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August 12, 2017

そのあとは?

北朝鮮を見ているとどうしても戦前の日本のイメージが浮かぶのだけれど、まさか本気でアメリカと全面戦争になっても勝てるなどと思ってはいまい。思ってないよね。思うわけがない。思ってなければいいな。 #おい

せいぜい常人の考えつく範囲では、グァムに(4発撃つと言ってる)中距離弾道ミサイルを予告発射してそれぞれ東西南北50-100km程度のピン差に落とす。ほらやろうと思えば次はグァムの基地でも当てられるぞと虚勢を張り、おお北朝鮮やるもんだ。刈り上げやるもんだと世界をあっと言わせたい。アメリカを震え上がらせるまでなくてもぶるっとさせたい。そのあとは?

そのあとは?

その後を考えているよね。いるはずだ。いるだろ?いるといいなあ。

祖国と朝鮮半島を灰塵と化してもこれが朝鮮民族の誇りというものだ。意気をあげるのだ。と本気で思っていたらどうしようね。

その先?

そもそもここまでチキンレースをやるほどの理由が北にあるとも思えない。いいところで止めておいても、暴挙さえ行わなければさすがに米国も国家転覆の攻撃はもはや仕掛けにくい。グァムにミサイルなんか撃つ必要あるのか。いやそこまでが刈り上げ坊主の「ギリギリ」なのか。

沖縄を取られても最後は本土決戦で、それで負けたら皇国の運命はそこまで、いや皇国は神風によって守られており負けるわけがない。と当時の日本人が、そして権力層がどこまで本気で考えていたか僕は知らない。知らないけれども、結構信じちゃっていたからああいうことになったのではないか。

歴史上一定周期で暴走する国家は現れる。この国を含めて。正気と狂気の境がしっかり見えていればまさかとなるが。まさかという坂は時折歴史に現れる。

もちろん人ごとではないのであり、この国も3度の核の壊滅に晒されながらこうなのであるから。

とにかくまあ落ち着け。そこに座れと言っている中ロの方が大人に見えるのだから困った話である。

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January 12, 2017

トランプ会見すら場を取り繕う共同通信とそれをコピペするこの国のメデイアについて


違いを超えて報道の自由を守る~トランプ氏に非難されたCNNをFOXが擁護

江川さんはこう書かれているが、もうこのことだけじゃない。何から何まで違います。日本のメディアとは。こんな私も日本人だな。恥ずかしかったなと思ったのは、少なくとも夕べは米国メデイアも無難に場を作るかと思ったこと。こんな私に誰がしたんですか。日本のメディアの方達ですよ。あなた方ですよ。あなた達のお行儀に毒されたんですよ。

トランプ陣営はいきなりの暴言からのスタートだったけれど、仮に日本の新首相会見でああいうスタートがあったら、日本メディアは「場をつくろわないで」戦えますか。

そんな最中にも飛び交う共同通信の、他国の首長にすら場をつくろう「速報」の数々。

「トランプ次期大統領、雇用確保を約束」

とかあなた、それ速報ですか。それって報道なんですか。目の前で繰り広げられている彼の国のメデイアとトランプの戦いを見てそれって何なんですか。

心からがっかりした。その共同の速報をコピペで流しているメデイアの方達。配信じゃないんだよ。それを今はコピペと言うんだ。コピペならメディアなんていらないんだよ。ツイッターがあればいい。

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July 10, 2016

投票の有無を秘匿する権利について

どの候補者に投票したかを秘匿する権利は当然のものであり、民主主義国家には不可欠の権利であると思います。しかしながら、投票したかどうかを秘匿する権利はあるのだろうかについては少し考えます。

思うに、この権利を守る必要があるのは、北朝鮮のごとき一党独裁国家が国民に踏み絵を迫るような場合です。棄権が即体制への反逆を意味すると見なされるからです。

日本においてはどうなのでしょう。「投票しない権利」なるものは守られるべきですか?(試行錯誤しながら書いています)思うにそれは単なる自らの権利の放棄であり、民主主義国家を支えていくための国民の責務(義務とは書きません)の放棄でしかありません。

罰則が無い以上、これをもって投票しなかった人を罰することはできませんが、「投票しない権利」や「投票しない自由」あるいは「投票したかしなかったかに関する情報」は保護されるまでの「権利」なのでしょうか?

