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December 12, 2017

他のどこにも似ていない街



松崎の伊豆の長八美術館 に行ってきた。

松崎というところは不思議な街だ。他のどの街にも似ていない。西伊豆のどん詰まりにあって交通はどう行っても不便。東伊豆の喧騒とは遠く離れて、独特の鄙びた時間が流れている。
ここに来たのはおよそ30年ぶりで、あの時見た長八美術館はあんなに美しくクールだったのに歳月の流れは壁面を薄黒く痛めていた。この国はどうしてこういう至芸の源に金が集まらないのだろう。

松崎プリンスホテルは伊藤園ホテルと名前を変えてあの日と同じ場所に佇んで、同じ海を見ていたが、こちらも何だかしおれてしまっても必死にその場に立とうとする花のようだった。

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October 31, 2017

夢—南島原市の作った美しい動画を見て考えた時間のこと

誰にでも若い時があったということは、普通に考えれば当たり前のことなのだけれど、時としてそれが不思議なことのように思える時がある。あの人にもこの人にも、そして自分にも本当にそんなことはあったのだろうか。過去にあったと思い込んでいることは、本当に存在していたのだろうか。

時間が過去から未来へと一方向に進んでいることを否定する物理学者もいるそうだ。
彼らによれば時間は一方向に流れる線ではなく、全ての時間は同時にこの世界に存在していて、次々と失われていくものではないらしい。最新の物理学のなかでは本気で議論されていることだという。

全ての世界が、人の脳内に映る幻影だとすれば時間ほど儚い幻もないだろうと思う。

美しい動画である。


【南島原市観光ショートフィルム「夢」完成】

■ショートフィルムはコチラから
 https://www.youtube.com/watch?v=w3TYq0Xo8ok

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September 03, 2017

戦勝記念日

昨日が対日戦勝記念日の台湾にいて実際どうですかって友人に聞かれたのだけれど、そうか中華民国では9/2だったりするのかなと。やっと調べたらポツダム宣言調印のこの日が台湾では戦勝記念日なんですね。知りませんでした。ごめんなさい。

この春まで一緒に働いていた台湾からのスタッフTさんは、僕らへの気遣いもあったかも知れないけれど、「どんなに台湾の人が日本のことを好きか」毎回テーマを変えて週に一度熱くプレゼンしてくれていた(日本人の方がぽかんとしてたよ)ので、そんなこと考えたこともなかった。

そもそも日本って台湾と戦っていたっけ?。あれは大陸にいた時の中華民国だろとか。訳わからない都合の良い?ねじれが自分の中にもある。

で当然にそんなことで不快なことは一切ないです。台湾だけではない。自分は韓国にも何回か行ってるけどそんな不快な経験は一度もない。

海外で露骨に差別されて悔しかったのは圧倒的にむしろヨーロッパで、今は知らないけど、常にレストランで端の席に通され、なぜなのか理由を教えろと噛みついたことがあったっけ。

個人の経験をベースにこうした大雑把な推論をしてはいけないのはよく承知しているけれど、どこに行っても優しくしてくれる台北の人たちを(ソウルも釜山も大連も上海も)見ていて、いま深刻な敵対関係にある某国のことも思って、切なくなる。




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September 02, 2017

台北の不思議な店の不思議なお客たち

台北龍山寺の近くで不思議な店に入った。清茶店とあったからカフェかと思ったら店内の客はみんなお茶なんか飲んでおらず、何事かに金を払っているがいくら見ていても商品やサービスがわからない。

賭博やトトカルチョのようなことのようにも見えるが、店内は全て高齢者の男性。迷い込んだ日本人に一瞬何しに来たのみたいな雰囲気が漂ったけど、それでも店のおばちゃんが丁寧にお茶を入れてくれた。完全なるお客さんオブお客さんで、誰もお茶を飲みには来ないし、まして観光客の行くようなところではなかったみたいだ。









ネットでいくら調べてもその人たちがこの店でやっていることがわからない。聞こうにも日本語も英語も通じない。この世にはまだネットで検索してもわからないことがあるんだよね。それはそれで世界も捨てたものではない。しかし本当にあそこは何の店だったんだろう。

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March 22, 2017

寛容



#philippines #mactancebu 海外で宗教を聞かれて、いつからか日本人は「無宗教」と答えることのハードルの高さとリスクを知って「Buddhist」と言って切り抜けるようになったと思う。いや別に違ってはいないですよ。多くの場合ね。でもその何だかな感は日本に住んでいればわかっている。神仏習合だの葬式仏教だのクリスマスだの正月だの「日本人は寛容で何でもアリなんでしょ。いい国」とガイドさんが言う。いやあ。知ってるよ。同胞は心の中で頭を掻いている。臆面もなく寛容に生きてきました。父祖の代から。もっともっとずっと前から。

