※「そんな馬鹿はお前だけだ」という声も聞こえるような気がするが。

ここのところが、長いエントリーの中ではっきり言わなかったので、誤解を招いたかもしれない。

私は別に松永さんや泉さんに謝罪しろとか、そんな気持ちはさらさらない。松永さんの脱会問題も、彼の思想信条はインタビューではっきりしたから、これ以上無理に形式を整えることを迫る気もない。

コメント者は後半で厳しくご批判をされている。

BigBangにも問題がある。
今回の問題を扱ったエントリーや 『GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと』シリーズにおいて、BigBangは自分が何を問題にしているのかをはっきりと提示していな い。もちろん文章を読めば理解できるのだが、自分の思いこみや先入観で文章を脳内変換してしまう人たちがいるのだ。ハッキリと、子供に言って聞かせるよう に書かなければ理解できない人がいることを忘れてはならない。

また一連の騒動に関わった責任として、『GripBlog報道メディア設立 企画書について思うこと』シリーズを始めたのはいいが、同じシリーズで「泉さんの回答に関して」という記事を書くのはどういうことか。この記事だけではな い。過去の出来事について時系列で勧めている記事に、現在進行形の記事を挟み込む手法は読み手を混乱させるだけであり、泉氏への私怨や自分自身の責任逃れ を行っていると思われる可能性を考慮すべきだろう。』

特に(7)のエントリーが感情的に過ぎるというのは、他の方からも指摘を受けた。本質が見えなくなるような言動を間にはさんだことがまずかったのは、このコメント者の言うとおりだと思う。自戒する。

【加筆】

ここまで書いたら泉さんがコメントをされていた。

>企画書を作る作業をしたのは私とumeさんなのですが、内容はたくさんの方々のアドバイスを元に作り上げています。
この企画は、公開して不特定多数の方から意見をいただき形を作っていきましたので、私一人が考えた報道機関ではなくなっていました。
例えば「この案は私が考えました」と言っても、様々なアドバイスが元になっていますので、私の案とは言い切れません。
更に、頂いたアドバイスの内容も、具体的なものから概念的なものまで幅が広いですし、会話の中から生まれたものもあります。
このような経緯で作り上げた企画なので、アドバイザーの中から特定の方(松永さん)の比率を抜き出すことが難しいのです。

>比率を企画書の作成作業だけに限りますと、アドバイスを元に私が案を考えてumeさんがシステムで具体化するという作業を言葉や文章で何度もやり取りしています。
企画書に起こす作業も、システムの部分はumeさんにお手伝いしていただいておりましたので、作業の比率を聞かれれば 5:5 だと思います。
私もOLを長年していましたので、Word・Exel・Powerpointは人並みに使えますが、企画書を一から作ったことはなかったので、それなりに勉強しました。

難しい、難しいとおっしゃるが、泉さんとumeさんが5:5なら松永さんは0になってしまう。キーマンの一人なのに、それはおかしかろう。あなたのこれまでのご説明と矛盾する。また、他のアドバイザーの名前を出すのが難しければ人数とか、仕上げるまでの日数や工程とか、チャットも使っていたという肝心の松永さんとumeさんは、何回くらい打ち合わせをして、松永さんの発案はどのあたりなのか、どんな提案があったのか、レポートできないものだろうか。(松永さんが手を出したから悪いと言っているのではない。上記が不完全なレポートなのでお聞きしているのである。)

できないと言われれば、せんない話であるが。

【加筆2】

>私もOLを長年していましたので、Word・Exel・Powerpointは人並みに使えますが、企画書を一から作ったことはなかったので、それなりに勉強しました。

ではなぜ元ファイルがあなたのところにはなかったの?

2006 05 25 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック

May 22, 2006

GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(7)----泉さんの回答に関して

泉さん。早速のご返事をいただき、ありがたい。企画書を公開していただいたことも、周囲への無用な誤解を避けるうえでも、互いに共通の出発点に立てるという上でもありがたく存じます。再三繰り返しているように、松永さんの件以降のやりとりは、個別に行う気はありませんので、この返信も通常ならメールでやる類ですが、信じる公共に公開します。

【加筆 5/22】
今、Gripにアップされた企画書を見ましたが、これは8ぺージです。私のところにあるのは9ページ。1ページ割愛されたのは予算書の部分で、umeさんとあなたの人件費や工数が書かれたスケジュールも記載されています。性質上、割愛するのは理解できないでもありませんが、それならそうと明記してください。正確にいきましょう。この点をスルーというのは適切ではありません。


Grip本文中の記載を見落としました。削除します。失礼。

>BigBangさんが私に対して抱いていらっしゃる疑問の多くは、私とBigBangさんの立場の違いからくる行き違いだと思います。私は報道機関の設立 活動で知り得た、個人情報や企業情報などを第三者へ簡単に教えていい立場ではありませんでした。BigBangさんはそのことに疑惑を感じていらっしゃる ようですが、これは立場の違いの問題ですので細かな点の反論はしません。(報道機関設立企画について

それは違いますよ。泉さん。あなたは「個人情報」や「企業情報」について正確に理解していますか。松永さんの企画者としての参加や、umeさんの役回りは「報道機関の設立活動で知り得た個人情報や企業情報」ではありません。正確な「個人情報」や「企業情報」の意味を、個人情報保護法などにあたって、何が個人情報なのか、企業情報とは何なのか、よく勉強してください。   

また、あなたの言っていることは、通常企画書作成中途で「守秘義務契約書」などを互いに締結して、万一情報が他に漏れることがないようにガードするのです。そういったことは。「最後まで秘密にするのがビジネス」ではなく、一定の約束事のもとに公開するのがビジネスです。そうしないと前に進みません。umeさんが特定の企業にお勤めで、身分を明かせない・・などということは類似の例はあることです。それほど特殊なことではありません。そういう場合も相互の信頼関係と企業のコンプライアンスに照らして、妥協点を探って、信頼を継続しようとするものなのです。

ここでビジネス流儀の議論はしませんが、あなたのおっしゃることは、大変に稚拙で見当はずれな逃げですから指摘しておきます。

最後の企画書をお送りした時には、状況をある程度お話しようと考えて、umeさんの名前を載せたものを送りましたし、その後に「オフレコでお話したいことがある」とメールを送っています。でも、そのメールへのお返事はいただけませんでした。これが行き違いの原因だと思ってます。

あなたのほうから書いていただいたのですから返しますが、それは2月2日に頂いたこれですか?

>お世話になります。
数日間、家を空けておりまして、メールの確認が遅くなり、申し訳ありません。

その後、いろいろ進展はありますが、プラスの方向に進んでいるかどうかは微妙なところです。完全オフレコでということになりますが、また近い内にお会いしてお話させていただけるとありがたいです。

これだけです。たったこれだけの文面。

このメールに返事が来なかったといって、責任をなすられては困ります。誠に勝手な言い分です。

これが、本当にあなたのほうから伝えたい「ある情報」を伝えるものなら、あなたのほうから、実際の日程や段取りを連絡すべき話でしょう。上記のメールの文面をもらえば、通常はあなたの次のコンタクトを待ちます。そもそも「オフレコで話すこと」などという言葉がおかしいのであって、最初に書いたように、もしもumeさんの身分に関して情報を出したいなら、「守秘義務契約を結んでくれ」と一言、私に言えばいいのです。それなら私は応じたでしょう。(結んでいなくても、こうした場面でumeさんの氏名は実際には出していませんし、企画中の機密と思われる箇所は全て付して伏して(5/22訂正)います)

このあたりの取り回しの悪さは、あなたのビジネス経験の浅さから来ることです。さらに、そもそもビジネスマナーと本件とは関係がありません。心象として使われるとまずいですから反論しておきますが。

相談に行った他の方々は、私が真剣に話しをしているのを理解してくださって、お手伝いしてくれるにしてもしないにしても明確な意思表示として最終的なお返 事をいただきました。その点でBigBangさんに不信感を抱いたのは正直なところです。もし興味がなくなっていたなら、一言「協力できない」とハッキリ 言って欲しかったです。

笑。これも勝手な曲解をしないように。具体的な事業計画。収支計画を進めていくのは、あなたのミッションでしたでしょう。インカムの計画を詰めるのもあなたのミッションでしょう。次にあなたはさらに詰めたものをもって、上記のオフレコの件と合わせて、再度私を訪問していただければ良かったではありませんか。

それに繰り返しますが、この話は双方の「ビジネスマナー」の話ではありません。その範疇でも私には噴飯物の、あなたの言い分ですが。

そもそも、「私があなたにアプローチした」という不思議なあなたの言い回しについて、ここまで経緯を出しても、一言もコメントがないのはどういうことでしょう。ひとつのことを片付ける前に次々と問題を摩り替えて他の問題に移り、一方的に議論を打ち切るのはあなたの、悪い癖です。

「ユーザーカルマ」という言葉についてですが、これは最後の企画書で利用することを書いた『Pligg』というフリーソフトで使用されている言葉をそのま ま使っています。『Pligg』は、『Digg』を真似て作られたGPLライセンスのフリーソフトで、その中で元々ユーザーの評価をする単位に「カルマ」 という言葉が使われていて、それをそのまま使いました。

「カルマ」については、前回お尋ねしたときには、あなたの口からはそうしたお答が全くありませんでしたね。あなたは「よくわかりませんが、開発者がこだわっているのです」とおっしゃった。
今回の私の公開以後にumeさんにお尋ねになったのではありませんか。まあ、それはいいです。「Pligg」については、覚えておりますが、前回までのシリーズでは、ここは当然に遵守すべき業務機密の範囲だろうと思い、その言葉を出しませんでした。

それからもうひとつ。

あなたは再三「BigBangの誤解」「誤解」という言葉を使いますが、「誤解」という次元ではないのですよ。あなたの説明が「不十分」だから、それを指摘しているのです。今回のシリーズ掲載前には、あなたは頑として、ここに書いた程度の説明もしなかった。

あなたはこの方面の語彙がワンパターンで「誤解されている」という被害妄想に取り付かれていらっしゃいいますが、それ以前に基本的なコミュニケーションとビジネスの手法、知識に著しく欠けるところがある。個人情報と業務機密の区別も知らない。そのガードの方法も知らない。

それが連続したトラブルに繋がっているのです。「誤解」されているのではありません。あなたが説明しないだけの話です。

とにかく私たちのビジネスマナーの違い(譲歩した表現です)などはこの際どうでもいい。

私が言いたいこと、そして問題なのは、あなたがこの報道企画書の正しい意味での企画者とは言えないということです。umeさんを「お手伝い」とどこかで表現していらっしゃいましたが、実際にはあなたが「誰か」の「お手伝い」だったのだと私は思っています。

他はまた。

【加筆】
前のエントリーで「XOOPS」であるともないとも言えないというコメントをつけた理由は、システムのCMSを特定することにより、業務機密の漏洩に繋がることを回避するためである。もちろん、Pliggであることは承知していたが、それを私の口からは誘導できない。(これはXOOPSであったとしても同じこと)オウムへの印象操作とは全く関係がない。純粋にビジネス機密上の配慮の問題である。

【加筆2】
私は、彼女のメールのうちFLASH発覚前に返信しなかったのは、文中に引用した1通のみである。それも、泉さんから次の具体的なコンタクトがあると思って返信しなかった。しかし彼女からもそれ以降メールは来なかった。それをもって30日程度が経過したからと言って「フェードアウト」したというなら、こちらも言おう。
泉さん、あなたこそが、半端なメールを最後に事業計画作成を進めず、テストサイトも作らず、「オフレコの内容」も伝えに来ずに、「フェードアウトした」のである。

2006 05 22 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (76) | トラックバック

May 20, 2006

GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(6)

●元ファイルと、開発者パソコンの故障

1度目の打ち合わせの後、1月13日に、私は泉さんにお願い事をした。それは、最終企画書をPDFではなくて、元の作成ファイル、パワーポイントでいただけないだろうかというお願いである。ここまで書いてきたように、彼女が持ってきた企画書は、理念とシステムについての記述は細かいが、商業的プレゼンテーションには耐えられないと感じた。そこで、企業向けに、カスタマイズしたバージョンを作ろうと思ったのである。カルマという聞きなれない単位も引っかかっていたし、企業がお金を出そうと思えば、細かな表現をブラッシュアップする必要があると思ったのである。
そのためには、PDFファイルでは加工が困難なので、元ファイルが欲しかった。

ところが泉さんの返事によれば、泉さんはPDFしか持っていないという。元ファイルは開発者のところにしかないが、あいにく開発者のパソコンが故障しており、1,2週間かからないとファイルが渡せない。自分も困っているのだが申し訳ないとのことだった。

この段階で私は、この企画全体についての関心を、ほとんど失った。理由は、それでなくてもそこまで打ち合わせしてきた印象から、この企画を構築してきたのは泉さんではなく、その「開発者」であると思ってきたところへ、泉さんは企画書の元ファイルも持っていないという。元ファイルを持っていないということは、普通に考えれば、企画書を本人はほとんど書いていないということである。これでは責任を持った微妙な交渉はここから進められない。

開発者(企画者)に連絡をとることもできず、身分がわからない。しかも泉さんには企画の主導権がない。このあたりまでの材料が揃った段階で、私の中である種のアラームがついた。(もちろんビジネス上のアラームだ。当時のことだから)これ以後、私は報道機関設立企画のことをほとんど考えなくなった。


●umeさんの本名

元ファイルは、結局2月2日に送られてきたが(この企画書とWordPress仕様書の改訂版)、私はこの段階ではこの企画は進められないとの思いを強くしていたので、泉さんには申し訳なかったがほとんど再度読み返すことはなかった。内容も前にもらったPDFとどうせ同じだろうと思っていたからである。以後、泉さんとお会いすることはなかった。

#ところが、企画書の重要な部分(いまにしてみれば)が変わっていた。このことは、ずっと後になってからようやく気がついたが、企画書中、経費概算のところでPDF版では単に「開発者」とされていたumeさんの本名と思われる名字が、パワーポイント版では記載されていた。もちろん、その氏名をここに記すことはしないが、おそらくPDFに変換する際に、匿名にしていた部分が何らかの操作でミスで再び変換されていないものを渡すことになってしまったのだろうと思う。気がついたのは、松永さんの問題が発生した後しばらくしてからである。


●パソコン故障について

ここでひとついやな偶然がある。この騒ぎが生じて以後、ずっと私の中に引っかかっていることである。これは単なる憶測かも知れず、不幸な偶然かもしれないが、泉さんが、「開発者のパソコンが壊れている」と告げたのが1月13日。パソコンが直ったとしてファイルを送ってこられたのは2月2日である。厄介なことに、これは松永さんが烏山のオウム本部を出たとおっしゃっている時期と一致する。