自分の今まで学んだ知識の中では、それを積極的に保護すべき公理がこの国においては思いつきません。単なる怠慢や現実逃避、無知が招く行為を懲罰できないからといって、それらの「権利」を保護する必要などないと思っているからです。

反論もあるかもしれません。先に書いたように試行錯誤しながら書いています。

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May 28, 2016

謝罪のドミノ倒しは無意味だと思う

慰霊碑に頭を下げ、「罪なき」被爆者を抱きしめ、未来への決心を語るのもオバマ大統領であり、無人機で何千キロも彼方の人々を殺しているのもオバマ大統領であり、辺野古の海を埋め立てようとしているのもオバマであり、アルグレイブを廃止できないのもオバマ大統領である。業。だからこそbetter worldという言葉は重い。

米国が日本に原爆投下の謝罪などしたら謝罪のドミノ倒しになって、永久に日本は中韓に土下座だぞ。謝罪の最終ゴールが広島長崎で止まると思うなら日本人は甘すぎると思う。いま必要なのは謝罪ではなく後悔と決心だ。その意味ではオバマを支持する。言っとくがその意味では。だ。


これが茶番だと言うなら結構。我々は茶番という世界の中で苦しんで生きているのである。茶番にもベターな茶番とワーストな茶番があるのだよ。それすら区別しないならそこにはただの冷笑主義があるだけだ。


とにかく、はっきりしているのは、あれがスピーチだと言うこと。ザスピーチなんだ。そのレベルからの批判は批判自体もレベルを引き上げられるからまだいい。批判に値するレベルになっているということでそれが世界級の指導者だということ。叩くなら気合を入れて叩こう。どこかの嘘つきとは違うんだよ。

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March 19, 2016

東芝解体となりふり構わず生き残った三井住友銀行のこと

メディカルを売って白物を売ってパソコン事業を手放して、東芝に残るのは4000億もののれん代未償却のウェスティンを抱える原発事業と半導体事業だけ。ウェスティン関連減損時に瞬間的にも債務超過にならないように部門売却を急いでいるのだろうが、「あの東芝」はもう消滅したも同然だな。。

日本経済と原発事業にカタストロフィを生じさせないように国民へのインパクトを減じながら東芝解体が進んでいる。

バブル末期に三井住友銀行は子会社のわかしお銀行を商号変更し、何と三井住友銀行を消滅させる合併を行って8000億円もの証券の含み損を一掃させた。こんなことが許されるのかとあの時思ったが、いま我々が三井住友銀行と呼んでいるのは旧わかしお銀行であることを知る人は少ない。東芝の存続にはこのくらいのウルトラCが必要ではないか。

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【安保法制違憲訴訟の原告に加わることにしました】





さる9月19日に国会で成立されたとする安保法制は正当な国会決議を受けていないと考えています。またその内容は違憲であり法律として施行されることは不法行為だと考えています。このことに自分はどうしても納得ができないので、安保法制違憲訴訟の市民原告に加わることにしました。申し立て費用や弁護士費用は基本的にカンパで賄われる予定ですので、若干の手数料以外、原告に加わることで即時お金がかかるようなことはありません。微細な行動ではありますが、ここは看過できませんので自分としては当然に加わります。賛同を感じる方の合流によりによりこの動きが拡大することを期待します。