じっと手を見る。寛容な手を。

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March 21, 2017

フィリピンの地域犬




#mactancebu #philippines ホテル近くのスパニッシュ。美味しかった。フィリピンは色濃く今でもスペインなんだけれど、車に乗せられて路地とか走るとわかってはいても今でも凄い。暗がりにいる犬たちは地域犬みたいな感じで人と共存していて、ああいう犬とのつきあい方を日本人は忘れてしまって久しい。日本にいる犬たちとフィリピンにいる犬たちとの距離は幾光年。でも鶏と犬が幸福そうに見える。人は。。わからない。安易には言わない。

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February 27, 2016

絶望と希望の狭間で---Cocco 「ジュゴンの見える丘」 大浦湾に帰ってきた2頭のジュゴン 辺野古で起こっていること

辺野古の沖に親子のジュゴンが現れた。---自分を含めて内地の多くの人たちは「へー」くらいの感想で済ませてしまっていただろう。

そのことの意味を。
そのことへの思いを。
そして多分-僕は愛という言葉はよくわからないが
生きていく形のようなものを
Coccoが勇気を持ってコンサート会場で語っているので、動画をぜひ見て下さい。

人間は他の生物全てに比べて、どういうわけか圧倒的な知性と圧倒的な力をこの星で授けられた。それには疑いの余地がない。

人はその圧倒的な力をもって、この星を支配し、命の体系の最上位に君臨し、そのことの正邪はともかく現実として、ここに支配圏を確立している。

人は地形を変えるし海すら陸にするし、大気すら変える。他の生き物の命を人の理屈で簡単に、しかも大量に奪うことができる。

そして、人はそれは人類だけに許された特権だと(おそらく)思っている。
誰もそれを人類に言葉で言ったものはない。人が勝手に「神」のようなものを造形し、ノアの伝説も紡ぎだした。

けれど、傲慢な人の中にあって、少なくともノアはすべての生き物を助けようとしたのである。

もしも人間が、この傲慢極まりない思いと、圧倒的な力をこれからも保持するなら、そして他の生き物のすべての運命を左右する力を保持しようというなら、それは同時に圧倒的な責任の重さが、その肩に背負わされていると考えるべきだと思う。他に解はない。

その背負わせたなにかを神と呼ぶか呼ばないかは別として。

もしも我らが、自分達が日々の飯を食うためだけに、あるいは国家だとか民族だとか、自分たちの種にとって都合のいい。。いや種にすら害悪になる考えのためだけに、防衛という欺瞞の言葉のもとに大量殺戮の拠点や巨大な放射能を撒き散らす発電機をつくり、他の生き物の存続を脅かし、この星全体のマネージメントをする資格がない愚挙を繰り返すなら、この生態系の頂点にいる資格はない。直ちに降りるべきである。

「寄生獣」の一見荒唐無稽なストーリーの中で僕が心に残って離れないフレーズは

「地球上の誰かがふと思った。みんなの未来を守らなければ」

※だったかな

Coccoは彼女にとっての絶望と希望の境界のギリギリの場所からメッセージを届けている。辺野古に行きたい。早く行かなきゃな。

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August 30, 2004

嵐はどちらに向かって吹くのか-沖縄(ヘリ墜落事件)

okinawa1.jpg


台風16号が辛くもコースを外れた沖縄を歩いた。

発生以来10日以上が経過するが
8月13日に発生した沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故は、沖縄では
現在でも連日大きなニュースとして、その後の日本政府と米軍の対応を
含め報道されているが、実際のところ、「ヤマト」ではほとんどの報道機関で
さほどの重要度を持って報じられているとはいえない。

琉球朝日放送の

「緊急特集 沖国大ヘリ墜落事故」 
http://www.qab.co.jp/01nw/04-08-16/index4.html


では、QAB(琉球朝日放送)の取材班が米兵に取材テープを没収されそうになる緊迫した場面が報告されている。

沖縄を歩き至る所で米軍の移動に遭遇し、威圧的な軍服を着た彼らの所作に直接接することのない、我々にとって、この事件をリアリティを持って受け止めることは、現地に来ない限りは、ほとんど不可能である。

上空を飛ぶヘリと航空機の爆音にさらされ、日常的に米軍の軍服に囲まれている
沖縄の人々が、突然大学キャンパスに墜落したヘリコプターと、その現場を完全占拠した米軍、それを許す日本政府に言いがたい不信感を感じたことは、理解できる。
現実にその近くを車で走りすぎるだけで、恐怖は確かにこの身にも感じるのである。
課題は、このリアリティを共有する人々をいかにつなぐか。生み出すか。だろう。

注視すべし。

台風16号は、沖縄をかすかに外れ、ヤマトに向けて北上した。
嵐はどちらに向かって吹くのか。


●参考リンク
沖国大ヘリ墜落事件情報ネットワーク
http://www.okiuwebnet.com/syamaguchi/network/jhome.html

August 03, 2004

沖縄はカリフォルニア州だったのか

と、BEGINの比嘉君が今、テレビでしゃべっていたことで知った。
返還前の沖縄は、カリフォルニア州の一部だったそうだ。

それがわかったから、何がどうしたというわけではないが、
今度沖縄に旅をするときには、

「元カリフォルニア」を旅している気分で回ってみよう。

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