# 2006年1月15日:「きっこの日記」通読開始。
    * このあと、物件が見つかる。契約は2月1日から。
# 2006年1月31日:きっこの日記について通読した結果についてのエントリーをアップ。後にこれがきっかけとなって「きっこ=松永」あるいは「きっこの黒幕/情報提供者=松永」という妄説が登場(以前の河上=CIA説に匹敵するトンデモ妄想)。しかし、この記事が野田の疑惑を招いてしまい、調査を開始されてしまう。
# 2006年2月1日:現住所へ引っ越し。ワンルームマンションで一人暮らし(これは出家修行者にはありえない)。=脱会。
    * その後体調を崩しまくる。座骨神経痛・大腿神経痛で体力がなくなっているので病院に行ったら、検査の結果、肺炎再発→結核の懸念があるといわれる。
# 2006年2月末:espioで野田が松永=河上=きっこ説を公開。外に出たとたんに仕事を奪われるのかと絶望。
                                    (オウム/アレフの物語より

もちろんこれは「偶然である」と泉さんは言うだろう。松永さんの引越しとたまたま同時期にumeさんのパソコンが壊れたのだと。(私もそれを信じたい。) パソコンの故障は、ハードディスクなどがクラッシュしていたのなら、決まった日時にファイルを渡すことができるとも(1-2週間)約束できないだろうから、おそらく電気系統かマザーボードか、何かが故障して、修理に出した時期がたまたま「運悪く」松永さんの引越しの時期だったということだろうか。それとも松永さんのパソコンに元ファイルがあったのだろうか。


●FLASHの発売と、泉さんへのメール

以後の展開は、Flash発売直後に私が書いたこのエントリーに続く。こうした流れの中で起きた、野田氏の記事であったから、余計にこちらの驚きは大きかったということがご理解いただけるだろうか。

時系列の流れは補足するかもしれないが大まかに以上である。総括は別に行う。

2006 05 20 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック

GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(5)

まあ、このシリーズを「妄想の暴露」ととる向きもあるようだが、これは「妄想」ではない。起きた事実を、時系列で客観的に記して、それに対する印象を添えているだけである。その印象が、「妄想」だと思いたければ、思うも良し。全てが公開されても何の意味もないものだと思えば、そうした人にはこのシリーズ全体が意味の無いものになるであろう。後は私への信用を消滅させればよい。それならきれいにどうぞ。

報道機関の設立計画と松永さん、あるいは泉さんの「背後」の力の関係について問うていたのは、あなたがたであり、私たちである。そしてそれに対して十分な釈明が今日までできなかったのは泉さんである。報道機関設立の計画ははっきりと頓挫しすでに泉さんによって放棄された。彼女は新しい活動の場を見つけた。その今だからこそ、経緯を出すことに意味があると私は信じる。

事実以外のことを書いていると思う場合、あるいは起きた事実から私が印象を添える過程が余りに不自然であり、偏見に満ちた誘導であると思えば、具体的に反論すればよい。あるいは尋ねればよい。

先のエントリーに書いたように、こうしたことは、私の今までの仕事の経験の中でもしたことはない。する必要もなかった。だが、今回はする必要があると判断した。事実の経緯を全て書いた後でその理由はもう一度確認する。

まあ、今押さえておきたいのは、人は何の必要もないと思えばこうしたことはしないということである。そして実際、ぎりぎりまでしたくなかったので、これまでしなかった。だがタイムリミットである。ご本人が自分で事実を構成できないのなら、先に私が構成する。それに対する本人の反論と、いくらかの私とのやりとりがあれば、事実はもう一段階さらに中立で真実に迫るものとして形成されるだろう。私のエントリーが全て結果的に妄想なら、ノープロブレム。世界はこともなし。で、まあその段階になって、私の信用が消滅しようと、そんなことは世界にとっても、私にとっても、大きな意味のあることではない。結構ではないか。

元々BigBangはそういうブログである。

●最終版企画書のPDFと「ユーザーカルマ」

年が明けて1月5日。泉さんからメールが来た。そして1通の企画書のPDFが添付されていた。これが最終版の(最終版であったということは先日の泉さんのコメントで知った)「Grip 報道メディア設立 企画書.pdf」である。作成日時は2005年の12月28日。

前回の年末の打ち合わせで、当面必要な費用が見えないことと、その回収の手法や時期が見えないことが、私との間で問題になった。泉さんの考え方は、どちらかというと企業に「浄財」を募るようなやり方であり、商業モデルではない。報道機関の設立が、社会にとって意義のあることだから、共感してお金を出してもらいたいという考え方である。

だが、私は商業主義的なアプローチをとるから(ここが実社会の「私」とブログ内のBigBangというキャラクターの違いである)、そうしたやり方では提案が構成できないと思った。企業がフィランソロフィーのような、回収を目的としない資金を出すことはまれにあるが、まだ日本社会でのパイとしては大きくない。それ以前に、泉さんの企画書では、必要な資金を特定の会社に投資するのか、人間泉と「その仲間たち」に出すのか、会社組織にするとしても資本構成はどうするのか等々に関して、出来上がっていなかった。彼女と会話してもそこははっきりしなかった。

1月5日に送られてきたものは、ある程度それに答えた形になっていた。事業の立ち上げまでに必要な資金の理由と明細が、曲がりなりにも明記されていた。だが相変わらず回収の方法や時期は不明確であった。

それ以前の企画書と大きく違う点は、「ユーザーカルマ(ネットユーザーの特性評価)」と呼ばれる考え方が導入されていたことだ。ニュースサイトや取材サイトでの投稿、評価行動から各ユーザーのカルマ(性向値)を計り、ユーザー特性を数値化、それに応じた報酬を企業から得ようというものだ。どのようなニュースが投稿され、どのような評価を読者から得られたか。それを「ユーザーカルマ」という数値に置き換えようとするものだ。それ以外にもユーザーカルマについての記述は及ぶが、若干の独自性を持つ部分については、この企画書の業務的機密保持の観点からここでは割愛する。

この「ユーザーカルマ」という用語は、松永さんのオウム信者問題発覚以後、長く私を悩ませた用語となった。なぜよりによって「カルマ」なのか?

後日、1月12日にもう一度泉さんに会い、その理由を尋ねたが、彼女の反応ははっきりしなかった。「開発者がこだわりを持っているんです」という回答だけだった。また、「もう少し明るい印象のものにできないか」と聞くと、「私は別に構いません」という答だった。また、このビジネスモデルが何か他のモデルに抵触する恐れはないのかと聞いたが、「わからない。それはどのように調べたらいいのか」というような回答だった。

#最近になって、「スラッシュドット」において、やはりほとんど同様に、ユーザー数値を「カルマ」と呼んでいることを知った。また、別の方からは、ある種のRPGでこうした用語を使っていることも教えてもらった。(若くないんでね。すまん)したがって、ビジネスモデルとしては先行事例があるので、この「カルマ」という仕組みに新規性はない。企画が実現しても、おそらくその名称は使えなかっただろう。
新規性がないので、ここに触れても構わないと思っていることがひとつ。そして、このバージョンより前の企画書には登場していない概念が、この版で急に登場したことに違和感を感じたことがひとつ。さらに、泉さん自身は(おそらく今でも)この「ユーザーカルマ」の由来が、スラッシュドットのことも含めてわかっていないであろうということである。

とにかく、ここは彼女と話してもはっきりせず。またカルマを実現するためのシステム上の仕組み(これについても、具体的な言語やアーキテクチャーなどは、業務機密保持上の理由を認めるので割愛する)についても、質問してもはっきりしなかった。
彼女は要するに、取材がしたい、それで生計を営みたいのである。新しい報道機関の仕組みに、執着や自意識を重ね合わせているとは思えなかったし、企画についても自己同一性を持っているとも思えなかった。


●umeさんと大阪のこと、そしてこの段階での疑問点

とにかくシステム関連の質問や開発体制、人員もはっきりしないので、泉さんに、泉さんの「パートナー」であり、「開発担当」である、人物(umeさんのことである)に会えないかを尋ねた。
開発者は現在の職を辞める気はないとう。そうなると、運営が開始されたとき、誰がシステムを支えるのか。そのあたりも相談したいと思った。

彼女の答は

「開発者は大阪に住んでいるので、こっちへ来ることはできない。」

よって会えないという。

大阪まで行けば会えるのか聞くと、(このころ私は頻繁に大阪と行き来していた)、自分には大阪までの新幹線代を負担できないし、今は企業に勤めている人なので、無理であるということだった。電話なら可能だと言っていたように思うが、ここははっきりしない。

#この段階では、なんらかの形で泉さんと開発者の当面の活動費を何とか捻出しようと、私は関連会社の社長に相談を始めていたところだったので、その前にシステム面で主導権を持つ人物にはぜひ会っておきたいと思ったが、泉さんの口調でそれはあきらめた。まあ、交通費をこちらで持つからとでも言えば違ったのかもしれず、それだけのことだったのかもしれないが、はなから会わせる意志はないようなので、そこまでの話にはならなかった。システムがわかり、これほどの企画書が書ける人なら、ぜひ会ってみたいという気持ちがあったことも確かである。

#このume氏の点も、長く私に引っかかりを残すポイントとなった。なぜなら、後に離職問題が公になったとき、泉さんはGripBlogへの私の書き込みのひとつに偉く激昂して電話をかけてこられ、「umeさんが直接あなたと話したいと言っている。連絡先を教えてもいいか」と話され、またumeさんが会ってもいいようなことを言っているとも言われた。私は「教えたければ教えてもいい。但し会う気はない」と伝えたが、結局umeさんからのコンタクトはなかった。
仕事の詰めのさなかでは大阪にいるので会えないと言っていた人物が、すぐにでも会うようなことを、後には言う。では、離職騒動のさなかにはいったいどこにいたのであろうか?その物理的な場所が気になった。この、企画書作成過程で生じた疑念が、その後長く私の中では消えない結果となった。

#またこの前後、松永氏とume氏との間で電話もしくはチャットでの連絡網があったとも聞いた。開発関連のいくつかの疑問は、場合によってはこちらもチャットでおこなってもよかったかもしれなかったが、ここもそういう話にはならなかった。だが、私が執着してそれを主張したというわけでもない。松永さんがアイデアレベルを提供しただけで、企画書の作成に携わっていないとすれば、企画書はほとんど全部umeさんが書いたことになる。(泉さんはほとんど書いていないと思う。理由は後で述べる)松永さんの協力が、単なるアイデアレベルなら、なぜわざわざ、umeさんとチャットや電話などをする必要があったのだろうか?

#いずれにしても、「開発者」の身分については、とにかく明かせない姿勢が非常に強く感じられた。一度も氏名についても言及しないし、特定の所属する企業名も口にしない。それが泉さんのumeさんの立場を過剰に防衛しようとする生来の性質なのか、何か理由があったのか。それもあれ以来ずっと考えている。

#実際に「何の理由もないが」秘密主義だった彼女の性格が、全てであるかもしれない。その可能性はもちろんここでは完全に排除はできない。

#当面の資金が出る最短コースのひとつに私のルートがあったことは、泉さんも自覚しておられたと思う。それなのに、この段階で企画協力していた(はずの)松永さんのことを一度も言わなかったのも不思議である。私はこのころ、「絵文禄ことのは」の松永さんにむしろ、共感と尊敬の念を抱いていた。松永さんにはライターとしての実績も信頼もある。松永さんが企画に関わっていたとすれば、私に対しても、私が持っていく企業にとっても、当時は相当の信用力になったのではないかと思われる。なぜこの当時、知らない仲でもない松永さんの関わりを泉さんは伏せていたのか。それも後々まで私に引っかかりを残させる結果となった。

(もちろんこの当時、もしも松永さんの名前をテコにして自分がこの話を進めていたら、今頃「相当大変なこと」になっていただろうが)

この日は、運営体制や数字、開発体制など細かな話をして別れた。事業計画の収支をもっと詰めることと、私のほうではそろそろ出資者にアプローチを始めようということも話した。

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GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(4)

●2つの企画書

2つの企画書を前にしながら、泉さんとこのとき交わした会話は、久しぶりに会ったこともあって、共通の知人ブロガーの話題など、思い出すとあまり意味の無い世間話が多かったと思う。それに、急がなければ泉さんの生活が成り立たないということも、盛んにおっしゃっていた。

この企画書はもう前にネットにあがっていたものであるし、僕の今回のスタンスは、彼女の出したコンセプトや手法は尊重しながら、それを収益の見えるモデルと企画書に仕上げようということだったから、この段階で具体的に話ができることがあまりなかった。

#余談だけれど、僕は今はシステム関係の仕事が中心になっているが、その前には広告関係のSP企画の仕事をしていた。企業を回って広告代理店がプレゼンテーションする企画書を専門に作っていたのである。バブルの後期である。たぶん企画書は1000本以上は書いてきていると思う。泉さんに声をかけたのは、そういう点から、もしも自分が手を入れれば、企業プレゼンテーションに足るものにできるのではないかという自負もあった。そして、そんなわけで僕は企画書にある種の「こだわり」を持っている。細かいのだ。それもこの話の中では、たぶん意味を持っていると思う。

ところで、ここで僕が持った印象について触れておかなければならないことがある。それは、誰が見ても感じることだと思うが、

○いずれの企画書の文体も、泉さんの文体とは全く違う。

○2種類の企画書(「WordPress仕様書」と「報道メディア設立プロジェクト草案」)のトーンが違う

という2点である。

先に作成されたと思われる「報道メディア設立プロジェクト草案」には理念的な記述が目立つ。文章のトーンも硬く、敢えて言うと松永さんの文体に似ていないこともない。明らかに「文科系」のライターの存在を彷彿とさせる。
それに対して、「WordPress仕様書」のほうは、システムに関わる展開やフローが細かく書き込まれており、概要設計書の趣を呈している。これを発展させていけばすぐに仕様書になりそうである。明らかにシステムに詳しい人物が関与しなければそれは成立しない。今までの登場キャラクターに、結びつけて考えればume氏に近いトーンである。もちろんこれはずっと後になってから思うことだけれど。

問題は泉さんである。この後、僕は年を越えて、最終版の企画書の検討のためにもう一度彼女に会うのだが(後述する)、泉さんは、上の2種の企画のトーンのいずれをも明らかに持っていない。つまり、彼女は「突撃する取材者」なのであり、「泉あい流のルポ文体(?)」を持つ人なのである。外形的にはもちろんこの段階で彼女はプロジェクトリーダーなのであるが、彼女はシステムに詳しくもないし、現在の既存メディアの状況を硬質に語れる人でもない。
いずれのマインドも持っていない彼女が、この企画書を持って企業にプレゼンテーションしても、なかなか受け入れられないのではないかと、そのとき感じた。2本の企画書を見るだけでも、相当なブレーンが彼女の後ろに存在しているのは明らかであった。しかし、いずれのブレーンの名前も彼女はとうとう明らかにしなかった。
umeさんのことは、前にも書いたが常に「開発者」あるいは「サーバを貸してくれている人」という言葉で語られていた。したがって、この段階で僕は「ume」という言葉を知らなかったのである。

