SNS

My Photo

BooksBooks

無料ブログはココログ

January 22, 2019

1人ひとりの顔-「ヒューマン・フロー 大地漂流」



アイウェイウェイの 「ヒューマン・フロー 大地漂流」 を観てきた。

ボートから降りてくる一人ひとりの、疲弊し果てた難民の顔。一人ひとりの顔をこんなにじっと見たことはなかった。ポタポタと落ちる水滴。めくれ上がった子供の背中。尊厳という言葉。

一度難民になると世界平均でそこを脱するには26年の年月がかかるという。迫害と弾圧が荒れ狂う中で、世界の各所で必死に彼らを助けている人々もいる。もしも自分がそこにいて、一度彼らの世界を覗き込んだらこちらの世界には二度と戻ってこられない気がする。

第二次世界大戦以来の大規模民族移動。人間の生物としての大転換期であり大移動の時期なのかもしれない。その中で倒れる大量の人たち。

Continue reading "1人ひとりの顔-「ヒューマン・フロー 大地漂流」" »

December 28, 2018

家へ帰ろう-現在進行形の責任について




たまたま時間があったので銀座で観たけれどめちゃくちゃいい映画でした。ナチス迫害の時代を生き延びたユダヤ人の老人が、助けてくれた恩人の友人をアルゼンチンからポーランドまで訪ねるロードムービー。道中出会う人々との会話から70年前の出来事が次第に明らかになってくる。

ネタバレできないからこういうの語れなくて困るのだけど、中でもドイツ人の若い女性との出会いの物語が涙腺崩壊でした。この世には想像を絶する地獄というのがかつてあった。ユダヤの受難と安易に比較してはいけないかもしれないけれど、自分も含め皆が時代を背負っている。

沖縄で起きていることへの現在進行形の責任とか考えました。お奨め。お正月に是非。

Continue reading "家へ帰ろう-現在進行形の責任について" »

December 14, 2018

辺野古の未来への予感

この膨大な不条理。新しい形のファッショがこの2018年の世の中にまかり通ろうとしている。俺は辺野古は無理だと思っている。基地はできない。地盤のせいなのか、選挙で自民が大敗するのか、それ以外の要因なのか。それは知らない。けれど辺野古は無理だと思っているのだ。それは世界に対する楽観かもしれないし、もしかしたら甘さかもしれない。けれどこの感覚は予感としか思えない。どこかで膨大なエネルギーのひずみで巻き返されると思っている。巻き返さなければいけない。

Continue reading "辺野古の未来への予感" »

「出会い系」から進化するマッチングサービス(CNET 更新)

ちょっとこんなの書きました。


Continue reading "「出会い系」から進化するマッチングサービス(CNET 更新)" »

December 12, 2018

ボヘミアンラプソディと自分のねじれた時間について


映画『ボヘミアン・ラプソディ」大ヒットも海外評論家の評価は最悪な理由~感動するファンと酷評するプロの“ねじれ現象”


こんなしっかりとしたGinko Kobayashiさんの重厚な映画評に、私なんかのコメントを実名で引用していただきました。恐縮の限りです。てか、そもそもわたしゃ何様よ感。

それはさておき自分にはあの映画はQueenの音楽含めてフレディの歌詞と音楽のメッセージムービーでしたね。映画なのかQueenなのかならQueenでありフレディ。映画の出来に感動したのではなく、やはりQueenと、そしてその時代以降に自分の過ごした時間との邂逅と自分も含めたあの時代の世界の彼への無理解の記憶に心打たれたのです。

敢えて「ねじれ」と言う言葉を用いるならそれが自分の中での映画との「ねじれ」でしょうか。

より近距離にあってこの映画を見つめた欧米メディアの容赦ない批判は、全部が全部賛同できるものではないけれど、その容赦なさぶりには敬意すら感じます。敢えてこの視点で国内では実に逆流の視点でまとめていただいた小林恭子さんにも。

Continue reading "ボヘミアンラプソディと自分のねじれた時間について" »

December 08, 2018

「中国人を逃がすな」

日本の農村の一部では、中国人の技能実習生の労働力がなければ、収穫作業もままならなくなっている。そのことを自分は、農家に嫁いだ親戚の者から聞いた。それは明らかに技能実習生なのだが、その地域ではただの労働力としての「中国人」である。収穫の季節には多くの中国人実習生が大量に地域にやってくる。

「中国人が逃げないようにするのが大変なの」

と彼女は当然の悩みのように言っていた。それがその辺りの地域での共通の悩みなのだそうだ。それほど彼らはよく逃げてしまう。

彼らを仕切っているのは同じ中国人の声が大きい女性であり、各農家に人を割り当てる。農家は「クライアント」だから腰が低いが、同じ同胞の実習生には極めて高圧的に当たるのだそうだ。

親族の嫁ぎ先には2人の中国人実習生が来ていたが、「逃げられたら大変だ」とそればかり口にしている彼女にとって、実習生は単なる労働力であり「中国人」でしかない。2人は畑から歩いて1時間ほどかかるところに貧弱なアパートの一室をあてがわれていたが、自転車も買えないため朝早く起きて徒歩で畑に通ってくるのだという話を聞いた。
雨の日は基本的に作業はないが、途中でやむ時もあるので、そんな日でもそれこそびしょ濡れになって朝早く歩いてやってくるのだそうだ。

