中国の故事に「邯鄲の夢」と呼ばれる、よく知られた話がある。
「中国の青年廬生は、楚国の高僧に、人生の教えを乞いに行く途中、邯鄲の宿に泊まる。
この宿の亭主は、不思議な枕を持っていた。この枕をして眠ると、瞬時に悟りが開けるという。亭主の薦めで、廬生も、その枕で、一眠りすることになった。
枕に頭をつけると、たちまち勅使が現れ、楚国の帝が、廬生に位を譲ると言う。廬生は戸惑いながらも、輿に乗って宮殿に行き、王位に就く。やがて、五十年が経ち、廬生は、一千年の寿命を保つという仙家の酒を飲み、長寿を祝う酒宴を開いて舞を舞い、限りない栄耀栄華を尽くした日々を送るが、宿の亭主に、食事が出来たと起こされる。すると一瞬のうちに宮殿は、元の鄙びた旅宿に戻る。盧生があくびをして目を覚ますと、呂翁が相変わらず傍らにいる。宿の主人は、盧生が眠る前に 黍 ( きび ) を蒸していたが、それがまだ蒸しあがってもいない。
廬生は、王位に就いての五十年の栄華も、人生そのものも、泡沫の夢だと悟り、枕に感謝し、故郷へと帰っていくのである。」
ざっとそんな話だ。
ちなみに、邯鄲は能楽の演目にも加えられており、そこで使われる男面は、「邯鄲男」と呼ばれる。「人生に迷った男、邯鄲。眉間に八の字皺が描かれ思索を廻らす哲学青年を表現。 また憂いがあるので若い神にも使用。」
とされているが、男、廬生は長い夢から目覚めた時、むしろ清々しい気持ちにさえなって、そこから去っていくのである。その清々しさも、能ではこの「邯鄲男」の面で、表現されるべきとされている。
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