僕もシステム屋なので、「サーバを貸す」ということの「ノリ」はわかる。ドメイン管理やWebサーバ、DBサーバ、あるいはBlogサーバが安定して稼動している環境は構築するのは手間がかかるが、一度構築してしまえば、他の人にちょっと使わせたぐらいでそれほど手間のかかるものではない。友達感覚で貸すくらいのことはあるだろう。昔から世話になっている人ということだったから、それほど変なこととも思わなかったし、気にもしなかった。

事業計画書ができたら送ってくださいと、確認してこの日は終わった。


#これも余談であるが、年末も押し迫って12月30日になってから、泉さんから急いだ調子でメールがあった。(確か電話ももらったと思う。記憶が定かではないが))泉さんによれば、これは1月に立ち上げる報道テストサイトの導入に手違いがあって困っている。場合によっては知恵を借りたいというお話だった。(泉さんはこのとき、年明け早々には報道サイトのテスト版を公開すると、確か言っていた。)

「PHP+MySQLについて詳しいか?」と言う。12/31になってから、「PHPで運用しているサイトの面倒も見ているが、他の人の構築したものをメンテしている程度なので、それほど詳しいわけではない。DBもMYSQLよりも僕の得意なのはOracleである。でも一般的なことなら答えられるし、何なら関連会社のプログラマもいるので聞いてみることもできるが?」という趣旨の返事をした。

結局この後泉さんからはこのテストサイトの件に関して連絡はなかったが、技術に詳しい人がついているのにどうしたんだろう?とちょっと不思議に思ったのを覚えている。どうも泉サイトが入れようとしているのがXOOPSライクなものであることはわかっていたので、あるいはPHP+MySQL方面には暗いのだろうか?それにしてもなあ・・とぼんやりと思ったことを覚えている。結局この報道テストサイトは、公開されなかったのではないかと思う。

【加筆】

企画書を書く仕事をしてきた、と先に書いた。で、長い経験の中でこういうことになったことは一度もない。企画が出来上がる経緯を人に公開するなどという行為は、通常であれば論外である。このことのタブー感は、誰よりも持っているつもりである。そういう心理的な抵抗もあって、僕には、これまでできなかったという面もある。

だが、今はもっと早くこれをすべきだったと思っている。迷っている時間が長すぎた。

【加筆2】

いや。今回は正確に言えば僕は企画書を作ってはいないな。企画の骨子は既にできあがっていた。あるいはできあがっていく経緯を近い場所で見ていたということだけであるが。まあ、同じようなことである。

【加筆3】

この企画を成立させているシステムについては業務機密の範囲だと思うので記述しない。XOOPSであるかどうかも含めて、それは特定しているわけではないので。つまり、XOOPSであるとも、ないとも断言はしない。

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GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(3)

知人のジャーナリスト関連団体を泉さんに紹介したころ、12月7日に中途経過でもいいので、状況を聞かせて欲しい旨、電話とメールをした。いくつかこちらで具体的に進んでいる件があったので、それとのタイミングもあり、泉さんの「事業計画書」の進行具合を尋ねたのである。

これに対して泉さんが示してきたのは、「WordPress仕様書」がアップされた、GripBlogフォーラムのURLだった。これは、あくまでも事業の草案書であり、事業計画書ではない。12月10日に彼女から来たメールでは、「理解力が無くてどのような内容で協力してもらえるのかが整理できない」というような愚痴めいた言葉と、そのころ開かれた民主党のシンクタンクのシンポジウムに行きたいが、報道関連のジャーナリストの会合に行かなければならないので、行かれない・・・というような内容であった。

このころ、彼女は「4人のキーマン」をはじめ、「草案書」を持って多くの人たちに、報道機関設立の企画について協力を求めて回っていたが、なかなかいい反応が得られなくてあせっていた時期だったらしい。システムについてもオープンソースにするかどうかなど迷っていた。

私、非常に迷っておりますので、皆さんのご意見を聞かせてください。
今、システムの仕様書を作っている最中で、来週には完成させて再来週早々には公開できるように取り組んでいます。
問題はその後で、プログラム開発をどうしようか迷ってるんです。
詳細をネット上に公開せずに、特定のシステム会社へ委託して開発してもらうのか。それとも、オープンソース方式で、プログラムできる方や設計できる方をネット上で募り、公開しながら皆さんのお力を借りて一緒にシステムを作り上げていくのがいいのか。(2005年11月25日 システム開発のあり方)

今日は、報道の責任者へなっていただきたいと考えている人へ会って来ました。
「報道の責任者になってください」とお願いしたんですけど、結果は「No」
なぜダメなのかを説明する前に、ここでもう一度、私が考える報道機関を整理しておきます。草案書読んでない人も多いみたいだし・・・読んでも難しいんだろうなと自覚してるし(ボソ)
(2005年11月28日 当事者情報って言葉、良くない?)

報道担当者を探しつつ、今日から出資も含めてシステムで協力していただける人を探して電話をかけまくっています。
システムの仕様書を来週早々を目途に書いていて、来週はそれを抱えて走り回るべく、アポイントを取っています。(2005年11月29日 (火)ベンチャーな人)

今週は、たくさんの有名な企業へ「システムの仕様書を見てください。会ってください。お話を聞いてください」というお願いをすることに集中しました。
お陰さまで、来週のスケジュールはほとんど埋まっています。
たくさんの人が会ってくれる、そして話を聞いてくれるのは、とてもうれしいことなのですが、プレゼンの経験のない私は、ちゃんとお話ができるのか不安でたまりません。
特に、システムのことは全く知識がないので、専門的な突っ込みをされた時にちゃんと答えられるのだろうかと、アポイントを取っている時からドキドキしっ放し。
でも、やるしかない。
不安と意欲が胸の中を駆け回っています。(2005年12月 3日 (土) 来週に向けて)

#次々と多くの人とアポをとるのに忙しく、なかなかこちらに来る余裕がなかったというのが実際だろう。あるいは大手や有名どころを優先して会っていたか。(苦笑)

しかしこれだけ多くの人と会った、あるいは事業計画の説明をしたはずなのに、後で具体的に彼女が口にした具体的な企業名は1社だけだった。(これについては名前は伏せる。すでにこの企業の周辺も私なりに調べたが、特筆すべき点は見られなかった。)誰と会ったかも最後まで明らかにしてくれなかった。(というわけで松永氏に相談していたこともわからなかったわけである)このあたりが泉さんの非常に不思議なところである。

「断られた」企業や人が多いのだから、公に公開するのが難しくても、具体的な検討に入った相手には、通常であればどこが駄目だったかくらいの話はするものだと思うのだが。まあ、それは彼女の性格だと言えばそれまでの話だ。

システム関連にしても、開発者であるume氏(後に名前がわかる)はこの段階でいるわけであるが、そのうえなおかつ開発メンバーを探していた。これは単にサーバや出資の提供者という意味かもしれないが。


●最初のミーティング


話を進める。

「報道関係者」に会うのが忙しいことと、「草案書」ではなく「事業計画書」が欲しいという私のオーダーに、泉さんが身構えていたのかもしれないが、なかなか会う日時が決められなかった。
12月12日になって、事業計画書はまだできないが時間の余裕がかなりできたという連絡があったが、今度は私のほうの時間の都合がつかず、結局この話で初めて会えたのは12月20日だった。

彼女が私のオフィスにやってきて、1時間少しだったろうか話をした。

この段階で出来上がっていた企画書は

○「WordPress仕様書 12月6日版」
(http://kurosaki-yowa.up.seesaa.net/image/WordPress.pdfにアップされているものと変わらない。)

○「報道メディア設立プロジェクト草案 11月17日版」
(http://kurosaki-yowa.up.seesaa.net/image/Project_B4.pdfにアップされているものと変わらない)

である。これはGripBlogにもアップされ、ネットにも公開されているものなので「WordPress仕様書」から一部引用する。

「キーワード単位で独立した、記事、コミュニティー、ブログのトラックバックセンター、関連サイトリンク集、WiKi(備考)などの機能を抱える専門ポータルサイト群と、それらキーワード専門サイトの中にある記事や論評などをネタ元に、各個人や団体が独自の視点で構成・編集したWEBマガジン(まとめサイト)群の、2つのセクションからなる言論の多様性を許容した集合体メディアである。」

とされ、収益としては、投げ銭(ドネーション)システムが想定され、読者による記事評価に従って、アフィリエイト広告と直接の金銭ポイントにより、収入が得られるようになっている。

WEBマガジンという言葉が見受けられるように、コンテンツをとりまとめることが重要であり、泉さんの説明によれば、このとりまとめの役割として、あるいは松永氏を想定していたのかもしれない。

この「キーワードサイト」の構成については仔細に書かれているが、事業計画の体はなしていない。それについては、現在まとめているので待って欲しいということを彼女は繰り返した。

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May 18, 2006

GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(2)

民主党ブロガー懇談会で、私は初めて泉さんにお会いした。
この前後の経緯はすでに何度か書いたので割愛する。

ここでは、懇談会の終了後、松永さんのカミングアウトまでに起きた事の経緯を、特に報道機関設立企画の進行に関して、私が知るところを書いていくことにする。


●ことの始まり------報道機関設立の宣言と、協力者への呼びかけ。

私が最初に報道企画書のことを泉さんに尋ねようとメールをしたのは、ブロガー懇談会の終了後、昨年の11月16日である。泉さんによれば、この最初のメールが私のほうからであったことから「アプローチしたのはBigBangの方からである」ということらしい。しかし、GripBlogで、この時期の前後、泉さんはこういう記事を上げている。

「Grip Blog」を今年の1月から運営してきましたが、もうお金がありません。
このまま続けていても収入を得られる基盤は何もなく、精神的な不安も蓄積してきました。
実は、活動費を援助してくださっている方がいますが、その方に対しても、このままお金が入ってくる見込みがない状態で、これ以上援助を受けるのが心苦しいのです。
私のように活動費を出してくださる方がいるのは恵まれています。今後、私のようにインターネット上で取材活動をしていく人がいても、お金になる仕組みが社会になければ続けていくことは難しいでしょう。その受け皿はないものだろうか。
この1ヶ月間、私は、インターネット上で収入を得られる仕組みをずっと考えていますが、既存のものではどこにも見当たりません。そして、ひとつの結論に達しました。
ないのなら、自分で作っちゃえばいい♪私のように学歴やスキルがなくても、修行を積んでジャーナリストになれる仕組みを持った報道機関を作るんだ!

私は今日から取材を止めて、新しい報道機関と記者クラブを作るために走ります。とは言うものの、ご存知の通り、私にはお金も人脈もスキルもない。あるのは情熱だけ。
共感してくださる方がいらっしゃりましたら、何でもいいから力をください。
明日から、草案書を抱えて、いろいろな人に会い、協力してもらえるように説得します。
その模様は、日々ここで可能な限り公開して参りますので、どんなちっちゃなことでもご指導ください。
多分、これをご覧になった方は、のけぞったり笑ったりしていることでしょう。でも、私は本気ですから!「あきらめろ」というご意見は、とりあえず聞き流すことだけは、はじめに言っておきますね。
本気で来年の1月には、立ち上げた報道機関から情報をお届けできるように毎日動きます。
先ずは、編集方針や報道体制を一緒に考えてくれるジャーナリストの方や、取材して記事を書いてくださるプロのジャーナリストの方、寄稿してくださる方と、経営してくださる方を捜し求め、お話をしたいと思っています。
その様な有志が集まってくださったら、出資してくださる方を探して土下座してでもお金を集める覚悟でおります。
共感してくださる方、どんなことでもいいので協力してください。取材をお休みします 2005年10月24日 (月)

●懇談会以後、初めて泉さんに連絡をする

これを見て私は、事業計画を詳しく聞かせてもらえないだろうかと、泉さんにメールで連絡をした。民主党のブロガー懇談会で見せた、泉さんの我武者羅に行動する力をこの当時私は評価していたし、エントリーを見る限り、どうも泉さんは、切羽詰った状況のように思われた。
自分の周りのスポンサーに、この計画をプレゼンしてみようと思ったのである。
もちろんこれはビジネスである。ボランティアではない。報道機関がしっかりとした収益モデルの伴ったものであるか、その判断がGripBlogフォーラムにアップされた草案書では判断がつかなかった。
自分もシステム開発関連に携わっていることから、このモデルをどんなシステムで実現するのか、そのあたりにも関心があった。

すでに泉さんは、

「キーマン」に交渉したエントリーをUPしましたが、私が考えているコアになって動いていただいきたい方は、現時点で4人います。ひとりひとりが、それぞれの分野でどうしても必要な人たち。この方たちは、全員どうしても逃したくない人たちで、藁にもすがる気持ちで日々を過ごしています。
キーマン4人を獲得することが、第一歩だと考えているので、先ずは草案書を完成させること。そしてそれを持って何度もお会いすることしかテはないと思っています。頑張ります。
2005年11月 9日 (水) 逃したくない中枢になってくれるメンバー

という記事もあげていたので、この「4人のキーマン」というのが誰なのかも聞いてみようと思った。自分が考えているスポンサーの方向と、この「4人のキーマン」との間に競合関係や齟齬があってはならないと思ったのである。

※後になって考えてみると、この4人のキーマンの中に、ume氏、R30氏と松永氏のいずれかあるいは全員が入っていたのではないかと推測するが、確証はない。私は、懇談会で会ったR30氏と松永氏はともかく、ume氏に関してはこの当時存在も知らなかった。というより、今日に至るまで、泉さんからは私に対して、ume氏は常に「開発者」という表現で語られ、氏名を泉さんが口にすることは最後までなかった。不可解な話だが、協力者の氏名を彼女は1人もこちらに告げることはなかった。だが書面に関しては別である。これは後に触れる。

つまり、この当時私が泉さんに連絡した理由は

○窮状にある泉さんに力を貸したいと思った。

○報道機関のビジネスモデルに関心があった。

の2点である。

私には当然定まった業務や自分の企業の経営があり、当然ながら新たに仕事を探さなければならない事情はない。泉さんの事業に「アプローチ」したところで、大した見返りもメリットも期待する必要もない。この当時の私の気持ちとしては仕事半分、惻隠の情半分というところだろうか。それ以外の理由はない。