●安保法制違憲訴訟の詳細はhttps://anpoiken.wordpress.com/

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February 27, 2016

絶望と希望の狭間で---Cocco 「ジュゴンの見える丘」 大浦湾に帰ってきた2頭のジュゴン 辺野古で起こっていること

辺野古の沖に親子のジュゴンが現れた。---自分を含めて内地の多くの人たちは「へー」くらいの感想で済ませてしまっていただろう。

そのことの意味を。
そのことへの思いを。
そして多分-僕は愛という言葉はよくわからないが
生きていく形のようなものを
Coccoが勇気を持ってコンサート会場で語っているので、動画をぜひ見て下さい。

人間は他の生物全てに比べて、どういうわけか圧倒的な知性と圧倒的な力をこの星で授けられた。それには疑いの余地がない。

人はその圧倒的な力をもって、この星を支配し、命の体系の最上位に君臨し、そのことの正邪はともかく現実として、ここに支配圏を確立している。

人は地形を変えるし海すら陸にするし、大気すら変える。他の生き物の命を人の理屈で簡単に、しかも大量に奪うことができる。

そして、人はそれは人類だけに許された特権だと(おそらく)思っている。
誰もそれを人類に言葉で言ったものはない。人が勝手に「神」のようなものを造形し、ノアの伝説も紡ぎだした。

けれど、傲慢な人の中にあって、少なくともノアはすべての生き物を助けようとしたのである。

もしも人間が、この傲慢極まりない思いと、圧倒的な力をこれからも保持するなら、そして他の生き物のすべての運命を左右する力を保持しようというなら、それは同時に圧倒的な責任の重さが、その肩に背負わされていると考えるべきだと思う。他に解はない。

その背負わせたなにかを神と呼ぶか呼ばないかは別として。

もしも我らが、自分達が日々の飯を食うためだけに、あるいは国家だとか民族だとか、自分たちの種にとって都合のいい。。いや種にすら害悪になる考えのためだけに、防衛という欺瞞の言葉のもとに大量殺戮の拠点や巨大な放射能を撒き散らす発電機をつくり、他の生き物の存続を脅かし、この星全体のマネージメントをする資格がない愚挙を繰り返すなら、この生態系の頂点にいる資格はない。直ちに降りるべきである。

「寄生獣」の一見荒唐無稽なストーリーの中で僕が心に残って離れないフレーズは

「地球上の誰かがふと思った。みんなの未来を守らなければ」

※だったかな

Coccoは彼女にとっての絶望と希望の境界のギリギリの場所からメッセージを届けている。辺野古に行きたい。早く行かなきゃな。

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February 14, 2016

天に吐く唾

自分は思う。

不倫によって社会的制裁を受けるのはしょうがない。多くの人たちに非難されるのも仕方がないと思う。

けれど。議員辞職は違うのではないかと思う。議員の職は責任を取って会社を辞めますよ的な考えで、それを得たり、それを投げ出したりするものなのだろうか。一般的な職とは境界を画す、なにか違う論理がそこにあるべきだと考えることはおかしいだろうか。

我らはその議員に倫理を期待して投票したのではなく、公職に対する気概と、命をかけてくれることを期待して投票するのではなかっただろうか。

いや。わかっている。おそらく彼はそれほどの器ではなく、彼らもそれほどの選良ではないのだ。わかってはいる。しかし、わかることと、それでいいこととは違う。地に堕ちた政治家への侮蔑や罵詈雑言の唾が、結局落ちてくる場所はどこなのだろうか。

彼はひたすらにボロボロになり、審判は選挙のみでなされるべきだったと思う。異論もあるだろうが、自分の両手には彼に対して投げる石はない。投票以外に。

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October 08, 2015

民主党はどう考えているのか

離れるべき人はとっくに自民を離れている。今でも自民支持の層は鉄板でありそう簡単に離れない。与党の票は今後も激減は考えられないので総数で対抗できる野党票をまとめるしかないが、民主と維新、共産陣営が二極のままで部分的選挙協力しかしないなら、前者から後者への票の移動があるのみかと。

