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November 18, 2017

逃げ場のない街

#japan #shinjuku #shiodome #tokyo

路地を抜け、すっと逃げ込めるような場所がいくらでもある街と、どこにも逃げ場のない街。



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November 17, 2017

「人間万事塞翁が馬」に繋がっているような、いないような話

自分の話。

何か、自分のやっていることを親の仇のように攻撃する人がいる。一方でまるでそこまで言うかというくらい、褒めそやす人がいる。

通常の、平凡な人生というものが仮にあるとしたら、その定義はどちらの目にも合わず、「可もない不可もない」というような曖昧模糊とした優しい言葉に包まれ過ぎていく人生のことなのだろう。

自分の場合はそれとは程遠い。とにかく持ち上げられやすく、とにかく落とされやすい。毀誉褒貶の激しい人格という方に属するのかもしれない。もちろん「毀誉褒貶」という言葉を使われること自体が、あまり良い印象とは言えない。

この世にある世間というもの。いわゆる「世間がそれは許さない」とか「世間様に申し訳が立たない」という時の世間は、自分にとっては、自己を称賛したかと思えば突然攻撃をかけてくる世間であり、貶めたかと思えば(特に儲かる話でも持っていけば)手のひらを返して擦り寄って褒め称える世間である。

毀誉褒貶の激しい自分としては、このような状況でいちいち弄ばれては叶わないとある日思ったのか、防御の一形態なのか、「自分の評価者は自分だけである」というドグマをいつからか持つようになったと思う。

もちろん元より宗教的ではなくて、道徳的でもない。神も世間も特に何もみていないし、何も正しいことを言ってくれるわけでもないのだから、そこは評価者である自己が決めますからよろしくね。という立場である。

大学を出てから久しく哲学の勉強などからも遠ざかっているのでよくわからないけれど、こういう考え方の人間は「実存主義的」とでもいうのだろうかな。よくわからない。宗教的信念のある人からは哀れに見えるかな。

客観的に考えると、物事の自分なりの合理には酷くこだわるが、世間の理や道徳にはたいして関心を示さない。元々毀誉褒貶の激しい身であるから武装したのかもしれないのに、それがまたループして一部の人たちの神経を逆なですることで攻撃に繋がるという仕掛けである。

自己に利を図ることにも、自己を正当化することにも実はそれほど関心がなく、評価者である自分は自分に対して最も良き理解者であり、一方で最も激烈な批判者でありたいと思うだけなのだが、どうもこうした心理構造は必ずしも一般的ではないようである。

現実的に言うと、このような心性に似合う生き方と、似合わない生き方がある。似合う職業と似合わない職業がある。似合う野山と似合わない荒野があるのである。
時には酷く人を傷つける。しかし助ける時もあるはずだし、あったと思う。奥の方を覗き込んでしまった人にはごめんね。お気の毒にとしか言えない。

仮にそれぞれのこうした構造に「問題」や「苦労の種」があったとしても、何十年も溜まった風雪じゃなくて澱のような心の奥のその塊はどうすることもできない。今更治療や修正の道がないのであれば、せめて賢くマネージしたいと思うのみである。

元々世間など、自己の運命や幸福、帰結に対してなんの責任も負ってくれないではないかと考えてしまうところが、やはりその心性はほらまた出ましたこの殺伐がと思うだろうけれど、この世はそんな千差万別の育ち方と生き方の帰結の失敗作が満ち溢れているであろう。

それでも生きている。

※ここまで書いてから不似合いな「人間万事塞翁が馬」という故語を思い出した。自分はこの最初の2文字を「にんげん」と呼んでいたが、下記の引用によれば「じんかん」と読みこれは世間を意味するのだそうだ。知らなかった。

話が繋がっているのか繋がっていないのか。これもよくわからない。


———-
人間万事塞翁が馬

中国の北の方に占い上手な老人が住んでいました。
さらに北には胡(こ)という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。

ある時、その老人の馬が北の胡の国の方角に逃げていってしまいました。
この辺の北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は気の毒がって老人をなぐさめに行きました。
ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。

「このことが幸福にならないとも限らないよ。」

そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて帰ってきました。
そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言いました。

「このことが災いにならないとも限らないよ。」

しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。
近所の人たちがかわいそうに思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。

「このことが幸福にならないとも限らないよ。」

1年が経ったころ胡の異民族たちが城塞に襲撃してきました。
城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。
そして、何とか胡人から守ることができましたが、その多くはその戦争で死んでしまいました。
しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。

 この話は、中国の古い書物「淮南子(えなんじ)」に書かれています。

「人間万事塞翁が馬」の「人間(じんかん)」とは日本で言う人間(にんげん)の事ではなく、世間(せけん)という意味です。
「塞翁」というのは、城塞に住んでいる「翁(おきな)=老人」という意味です。

「城塞に住む老人の馬がもたらした運命は、福から禍(わざわい)へ、また禍(わざわい)から福へと人生に変化をもたらした。まったく禍福というのは予測できないものである。」
という事です。

https://mizote.info/image/02profile/30kaisetu_jinkan.html

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November 08, 2017

今日の悟り

その仕事が多少なりとも創造的であればそれに費やした時間がどれほどであったかは本質には一切関係がない。だから10分の仕事というものもないし1時間要する仕事も1ヶ月分の仕事もない。