それより、何よりもこの当時GripBlogで「悲惨な調子で」協力の呼びかけを行っていたのは、当の泉さんである。それに応じて連絡をとったことを、あたかも「特別な意図でアプローチした」かのような表現で泉さんが語ったことは、きわめて不適切かつ不愉快な表現であると思っている。実際、多くの人があの記事を読んで彼女を気遣い、連絡してきたはずである。彼女はもう忘れているのだろうか。

話を戻す。

私のメールに対する泉さんの返事は、

「今は人集めをしている段階で、事業計画書がまだないので待ってほしい」

というものだった。

私はそれに対して、

「了解しました。もう少したったところでまた。ご健康に留意されてがんばってください。ではまた。」

というメールを送った。

※余談だが、この後12月になってから、あるジャーナリスト関連の団体の事務局に泉さんのことを告げて、連携できないかと話の合間だが相談した。この団体からは前々から業務を手伝ってもらいたいと声をかけられていたので、GripBlogにとってもいい形で提携ができればと思ったのである。この団体からは泉さんに12月3日に挨拶のメールが行っているが、その後の経過は知らない。

この当時の雰囲気とすれば、民主党のブロガー懇談会のメンバーのAaさんや安曇さんと連絡をとるたびに、泉さんの話が出て、皆で彼女の仕事の行く末を気遣っているという状態だった。

「泉さんは大丈夫だろうか」というのが、口癖になっていたのである。皆が報道機関設立を応援している空気があったのである。

次に泉さんと連絡したのは12/7前後である。このあたりのことは次回書く。

(注)この総括では基本的に、泉さんだけでなく、他の人からいただいたメールに関しては許可なしにそのまま掲載はしない。趣旨を書くにとどめる。
しかし、私が書いたメールに関しては、私の意思で公開できるという解釈に基づき、必要があれば公開する方針である。

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GripBlog報道メディア設立企画書について思うこと(1)

どんなときでもそうだけれど、物事は動き出すために、一定の時間を必要とする場合がある。特にさまざまな要因がからんでいる複雑な問題の場合はなおさらである。このエントリーを挙げてから、早くも2ケ月が経過した。ずいぶん長い時間だったように思う。その間、いろんなことがあったわけだが、実は自分として総括を怠っていたこと・・というか、敢えて避けていたパーツがある。それは、自分が表題の件に、どのように関わったかということである。

避けていた理由はいろいろある。無駄にこの問題の傷口を広げたくないということ。そして、何も私がやらなくても、ほかの誰かがやるだろうという、自己本位な考えもあった。もちろん予想されるリスクを避けたいという人並みな思いもあった。だが、このエントリー。

私の手元にある報道機関企画に関係する書類だけでもかなりの量で、人に見せるためにPDFファイルにしたものも7つあります。

報道機関設立草案書β1_0.pdf
報道機関設立草案書β1_1.pdf
報道機関設立草案書β2_0.pdf
報道機関設立草案書β3_0.pdf
報道機関設立草案書β4_0.pdf
WordPress仕様書.pdf
Grip 報道メディア設立 企画書.pdf(非公開)

草案書を元に、実現できるコンテンツを具体的にした「Grip 報道メディア設立 企画書」以外は、公開して訂正するという作業を繰り返してきました。
この作業の中で、いろいろな方が様々な部分にアドバイスをくださってますし、同じ部分を複数の方から問題を指摘されたり、アイデアを提案されたりしています。
誰の案をどの部分に反映したかやヒントにしたかを特定して、具体的に説明するのは無理があります。
しかも、指摘されて訂正した部分でも、また他の方のアドバイスで訂正することもありました。(GripBlog  コメント欄

そしてこれ。

BigBangさんは、最終案の「Grip 報道メディア設立 企画書.pdf」(非公開)をご存知ですから、私が作ろうとした報道機関がどのような方向を目指していたかご存知のはず。
編集部を持たず、プロのジャーナリストだけではなくネットで発言している方にもニュース発信の場を与えて、発信されたニュースの信憑性を判断できる基準を備え、出来るだけ公平性を維持するようにと考えたものなのはご理解なさっていると思います。(同上)

泉さんによれば、最終案のGrip 報道メディア設立 企画書.pdfを持っているのは私だけらしい。そして、その企画書によってこそ、「私が作ろうとした報道機関がどのような方向を目指していたか」がわかるだろうということらしい。

となれば、私は、この企画書の内容と経緯に触れることが、他の方には「出来ない公益性」を見て取れるし、この企画書の内容と経緯についてコメントする正当な事由を獲得できたと解釈する。非公開であったということも、知らなかったし。

但し、この作業を進めるに当たって、なお今でも遵守したいことがある。それは

●企画書中に記載された、特定の個人の個人情報の一部を特定するような箇所については、配慮すること。

●企画書中に記された、特定の個人の名誉を傷つけることが予想される事柄については、配慮すること。

●できるだけ先入観を廃して記載し、特定の事実に誘導するような方法はとらないこと。

そしてもちろん

●記憶の限り率直に事実を記載すること。

それだけである。

今まで、一貫してこの問題に関わりながら、この作業が今日までできなかったことは、自分としてはこれまで忸怩たる思いがあった。と書くと何やら大仰であるが、なに、ブログジャーナリズムである。起きたことの経緯を、(たとえ自分の主観を完全に排除することは出来なくても)そのまま綴ることは、意味の無い行為ではないと信じる。

以上の制限を自分に課すので、起きた出来事の経緯は公開するが、肝心のドキュメントを公開することは、制作者の著作権に配慮して差し控えたいので、ご理解いただきたい。もちろん、これにより、この作業から違法性を排除する担保目的もある。

今日はいろいろあって(苦笑)冷静さを欠いてはいけないので、明日以降、他のエントリーの合間にゆっくりと慎重に記していくことにする。

まあ、あまり期待しないで読んでください。今まで書いたことがないことであるのは確かであるが、だからといって、それほど衝撃の事実が大量に出てくる訳ではないので。


そして、この作業がおそらく私にとって、ある種の総括になることは確かである。

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May 09, 2006

GripBlog--滝本弁護士へインタビュー

GripBlog--滝本弁護士へインタビュー

江川さんがインタビューに応じることはあり得ないことを知っていたので、滝本さんしかいないと思ってはいた。

さすがに滝本氏の話は内容があったなあ。本気で向き合ってきた人の話は違う。これに限らず、どんなテーマでも結局そうなんだろうけれど。

うなずいたり、にが笑いしたり、泣きそうになったり(苦笑)、自信を持ったり、反省したりしながら読んだ。
いくつかの自分の中の曖昧な思いがはっきりとした。

もう少し読んでからまた。

【加筆】

とくにこのへん。

オウムの信者を理解するけど、決して許さないぞという態度が絶対必要なんです。で、上祐は、オウムを生き残らせるために工夫している、上祐路線の元に社会 の人に許してもらおうと考えているわけです。麻原の教えを使ったまま、ヴァジラヤーナは隠したまま、いつでも封印を解ける状態でね。それに括弧書きの知識 人とか括弧書きの人権派が乗っちゃうわけだ。それを決して許さないぞという態度が極めて大事なのだろうと思う。上祐こそ「嘘をつく」のがワークなのだとい うことを忘れては困る。

(中略)

で、もちろん厳しく言って事件が解決するわけではない。だから私も厳しく言わないけど、許さないぞという態度を忘れたならもう終わり。でも、「許さない ぞ」という態度を忘れているように感じられる発言が時々あるわけだ。仏教の課題として一般化する議論をしたり、社会論一般にしたりね。

【参考記事】
「ことのは」の背負ったもの----許さなければならないこと。許してはならないこと。

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April 25, 2006

GripBlogインタビューを読んで(2)----R30は何者なのか

R30氏が今回のインタビュアーの1人に名を連ねていたことは、大いなる驚きであった。敢えて「火中の栗」を拾う「そぶり」を見せてくれたことは評価に値する。しかしそれはあくまでも「そぶり」であった。

R30--今回のインタビューを終えてみた僕自身の結論は、「松永氏は普通の日本人と同じぐらいにguilty」というものだった。理由を知りたい方はぜひインタビューを最後まで読んでください。ここでつまみ食いのように書くと誤解を受けそうなので。

R30--この問題に簡単に結論を付けることなどできない。なぜならそれは、松永氏だけの問題でも、アーレフ信者と被害者との問題でもなく、おそらく日本人全員の問題だからだ。自分自身の過去の反省をうやむやにしてきた我々日本人自身が背負っている十字架を見ずにオウムを罵倒する人は、まさに自分を嘲っているのと同じである。

そうやって、視点を我らよりも30cm上に置き、無難に普遍化することはた易い。そうした意味でこのR30という希代のブロガーが今までしてきたことは、絶え間ない「趣味による」普遍化の重層的な繰り返しであったとも言える。
民主党懇談会でほとんど一言の発言もなく速記に集中し、誰よりも早くその特報エントリーを速報アップした上で、ブロガーの「はしゃぎすぎ」を500マイル離れたところから1人侮って見せた彼は、その同じ筆によって、今回は2ケ月もの長きにわたって、この問題の問題点に対して沈黙した末に、極めて恐るべき、そして優秀なオーマー「松永英明」を、我ら日本人の「普遍の問題」として捉え、「趣味として」そして「仏教徒として」、この事件をこともあろうに、アジアと日本の問題にメタ昇華して、今後も華麗なるアルファブロガー人生を続けていこうとしているのである。
泥水に一瞬身を浸すと見せて、鮮やかにタオルで身を拭い、「天からの視点」を自分に完備する手際の良さは見事としかいいようがない。それが2006年の「アルファ中のアルファ」の極めつけの芸である。

>R30 :それって戦後50年、なぜ日本がアジアとの関係を決算できなかったのかというのとほとんど同じ質問ですよね。

>R30 :というわけで、公安が烏山の前にいるのは日本国憲法をGHQに押し付けられたのと同じレベルの話じゃないでしょうかという。

>R30 :まーね。でも、それで僕が言おうとしたのは何かと言うと、日本は今アジアから、「日本が憲法改正したらまた攻めてくるのか」と言われてるのと同じで、内部の本質的な反省がない中で、外から与えられた枷だけで今そこに踏みとどまってるだけじゃないのかというのが、今のアーレフだっていうことでしょう。あんた方はこの10年間であの事件の内部的な問題として何を反省したんでしょうかという質問に、「今は僕は何もそんな危険なことは考えてないから」と言うのは、外の人が要求する説明にはなってないんだよね。つまり世界観がああいうことに結びついたという解釈なのか、それとも単なる組織問題として、アホなイエスマンをたくさん省庁のトップにつけて、イエスマン同士が功名争いしてサリンを作りましたみたいな話なのか、それとも何なのかという、そこの問題をどう自分たちなりに結論出しているのか、全然わからないじゃないですか。


>松永 :だから、教義によって事件が起こったとみんな思っているんだけど、中にいる人たちは、教義と事件が結びついていないわけ。
>R30 :それって、戦争責任のとり方について日本を批判するアジアと同じだと思う。僕は特定アジアというよりは、タイという表面的には極めて親日な国で、ものすごい勢いで非難された経験があるので、やっぱりその辺の感情が、日本人が思いもよらないレベルでアジア人の根っこに深くあるというのは、すごくよくわかるのですよ、実は。決して中国人や韓国人が国内政治のために言ってる話だけではないということも僕はものすごくよくわかるのね。だからたまたま日本はその後もまた経済大国になれたので、みんなしょうがないからね、あんだけ自分の国よりでかい国なんじゃ文句言ったって始まらないかなというので黙っているけど、多分経済的な力がない国であれば、確実に日本人はオウムみたいに徹底排除されてた。今の話を聞いているとすごくそう思う。多分、力のない人たちって、散り散りになって最後のひとりが死ぬまで「お前らには内在的に危険な論理があるんだ」と言われ続けて終わるんだと思うんだよね。そうならないためには、そこにやっぱり何かが必要なんでしょうね、何かが。反省と言うとすごい軽い言葉になっちゃうんだけど、事件を起こした本当の原因を探し出して批判しないと、多分これって終わらないのかなという気がしていて。

>R30 :「私はそうは言えません」というレベルにあるならば、逆に言うともう、これってアジアと日本の戦争責任問題と同じだぞと。日本人って実はアジア人からこういう風に見られてるんだぜ。それって俺たちがオウムってことなんだぜ。と言うしかないんだよね、そう思う。

>R30 :それって、「戦争をなぜ日本が起こしたのか、お前は靖国に行って参拝することをなぜ反省しないのか」と未だに言われてる話と構造が全く同じで、「いや、私はそこまで考えていませんでしたよ」というのと、ほとんどレベル的には同じですよね。
単にそれが非難する側とされる側の両方の集団を比べたら、される方の日本の経済力が圧倒的にでっかいから、する方は黙ってるしかない、みたいな。そういう感じだよね。

私はR30氏の異常なバランス感覚に絶望する。実にインタビュー中、オウム真理教事件を日本とアジアの戦後の関係に比すること4回。GHQの占領と烏山本部を取り囲む公安を比すること1回。信者の心的自由を、靖国神社参拝問題に比すること1回(これはもともと松永氏の論である)。いったい氏は、今までどんな歴史観を、哲学を形成してきたのだろうか。そのあげくが自サイトでのこの台詞。

本的に、僕自身はこの話に「民主党ブロガー懇談会に参加した」という以外ほとんど何も接点がなく、で、もちろんあの時には泉さんとの面識もなく、松永氏がアーレフのサマナであったことなんかも知りもしなかったし、その後各所でいろいろあったらしいトラブルにも関与していない。なので、今回のインタビューについても、興味本位で聞きに行った以上の何者でもない。ただの「趣味のジャーナリズム」だ。
 趣味であるからして、今後松永氏の発言の裏を取るべく取材するつもりもないし、その義務もないと思っている。だから「R30は松永の発言に信憑性を認めるのか」とか詰め寄られても、答えられるわけがない。そんなことは読み手がネット上に書かれている情報と照らし合わせて判断すべきことだし、松永氏の主張に教団のプロパガンダや陰謀を読みたい人は、勝手にそう読めばいいと思う。

首都の中心部に対して加えられ、多くの罪なき人を殺害した現代のテロ行為と、その後も体系的に(4/25修正)事件を総括することを終に今日まで成しえないでいるアレーフとその信者を、近世の国家と国家が対峙した、日中あるいは日韓の関係に敷衍して一緒くたに論じて、恥じることのないその無神経さと、今も苦しみ続ける被害者がいることを知りながら「趣味だから」と言ってのける、その「傲慢で偏った知のあり方」に、私は今唖然としている。