自民票の流動性は低い。流動性があるのは野党間。3極で参院選に突入するなら、民主党は大きく票を減らし共産はさらに伸ばすだろうが、与野党間のバランスに大きな変化はない。民主票の減りを共産が吸収するだけだからだ。自民は多少減らすだけ。公明の落ち込みで多少打撃か。だが安定確保。

与党から野党への票の流れが限界であるのなら普通に考えれば方策は2つ。投票率をあげて無党派層を取り込むか、野党再編あるいは統一名簿で実質上野党票を自民に拮抗させるしかない。民主党はどう考えているのか。この素人でもわかるフレームが違っているなら伺いたい。

ただし根性論は聞きたくない。

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July 18, 2015

憲法9条と自衛隊

安保法制について、自衛隊の存在や日米安保条約が既に違憲性を含みながら国民の間に受け入れられていることを持って、「集団的自衛権についてのみ厳格に違憲性を問うのはおかしい。国際情勢の変化に関して自衛隊では解釈を織り込んでいるのになぜ集団的自衛権では織り込めないのか」という論があるようだ。メディアを含め友人の中にもそうした考えを持つ人がいる。これについて思っていることをちょっと書いてみる。

まず憲法9条の条文を凝視してもらいたい。

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

9条1項で否定されているのは「国際紛争を解決する手段として」の戦争、武力による威嚇または武力の行使である。

従って「前項の目的を達するため」と始まる第2項で否定されている「陸海空の戦力」や「国の交戦権」は、「国際紛争を解決するための」手段としてのそれであり、外国の侵略行為に対して無条件に武力による自衛権まで否定しているわけではない。したがって国土防衛のための最小限の軍事力である自衛隊の存在は合憲である。---

これが長い間に自民党を中心とする戦後保守陣営が、一定の理解を国民に得られたところの自衛隊の合憲性であり、現在では共産党を含め自衛隊の違憲性をいう政党はない。国民は自衛隊の存在に対して違憲性を言わずここは「解釈の範囲」としてきた。

それでも自衛隊の存在が憲法上、曖昧性があることは事実であり、自分としては第9条に自衛権の存在を明記する必要がある。その方向で改憲が必要だと思ってきたし、今でもそう思っている。

日米安全保障条約に基づく米軍の存在を合憲とした砂川判決も、この自衛権を明確に憲法に織り込むことでより明確に担保されると思う。(日米安保条約への個人的かつ政治的思いはここではいったん置く)

ところが。安倍政権の解釈改憲は真っ向からそれを超える程度と度外れた乱暴な論理でやってきた。

長くなるから簡素に言うが、現在の政権の唱える集団的自衛権とは、この自衛権を巡る解釈とは次元の異なる概念である。国土を防衛する最小限の戦力というところまでは、国際情勢の変化の中で織り込んできた日本国民も、国土が侵略の直接的危険に至るはるか手前で、内閣の「総合的判断」で、地球の裏にまで出かけていく行為を、合憲とは織り込めない。織り込むわけにはいかない。ここで限界に至っているのであり、だからほとんど全ての憲法学者が、違憲判断を下しているのである。

従って安倍政権が行うべきことは2つにひとつ。この法案を取り下げるか、憲法を改正するかのみである。維新案に至っても自分としては改憲なしには成立させるべきではないと思う。

さらなる悲劇はこの政権が、こうした歴代の保守政治の取ってきたスタンスに準じた議論を行う意志も能力も持ち合わせていないことである。このような政権を生み出した我らの最大の過失がいま我らに牙をむいている。

改憲へ進むことで行為的整合性は保たれるが、この政権にそれをさせては絶対にならない。それを許して地獄への道を日本国民が歩むなら、言葉はないし止めようがない。

法は廃案にできるが、改憲となるとそう簡単にはいかない、そこまで我ら国民は愚かではないと思うが。

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