邯鄲の夢(3)-- 腐敗
文化戦略という、大風呂敷を広げる一方で、その頃の西武百貨店の、財務管理の酷さといったらなかった。取引会社として口座を開くと、そこは担当者のやりたい放題。毎月末近くになると、その月の取引の明細を送ってくるのだが、見たこともないような明細が延々と記載されている。あるときには、買ってもいない下駄が150足などと記載されていた。つまり売りと買い(仕入)の両方にわたって、架空の数字を打ち込むわけである。取引を開始した最初の頃こそ、いちいち西武の経理に電話を入れて確認していたが、経理の答は全く要領を得ない上に、担当に聞いてくれの一点張り。
実際に行った取引が記載されず、行ってもいない取引が勝手に記載されている。150足買ったはずの(買わされたはずの)下駄は、次の月には、西武側に買い戻されていたりする。それらの架空の数字に交じって、時折よくわからない金額が、請求書も出していないのに振り込まれてきたりする。とにかく数字そのものが複雑で、複数の担当が交互に数字を入れるから見ても訳がわからない。問い合わせの窓口もはっきりしない。
企業のコンプライアンスが厳しくなった昨今であれば、とんでもないことなのであるが、当時は百貨店との取引とはそういうものなのだと思って疑っていなかった。こんなものなのかなあという感じで。(150足の下駄を「売りつけた」担当者はその後別件の背任で懲戒解雇になった)
実際にこちらが損をすることはなかったし、業者としてあまり西武側にうるさく言いづらかったというのもある。何よりも取引を開始した当時は当時は僕も一介の勤め人であったから、社長にうるさく言うのも気がひけたというのもある。感覚が麻痺していった部分もあった。
しかし、ある朝、強烈なことがおきた。
朝会社に行くと、こわばった顔で経理の人間が通帳を持って近づいてくる。
「BBさん、ちょっといい?」
「はい?」
そのころ、経理の人間に何か言われるといえば、仮払いの清算をしろとかそんな話だから、反射的に謝ってしまう。
「すみません・・いまやります」
「そうじゃないよ。ちょっとこれ見てよ」
彼が差し出したのは会社の通帳である。怪訝な気持で覗くと、とてつもなく桁の大きい数字・・いちじゅうひゃくせん・・まん・・・え?・・何と8000万円がその日の朝、西武から振り込まれている。その頃僕の勤める広告プロダクションは、年商10億程度の企業であったが、それでも8000万円はとてつもない大金である。
「・・・・何ですか、これ」
「こっちが聞きたいよ、何?これ」
経理の人間の顔はこわばっている。慌てて西武に連絡すると、僕が担当しているある家電メーカーの展示会の運営費用を先払いしたという。先払いと言っても、まだ請求どころか、ろくな見積も作っていない企画段階のものである。とりあえず決算対策で払ったので、あとから調整して戻してくれという。
社長に相談に行ったが、
「困るねえ。BB君」
とか言いながら社長の目は全然困っていない。それはそのはずで、当時は会社の財政は火の車。資金繰りに右往左往していたから、この金がどれほどありがたかったかは、その後、自分も経営に苦労することになったから、想像に難くない。
「使わないでくださいよ、社長。これは清算用の金で、この仕事ほとんど利益出ないんですから」
「わかってるよお。はははは」
「・・・・・・」
厭な予感がした。
その予感は的中し、社長はその8000万円で一時的な債務を清算し(おそらく)会社の引っ越しをした。、我々のオフィスは面積が倍になり、はるかに奇麗なビルに動いた。
さらに数ヶ月後、この8000万円の清算が、会社にとって地獄の苦しみになったことは言うまでもない。
とにかくひどい実態で、それから間もなくして西武百貨店では、医療機器に関する巨額の架空取引事件が起きたのだが、さもありなんと納得したものである。1992年のことだった。
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