少なくともこの数年、この人物をアルファブロガーとして奉じなければならなかった、この国のブロゴスフィアの悲劇を今心より嘆く。

2006 04 25 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (80) | トラックバック

April 24, 2006

GripBlogインタビューを読んで----松永英明氏に誤解を謝罪する

長大なインタビューには、考えさせられるポイントが盛り沢山であるが、今回のインタビューで解明されなかったことを取り急ぎ箇条書にするとともに、インタビューを読んでの最初の感想を書く。

今回明らかにされなかったこと。

●民主党のブロガー懇談会出席をFlashに報道されたまさにその日に、自民党のブロガー懇談会に出席するという理解しがたい行動に出たことの理由とその経緯。

●泉さんの報道機関設立企画構築を松永氏が「手伝った」という、その具体的な作業内容。

●未だに実在さえ疑われているume氏「失職」への、多大なる責任への松永氏の考え方。そして長年のパートナーを巻き込んだ多大なる災難の「元凶」であるはずの松永氏に向かって、それを一言も追求しない泉さんの「平静」の理由。

●「地下鉄でサリンを撒いたこと」以外のオウムの過去の所業への考え方。つまり坂本弁護士一家殺人事件、あるいは仮谷清志さん拉致殺人事件、松本サリン事件などへの関与に関する考え方。

●明確にオウムを「脱する意志」(あるいは乗り越える意志と言ってもいいのかもしれない)の存在。

それはそれとしてまず、松永さんに私は心よりお詫びする。私は、松永さんを誤解していた。私は、松永さんは心から「オウムの世界」から脱却することを必死に望んでいるのであり、それをとりまく社会の偏見や無理解と闘おうとしているのだと思っていた。であれば、そのために彼ができることは全てすべきだと考え、居丈高な調子で「脱会届の提出」を説いた。今この長いインタビューを読んで、私は自分が根本から間違っていたと認めざるを得ない。実はその思いは少し前からあった。それを初めて深く考えさせられたのは、数日前の極東ブログのこのエントリーである。 

本人はアレフは退会していると言いたいようではある。では、退会とは何かなのだが、アレフの規定では退会届けを出せばいいらしい。では、彼も退会届けを出せば「形」が付くじゃないかと私などは考える。が、彼は、そういうことは意味がないんだ、まるでわかってないと言いたいようでもあり、おそらく、それは彼にとっては重要な現状認識なのだろう。
 でも、それはたとえば私には伝わってこない。むしろ、「ほぉ、これが退会届の配達証明書の写真ですか、出したのですね」というのだとよくわかる。そして彼が内心実はアレフの信仰やその関連の活動をしていても、社会に見える形があれば、とりあえず私は勧進帳をするにやぶさかではない。
 という時、私はなぜその形に結局こだわっているのだろうか。自問するがいまひとつよくわからないのだ。(極東ブログ
  形と実態

この記事を読んだとき、私は心の中に「何か」が引っかかった。その引っかかりは何だったのか。わからなかったことが今回このインタビューではっきりわかった。それはつまり、こういうことだ。

松永英明氏は

●今でも、形も内実も、紛れもないオウム真理教徒であるということ。
●但し、サリン散布だけは明確に否定しており、上祐の権威志向にも反感を持っている、そして出家を貫くには俗っぽすぎた、1人の有能なオウム真理教の信者なのだということ。
●その思想的・信仰的立場を変える気持ちなど、今の本人には微塵もないのだということ

である。社会は彼にとって今なお「異界」なままなのであり、経済的必要を除いては、同化する意志はほとんどない。というよりも、もしも彼が信仰に忠実であろうとすれば、この社会は「同化すべき対象」ですらないのではないか。このような人物に向かって。「形式だけでもさっさと整えろ」と法的な脱会届を薦めた私はもはやピエロでしかない。psycho78に嘲笑されても仕方がないのである。なぜなら本人が否定しようとしている実態は上祐派の思想なのであり、「サリンを撒いたこと」なのであり、オウムの教義でも何でもないからである。オウムがもしも殺人さえ犯さなかったら、社会に対して敵意を持つその教団の姿勢も、信仰の自由という大儀の前に今でも敷衍されて昇華されていたであろうということである。思えば脱会届など出しようもないのだ。なぜなら原始仏教=オウム真理教への信仰は揺らいでいないのだから。

そんなこととは微塵も考えず(少なくとも初期は)私は本気で松永英明という希代のブロガーが、オウム真理教の呪縛から逃れ、この社会に帰化ようとして苦闘していると、一瞬でも信じたのである。

今となってはその不明を深く恥じるばかりである。

私は、幼く苦しい時代、救いを求めて多くの宗派の扉を叩いた。その当時もしもオウム真理教が存在していたら、一度は訪ねていても不思議はない。私は本来そういう人間である。だが、ついに宗教に救いを求めることはできなかった。私がこの遠い日の自分の記憶を思い出していたなら、信仰する者=松永氏に対してもう少しまともな対応ができたのではないかと思う。人は時間の流れの中でかつての姿も見失うことがある。自省している。

松永さんが、時折わが身の不運を嘆いて見せるのは、病気と、そして今回の騒ぎで今後訪れるかもしれない経済的な試練を心配しているだけなのであり、信仰の基本的なポジションはいささかも変える意志はない。今回のインタビューではそれがはっきり見て取れる。社会に同化しようと願っているわけでもないが、収入が途絶えることと自らの健康が損なわれることは、異常に恐れている。
被害者に対しては謝罪の気持ちは持てない。なぜなら「あの日」彼は秋葉原まで何も知らずに、頼まれてICレコーダを買いに行っただけだからであるから。彼がサリンを作ったわけでもないし、彼が蝙蝠傘でビニール袋を突いたわけでもない。彼が坂本弁護士一家を絞め殺したわけではない。なぜって彼は仏教に深い関心をもって求道しようとした1人の修行者でしかないのだから。

サリン事件の直接的被害者から、罰を受けることは止む無しとするが、直接的被害を受けていない人からなぜ非難されなければならないのかという彼の感覚からすれば、身内に誰も死者も怪我人もいない私が、なぜこの問題にこれほどこだわるのかは、決して理解することはできないであろう。なぜなら、松永氏にとって、家族も社会も同じく「否定されるべき」存在であり、社会的な視点からの「共感」や「責任」については、全く理解する能力を欠いているからである。

ちなみに松永氏の家族の不在は、それ=社会や家族への嫌悪を是とする感情を正当化する理由にはならない。

それを私が言う理由は明らかであろう。

信仰の自由は果たして無限の自由なのか。他者への贖罪とは何なのか。
その重いテーマに対して背中を向けることは断じて許されないという思いを一層強くした。
オウム真理教の問題とは、サリンを撒いたことだけなのか。果たしてそれ以外にあるのか。

いずれにしても、ようやくこの問題のスタート地点に立てたという意味で、「長い空白の期間」が終わったと私は判断する。

明記する。BigBangとしてこの問題を「解決済」と判断することは当分ない。それを知らせてくれた3人のインタビュアーに心より感謝を捧げる。

2006 04 24 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック

松永英明インタビュー(GripBlog)の勇断に敬意

GripBlogが長い間待ちかねていた松永英明氏のインタビューをついに掲載した。膨大な逡巡と迷いの末にたどり着いた勇気ある決断だと思う。内容についてははこれからゆっくり読ませていただきますが、単独ではないとは言え、泉さん、精神的に苦しいところ、よく踏み切ってくださったと思う。

まずはこのインタビューが世に出たことに対して、泉さんに率直に敬意と感謝を表明いたします。



【追記】
現在まだ私は内容については読んでいませんので、インタビュー内容についてのあらゆる先入観は一切ありません。その前提での感想となります。内容の感想はまた別に。

【追記2】
今一通り読み終わりました。これで安心して次へ行くことができる。自分が引っかかっている部分が何なのか、問題の核心が見えた気がする。そういう意味でもやはり「感謝」である。

2006 04 24 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (9) | トラックバック

April 12, 2006

形式くらいさっさと整えろ---ことのはの人に緊急連絡

冷静に書いていこうと思ったけど
http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20060412#1144809102
あたりとはてぶを読んでいたらあまりなことだったから今朝は緊急連絡。

さっさと形式的外観だけでも整えなさい。=脱会届の提出。
教団は脱会届を必要としていないなんてことは関係ない。その書類が今誰よりも必要なのは教団じゃなくてあんたでしょう。
それがあれば、不当に解職されたときに少しでも担保になる。

体調が悪いのは同情するけれど内容証明の体裁くらいわかるでしょ。今日の午後にでも出しなさいよ。その内容証明を見せるという声に対応するかどうかは次の問題。

【加筆】※僕のはてぶも貼っとく

言いたいことがあれば、ここでもどうぞ。 ↑強制なんぞしてない。キレてるんだ。 / もしこれもお節介だと松永さん思うなら2度と私の名前に言及して死ぬだの何だの言うな。意識があろうとなかろうと。

2006 04 12 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (40) | トラックバック

April 08, 2006

湯川氏と時事通信社は一刻も早い説明を(2)------泉インタビューの削除に関して

スポンタさんやトリルさんの言われることもわかるけれど、やはりこればかりは湯川さんが自分で責任をとって、公共に対して説明する以外の選択肢はないと私は思う。
私もかなり性急な姿勢で回答を迫っているし、おそらく今日の段階でそれに対して早急な回答ができない事情があるということもわかってきたけれど、そしてその雰囲気を伝えてくれたのはお2人だけれど、これ以上は何分にも本人がしっかりと説明しないことには、収まらない。

何者かの、富士通への垂れ込みが原因であったかのような情報であるが、これも現在の状況では、はっきりと確定できない。例えそうであったとしても(つまり富士通への情報提供が読者からあったとしても)所属の時事通信社へ、この2日何の相談も報告もなされていないとは考えにくいと思っている。スポンサーである富士通と湯川氏の所属企業である報道機関、時事通信社の間でどういう話がされたのか、されなかったのか。削除までの速度が非常に速かったことも、不思議と言えば不思議である。

今回の出来事が非常に厄介な状態を招いたのは、この「削除事件」によって、否応なく富士通や時事通信といった大企業が、一連のことのは事件や泉さんにまつわる出来事に対して、コメントなり姿勢なりを示さなければならない可能性が出てきたということ。企業にとっては大変に面倒な局面に追い込まれることになる。

今回の一連の出来事の奥は根深い。簡単に泉さんと「通常のよくあるブログ炎上」エピソード扱いの懇談を行ってまとめて、何とかなるという性質の問題ではないのであり、それを認識しなかった湯川氏の事前リサーチが非常に甘かったことを曝け出したことだけは間違いない。

一方で、背後の「力」が、「たかがブログ上の出来事」であるとして、黙殺して強硬突破しようとする可能性もある。blogosphereはそれを警戒すべきであろう。企業の判断がいつも的確であるとは限らないことは経験の示すところ。もしもこれが個人的自主規制=湯川さんの個人的考え方で削除されたのなら、遥かに事は単純であったろうが。言論ブログにホスティング業者以外のスポンサーがいる場合の問題点、サラリーマン報道ブロガーの問題点も露呈したと言えるだろう。

」が表示できなくなったとき、確かに湯川さんは「驚いて」おられ、自分が「表」を削除したのではないことを「」で言明しておられた。サイトの不具合であると思われていたようである。湯川さんの運営方法の独特の特徴。つまり「裏」対「表」の二重構造が裏目に出た形となった。つまり記事が「削除された」サイトオーナー本人がそれに対して狼狽しているという無様な状態を曝け出してしまったわけである。standpoint1989氏の指摘は、この経過の不明朗さについて説明を求めるものであるが、たまたま同時期に実際に「表」でシステム不調が起きていたという説もあり、実際はどうであったのか、やはり湯川さんの説明が待たれるところである。

月曜日なのか。やはり。

※「裏」のブログのホスティングは知られているとおりココログ(Nifty)であるが、エキサイト(4/8 訂正)であるが、「表」のドメインはblog-jiji.com(これについてはGMOインターネットでホスティングされているようであるが・・・)。

2006 04 08 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (24) | トラックバック

湯川氏と時事通信社は一刻も早い説明を。------泉インタビューの削除に関して

そう慌てることはないという生ぬるい論には今回は組することはできない。

「コメントを受けて成長-泉あい氏」(湯川鶴章のIT潮流

にアップされた泉あいさんのインタビュー(ポッドキャスティング)が突然削除され、その後、公共に対して何の説明もない状況が続いている。
会社としての見解をまとめて月曜日に発表するといった情報がトリルさん経由スポンタさんで入ってきているが、(トリルさんスポンタさんには他意はないが)なぜそうしたことを含めて湯川さんご本人が、直接ブログで経過説明をされないのか。

●問題となった点

●削除に至った経緯

●今後の対応の見通し

●現在の所感

この4つくらいのことを、公表できる範囲とできない範囲に区分けして、少なくとも削除の当日、ジャーナリストとしては公共に対してメッセージを出すべきである。経緯から見て時事通信社がこの件に関与していないとは考えづらい。今日は土曜日であるが、企業としての活動を休日だからといって、休みにしていいような体質でもあるまい。時事通信社は24時間闘っている企業ではないのか。

100歩譲って企業としての説明の方向性が整理できなくても、1人の言論の人として出せる言葉はあるはずである。

この程度の問題は、民主のメール疑惑でもあるまいし、一刻を争う問題ではないとたかを括られているとすれば、それは違う。どんな企業のどんな問題も、その発生当初に当事者が「時間的危機意識」を持てなかったのが、それがのちに問題を広げた大きな原因である。まさに幾度もその現場を目撃してきたメディアの記者であるはずの湯川さんが、そのことの大事さを理解できないわけはあるまい。
すべてを一気に出すことができないことくらいは、企業人=オトナであれば理解もする。区分けは許容される範囲である。それにしても削除以来のこの沈黙は長すぎる。Blogの力を舐めているのではないか。(この言葉を湯川さんに投げなければならないのか)

鮫島氏のように「コワモテ」の期限切をする意図はないが、月曜日などと言わず、騒ぎが拡大する前に、中途説明のエントリーくらい上げることが、プロフェッショナル湯川氏の最低の義務ではないか。すぐに個人的なコメントくらいは出して欲しい。しかもpodcastingしたブログはあなたの「表」であり、「裏」ではない。説明のミッションは高い。

GripBlogがことのは問題への的確な説明対応に遅れ、追い詰められていったのは、十分にお分かりの上で、あのインタビューを企画されたと信じる。その取材者が、また同じような説明の遅延で追い詰められていくのを見るに忍びない。

この道はいつか来た道である。

しかも泉さんはアマチュアであったかもしれないが、あなたはプロフェッショナルである。プロフェッショナルの技量を発揮するミッションの重みは、blogosphereでは例外であるというわけではない。