仕事というのは終わるときにはそれこそ一瞬。数秒で終わるだろうし、終わらないときは永久に仕上がらないからだ。‬

大抵の場合、終わっていないことにさえ気がつかないか、あるいは気がつかないふりをして、自分たちは時をやり過ごしていく。そこまでの時間分の金さえもらえればいいと思えば、またそれもやり過ごしの、未完の口実になる。

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13年

時折自分のブログで確か書いたよなあ。あれはいつだったかなあとか思って分け入って行くと、もはや記事の膨大さに自分でもクラクラする。ここはもはや魔窟である。闇である。いや広大なゴミ屋敷かもしれない。

どれくらい前の記事まであるんだろうと見ていくと13年である。たかだか13年。大したことはないなあと思うが、この13年の間に日本で起きたことの膨大さよ。

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November 03, 2017

35年目のブレードランナー

初作は1982年公開。35年の年を経ての新作。レプリカントがまだ夢まぼろしの世界だった頃と比べてリアルが増している。思えば35年前はビルの外壁に大型ビジョンが唸る世界すら新鮮だった。あの衝撃は流石に再現できないものの、35年後の渾身の世界観の継承は見事だとしか言いようがない。

人間の近くに確実に忍び寄っている人工知能に対して、自分たちの感じる恐れとか、憧れ、未知のものへの距離感の掴み方など、これを最初のブレードランナー遭遇とする世代にも迫るものがあるだろう。

新宿のTOHOシネマ、IMAXで。スクリーンの大きさもだけど音が素晴らしい。お薦め。

どうだろう。3作目もありそうな雰囲気だけど、見られるかな。時間的に。



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October 31, 2017

夢—南島原市の作った美しい動画を見て考えた時間のこと

誰にでも若い時があったということは、普通に考えれば当たり前のことなのだけれど、時としてそれが不思議なことのように思える時がある。あの人にもこの人にも、そして自分にも本当にそんなことはあったのだろうか。過去にあったと思い込んでいることは、本当に存在していたのだろうか。

時間が過去から未来へと一方向に進んでいることを否定する物理学者もいるそうだ。
彼らによれば時間は一方向に流れる線ではなく、全ての時間は同時にこの世界に存在していて、次々と失われていくものではないらしい。最新の物理学のなかでは本気で議論されていることだという。

全ての世界が、人の脳内に映る幻影だとすれば時間ほど儚い幻もないだろうと思う。

美しい動画である。


【南島原市観光ショートフィルム「夢」完成】

■ショートフィルムはコチラから
 https://www.youtube.com/watch?v=w3TYq0Xo8ok

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October 22, 2017

雨の惑星

「今日も雨だね。」‬
‪「そうだね。。。」‬
‪「また雨だね。。。」‬
‪「この頃ずっと雨だね。」‬
‪そう言葉を交わし合っている頃に僕たちは気づくべきだったのだ。雨が降り始めてからもう6年にもなることを。‬
‪止まない雨を毎日見ているうちに、雲の向こう側にいるはずの太陽のことを僕は忘れた。そしてあなたのことも。‬

‪-雨の惑星

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October 21, 2017

遠い道-明日は投票日

この数年、国会議事堂の写真を撮る機会が増えた。有楽町銀座から内堀通りを走り、議事堂正面に続く長い道を外れて、三宅坂の方へ抜けて行く道は、何度も何度も通ってきた道で、自分にとっては何の不可思議もない日常だった。

この正門に続く長い道を車ではなく自分の足で歩いて見るとまったく違う風景があることに気がついたのは311の後の話だ。

この道がこんなに長く長く、そして遠い道だとは気がつかなかった。

明日は投票日。












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October 14, 2017

8年前のファーストペンギン-逢坂誠二さんとツイッター

北海道8区から無所属で出馬しておられる逢坂誠二前議員ですが、ご本人は覚えておられるかどうかわかりませんが、2009年当時、まだ国会議員がツイッターをやるのが珍しかった頃に、いち早くツイッターを始めておられ、BBCが取材に来られたことがありました。

ご本人が取材を受けるのだから、ツイッター中継を代わりにやらせてくださいと、確か数日前に一面識もないのにお願いしたら快く、どこの何者なのかおそらくご存知もなかったろうに、受け入れてくださり、BBCの取材の横でツイッター中継(これも懐かしい言葉です)をさせてもらったことがありました。今回の選挙で単独奮迅しておられる姿に当時のことを思い出し、色々ぐぐったら、ここに当時のことを私のツイートを中心にまとめている方がおられました。

http://d.hatena.ne.jp/FKU/touch/20090702/1246548668

自分でも忘れていたこともたくさんあり、当時からBBCが日本の政界は途轍もなくクローズであると思っていたこともわかります。

8年の時間の経過に色々思うと同時に、当時からオープンハートでおられた議員の姿に敬服の念を改めて持ちます。

(自分も無茶ばかりしてますが、こんな時にも十分無茶ではありました。呆れます)

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October 07, 2017

戦う仏たち-運慶展

運慶展。仏教といっても運慶が表現するのは四天王、十二神将など筋骨備わる憤怒の表情で戦う仏たち。鎌倉の世だけではなく、人間の歴史のほとんどの時間は、戦いの歴史だった。戦いがあったからこそ祈りの時間もあったのだろうと思う。

武器は持たなくても、自分たちも戦うことから解放はされていない。もちろん祈ることからも。要は彼我もみな人であること。今までも。ずっとこれからも。そのことを確認する夜。




















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