それでも終始、彼女は彼らの人としての苦悩を想像するよりも、そうした待遇が原因で「逃げられたら大変だ」とそればかり口にするのだ。彼女の夫も「甘やかしたらあいつらはどこまでもサボるから厳しくしなければならないけど、逃げられたら困るし」と口にしているという。

その話の最初から最後まで、「実習生」という言葉は使わなかったので、この話を聞いた時僕も彼女の語り口を不快に思いながらも、実習生ではなく「中国人」と理解し、ああ地方の農家の労働力とはそういうものなのかと思ってしまっていた。

けれど。

それは「すぐ逃げる中国人」ではなく、外国人実習生のことだったのだ。それ以外に現在日本の農家が外国人労働力を組織的に利用する道は僕の知る限りないからだ。ピンときていなかった自分の限界である。

国会で野党が調べたところではこの3年間で69名の外国人実習生が亡くなっているそうだ。その話を聞いた時、僕は大雨の中でも畑まで1時間も歩いてびしょ濡れになって通うあの2人の中国人の若者の話。そして「逃さないようにしないと」と当然のことのように笑いながら語っていた、おそらく日本の田舎のどこにでもいるであろう彼女のことを思い出した。

病は、こんな話をせせら笑って聞く自民党だけではない。我らの隅々に染み込んでいる。


●参考

農業分野における外国人の受入れについて(農林水産省)

Continue reading "「中国人を逃がすな」" »

November 28, 2018

「AnotherB」を「はてなダイアリー」から「はてなブログ」に引っ越しました。

Forwardされるようになってるので、特に読者諸氏には関係ないかなと思うのですが、ご存知のように「はてなダイアリー」が終了してしまうということで、長く放置していた「AnotherB」を、はてなブログに引っ越しました。 一応お知らせまでに。

AnotherBは大変に自分が苦しい状況だった時に始めたもので、そのころ生々しく殺伐としていたこのブログで扱いにくいテーマや表現についての逃げ場的につくったものでありまして、はてなに格別の思いもないので、やめちゃうならやめちゃうでもいいかなとも思ったんですが、覗いてみたらそこにも500本くらい記事があるので(苦笑)、まあ引っ越しておくことにしました。
かなり頭がおかしいときに書いたものがずいぶんあって、ラリッてんのかよとか、読み返してみると自分で背中が寒くなるような「これ、俺かよ!?」なんてのもけっこうあるんですけど、思い切り悪く残しておきます。
まあ時間があって気が向いたら、たまにはご笑覧ください。たまには更新します。苦笑

Continue reading "「AnotherB」を「はてなダイアリー」から「はてなブログ」に引っ越しました。" »

November 24, 2018

1973年を知っていて良かった-「ボヘミアンラプソディ」を観た人に読んでほしいクイーンの話


映画「ボヘミアンラプソディ」を観た人に読んでほしいクイーンの話

素晴らしい記事。クイーンをよく知る人も、映画で出会った人も、長いけれど読みやすい文体なのでぜひ読んでほしい。彼らの全活動期における代表曲へのリンクや、フレディ死後の活動にも触れていて永久保存版。単なるリンク集というわけでもなく、記事も読み応えがあります。

自分の知らなかったクイーンをリンク先の楽曲で色々知ってしまいました。ロックの歴史においてこのバンドがいかに唯一無比の存在だったのかもよくわかります。

それでもこの記事の作者がクイーンにハマった時にはもうフレディはいなかったと残念がっている。僕はクイーンのデビューの瞬間。1973年を肌で知っている。この記憶は大事にしたいと思ったのでした。早くに生まれてよかったと思うことも、たまにはあるわけです。

Continue reading "1973年を知っていて良かった-「ボヘミアンラプソディ」を観た人に読んでほしいクイーンの話" »

November 10, 2018

俺が何者なのかは俺が決める




I decide who I am.
俺が何者なのかは俺が決める。
-フレディマーキュリー

公開2日目。IMAXで見て良かった。

自分達は多くの人の死をルーズにスルーし続けて来てここに立っているけれど、この人のこともその例外ではなかったと思う。ゲイもエイズもゾロアスター教も、まだ魔物の屋敷のように恐ろしかった時代のスターだ。自分は、何を彼が歌っているのかも、ルーズに聞き流してきたのだとわかった。そんなことばかりまだまだ多く、亡くなってもまだ追いかけないと人のメッセージはわからない。

この映画を娘の世代と共に見ることができたことは幸福だと思う。

Continue reading "俺が何者なのかは俺が決める" »

October 22, 2018

異様な映像

プリンセス駅伝。本人がやりたいと言えば、あれほどのことになってもこの国のスポーツ関係者は止めないのか。タスキを繋ぐという集団的価値の実現の前には、個人の安全や健康は犠牲になってもやむを得ないという日の丸主義の片鱗があるのではないか。

何よりも映像が異様である。これを讃えることが、いまスポーツ界で起きているあらゆる問題の下支えになっていないか。

やりたいって言ってるんならやらせてやればいい。の裏にやらざるをえない不可視の拘束があって、それが解き放たれないと自由意志とは言えない。本人すら気がついていない。

Continue reading "異様な映像" »

より以前の記事一覧

-