出て来た言葉を私は批判しているのではなく、言葉が出て来ないことを批判しているのである。

オーマイニュースを論じる以前の問題だ。



【加筆訂正 4/8】
翌週に関する情報を私信からとしてアップされていたのは、トリルさんではなくスポンタさんのようでした。ご両人にお詫びします。

【加筆:関連リンク】
ネットは新聞を殺すのかblog

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April 07, 2006

今後のGripBlog---泉さんのポッドキャスティング

湯川さんのサイトで、泉さんがインタビューに応じておられる。
懐かしくお声をお聞きしました。

コメントを受けて成長-泉あい氏

細かい論評は差し控えますが、今回の騒動の件や今後のGripBlogの方向性について彼女が肉声で語っておられるので、彼女にお会いになったことのない人にとっては評価はともかく貴重な情報だと思うので紹介しておきます。

ほんの少しume氏の近況も触れておられるが、この件に関しては詳しい話はされていない。




【加筆】

論評しないと書きましたが、やっぱり少し論評します。せっかくの機会なのに、大変に残念な内容のインタビューです。ジャーナリストは、おそらく「対象を語りつくす」ことでジャーナリストになるのだと思います。取材対象を徹底的に語ることが、自分を語ることになるし、自分を理解させることにもなる。決して自分を語ることで手一杯になってはいけない。たとえ「力不足で成長途上の」ジャーナリストであっても。それは天性のものが要求される部分だと思います。勉強してどうなるというものではない。
どうなるものでもないと書くと突き放すことになりますが、まず環境を落ち着けたら今度こそ性根を入れてやっていただきたいと思います。

そうした意味で、いろいろ過去があるにしろ、人間的評価にいろいろ声があるにしろ、対象松永氏にあそこまで迫った野田氏はそういう点において紛れもないジャーナリストです。

これを聞いて私はそう思いました。

【加筆 4/7夕】

理由はわかりませんが、湯川ブログの表裏双方から、泉さんの記事が突然削除されました。何かが起きたようですが、詳細は湯川さんから説明があるでしょう。消されたことに、最初ご本人は気がつかなかったようですね。

 

2006 04 07 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (13) | トラックバック

April 05, 2006

ことのはの背負ったもの(4)-----もちろん命は大切だけれど

■「ことのはを巡る」を考える会(仮称)

への答は一応、ここで返したんだけれど、それはそれとして、ここのところというか毎日のように備忘録ことのはインフォーマルを読んでいるんだけれど、そしてあまり余計なことを言わないように辛抱強く待っていたつもりなんだけれど、ちょっと最近違うなあという気がしているのでちょっと書く。
別のエントリーでも書いたけれど、ことのはの人の説明は、当初の勢いがすっかり消えて、話の核心の部分は中途で避けて、最近は枝葉末節のところでヒートしたり、「爆笑」したり。そういう状態を見ていることは、ある意味でとても失望し虚脱感を覚える。

お前が虚脱しようと失望しようと知ったことかという見方もあるかもしれないが、そういう意味では元々僕にしても彼の人が「どうなろうと」(つまり現在でもそうした信仰があろうとなかろうと、今後どうなろうと)知ったことではない。いや正確に言うと「知ったことではないはず」なのだけれど、じゃあ本当に松永英明という才人が消えてなくなろうと、仕事に窮して教団に戻ろうと、病に倒れてフェードしようと、どうでもいいと考えているかというと、そんな風にはどうしても思えないし、そう思えない者がいつまでもここに拘り続けているのだと思う。

もちろん全部じゃないさ。「厨房」や「煽り」のひどいのもいっぱいある。それはあるんだが、今ことのはの直面していることは、そんな次元に関わることではなく、何よりも自分の本筋を正面から語ることだと思うのだ。野田のこととか結核のこととか、中国のこととかじゃなくて。

この話に「結核」まで混ぜたのには理由があり、病気というのは本来ならば、本当に重大なことであるとは思うけれど、残念ながら本件で語る必要のある部分とは、「関係がない」ということだ。そういう意味で「結核すら」僕たちにとっては野田のことと同じ次元の余計なことでしかない。

過酷な言い方で申し訳ないけれど、結核の薬の写真をアップしたり、診断書をアップしたりすることに、真実へのどんなルートがあるんだろうか。どんな意味があるんだろうか。この行為でもしも同情へのリーディングや誘導を意図していないとすれば、どんな意図があるのか俄かに想像ができない。

人の命に関わるかもしれない病気のことを、こんな風に言うのは大変に意に染まないし、一部には猛反発する人もいるかもしれないけれど、ことのはの人にとって今重要なのは、病気のこと「ですら」ない。その次元はもう11年前に超えてしまっているはずだ。本人の命の問題ですら、この件にあっては「一部の問題」であり、本筋からは阻却されるべき問題ではないか。

おおよその場合人間は、まず自分の命を何よりも大切にしなければならないのは言うまでもないのであり、それと同じように他人の命を大事にしなければならない。他人の命と自分の命のどちらもが、相互に干渉して他方を阻害してはならないというのが、この社会の基本的な約束であると思う。ところが、本件の根源には、この阻害が極めて無残な形でなされたという重い過去がある。11年前にこの原則が踏みにじられたのだ。

ここが他の問題とこの問題の全く違うところであり、その極めて重い重要な部分に比して、それよりも優先されるべきことは今何もないと僕は思う。厨房への恫喝も、野田の過去も、そしてあなたの病気ですらもだ。この「語るべきことの重さ」よりも優先されることは、今ないはずだ。

教団を離れた時期とプロセスにしても、事件への総括にしても、この時期の中国行きにしても、途中まで語り始めて、理解できない「他の」理由でぱたりと止まった自伝にしても、彼の人の周囲には相変わらず不明な霧が拭われず残っている。

■[今日の更新] 20:20
オウムの件についてはこちらで今すぐ更新しない方がよさそうなので停止中(別の形で出てから)

■教団側は 13:33
私の仕事が壊滅して生活できなくなって教団に戻ることを期待しているようだ。
今のところ収入が途絶えることは回避できそうだけど。
備忘録ことのはインフォーマル)

今は本筋を見据えて

(1)あなたがどう関わっていたのか
(2)そのことをどのように受け止めているのか
(3)そこからどのように離れようとしているのか

の正面からの描写に、今はとにかく全力を尽くすべきではないのか。

かつてやはりその人は仏教徒であったのだろうし、命の無常についても思いをしたはずだ。であれば、命の終わりがすべての終わりだと思っているとは思えない。病を軽んじろとは努々言う気はないが、それと同じほどに、語るという重いミッションを妙な形でごまかすべきではない。人はしっかりと見ているのである。
すべては時期の問題だけなのであり、いずれ彼の人の言うようにすべてが語られるときが来るのであれば、性急な杞憂に過ぎないのであろうが。

で、戻るけれど、彼の人を語らせるためには「しっかりとした対抗拠点」の存在が不可欠だと思う。そうした意味で「まとめサイト」も重要である。本人に対話のルートを持っていた泉さんのGripBlogがそういう意味では最適だと思っていたけれど、ここのところの展開を見ていると、彼女にそれを求めるのはもはや無理だ。であれば、そしてこの文脈であれば「「ことのはを巡る」を考える会(仮称)」の活動も意義があると思う。

ただこの問題は決してエンターティメントにはなり得ぬのであり、一緒に飲んで語り打ち解ければそれでOKというようなところとは基本的に次元の違う、重い宿命を背負っていることを忘れてはいけないと思う。

いま思っていることはそういうことだ。

【参考リンク】
■「ことのはを巡る」を考える会(仮称)」で思うこと。(finalventの日記)

2006 04 05 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (25) | トラックバック

March 22, 2006

「ことのは」の背負ったもの(3)----松永さんの説明に関して

「オウム/アレフの物語」で松永さんが時系列に従った吐露をしてくれたので、ようやく自民党・民主党の両懇談会と氏の行動についての詳細がだいぶ明らかになった。松永氏には感謝する。
ここに書くことはあなたと少しでも対話ができればと思って綴るものであり、お答えになりたくなければ無視していただいてもかまわない。また、私は無条件にあなたの「悪意」を前提に話をする気は毛頭ない。それを踏まえたうえで読んでもらえるとありがたい。

あなたの説明によると

(1)民主党懇談会に出席した2005年10月当時、あなたはまだ烏山のアーレフ教団施設に在住していたアーレフの現役信者であったこと。(ただし氏はそれより前2004年ごろから「仕事が入り始め、教団の仕事や修行などしなく」なっていたと述べている)

(2)2006年2月1日に烏山を出て現住所へ引っ越したこと。

(3)あなたがGripBlogの泉さんに「自分の素性」を伝えたのは「報道される直前」(
2006年3月7日のFlash掲載直前)であったこと。

※ただし、このときの「自分の素性」の説明が過去においてアーレフの信者であったという説明であったのか、民主党懇談会当時にまだ烏山に居住する現役信者であったことまでを伝えたのかがわからない。できれば補足していただきたい。


(4)2006年3月7日に自民党懇談会に出席したこと。

※自民党懇談会の出席申し込みは3月3日(金)17:00必着で締め切られている。Flash発売日当日の懇談会への出席はいかにも唐突な印象がある。ご自分でいつ自民党の懇談会に出席を申し込んだのか、それともどなたかの招待を受けたのか。これについてもできれば補足いただけないだろうか。あなたはFlashの報道があることを知ってから自民党の懇談会にも出席しようと決めたのではないのか。

私は、あなたの言うとおり、民主党の懇談会以前に泉さんがあなたの「素性」について調べるべきであったとは思わないし、民主党側でそれを実施することが妥当であったとも思わない。それは自民党についても同様であり、「どこの誰が会いに来るのか」を必要以上に神経質にチェックしてから、面談の相手を決める政党であったならば、私たちはあの時容易なことでは前原代表に会うこともできなかったであろう。「素性を調べなかったというのは、会の規模や趣旨からしてもむしろ当然のこと」というあなたの主張にも同意する。懇談会実施までの泉さんの功績に対しても現在のところ見直す考えはない。彼女の責任をFlashの記事以後はともかく、懇談会以前までに遡って不要に追求する気もない。

しかし、率直に言って上記の時系列には私は大変にショックを受けた。過去と思われていたあなたの脱会が、Flash発売の直前であったことがわかったからである。それでは民主党の懇談会にあなたは烏山からおいでになり、烏山に帰られたということなのか。あなたが私にお出しになった名刺にあった住所は架空のものだったのだろうか。
そもそもあなたは、なぜ烏山に居住する身でありながら、民主党の懇談会に出席をしようとお考えになったのだろう。その決断がある意味では、結局のところあなたと泉さんを窮地に陥れる結果となっただけに私は大変に残念かつ不思議に思う。

あなたの説明では、

完全にブロガーとしての立場ならびに思考で参加させていただきました。すなわち、単に「ちょっと違ったところでおもしろい話が聞けて、それを皆さんにお伝えする」というだけの気持ちで参加したものであり、それ以上でもそれ以下でもありません。

ということであるが、このころのあなたは、すでに「教団の仕事や修行に興味がなくなり」烏山を離れたくて仕方がない状態が」続いていたという。それにしても、こうした公的政党に接近することで、かえってあなたの「現在」が取りざたされ、自身に困難が生じるということはお考えにならなかったのだろうか。(それは教団側からも外の世界からもという両面の意味で。)

過去において当該教団に身をおいていたからといって、政党の懇談会に出席したり会合に出たりすることが全面的に即否定されるべきであるとは私は思わない。しかし、現役の信者であるとなれば全く話は別である。いくらそこでなされたあなたの発言や行動が教団と関係がなくとも、結びつけられて解釈されるのは当然である。まして外の仕事も軌道に乗り始め、教団に身を置いていることを公然としたくなかったであろうあなたが、その聡明をしてその危険に心をいたさなかったのだろうか。小さな会でもあり、まさかこうした事態になるとまでは予想できなかったということだろうか。順序として、「烏山を出」「教団に退会届を出し」その他身辺の整理も行った後であれば、あなたのような影響力もあり実力もあるブロガーにはいくらでもそのチャンスはあったはずである。

そうした功利的な部分を別としても、そしてあなたの言うとおり、そこに何の「悪意」がなかったとしても、あなたは民主党にも自民党にも出向くべきではなかったと私は考える。身辺整理が終わっていない自覚は自身にあったのだろうから、まずそれを優先して、そして十分な時間をとってからであればまた話は別であるが、この時系列を見る限りあなたはよほど「松永英明らしくなく」迂闊であったか、脱会の過程について何かまだ恣意的な説明をしているのかのいずれかであるとしか私には思えない。

(この件、懇談会の経緯についてこれ以上長々と追求する気もないのだが)いかがだろうか。

注)コメント欄になされる発言は、このサイトのポリシーにそぐわないものは削除させていただきます。この原則はこの件に関しても全く変わりはありません。コメントされる方はその点もう一度目を通してからお願いします。


以下「オウム/アレフの物語」より

■民主党・自民党の懇談会への参加について

# 私を誘ってくださった泉さんには事前に自分の素性は伝えていませんでした。今回、報道される直前に伝えたものです。
#泉さんにしろ、主催者側の政党にしろ、素性を調べなかったというのは、会の規模や趣旨からしてもむしろ当然のことで、特段の手落ちとはいえないと思います。泉さん、民主党、自民党には責任を負わせないでいただければと思います。

■オウム以降の経歴

# 2005年10月31日:民主党のブロガー懇談会に出席。
# 2006年正月:教団を離脱するための物件探しを発作的に開始。
# 2006年1月15日:「きっこの日記」通読開始。

    * このあと、物件が見つかる。契約は2月1日から。

# 2006年1月31日:きっこの日記について通読した結果についてのエントリーをアップ。後にこれがきっかけとなって「きっこ=松永」あるいは「きっこの黒幕/情報提供者=松永」という妄説が登場(以前の河上=CIA説に匹敵するトンデモ妄想)。しかし、この記事が野田の疑惑を招いてしまい、調査を開始されてしまう。
# 2006年2月1日:現住所へ引っ越し。ワンルームマンションで一人暮らし(これは出家修行者にはありえない)。
    * その後体調を崩しまくる。座骨神経痛・大腿神経痛で体力がなくなっているので病院に行ったら、検査の結果、肺炎再発→結核の懸念があるといわれる。
# 2006年2月末:espioで野田が松永=河上=きっこ説を公開。外に出たとたんに仕事を奪われるのかと絶望。
# 2006年3月7日:Flash掲載。自民党の懇談会に出席。
# 2006年3月13日:カミングアウト。


