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February 17, 2019

沖縄のビートルズ

「今かかっていたのは沖縄の音楽?」とカフェにいた年配の客が出がけのレジ前でいきなり聞いた。
「?!いえ?!ビートルズですよ」とマスターが答える。

そう。誰が聴いてもアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だよ。

「A day in the Life」でちょうど高校時代のことを思い出していた時だったから、僕もその質問には驚いた。

(皆が知っているように)インド音楽のようではあるけれど、まさかの沖縄音楽かと聞かれたマスターも驚いている。でもすぐに「確かにそんな風にも聞こえますね。考えたことなかったけど(笑)」と続けた。この人はこういうところがいい。

客の方は「ビートルズなの?!こんなビートルズ聴いたことがなかった」と照れている。

沖縄音楽かあ。。ちょっと考えてみたけれどシタールが三線の音色に重なったのかな?

でも僕にとって、ちょっとそれはないなあ。確かに世界は繋がってはいるけれど。沖縄の魂とは違う。

それにしても世界にはビートルズと言えば「イエスタデイ」や「Let it be」だと思ってる人もいるんだろうなあ。そういう人にとっては試行錯誤を繰り返した禍々しいビートルズは存在していないのかもしれない。それもこの世界の不可思議だ。

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December 12, 2018

ボヘミアンラプソディと自分のねじれた時間について


映画『ボヘミアン・ラプソディ」大ヒットも海外評論家の評価は最悪な理由~感動するファンと酷評するプロの“ねじれ現象”


こんなしっかりとしたGinko Kobayashiさんの重厚な映画評に、私なんかのコメントを実名で引用していただきました。恐縮の限りです。てか、そもそもわたしゃ何様よ感。

それはさておき自分にはあの映画はQueenの音楽含めてフレディの歌詞と音楽のメッセージムービーでしたね。映画なのかQueenなのかならQueenでありフレディ。映画の出来に感動したのではなく、やはりQueenと、そしてその時代以降に自分の過ごした時間との邂逅と自分も含めたあの時代の世界の彼への無理解の記憶に心打たれたのです。

敢えて「ねじれ」と言う言葉を用いるならそれが自分の中での映画との「ねじれ」でしょうか。

より近距離にあってこの映画を見つめた欧米メディアの容赦ない批判は、全部が全部賛同できるものではないけれど、その容赦なさぶりには敬意すら感じます。敢えてこの視点で国内では実に逆流の視点でまとめていただいた小林恭子さんにも。

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November 24, 2018

1973年を知っていて良かった-「ボヘミアンラプソディ」を観た人に読んでほしいクイーンの話


映画「ボヘミアンラプソディ」を観た人に読んでほしいクイーンの話

素晴らしい記事。クイーンをよく知る人も、映画で出会った人も、長いけれど読みやすい文体なのでぜひ読んでほしい。彼らの全活動期における代表曲へのリンクや、フレディ死後の活動にも触れていて永久保存版。単なるリンク集というわけでもなく、記事も読み応えがあります。

自分の知らなかったクイーンをリンク先の楽曲で色々知ってしまいました。ロックの歴史においてこのバンドがいかに唯一無比の存在だったのかもよくわかります。

それでもこの記事の作者がクイーンにハマった時にはもうフレディはいなかったと残念がっている。僕はクイーンのデビューの瞬間。1973年を肌で知っている。この記憶は大事にしたいと思ったのでした。早くに生まれてよかったと思うことも、たまにはあるわけです。

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October 20, 2006

ジェンダーを超えた孤独----中村中「友達の詩」

このところiPodで中村中(なかむらあたる)というシンガーの音楽をずっと聴き続けている。iPodがいいのは、同じ音楽を異なる風景やsituationの中で聴いて何かを「確認」できることであり、その音楽を聴いている自分の精神状態というか、気持ちというか、そういうものも何度も「確認」できることにあるように思う。

さて、中村中だけれど、ご存知の方も多いと思うが、「彼女」は性同一性障害というカテゴリーが当てはまる人である。戸籍上は男性として生を受けたが、心は女性である。その後、おそらく手術などをされたのだと思うが、現在は見かけ上も、声も本当に女性そのものであり、しかも美声である。

よく伸びる高音は言うに及ばず、元来「男性であった」ので女性にはなかなか出ない、低い声も持ち続けており、その両極が彼女の声と表現に深みと奥行きを与えていると思う。

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November 09, 2005

本田美奈子の死-----僕は「ミス・サイゴン」を忘れない

misssaigon

その日。 深夜のネットサーフィンで手が止まった。
画面右下にあるニュースチェッカーに文字が流れた。

本田美奈子の死。

白血病のことは知っていたが、まさかと思っていた。
その日は一日忙しく、ニュースを知るのが遅れた。いつも人の死は知らないうちに唐突にやってくる。

「生者は死者に煩わされるべからず。」とは釈迦の言葉だと言う。

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