■2003年からのこと

# 教団内の上祐派と主流派の対立の中で、私は代表派に対する消極的抵抗を示していましたが、積極的に行動することは特にありませんでした。
# そういったもろもろの状況で、ついに「キレた」と言いますか、もう完全に飛び出してしまおうと思って衝動的に行動したのが2006年1月はじめ(あるいは年末)、まず自分の通帳・カード・印鑑を確保した上で物件を探し始めました。両親がいないので保証人制度を使える場所で、今の仕事に行きやすい場所、なおかつ回線が使えないと仕事にならないのですぐに引けるところ、という条件を満たす物件が幸運にも見つかり、2月1日からの契約を結びました。
# 2月1日、単に書籍資料やPCを倉庫かどこかに運び出すかのようなふりをして、烏山の教団施設(というかアパート)から自分の仕事・生活に必要な最小限のものを運び出しました。この時点では周囲の出家信者も、単に大掃除をしているだけだと思っていたはずです。住民票移転手続きは2月6日に行いました。免許証の住所変更だけはまだです(書き換えにいくとその警察署の公安担当者と話をしなければならないのですが、その時間がとりづらくて)
# ですから、教団から「飛び出した」ということになります。
# 自分のお金を自分で勝手に使い、ワンルームマンションで一人で住んでいるという段階で、出家修行者ではありえません。また、会費も納めていませんので、自動的に除名となります。教団を離れるのに脱会届は必要とされていません。脱会届はむしろ社会に対して示すためのものとなります。
# 公安調査庁への報告は2月1日現在の状況となりますので、現時点での報告では信者として報告されていると思います(教団法務部は上祐派なのでいちいち連絡も取りたくなかったというのもあります。個人的には友人ですが)。ただし、次回の5月1日の報告ではきちんと現状にあったものになるはずです。とはいえ、誰が信者かというような情報は一般には開示されませんが。

2006 03 22 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (55) | トラックバック

March 17, 2006

ここまで行くと開いた口がふさがらない。----ガ島に世俗は無縁と見える。

もうしばらくお休みになっていてもよかったのではないか。これが3月16日の記事である。

自民党が開いた「メルマガ・ブログ作者との懇談会」なのですが、お誘い頂いていたのに当日キャンセルしてしまいました(事務局の方にはお伝えしたところ丁重なお返事をいただきました)。今回は憲法問題がテーマで、参加された方のブログを読んでも充実していたようなので、残念です。懇談会の模様は絵文録ことのはの松永さんの詳しいリポートがありますのでそちらをご覧ください。 [お知らせ]久しぶりのブログ更新です。憲法改正と自衛隊について少し(ガ島通信)

【同日追記】
考えてみれば海外におられたのでインターネットが届かず(爆)事情をご存知ない可能性もあるし、引用してはいけないという民法も刑法もない。失礼の段がありましたら失礼な奴だとそのまま受け止めてください。

 

2006 03 17 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (18) | トラックバック

March 16, 2006

「ことのは」の背負ったもの(2)----GripBlogのことなど

GripBlogが非常に残念な結果になってきている。正直心中穏やかではないが、下記にいただいた同様の指摘が友人からもあったのでお答えしようと思う。したがってこの記事はJunさん一人に答えるものではない。(もちろんこうしたコメントを出してくる人たちが悪意ではなく「独立した善意の」言論者であるという大前提のもとに、である。)

>私は多分BigBangさんの主張は理解できます。
>しかし、なんでこんな騒ぎを起こすのかが理解できません。
>泉さんか松永さんに連絡を取る方策は、本当に全て尽くしたのでしょうか。これで泉さんの人生はかなりの方向修正を迫られるでしょう。このような騒ぎに発展することが予想出来なかったという事もないでしょう。
>にも関わらず敢えて踏み切る理由がわかりません。オウム事件は確かに大事だと私も認識しています。しかし、とりあえずは終わったオウム事件より大事な問題が世の中には腐るほど転がってるでしょう。それが見えたら、とてもじゃないですがこんなことやっている暇はありませんよ。とりあえず自分の手に負えそうな問題があるからそれをやるというのは、受験生の論理ですよ。受験生は、それはその人個人の閉じた世界だから許されるんです。他人には決して迷惑を掛けないから。でも、社会的な問題はそんな容易な取り組み方は許されない。すぐ他人に迷惑を掛けてしまうから。だから、警察があり法律があり国家があるんです。
>「他人に迷惑をかけても是正しなければならないことがあるんだ。」それはオウムの論理そのものです。(Junさんのコメント)

●GripBlogへのコンタクト

すでにこのエントリーで触れたように、この件に関するコメントはまずGripBlogが行うべきであろうと思った。この時点で泉さんを疑う気持ちなど微塵もない。民主党でお会いして以来、泉さんは私にも事業計画のご相談をしに来られていたので、その1ケ月ほど前に親しくお会いしたばかりであり、すぐにメールを出せる気安さもあったと思う。
従って泉さんに期待したのは「私は全くその件については知らなかった」というはっきりした意志表明だけだった。ところが、泉さんの返信はそれに対して消極的だった。
となれば、最悪Gripblogからはそれ以後もコメントが出ないこともあり得ると考えた私は再度それを促す踏み込んだ内容のメールを送った。その後電話もいただいたようだが、残念ながらその電話には深夜だったこともあり、出ることができなかった。その後アップされたエントリーがいただいたメールと同様の内容であることを見て、やむを得ずこのエントリーをアップした。


【3/16加筆】
赤文字部分

●懇談会出席者として

>しかし、とりあえずは終わったオウム事件より大事な問題が世の中には腐るほど転がってるでしょう。それが見えたら、とてもじゃないですがこんなことやっている暇はありませんよ。とりあえず自分の手に負えそうな問題があるからそれをやるというのは、受験生の論理ですよ。(同上)

このコメントの筆者は大事な点を忘れている。それは私が完全な部外者ではないということである。問題の懇談会に出席し、松永氏と会話を交わしている。
想像してもらいたい。あなたならどうするか。GripBlogから「明確なコメントが出ず」、「全ての懇談会の出席者が何も発言せず」日ばかりが経過していく。さあ、想像してもらいたい。その状態を「あなたがたは」許したか?
懇談会の出席者はたったの10名。当事者である松永氏を除けば泉さんを含めて9名である。この9名が全て曖昧な回答を繰り返したらそれを許容していただけたか?私はそうは思わない。その先にもう1つの混乱の未来があったはずだ。

私は全員が発言すべきであったというのではない。ただ、結果的に最初の発言者が私であったということであるが、私である必然性は全くない。「私が」それをやる必要性があったかと言われればそんなものはない。他の考え方で沈黙された方もおられよう。それについてとやかく言う気もない。後に出た弾さんの言論も全否定はしない。

ただ、私が選択したのはエントリを出すことである。(もしかしたら)その波及効果が不幸を生んでいるとすればは非常に残念だけれど、沈黙することで生んだ不幸もあったはずだ。
私はもう一度あの場面に立ち会えばやはり何度でも同じことをする。そう言わざるをえない。

「もっと大事な」問題はそれぞれにある。ある人はイラク問題であり、ある人は就職問題であろう。ある人は恋愛問題であろうし、ある人は経済問題だろう。どれもがその人にとって「大事な問題」である。その問題について優劣をつける考え方は私にはない。それぞれの方が、ご自分の問題意識に従って動けばよかろう。今直面している問題が、あなたにとって一番なのである。それを卑小化する資格は誰にもない。
所詮私たちは全ての問題を背負い込むことなど出来ないのである。オウム問題が「あなたという主観にとって」遥か昔の「終わった」問題が重要でない遥か昔の「終わった問題」であることは否定できないが、上記の立場にいた「私という主観にとって」は「終わった」問題ではなかった。それだけのことである。


【3/16加筆】
意味不明なため。

●松永氏からのメール

エントリーをあげた直後に松永さんからメールをいただいた。内容としては、個別に尋ねてくれればよいのに、なぜエントリーで騒ぎを広げるのかというものだった。この時期松永氏は、松永=河上疑惑に個別に答えていこうというスタンスだった。その後すぐに方向を転換されて、あのカミングアウトになったわけだけれど、私はこのメールに返事を出さなかった。その理由は、ひとつは頂いたアドレスが携帯宛のものだったので不信感を持ったこと(これは全く私の間抜けな勘違いだった。松永氏には再度お詫びする)。そして、松永氏ほどのアルファブロガーが自分のサイトで表明すればたちどころにネットに広がるものを、わざわざ個別に釈明しようという姿勢そのものが理解できなかったこと。
私たちはブロガーである。GripBlogやことのはほどではなくても、私にはこのBigBangという場がある。万一個別にメールをやりとりして話し合った結果を発表すれば、ネットはどのように判断するか。これは旧体制の自民党の密室政治のようなものである。そこで曖昧なコミュニケーションをとれば、最悪出席者全体に対して不信感が生まれる結果を呼ばないか。私はそう思い、泉さんはともかく疑惑の渦中にある松永氏との個別の接触を避けた。

この後の結果で予想できなかったのは、松永氏がそのメールを下さった当日、翌日方針を変えてカミングアウトされたことと、泉さんがおそらく私の問いにも答える形で出されたエントリーがさらに混乱を広げ、GripBlogの混乱→ume氏問題への波及となったことである。(今回このume氏問題に言及すると、話が広がりすぎるのでここでは触れない。)

●もう1つ

もう1つ、コメントが忘れている視点がある。それは私はこのサイトでは匿名であるが、民主党の懇談会で泉さんと松永さんには、リアル世界の名刺を渡し、すべての個人情報を公開していることである。もしも松永氏が悪意の工作者であれば、この問題にこだわる私のエントリーは、甚だしい厄介を自分に呼び込むことになるかもしれない。正直怖かった部分がある。
しかし、私はこの問題を不問に付すことはできなかった。因果な性格も一因であるが、「絵文禄ことのは」の松永氏に対する最低限の信頼を持っていたことも事実である。今でもその信頼は保っているが、しかし100%ではない。私の持っているような、その「信頼できない」部分に代表される1つ1つの部分を具体的に解きほぐしていくことが、聡明なるあなたの今後のミッションだと思う。あなたはあなたの「説明責任」を持っている。それは私のものなどと比較が出来ないほどに重要である。その気の遠くなるような説明責任を100%とは言わなくても、クリアしていくあなたの姿勢があれば、今度こそ「河上イチロー」ではなく優秀なライター松永英明さんとして世間は認知するだろう。(具体的な不明点は、敢えてここでは提示しない。すでにリストアップはご自身で行われているであろうから。)

問題とされるのはあなたの過去と現在の「不連続線」の透明さである。それが完全なものであることを証明するのは確かにあなたの言うとおり困難だが、その困難な作業を為すことにしかあなたの今後の生はない。そしてそれは社会的にも極めて意義のあることである。それもおわかりだと思う。

今思っているのはそういったところである。

【追記3/16】
Junさんのコメント中の
「他人に迷惑をかけても是正しなければならないことがあるんだ。」それはオウムの論理そのものです。」
できればこの部分は撤回願いたい。

2006 03 16 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (32) | トラックバック

March 13, 2006

「ことのは」の背負ったもの----許さなければならないこと。許してはならないこと。

私としては、その人の素性に関して言えば、「かつてなんだったか」はもうどうでもいいことであって、「今なんなのか」ということしか気にならない。もちろん、「かつてなんだったのか」という情報は、「今どうしてこうなのか」を知る手がかりとはなりうる。しかし、本人の意向を無視してまで「知らねばならない」情報ではない。少なくとも私にとっては。(「オウム憎けりゃことのはまで」404 Blog Not Found)

個人が過去の経験、記憶によって苦しめられるように社会もまた過去によって苦しめられる。社会にオウム事件が残した傷の深さは例えようもなく深い。人間・松永氏がどんなに真剣に今を生きようと、どれだけ松永氏の才能が飛び抜けていても、あのとき社会が受けた傷は、およそあらゆる比較の対象を拒絶するほどに深いのである。

この場合の「社会」とは、何かそういう抽象的な塊があるのではない。「社会」とは無数のあなたの集合であり、私の集合である。あなたの父の集合であり母の集合である。あなたの恋人の集合であり、あなたの兄弟姉妹の集合である。

11年前、その「社会」に対して「ある団体」は凶刃を振るった。

1989年11月に起きた坂本堤弁護士一家失踪事件や1994年6月に起きた松本サリン事件、1995年2月28日に起きた目黒公証人役場の仮谷清志さん拉致監禁事件。・・・・1995年3月に、警察の全国教団施設の一斉捜査の内部情報を入手した松本(麻原)は、警察の目を逸らす為に東京で大事件を起こす事を思い付き、地下鉄サリン事件を起こしたとされている。(Wikipediaより)

1995年3月20日午前8時ごろ、東京都内の営団地下鉄(現:東京メトロ)丸ノ内線、日比谷線で各2編成、千代田線で1編成、計5編成の地下鉄車内で、化学兵器として使用される神経ガスサリンが散布され、乗客や駅員ら12人が死亡、5,510人が重軽傷を負った無差別殺人事件である(有機リン系解毒剤のプラリドキシムヨウ化メチル (PAM) が届かなかったら死者はさらに600人増えていたと言われる)。松本サリン事件に続き、大都市で一般市民に対して化学兵器が使用された史上初のテロ事件として、全世界に衝撃を与えた。
(同上)

地下鉄サリン事件の際に車両内で被曝した男性。サリンが発生してすぐに走って逃げ、地上に出たところで気絶し、その後2週間入院した。目の前で倒れて苦しんでいた二人が、後に犠牲者として新聞に載っていた。退院後は後遺症もなく、もう大丈夫だと思っていたが、事件から3年後に症状が現れ始めた。毎年、地下鉄サリン事件の時期が近づくと、違った症状が出る。今年2月には、肩甲骨に激痛があり、脂汗が出て息も出来ない状態になったという。
 この症状は何なのか、という質問に、聖路加国際病院精神科ナースの川名典子さんが応えた。詳しく問診する必要があるが、話を聞く限りでは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の典型で、「記念日反応」だと思われる。記念日が近づくことで、なんらかの症状が現れるケースだ。(下村健一の眼のツケドコロ

私たちが許してはならないものは何か。それは二度とこうした惨事を私たちの社会に引き起こすあらゆる可能性を排除することである。残念ながら当時の思想をほとんどそのまま残しながらこの団体の趣旨を引き継ぎ活動している者の数は十人や二十人ではない。
私たちの社会の安全は、現在保たれている(ように見える)平穏は、努力なしで保障された永遠ではない。1995年、ワイドショーの実に65%がオウム事件の報道であったともいわれている。

あれから11年。

私たちの社会の受けた傷は深い。繰り返すが社会とは抽象的な塊ではないのである。1人1人の無限の苦しみが積み重なって今もどこかの病院で、後遺症の深さに苦しむ人たちがいる。この社会の傷を考えると、事件が再発するあらゆる可能性を「許してはならない」のだ。

【3/14 加筆】
目的語が不明確だと誤解を与えるようなので赤文字加筆します。「松永氏を」ではありません。
thanks to Ichigensan

その一方で私は、ブロガー懇談会でお会いした松永氏の繊細そうで理知的な表情を思い出す。氏は静かな雰囲気の中に並ではない知性を、醸し出している方だった。確か帰りの地下鉄のホームまでご一緒し、※1当時立ち上げ直前だった「女子十二楽坊」の話をしていただいたことも思い出す。松永氏が告白された今だから言おう。私は松永氏の顔をはっきり覚えている。河上イチローの写真が公開されたとき、それはあのとき女子十二楽坊の話をしてくれた松永氏の写真以外の何者でもなかった。小飼さん、あなただって知っていたはずだ。あなたは「ことのは」のためにそれを沈黙していたのか。

しかし私も万一の錯誤に備えてそれを保留した。全てを語ることはできなかった。そしてそれは今もそうだ。

【3/14加筆】
※1 松永さんからこれはもう立ち上げ済のサイトであった。その話をしたと訂正をいただいた。私はここで立ち上げ「前」であったのか「後」であったのか記憶が定かでない。(このことの重要性の認識もないが、切込隊長・・・)
【3/14加筆2】
おそらく2005年11月に立ち上がった女子十二楽坊ブログのことだと思われる。

「絵文禄ことのは」はあれ以来ずっとブックマークしていた。私はあるときはそれを感動して読み耽り、あるときは驚嘆しながら読んだ。アルファブロガーなどというどこか軽薄な言葉を冠された人たちの中でも氏は本物だった。松永氏が今後の著作活動が継続できないような事態が起きたら私は心の底から残念に思う。

だが、小飼さん。聞いてほしい。現在は過去と切り離しては存在しないのである。現在という空間が過去と別個にそこにあるわけでもない。過去は現在にその境目を失わずに連続しているのである。賢明なあなたは十分に知っているはずである。あなたの賢明な知性をこのことの前に安直に閉じないでほしい。

民主党懇談に松永氏が参加したのは、本人が言うようにちょっとした好奇心だったかもしれない。私はそれを信じたい。もしかしたらあなた以上に信じたいかもしれない。

しかし。

底知れない傷を受けた私たちの社会は、11年前。どんなことがあってもそれを繰り返さないと誓ったのではなかったか。オウム事件を通じて一瞬の間に人生の運命を破壊された6000名以上の人々。命を絶たれた27名の人々。その再現を許さないと誓った至上の命題の前にあのときあなたはいたのか。いなかったのか。

松永氏の能力が相応のものであるならば(そしてそれは世評の通り相応以上のものではある)氏が社会的に活動されることに何の異存もないし、氏の経歴によって松永英明という傑出したライターが全否定されることが万が一あるとすれば、その時は僕は松永氏の側に立とう。僕にいかほどのことが出来るか、我ながら心もとないが、その時は僕は言論で、あるいはそれ以外の手段で抗いたい。
一方で過去から生じた懸念、それを持つことも不当であるとは僕は思わない。実際に過去に膨大な犠牲があったことに留意するに、「信じる」という美しい言葉を身代わりとして、検証を怠るのは僕は無責任だと思う。
両者は二者択一ではなく、「それはそれ」として「」でくくることが共存のためには是非とも必要だと思う。(History Enough For Love

「絵文禄ことのは」を続けていく彼の才を守りたい、過去を問わないというなら、一方でどんなことがあってもあのときの大惨事を繰り返さないための決心も同時に語られなければならないのではないか。そこにいささかでも疑惑が残る限り、私たちは簡単に納得してはならない。簡単に過去を水に流してはならない。

もしも松永氏の決心が本物であったとしても、そこにいささかでも疑問が残る限り、簡単に過ぎたこととして過去を不問に付すことはできない。なぜなら彼においてまだ過去と現在、そして未来の連続線も不連続線も不明快なままであるからである。

許せないことは決して許してはならない。
そして一方で「許さなければならないこと」もあるのである。

この話も「許さなければならないこと」として決着することが望ましい。松永氏のためにも我らのためにも。それを私は心から望むけれど、残念ながら、まだその時期は来ていないと思う。

まだ私は納得ができないのである。同時に松永氏がすべてを語り尽くしたともまだ、到底思うことができない。

教えてほしい。それでもあなたはまだ
「今なんなのか」ということしか気にならない
と言えるのか。

2006 03 13 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (46) | トラックバック

民主党ブロガー懇談会・アーレフ関与問題----勇気に敬意を表す

一連の疑惑について(備忘録ことのはインフォーマル)

松永さん、あなたの書かれていることの全てを無条件に今すぐ諒とすることはできないけれど、個別にコンタクトをとり理解を求めていこうという初期の方針を変更され、自ら一連の疑惑や騒動に対して、統一的な回答を出された決断に賛意を表し、その勇気に心から敬意を表します。

今日のところはまずそこまで。

#なお、関連コメント1件を削除します。理由はこのサイトのポリシーの下記に触れると判断したためです。

●元記事の内容に関連性がないと思われたとき、あるいは特定の個人の人格を著しく傷つける書き込み、さらには特定の民族や団体、宗教に対して、合理的と信じるに足る根拠も示さず、誹謗中傷する書き込み、あるいはこのサイトにとって明らかに不適当であると判断したとき。

【3/13 加筆訂正】
本記事中の松永氏の記事における一部主張に「得心」し、本サイトの記事から氏の本名に関わる記述を削除します。

2006 03 13 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック

March 12, 2006

民主党ブロガー懇談会・アーレフ関与問題----GripBlogと松永氏に問う

3月6日に書かれたこの記事「民主党本部を直撃」を読んだときには驚いた。民主党のブロガー懇談会でご一緒した「絵文禄ことのは」の松永英明氏が、元アーレフの河上イチロー氏と同一人物であることを、フリーライターの野田敬生氏が民主党に取材して確信を得たこと、そしてそれがFlashに掲載されるという。
 

かつてよりきっこ=松永氏説があることは知っていたが、まあ面白い見方があるものだなどと気楽に眺めていた。まさかその見方と、アーレフという宗教団体が結びつくということは考えてもいなかった。もちろん、あの懇談会にその疑いをかけられている人物と一緒に出席したなどと思いつきもしなかった。

この件に関するエントリーをアップするのに時間がかかったのは理由がある。

●3月8日から今までのこと

※私は民主党のブロガー懇談会に出席することを希望してGripBlogの泉さんに選抜していただいた。貴重な機会をいただいたことを今でも感謝しているし、その後何度か実際にもお会いもしている。全般的にはあなたの支持者の一人であったと思っている。それだけに直接コミュニケーションすることで大半の問題は解決できると思っていたが、現在までの全体的な経過と今回のことの重要性を踏まえて、事実経過を公表する。こうした手法は心苦しいが、私信の細かい部分はもちろん割愛するので、どうかご了解いただきたい。参加者の1人としてこれが最低限のミッションであると私は思っている。そしてGripBlog「泉あい」の現在の置かれている立場の重要性を再度認識してあなたの持っておられる情報をぜひ公開していただきたい。

(1)3月8日に発売されたFlashを読んだ段階で、私はすぐに泉さんにメールを出した。この件に関して泉氏が認識しているかどうかを確認することと、あのときブロガーを集めた泉氏自身の見解を聞くことが目的だった。なんらかのコメントをGripBlogで出すべきではないかということも添えた。私としては、軽々しくこの問題に自分のところでコメントするよりも、まず中心になっていた泉氏の公式なコメントが聞きたかったのである。それを確認してから自分のサイトでコメントを行おうと思った。

(2)3月8-9日にかけて、親しい友人にも手伝ってもらい、ブログやネット上でこの件に関する情報収集をした。野田氏の書いた他の記事や河上イチロー氏の経歴、写真等を確認した。

(3)3月10日になって泉氏から返信をいただいた。その内容は心配をかけて申し訳ないということ、ご自分のやりかたに問題があったかもしれないということ、そしてコメントについては時期を見て検討してみるということだった。

(4)私は泉氏に再度メールを出した。そして次の3点についてお答え願えないかということを書いた。近く民主党の某議員とのパネルディスカッションがあるので、その前にできるだけ事実を確認したいという趣旨も書いた。

◎あの懇談会に松永氏を呼んだのは、泉さんからお声をおかけになったのですか?それとも向こうから出席の意向が寄せられたのですか?

◎この件に関し民主党から確認は入ったのですか

◎泉さんは結局、野田氏の取材に応じられたのですか?

いずれもすぐにお答えいただける簡単な質問であると思っていた。

●ところが3月11日10日に泉さんから再度ご返信をいただいたが、残念ながら3つともお答はいただけなかった。「ジャーナリスト」として軽々しくその問題にお答えできないというのが氏の答えであった。ご自分のことはコメントできても他の方のことは軽々しくコメントできないという下りもあった。

●私は納得できなかったので3月12日10日夜中にメールを出した。泉さんがジャーナリストを名乗る以上、この問題をネットに対しても、当時の参加者に対しても説明する必要があるのではないかという内容である。直接回答いただけなくてもブログでコメントするのにもう少し時間がかかるならそれを待つということも添えた。

●その後まもなく12日11日の深夜にGripBlogで泉さんのエントリー「ネットジャーナリズムの弱点に直面しています~取材再開へ向けて」がアップされた。この少し前にご説明のための電話もいただいたようだが、私はたまたまその電話に出ることができなかった。

※【3/12 加筆訂正】一部日時が不正確だったので訂正しました。

アップされたこのエントリーは私を失望させた。内容は私にいただいたメールの内容とほとんど変化がない。私にとっても、ネットの人たちにとっても最大の関心事であると思われる点については、まったく言及がない。泉さん自身の信用に関わる部分にも言及がない。ただフラットに「反省」しているだけである。しかも「ネットジャーナリズムの限界」という、別のフレームにフォーカスがいってしまっており、すぐに他の話題にシフトし、耐震偽装の取材の打ち切り理由もこれでは明確ではない。泉氏はこのエントリーで問題を終わらせようとしているのだろうか、と感じられた。

泉さん、あなたの目指すジャーナリズムというのは何なのだろうか。このような重大な節目に遭遇して、事実を事実として取材して伝える努力をしないところに、ネットジャーナリズムも何もない。ジャーナリズムとはフレームや仕掛けではなく、こうした重大な局面にどこまで勇気を持ってディテールにこだわるかということにあると思う。そういう意味でGripBlogのコメント欄に書かれたいくつかの指摘は私もまったく同感であるし、これではいくら憶測を呼んでも仕方がない。これはあの時参加したすべてのブロガーにとっても非常に不本意なことであると思う。

私たちは、公党を囲む陰謀論のコアとなる工作の可能性のある人物をあの場に招きいれてしまったのであろうか。もしもそうであればいくら民主党のチェックが甘かったとは言え、信頼して胸襟を開いてくれた民主党に対しても多大なる迷惑をかけ、そして他のすべての人に対しても重大な問題を発生させることに立ち会ってしまったことになる。同時にもしも松永氏がきっこであった場合、政局に与える影響は計り知れないほど重い。もちろんすべてが冤罪であった場合、あなたの、松永氏の、そしてあの場を利用して発言を行った私たち参加者の名誉も回復されなければならない。
その重みに比べて、あなたの処理の仕方はあまりに軽すぎると私は思う。あえて言う。それでもあなたはジャーナリストを志す人であると言えるだろうか。

しかも理解に苦しむのは、3月8日に自民党の懇談会に出席した後、あなたは他の3人の出席者と、松永氏と5人で二次会にまで行かれている。通常であれば、これほどの問題が起きているときである。GripBlogとしてはそこで松永氏にまず「取材」を行い、事の真偽を確認し公開すべきではないのか。

それを抜きにして、これほど重要な局面で

そして今回、実際にそのような場面に直面したのだと思います。
(誤解されたくないので念のために言っておきますが、雑誌『FLASH』に書かれているM氏のことだけをここで問題にはしているわけではなく、どんな人でも入り込むことが可能だと言いたい)
インターネット上の書き込みには、悪意を持った人も確かにいるでしょう。でも、「だからインターネットはだめなんだ」という思考にはなりくはない。
「誰がものを言っているかわからないから、やっぱり今まで通り大学教授や有名人に語ってもらおう」と、ネットジャーナリズムまでもが、既存のマスメディアのように声の大きい人たちに牛耳られてしまっていいのだろうかと思うのです。
ネットジャーナリズムの弱点に直面しています~取材再開へ向けて)

などと問題を丸め込むのでは、ジャーナリストしてのあなたの将来も名誉も今後の取材の展望もない。どうかもう一度よく考えていただきたい。


●松永氏=河上氏なのか

私自身も責任としてこの件について触れておかざるを得ない。
言うまでもなく、去る10月31日のブロガー懇談会で確かに私は松永氏と同席した。で、Flashに掲載された写真および
http://web.archive.org/web/20020201224538/http://deva.aleph.to/index.shtml
にある写真をみた印象で言えば、「よく似ている」。しかし100%同一人物であるという確証もない。あくまで私はあそこで初対面であったのであり、半年の間に記憶もぼやけている。ただし、似ているのは確かであり、この写真をまったくの別人であり両者が「似ても似つかない」と断言する、いくつかのサイトには賛同できない。

しかし誤解をしないでいただきたいが、過去においてたとえ松永=河上氏がアーレフに所属していたからといって、それですべての彼のそれ以外の実績が否定されるわけではない。ただご本人もそれを明確に説明されない以上、懐疑的な見方がされるのは当然である。
松永氏はじぶんがきっこであるということは否定しているが、河上イチローとの関係については曖昧な説明しかされていない。容易にこの点を説明するのはし難いことなのかもしれないが、ことがここまで大きくなっている以上、肯定なり否定なりを明確に松永氏はすべきであると思う。

奇しくも3月3日に書いたこのエントリー「メール偽装事件と天の配剤---今更だけれど民主党ブロガー懇談会でのこと」で、期せずして松永氏の書かれたかつての議事録を引用させていただくと同時に、文末で「今後も天の意外な配剤は続くであろうから」と締めくくった。この言葉があまりにも当てはまるその後の経過に驚きを禁じえないでいる。

【3/12 加筆訂正】
アレフ→アーレフ
河上イチロー氏とされる近影(極東情報網録 the Far East News Net blog
http://usam.blogtribe.org/entry-a6ce3b5b3bbe53352e950d39dcf70d53.html


【3/13加筆修正
松永氏に関わる表現の一部を訂正

2006 03 12 [ことのはを巡る問題] | 固定リンク | コメント (11) | トラックバック